軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

楽しいことから

ギャブッシュもやってきて、これで想定していたメンバーが揃った。

みんなに箸の説明も終わったので、ついに実食!

「今回は味を二種類作ってみました。こっちの白いお皿に乗っているのが甘く味付けしてあって、こっちの黒いお皿に乗っているのはしょっぱい味になっています。好みがあると思うので、どっちも食べてみてください」

「なるほど。同じものでも味付けが違う、と……。では私は、こちらの黒いお皿のものから食べてみます」

ハストさんはまるで生まれた時から箸を知っていたかのように自然に動かし、玉子焼きを一つつまむ。

そして、口の中へと入れて――

「……うまい」

――いつものおいしいのしるし。

「これはとてもふわっとしていますね。しっかり火が通っている卵なので、もう少し固いものを想像していましたが、私が思っていたものとはまったく違う食感です。巻いてあるからでしょうか。それに噛んだときにじわっと味が染み出てきました。食べたことのない味ですが……」

そこまで言うと、ハストさんは考えるように口元に手を当てた。

「なんというか……海の味、というのでしょうか。そういう風味がして……。いえ磯の匂いとは違うのですが……。そう、昨日、聖女様の召し上がっていた『シロクマ鍋焼きうどん』。あのときの香りと同じですね」

「はい。そうなんです。あのときのものと同じ調味料を使っているんです」

さすがハストさん。

うどんと玉子焼き。同じ調味料を使っていることに気づいたようだ。

「私たちのいたところでは、昆布という海藻や干した魚などを入れてスープを作るんです。それを出汁と呼んでいます」

「だし」

「さらに豆を発酵させて作った醤油という調味料があって、今日はそれを使ってみました」

「しょうゆ、ですか。……この味を海藻や魚、豆で作っていると言われると不思議ですね」

「ですよね」

雫ちゃんに合わせて、和食……というか、日本の家庭料理にしてみたが、ハストさんには馴染みのない味だから、私の説明を聞いてもピンと来ないだろう。

私もめんつゆがなにでできているか、原材料やそれを作る工程を考えると、本当に不思議だなって思うし。

『うまい』と言ってくれたけれど、口に合わなくても仕方がない。

でも――

「……実は『シロクマ鍋焼きうどん』も食べてみたかったのです。違う料理ですが、こうして味わうことができてよかった」

その水色の目がずっときらきらと輝いているから。

お世辞じゃない。私の作ったごはんをおいしいって思ってくれているのがわかるから――

「……出汁や醤油を使ったおいしいものはたくさんあります。また、作りますね」

「はい。楽しみにしています」

――心があたたかくなっていく。

「それじゃあ僕は甘いのから食べてみるね」

レリィ君はそう言って、たどたどしく玉子焼きをつまむ。

そして、なんとか口に入れて――

「うん! おいしい!」

若葉色の目がぱぁっと輝いた。

「ヴォルさんの言った通り、ふわふわだね! 甘いけど、それだけじゃなくて、すぐにもう一個食べたくなっちゃう! これにも、シーナさんの言ってたのが入ってる?」

「うん。甘いのにも出汁と醤油が入ってるよ」

「そうなんだ! ねえ、こっちも食べてみていい?」

「もちろん」

レリィ君はそう言うと、黒いお皿に乗ったしょっぱい玉子焼きをつまむ。

そして、甘いのを食べたときと同じように、おいしい! と声を上げた。

「じゃあ、雫ちゃんもどうぞ」

「……はい」

箸を持ったまま、まだ手を出していなかった雫ちゃんにも勧める。

雫ちゃんは目の前にあった白いお皿から甘い玉子焼きをつまむと、ぱくっと口に入れた。

「……おいしい、です」

「うん」

「椎奈さんの料理は……おなかがあったかくなります」

「それは良かった」

「ふんわりしてて、ぽかぽかします」

「雫ちゃんにそう言ってもらえるとうれしいな。あ、しょっぱいのも食べてみて」

「……はい」

雫ちゃんからは少し遠い黒いお皿を雫ちゃんに勧める。

雫ちゃんは甘い玉子焼きと同じように口に運んだ。

最初は普通に。でも、その目がみるみるとうるんでいって――

「……これ、お母さんの味に……似てて……」

「そっか。雫ちゃんの家はしょっぱい味だったんだね」

玉子焼きの味は家庭の味。

甘いのやしょっぱいの。ねぎを入れたり、海苔を巻いたり。いろんな味がそれぞれにある。

雫ちゃんにもきっと思い出があるはず。

それは大事なものだから。

「雫ちゃんのこと、いっぱい教えて欲しい。楽しかったこともしんどかったことも。日本でどうやって暮らしてたかも。……思い出すと悲しくなることもあると思う。そうしたら、その悲しい気持ちも」

話を聞くことしかできないけど。

それでも、話を聞くことはできるから。

「それでさ、いっぱい泣いたらさ、次は一緒に楽しいことをしよう」

「楽しいこと、ですか?」

「うん。楽しいこと。雫ちゃんが思わず笑顔になっちゃうような。気づいたら一日が終わっちゃうような。そんなこと」

雫ちゃんのうるんだ黒い目をみつめる。

「大丈夫。楽しいこと、きっといっぱいあるよ」

私の言葉に雫ちゃんの目が迷うように揺れる。

雫ちゃんは一度唇を噛んで……。そして、一度目を閉じた。

「椎奈さん……。椎奈さんの料理を食べたら、強くなったり元気になるって……スキルが使えるようになるかもしれないって言ってましたよね」

「うん」

「……これを食べ終わったら、スキルを使ってみてもいいですか?」

「もちろん。あ、無理はしないでね」

「はい……」

雫ちゃんはそう言って、目を開ける。

もう目は揺れていなかったけれど、雰囲気が少し固い。

その後は雫ちゃんは話すことはなくて、玉子焼きをみんなで食べていく。

ハストさんやレリィ君はもちろん、ギャブッシュもとても喜んでくれ「ンガーァアー!!」と吠え、それを見たゼズグラッドさんは「くそ、くそ……でもうまい……くそっ」と食べてくれた。

すべての玉子焼きを食べ終わると、お皿やお盆、箸が消え、それぞれの体が光る。

……なんか、こうして私だけ光っていないとちょっと複雑。光るほうがおかしいはずなのにね。光るのが当然って気がしてくるよね。

「……やってみます」

光が終わり、雫ちゃんが呟く。

私がそれに頷くと、雫ちゃんは目を閉じ、気持ちを整えるように深呼吸を一つした・

「……『聖魔法』」

雫ちゃんが唱える。

その途端、雫ちゃんの体から光があふれていく。

これは――

――スキルが発動する。

その場にいたみんながそう思ったはず。

だって、雫ちゃんからあふれた光は水色に輝き、とても清浄なものだと感じられたからだ。

雫ちゃんらしい清廉な光。

――スキルが使えた。

そう確信した途端。

「え」

あふれた光が唐突にパッと消えた。

その不自然な消え方に思わず声が漏れる。

部屋に満ちていたまぶしい光と清らかな空気が今は跡形もない。

……なにが起こった?

だって、絶対にうまくいきそうだった。でも、今はもうなにも感じられない。

残ったのは――

「私……やっぱり……。私、わた、し」

――なにかに怯える雫ちゃん。

「雫ちゃん、どうしたの?」

「私、ごめ、……なさい……私、椎奈さん。……わたし」

ぽたぽたと水滴が落ちる。

「どうしよう……私……、ごめ、なさい……椎奈さん、ごめ、」

自分の体を守るように抱きしめ、小さく震えて――

ごめんなさい、と繰り返した。