軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

異世界での決意

できあがった夕食のメニューは、いつもの野菜スープと、ボイルしたソーセージ。そして、私が作ったパングラタンだ。

それらを厨房から、食堂に運び、机に並べて置けば、食堂はおいしい香りに包まれた。

今日はとくに、焼きたてのパングラタンの匂いが強くて、チーズの焼けた香りがふんわりと漂っている。

「うわっ! なんだ、このいい匂い!!」

「うおぉ!」

「すげぇ!」

その香りに、食堂へ入ってきた団員たちは、おおっ! と歓声を上げた。

その目は机の上にあるパングラタンを見て、きらきらとしていて――

「食材はいつも通りですから、拒否感はなさそうですね」

食堂の一番前に立ち、ドキドキと胸を鳴らしていた私は、その様子を確認して、ほっと息を吐いた。

どうやら、見た目が無理、食べたくない! というようなことはなさそうだ。

「シーナさんの料理を拒否する人なんていないと思うな」

「そうだな。見たら食べたくなる」

私の言葉にレリィ君は首を傾げ、ハストさんは頷いて答えた。

ゼズグラッドさんはというと、さっきまで、テーブルに料理を並べるのを手伝ってくれていたのだが、今は食堂の隅で、壁に背中を預けて立っている。

まるでゼズグラッドさんは、なにもしていなかったような態度だ。

……ふふんラッシュ。

あんなに率先して物を運んでくれたのに……。

「おい! お前!! その目!!」

優しい目でゼズグラッドさんを見ると、ゼズグラッドさんは、なにかを感じたらしい。

私とゼズグラッドさんの間には、それなりに距離があるけれど、わかってんぞ! と声をかけられた。

この距離から私の目の色がわかるなんて。さすが竜騎士。目が良い。

「では、シーナ様、壇上へ」

「はい」

そうしていると、ハストさんに壇上へ上がるように促される。

食堂は体育館のような造りになっていて、一番前にはステージがあるのだ。

そのステージに上がるための階段を上り、中央までやってくれば、食堂を見渡すことが出来た。

地下の厨房の上階にある食堂は、北の騎士団員、三十名ぐらいは余裕で入れる広さになっていた。

たくさんの机と椅子が並んだそこには、団員が座っていて、机の上に並べられた夕食を、きらきらとした目で見つめている。

そして、私と一緒にステージの中央へと来たハストさんが、よく響く低い声で言葉を発した。

「今日、一日を無事に過ごせたことに感謝を」

『感謝を!』

ハストさんの声の後に、団員たち全員が復唱する。

それは北の騎士団での夕食前の作法のようなもので、私もここに来て、食堂で食べるようになってから、何度も見てきたものだ。

でも、私は机に座って、復唱するほうだったので、こうして壇上に立つとこれまでとは違った迫力を感じる。

そうやって気圧される私とは違い、当たり前だけど、ハストさんはまったく動じていなかった。

そんなハストさんの落ち着きを見ると、やはりハストさんは人をまとめる立場としてやってきていたことがわかる。

だから、すごいな、とハストさんへ視線を向けると、ハストさんは優しい水色の目で私を見ていた。

「シーナ様、では、みなに説明をお願いします」

「はい」

ハストさんのその目に促されて、私はもう一度、団員たちへと向き直る。

ハストさんも団員たちに視線を戻し、低い声で続けた。

「今日の食事について、シーナ様から説明がある」

「お食事前に失礼します。今回のメニューについて少しだけ説明させてください」

ハストさんの言葉を受け、私もお腹に力を入れて、全員に声が届くように話し始める。

ハストさんみたいな落ち着きは無理だけど、声が聞こえない、というようなことにはならないように。

「今回作ったのはパングラタンです」

『ぱんぐらたん』

「焼きたてで熱いので、気を付けて召し上がって下さい。召し上がり方は、パンの器ごと、人数分に分けていただけたら、と思います」

「手元にあるナイフで切れ」

私の説明にハストさんが付け加え、やってみろ、と団員たちを促す。

団員たちはそれに促され、パングラタンへとナイフを入れた。

「中がとろっとしてる!」

「パンはカリカリだな」

「俺、大きいほう!」

「お前、ちゃんと真ん中で切れよ!」

パングラタンを切った団員たちから、うお! と色んな言葉が聞こえてくる。

みんな、手元にあるお皿に移したようで、それを確認したハストさんが、では、と一声を上げた。

「北の騎士団の一員としての誇りを」

『誇りを!』

野太い声が重なって……。その言葉を合図に、団員たちはわっとパングラタンへと手を伸ばした。

あつあつのそれだけど、みんなはガブッと大きく口を開けて――

「うめぇ!!」

「パンがやわらかい……」

「パンから、じわって出てくるのが、めっちゃうまいな!」

「シチューにつけたパンみたいな感じかと思ったけど、これのほうが全然うまいな……!」

口々に聞こえてくる声は、どれも興奮を隠しきれていないようだ。

いつもも静かに食べているわけではないけれど、今日は特に活気づいている気がする。

食べるという作業じゃなく、食べること自体を楽しんでくれているのだとすれば……こんなにうれしいことはない。

「中央にあるひき肉のソースは、村の女性からの差し入れだそうです。その部分をパンにつけていただいたり、混ぜていただいたりすると味が変わるので、みなさんのお好きな食べ方で食べてみてください。パンの器をカリカリに焼いてあるので、具材と一緒に食べていただけると、それもまた違う味になるかと思います」

さまざまな場所で上がる声に負けないように、私も少し大きな声を出して、みんなに説明をする。

すると、さっそくそれを試してくれたようで、すぐに反応を返してくれた。

「本当だ! ひき肉のソースと食べるとまた味が変わる!」

「あー、俺は全部混ぜたのが好きかも」

「この器の部分もカリカリですげぇうめえぞ!」

その興奮した声ときらきら輝く目が、団員たちの気持ちを正直に現している。

その姿を見ていると、一際大きな声がかけられた。

「副団長! 俺、さっきの副団長の言葉がわかりました!」

その声の持ち主は、さっきまで一緒に夕食を作っていた、あの栗色の髪の団員だ。

「『驚きと楽しみがある』って言われて、全然わかんなかったんすけど、食べてみたらわかりました! すげぇ驚いたし、めっちゃ楽しいっす!!」

その団員がなっ! と隣へ話を振れば、隣の団員もおう! と答える。

そうして、どうやって食べるかを決めて、隣と話したり、こう食べたらうまい、と教え合っている姿を見ると、私の胸もなんだかきゅうきゅうして――

「……良かったです」

自分のごはんを食べてもらえること。

それを喜んでもらえること。

――それは自分自身を受け入れてもらえているということだから。

「シーナ様、では私たちも」

「はい」

ハストさんに促され、ステージを下りて、机へと歩みを進める。

そこにはレリィ君とゼズグラッドさんもいて、私たちが席に着くのを待ってくれていたようだ。

「シーナさん、僕、もう待ちきれない!」

「そうだな。熱いうちに食べたい」

レリィ君の声に頷いたハストさんが、さっそくナイフを手にパングラタンを切っていく。

ちょうど半分に切られたそれは、断面からとろりとホワイトソースがこぼれていった。

ハストさんはそれをさらに半分に切り、四分の一になったものを私のお皿へと取ってくれる。

そして、それぞれ、レリィ君とゼズグラッドさん、ハストさんのお皿に取り分けた。

「うーん! おいしい!」

ホワイトソースの部分をスプーンですくったレリィ君がぱくりとそれを口に入れる。

その頬が瞬く間に赤く染まり、ふわっと笑顔がこぼれた。

「もっと牛乳っぽい味がするのかなって思ったけど、すごくまろやか! ベーコンもとってもおいしい!」

その声を聞きながら、ハストさんもパングラタンを口へ運ぶ。

そして――

「……うまい」

――いつものおいしいのしるし。

「このもったりとしたミルクのソースの中にある、ベーコンの塩気とたまねぎの甘みがたまりませんね。このソースが染み込んだパンもとても柔らかくなっていて、噛むとソースがあふれてきます」

ハストさんのきらきらした水色の目が私の心をあたたかく包み込む。

それを感じながら、私もパングラタンを口に運んだ。

「んー! おいしい……」

こんがりと焼けたチーズ。パンからじゅわっと染みだしてくるホワイトソース。あの古くなったカンパーニュがとってもおいしく変身している。

そして、ラグーソースのかかった部分は、トマトの酸味と香辛料の香りがして、また違った味になっていた。

「僕、これなら古くなったパンでも、全然食べられちゃう」

「ああ。いつもと同じ食材でもこんなに変わるなんて……」

そんなレリィ君とハストさんの声ににんまりと笑ってしまう。

すると、斜向かいに座っていたゼズグラッドさんから、うぐぐと声が聞こえてきて……。

「くそっ……うまい……くそっ……これのせいで、ギャブッシュは……。くそっ、でもうまい……くそっ」

……まーくん。

泣きながら、食べなくても……。

「俺は! まーくんじゃねぇ……! くそっ! うまい!!」

けっ! と吐き捨てながら、まーくん……ゼズグラッドさんはガツガツと食べていく。

うん。そんなに勢いよく食べてくれるなら、本望だよね。

そんなゼズグラッドさんの食べっぷりを見ていると、そばに座っていた団員たちからボソボソと声が聞こえてきて――

「なあ、副団長が捕まえていてくれれば、俺たちずっとこのメシを食えるんだよな……」

「確かに」

「そうだな、これはもう副団長に男を見せてもらうしか」

「だな」

「副団長、大丈夫か?」

「わからん。もう俺たちからも頼もうぜ」

「おう!」

何やら、話がまとまったらしい団員数名がガタッと椅子から立ち上がる。

そして、私の椅子の後ろまで来ると、ガバッと頭を下げた。

「副団長は厳しいですが、しっかりと指導してくれる人です!」

「昔は表情が変わらな過ぎて怖かったんですが、最近の副団長はけっこうわかりやすいです!」

「どうか、ずっと副団長のそばに……!」

「副団長を支えて下さい……!」

口々に声をかけられ、なんだかしらないが握手までされる。

よくわからないままにぎゅうっと握られた手と、その必死な様子に困っていると、いつものあの寒気がやってきて――

「おい、お前ら」

北極。パングラタンも一瞬で凍る、冷たさ。

これは冷凍食品になってしまう。

『おねがいしまーす!!!』

団員たちはそれを言うと、すごいスピードで元の席に帰っていった。うん、早い。

そして、机に向き直れば、正面にはハストさん。

ハストさんは一つ息を吐くと、すっと目を伏せた。

「シーナ様、申し訳ありません。団員たちが失礼なことを……」

「いえ、団員の方たちが言いたいことはわかりました。つまり、私とハストさんはずっと一緒ということですよね」

「……え」

私の言葉にハストさんは珍しく呆気にとられた顔をした。

伏せていた目は見開かれ、なんだか頬も赤い。

だから、私はそんなハストさんに、安心して欲しい、と力強く頷いた。

うん。団員たちが求めているものは理解した。

団員たちが求めているもの。一方が厳しく教え導き、もう一方が優しく包み込む。

二人三脚で育てていくという、この感じ。

しっている。わたし、しっている……!

「これは担任と副担任の関係ですね」

そう。これは高校生活を送る2-E組に対する援助である。

二年E組~ハス八せんせぇ~! である。

「私、しっかり支えていきます」

――副担任として……!

小井(いさらい) 椎奈(しいな) 、平凡なOL。

私はこの異世界で、副担任として、楽しく生きていく!