軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白い百合の花

スパダリな台所から、鍋焼きうどんを持ち、私室へと戻ってくる。

台所は箸だけじゃなく、鍋敷きや取り皿、レンゲまで出してくれたのだが、なんと、お盆も出してくれた。

なので、それぞれをお盆に乗せて、一度で持ってくることができたのだ。

……うん。私のこの姿は、もはや、どこかのごはん屋さんのウエイトレス。

お食事処・ 小井(いさらい) 亭。

そんな私の部屋でしずくちゃんはソファに座って待っていた。

しずくちゃんを緊張させないためか、ハストさん、レリィ君、ゼズグラッドさんは少し離れて、見守っていてくれたようだった。

私がスキルを使ったのは、しずくちゃんがいるソファの背中側。

そのとき、しずくちゃんはゼズグラッドさんと話していたから、私が台所へ召喚される瞬間は見ていないだろう。

一応、席を外すことは伝えていたけれど、今の私を見れば驚くと思う。

なので、しずくちゃんを驚かせないように、優しく声をかけた。

「しずくちゃん、お待たせ」

「……っ」

私の声に、しずくちゃんは一瞬、ピクッと肩を揺らす。

そして、私のほうをゆっくり振り返って――

「え……」

しずくちゃんの大きな黒い瞳がさらにまあるく見開かれる。

驚いたような視線の先は、私の手だ。

その手に持っているのは、お盆。

その上に置かれれていのは、一人用の土鍋。

土鍋の蓋に空いた蒸気抜きの穴から、ほかほかと立ち上る湯気。

……うん。そりゃびっくりする。

突然、鍋焼きうどんを持った人が現れたら、びっくりする。

突然、お食事処になったらびっくりする。

その人が優しく声をかけようが、なんだろうが、びっくりする。

「驚かせてごめんね」

「……いえ……あ、……出汁の匂い」

土鍋には蓋をしてあるから、しずくちゃんには中身がわからないだろうが、このふんわりと香る出汁に匂いはわかったらしい。

「うん。こっちにどうぞ」

しずくちゃんを誘い、部屋の奥、窓際にあるダイニングテーブルを示す。

そして、私は土鍋の中のシロクマ大根おろしが崩れないように、慎重に歩いて行った。

ダイニングテーブルに鍋焼きうどんの乗ったお盆を乗せれば、あとはしずくちゃんが椅子に座れば、そのまま食べられる。

「あの……私……」

「ほら、しずくちゃん、座って、座って」

しずくちゃんは、私の行動や言葉が気にはなっているようで、部屋の中央にあったソファから立ち上がり、こちらに向かってくれていた。

そんなしずくちゃんに、おいでおいでと手招きをして、椅子を引く。

多少強引だと自分でも思うが、元気がなく、明らかに不安そうなしずくちゃんには、これぐらいの対応のほうがいいかな、と思う。

しずくちゃんは私の言葉に少しだけ目をさまよわせたけれど、こちらに来て、椅子に座ってくれた。

「いきなりだけど、しずくちゃんに食べてもらいたいものがあって……」

「……食べてもらいたいもの、ですか?」

「うん。しずくちゃんのために作ったんだ」

「……私の、ため」

椅子に座って、不安そうに、土鍋と私を交互に見る、しずくちゃん。

そんな、しずくちゃんに、にんまりと笑いかけて……。

そして、せーの、と土鍋の蓋を開けた。

「シロクマ鍋焼きうどんです」

「……っ」

パカッと蓋を開ければ、しずくちゃんがぐっと息を止める。

その黒い瞳はみるみる潤んでいって――

「……、うどん……」

小さく漏れた声は震えている。

その声の震えが、私の胸にも伝わっていく。

「私のスキルはこうやって、ごはんを作ることに使えるスキルなんだ。しずくちゃん、ここに来てから、もっといいものは食べてるだろうけど、日本食は食べれてないかな、と思って……」

「……食べてないです……ずっと……」

「よかったら、食べてみて」

「……は、い」

しずくちゃんは一度、鼻をすすって……。そして、おずおずと手に箸を持った。

取り皿に少しだけ、うどんを入れて、レンゲでつゆも入れる。

優しく、慎重な手つきは、どうやら、シロクマ大根おろしを崩さないように気を付けているからのようだ。

「……いただきます」

「はい、めしあがれ」

しずくちゃんが箸でそっと、うどんをすくう。

そして、ふぅふぅと息を吹きかけた。

そのままうどんは口に入っていって――

「……おい、しい」

ポツリとこぼされた言葉。

そして、しずくちゃんは、何度か口を動かすと、うどんを飲みこんだようだった。

「おいしいです……。――ッ」

そう呟いたしずくちゃんの体がヒックヒックと震えだす。

しずくちゃんはそれを抑えようとしているようで、唇を噛んだり、短い息を吐いたり……。

でも、こらえきれなかったようで、小さく悲鳴のような声を漏らすと、ぽたぽたと膝の上に水の痕が付いた。

「っ……ごめん、なさい」

「うん」

「これは……なんでもなく、て……」

「うん」

「……っ」

「うん」

「っ……」

しずくちゃんは箸を置くと、目元に両手を持っていく。

きっと、ずっと我慢していたんだろう。

止めようとしているようだけど、一度、堰を切った感情はなかなかコントロールできないようだった。

漏れてくる小さな声が、つらくて……。

大きな黒い瞳から流れる涙が、せつなくて……。

私はしずくちゃんの横にしゃがみこんで、そっと、その手を握った。

「しずくちゃん、大丈夫」

涙に濡れた黒い瞳を覗きこむ。

そうすれば、しずくちゃんの目にも私が映る。

同じ黒髪と黒目を持った、私が見えるはずだから……。

「一人にしてごめんね」

しずくちゃんは……きっと、だれにも頼ってない。

だれかに、助けてって言えていれば、こんな風に感情が爆発したりしない。

こんな風に……私の胸まで痛くなるほど、我慢しながら、泣いたりしない

「私がいる。ここにいるよ」

さっき、走って来てくれた。

私に、助けてって言ってくれた。

必死に手を伸ばしてくれた。

――私はその手を離さないから。

私の言葉にしずくちゃんは、手をぎゅうっと握り返してくれる。

そんなしずくちゃんを励ましたくて、しずくちゃんの注意が鍋焼きうどんへ向くように、そっと言葉をかけた。

「しずくちゃん、この鍋焼きうどんのポイントはこのシロクマなんだ」

「……は、い、……か、わいいと、お、もいました」

私が鍋焼きうどんをちらっと見れば、しずくちゃんもそちらを見る。

そこには大根おろしでできたシロクマ。

つゆを吸ったため、前足が少し崩れているが、まだ形は保ったままだった。

「このシロクマ、あそこにいる騎士に似てると思わない?」

秘密を教えるように、こっそりとしずくちゃんに話す。

ハストさんは今、ダイニングテーブルから少し離れて見守ってくれているが、これまでの会話も聞こえているし、この会話も聞こえているだろう。

そんな私の話に、しずくちゃんはその濡れた黒い瞳をぱちぱちと瞬かせた。

「このかわいいシロクマが……、あそこにいる怖い顔の人?」

しずくちゃんはシロクマ大根おろしを見て……そして、ハストさんを見る。

でも、あまり腑に落ちていないようで、首を少しだけ傾げた。

なので、さらにとっておきをしずくちゃんに教えていく。

「うん。とても強い人なんだけどね、ときどき、すごくかわいい」

「……っゲホッ」

そんな私の話に、ハストさんがむせた。

「え、ハストさん大丈夫ですか?」

「っ……、申し訳ありま、せん」

ハストさんは何度か咳払いをしてから、いつも通りの無表情へと戻る。

そして、しずくちゃんはというと、シロクマ大根おろしをじっと見ていた。

「……あの人が本当にこう見えているんですよね?」

「うん。顔とか雰囲気とかが似てる」

しずくちゃんの質問に真剣な顔で答えれば、しずくちゃんはふふっと頬を緩ませた。

「……かわいい、です」

そう言って、私をみつめたしずくちゃんは、窓からの光を浴びていて――

「一緒にいてもいい、ですか?」

しずくちゃんが私を見つめて、不安そうな目をした。

きっと、これを言うのにも、すごく勇気を出しているんだろう。

だから、私は優しく手を握って、うん、と頷いた。

「もちろん。なにがしずくちゃんのためになるのか。一緒に考えよう」

私になにができるかはわからない。

でも、一緒にいて、一緒に考えることならきっとできる。

私の言葉に、しずくちゃんから、また、ぽたぽたと涙がこぼれた。

私は手を伸ばして、しずくちゃんの涙をハンカチで拭うと、しずくちゃんは、ふわっと微笑んで――

「うどん、食べます」

「うん。……全部じゃなくていいよ? 食べられるだけで」

私の言葉にしずくちゃんは首を振った。

「全部、食べます」

そう言って、しずくちゃんは私から手を離して、もう一度箸を持つ。

そして、宣言通り、ぱくぱくと鍋焼きうどんを食べていく。

一度、食べると決めた、しずくちゃんは手を止めることはない。

途中、シロクマ大根おろしを崩すと、それがまたおいしかったようで、おいしい、おいしい、と言いながら、完食した。

「ごちそうさまでした」

しずくちゃんが箸を置き、しっかりと手を合わせる。

すると、しずくちゃんの体がきらきらと光り、鍋焼うどんが消えていった。

しずくちゃんはそれに驚いたようで――

「……これは?」

「びっくりするよね。詳しいことはまた説明するけど、私のスキルはなんか光るんだなって思ってくれたらいいよ」

そう。今はしずくちゃんのスキルのために、作ったわけじゃない。

しずくちゃんの緊張をほぐして、不安を減らしたかっただけだ。

聖女のスキルについては考えず、ただの光るごはんとだけ思ってくれればいい。

レリィ君のように黒いモヤが出ることはなかったから、聖女スキルが使えないのは、また別の理由がありそうだし。

だから、気にしないで、と笑うと、しずくちゃんは、私をじっと見つめた。

「こんなにおいしいうどん……はじめてでした」

「それならよかった」

「大根おろしをしっかり混ぜたら味が変わって……。大根おろしが甘くて、でもさっぱりしてて……」

「うん」

「とってもおいしかったです」

しずくちゃんがほわわっと花が咲いたように笑う。

その笑顔のあまりのかわいさに、私はほぅっと息を出してしまった。

かわいいな、と見つめていると、しずくちゃんは照れたように、顔を逸らす。

そして、そっと呟いた。

「……こんな、お姉ちゃんが欲しいな」

言葉が漏れた唇はふんわりとしたピンク色。

黒い髪はつやつやで、濡れた黒い瞳がきらきらと輝いている。

涙の跡が残る頬も、すこし腫れた涙袋も、それさえも、しずくちゃんの美を際立たせていた。

そして、背後に見える百合の花。

なぜだろう。しずくちゃんの背後に白い百合の花が咲き誇っている。

「……私のことは、お姉ちゃんだと思って欲しい」

そして、その花を感じたら、口から言葉が自動的に出てた。

なんか、姉に立候補してしまった。

どこかのまーくんも兄に立候補してたのに、私まで、つい。

「あ、お前! 俺にあんだけ言ってただろ!」

「……これは、合意なので」

「ああ!?」

ね。だって合意だもん。合意。お互いの意思だもん。

しっているか いもうとは さいこう