軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初対面

「ダンジョン様の物質吸収の原理、ワシは自分自身が吸収されようと頑張った結果。

ダンジョン様に吸収されることは叶いませんでしたが、数々のことが発見できました」

アウフは公爵邸に招き入れた、ダンジョン研究者の文通友人のおじさんと会話をしていた。

元々、このおじさんはダンジョンに吸収されない移動住居という、温泉ダンジョンで始まったと言われる新事業を確認しにやってきたのだが。

そこに使われている理論の数々が、アウフという公爵令嬢が作り上げた物だと言う評価を聞いたあと。

「ふざけるな! あれはワシの昔からの文通相手のムシブロくんが考えた理論じゃぞ!」と叫びながら、公爵邸に乗り込んできたのだ。

ムシブロくんというのは、アウフが平民を装って各地の研究者と文通していた時の名前である。

彼から見れば、平民のアマチュア研究者の少年が考えた研究成果を横から掠め取った悪徳令嬢のように思えたのだろう。

入口で取り押さえられ激昂しながらアウフを罵っているおじさんを見ながら。

あ、すいません、実は私がムシブロなんです……。とバツが悪そうに名乗る初対面となってしまった。

誤解が解けたあとは、普通に二人でダンジョン理論について花を咲かせていた。

ついさきほどまでナイフを持ってアウフを口汚く罵りながら公爵邸に乗り込んできた危ないおじさんと談笑しているアウフには、周囲の使用人も戦々恐々である。

とはいえ、彼は私の名誉のために怒ってくれていたのですよ、とアウフ本人に言われてしまうと黙るしかない。

「12メートル23センチの距離を移動させれば吸収されないという理論は間違っていたと?」

「その理論自体に間違いはないのですが、それは最低限の前提にすぎないのです。

私は2日間一切動くことなくダンジョン様に吸収されるべく寝転んでおりましたが。吸収されたのは靴と服の端々くらいでした。

おそらく生きているだけで、身体には血が巡り続けておりますし。

服に関しましても胸の部分や腰回りは、呼吸で動く胸の上下運動や、生理現象による水分の移動によって、ダンジョンに吸収されない条件を満たしてしまうのでしょうな」

生理現象での水分移動とは、ようするに2日動かず寝転んでいる時におしっこを漏らした結果。

水分が服の繊維を駆け巡ることを、動いていると判断されてしまうのであろうといった話である。

「んん? でしたら物体を布で覆って水を時々かけていたら、それだけでダンジョンに吸収はされないで済むのですか?」

アウフはそんな話を聞いても、汚いといった事を考えもせず、即座に移動拠点の改善案のアイデアへとつなげる。

「布は消えないでしょうが、包んでいる中身はどうでしょうな?

それに、ダンジョン様の中に湧いておる水をかけてもおそらく無駄ですぞ、温泉でも同様でしょう。

おそらくは地上から運んできた、地上の水でなければなりません。

ダンジョン様は、地上の物質から供給されるエネルギーを欲しておられるのです。

地上から入り込んできた異物から、一切の運動エネルギーの供給を感じなくなった時。

つまり、持ち主もいない、あるいは死んでいると判断された場合、その物質そのものを吸収して自身のエネルギーに変換しているのです」

「必要なのは移動距離ではなく、運動エネルギー量の問題だという事ですか」

「たとえばハンマーを1日に12メートル23センチ、ただ運ぶだけでも消えませんが。

地面を思いっきりぶっ叩けば12メートル動かさずとも消えません。

ダンジョン様が、この物質はダンジョンの力に頼らずとも運動エネルギーを発生させている物質だと判断なされますからな。

ゆえに、モンスターに引っ張らせて動かしたり、ダンジョン内部の水流で動かす水車などは、どれほど激しく動いていても消えてしまいます。

地上の物質からの運動エネルギーの供給がありませんからな、ダンジョン様には死んでいると判断されてしまうわけです」

ダンジョンが真に求めているものは、地上の物質から供給されるエネルギー。

そう考えれば、欲を刺激して強い冒険者を奥底に呼び寄せることも、モンスターをけしかけて戦わせることも、殺して吸収することも。

ダンジョンの行動原理の全てに辻褄が合う。

それを聞いたアウフは確信する。

「だから蒸気機関を私達に教えた……」

温泉ダンジョンの意思が知る未来の動力炉を私達に教え、それを作らせ、その動力をダンジョン内部で使ってもらうことこそが真の目的だったに違いない。

ダンジョンの奥深くで、多くの戦士たちとモンスターを戦わせて得られるエネルギーなどとは比べ物にならないエネルギーが得られると確信しているのだ。

♨♨♨♨♨

「そして……ダンジョン1階層のお湯を全部抜けるほどのポンプが完成したわけなんだけど……動かしていたら消えないわよね、きっと」

「吸い上げの動力である、蒸気を生み出す熱源と水は地上の物質を使用しておりますからな。

動力ポンプ全体も小刻みに振動しておりますので、動かしていれば消えることはないでしょう」

「動いていない部分は大丈夫なのかしら?」

「お湯を外に流しているパイプ部分は怪しいですなぁ。

エネルギーを発生させている動力とはまるで無関係ですから。

さらに流れている水はダンジョン様のお湯であり、動力もダンジョン様内部の重力です。

エネルギーが発生していない、ダンジョン様に貢献していない部品だと判断されてしまう可能性は高いでしょうな」

「う~ん、だったら蒸気の力で水の流れを少しでも押し出す作りにしておけば、パイプ部分も許してもらえないかしら?」

「どうなのでしょうなぁ、どこまでがお許しになられる範囲なのかは、少しずつ検証していくしかないでしょう」

「この動力が生み出すエネルギー量を、温泉資源の吸い上げ量が上回ってたら、怒られちゃうかもしれないのよね……。

いや、でも大丈夫よ、温泉ダンジョンの意思さんが、私に蒸気機関を作れと、ここまでずっと導いてきたんだもの!

血が巡っている人間の肉体が消えないように、蒸気が巡り続ける消えない建物を! 消えない街をダンジョン内部に構築するのよ!

それが温泉ダンジョンの意思さんに課せられた課題だと私は思うの!」

そんなふうにエキサイトしている変な子を、マンガ本にして見つめながら俺はこう思った。

「何言ってんの……? この娘?」

蒸気機関を作れと俺が導いてきたってなんだよ?

そんな事をした覚えなんか全くないぞ???

初めて見たが、周辺を見覚えのある第2部隊の騎士達が護衛しているこの娘が、アウフとかいう娘に違いない。

見た目の方向性は大きく異なるが、ペタちゃんに近しい体格のちびっこ成人女子だ。

前にもらった手紙の内容からして、ずいぶんとこちらのことを買いかぶっている夢女子のような様子はうかがえたのだが。

想像していた100倍くらい、わけがわからない方向性に俺のことを過大評価しているようである。

どうしてそうなった?

「なんや? このけったいなんは?」

シルクさんも温泉ダンジョン1階層の様子を、刺繍にして描き出している。

「この変な鉄の装置で温泉を吸い上げとるんか?

意味がわからへんな、こないなもんがどういう仕組みで水を吸い上げとるん?

あ、この娘の着とる服、装飾も縫い目もすごい細かくてええな……」

「あの、シルクさん、申し訳ありませんが本日は一度、日を改めていただけないでしょうか?

今回の様子はじっくりと確認しておく必要がありそうですので……」

「ええ? この娘の服はもうちょっと詳しゅう見ていきたいんやけど……うう、しゃあないなぁ……」

なにかしらの緊急性を感じ取ってくれたシルクさんは、素直に引き下がってくれる。

アウフちゃんの服装を、一枚刺繍でスケッチしたら帰ってくれた。

シルクさんが帰ったあと、ダンジョンにおける地上の生き物が生み出すエネルギーや、消滅判定についてなどの議論をしている様子をモニターで見物した。

ペタちゃんが言っていた、ダンジョン内部のエネルギーで動かしているだけでは、動いていない判定になるということも彼女らは理解しているようだった。

物理的な衝突エネルギー次第では、消滅しなくなる移動距離を減らせれるといったことなど、俺達にも初耳の話も多かった。

「ええ? なんなのこいつら……? 私よりダンジョンの内部の判定に詳しいんじゃない?」

料理を作る手を止めて、話を聞いていたペタちゃんが少し引いていた。

ペタちゃんが料理を止めてまで、こういった話をしっかりと聞くことは珍しい。

「マスターは、この変なお湯の汲み出し装置がなんだかわかるの?」

「詳しい構造まではわからないけど、蒸気機関を利用したポンプだって事はわかるよ」

「蒸気機関?」

「解説に時間がかかるから、詳しい説明はまたあとでね。

問題はこいつが発生させているエネルギーが、本当にダンジョンのポイントになってくれてるのかってことだ」

こいつらの言っていることが本当ならば、地上の物質が生み出す運動エネルギーとかいうものが。

俺達にとってのダンジョンポイントへと還元されていることになる。

ダンジョンポイントをほんの少しでも生み出している物質は、ダンジョンでは消えない判定が生まれると言ったところか。

そう言われてみれば、非常に納得できる仕様だ。

「えーと、1階層の温泉の湯にかかってるポイントと……この組み上げ装置が発生させてるポイントと抽出量を比較すると……」

俺はお湯の精製にかかっている支出と、稼働する蒸気ポンプから入ってきているポイントを表計算ソフトに打ち込み、このまま数日がたった時のポイント量の計算予測をする。

「どうなの? マスター?」

「うーん……少し赤字かな」

さっきまで、強い不安と期待混じりの表情をしていたペタちゃんが、心の底からがっかりしたような顔になった。

「……な~~~によそれ!? つっまんない!」

嘘だろ? こんな試作感が漂う、薪と蒸気で動いてる効率悪そうなポンプ1つで、少しの赤字で済むだって?

蒸気機関の真髄はまだまだこんなものではないのだ。

後に、もっと洗練された装置が大量にダンジョンの中に設置され、あらゆるものを運び出す機構として機能していくことだろう。

そしてこれらの装置は、ダンジョンの深い階層に設置されればされるほど、ポイント還元効率も跳ね上がっていくのだ。

それに、アウフちゃんが言っていた、蒸気を巡らせてダンジョン内部でも消えない建物を作り、消えない街を作り上げる計画……。

そんなことになれば、ダンジョンの中で産業革命が始まってしまう、ひいてはダンジョンにとっても革命である。

「ねえペタちゃん、これ……確実にヤバいことになるよ。

このまま順調に進むと、ダンジョン経営のゲームバランスが数十年後には完全にぶっ壊れてしまう気がする……」

「えっ? ヤバいって……何が?

ねえ、何がヤバいの? もしかしてこれってすごい困ったことになっちゃうの? ねえ、マスター!?」

呆然とした顔で、計算ソフトを眺めている俺を見て。

ペタちゃんが泣きそうな顔になって心配をしているが。

違うんだ、逆なんだ。

このまま進めば、逆の方向にぶっ壊れてしまいそうなんだ。