作品タイトル不明
会いたくて震えて
ゼズグラッドさんの言葉を聞いて、みんなですぐに宿を出た。。
すれ違う人たちは、口々に魔魚について話しながら、波止場から遠ざかるために、逃げているようだ。
私たちは人波に逆らいながら、波止場へと急ぐ。
波止場は、私たちの宿があった砂浜とは違い、海に向かって陸地がせりだしており、舟がそのまま着岸できるようになっている。
大きな舟は停まっていないが、小舟がたくさん並んでいた。
そして、そこにいたのは――
「クジラみたいですね……」
「うん。でも、クジラより不気味……」
海にいたものを確認して、雫ちゃんと話す。
サイズはクジラやシャチを彷彿とさせるぐらい、大きい。
でも、哺乳類のようなかわいいフォルムはしていなくて、the・魚! という形をしていた。
ミニバンぐらいのサイズの魚。それが夜の海で、背びれと目を出し、こちらを見ているという、街の人が逃げ出したくなる気持ちも納得の光景だ。
「いきなり波止場に現れたけれど、ああやってこちらを見ているだけだ。今は街のやつが警備の兵を呼びに行ったから直に到着するぞ」
ゼズグラッドさんは魔魚を見つけた場面に遭遇したようで、街の人の様子を伝えてくれる。
「この街のやつらは魔魚の恐ろしさをわかっているから、野次馬もいねぇ。すぐに逃げ出した」
波止場には私たち以外、だれもいない。
物珍しいから、見ておこうと考えるような事態ではないのだろう。
「確認されたのは一匹か?」
「ギャブッシュと周囲を飛んでみたが、上空からはその一匹しか見つけられなかった。潜ってたらわからねぇ」
「わかった」
ハストさんの言葉にゼズグラッドさんが答える。
海にいるのはたった一匹。
でも、その大きさで舟にぶつかれば、波止場に停めてある小舟ならば、すぐに沈んでしまうだろう。
ちらちらと見える歯もギザギザとしていて、とても鋭い。
今は私たちが陸地であちらは海と、隔てられているからいいが、こんなものに海では出会いたくないだろう。
そして、海は広大で、あちらは泳いでどこにでもいける。
警備兵を呼んだとして、どうやって倒すのか……。
「あれが魔魚……」
「そうです。本来なら魔海から出ることができないはずのものです」
ぼそりと呟くと、スラスターさんが暗い海を見下ろしながら答えた。
陸から海の中を覗くことはできない。
それが私の心を不安にさせて――
「やります」
ハストさんはそう言うと、先を鋭く尖らせた木の棒を構えた。
……うん。たぶん、それで串刺しだね。わかる。モリみたいに使うんだよね。わかる。絶対に刺さる。あちらがどんなに泳いで逃げても、ハストさんなら仕留める。わかる。ヤるんだね。わかる。わかりみしかない。
不安が消え、一瞬で先が読める。
私はハストさんの邪魔にならないように、後ろへと下がった。
すると、魔魚はその場でふるふると震えだして――
『ギョォー!』
……え。
「シーナ様……っ!」
「シーナさん!」
「シーナ!」
「イサライ・シーナ!」
「っ……椎奈さん!」
「シーナ君!」
みんなが一斉に私を呼ぶ。
魔魚が、私をぎょろりとした目で私を見て、跳んだからだ。
私に向かって、まっすぐに……っ!
「お、おいしくなぁれ!」
こんなとき、持ってて良かった、三徳包丁(聖剣)。
私はちょっと焦りながらも、念のために台所から持ち出したそれを魔魚に向かってかざした。
すると、跳び上がった魔魚の体がきらきらと光って、小さくなっていく。
そうして現れたのは――
「もどりがつお」
戻り鰹。
秋の旬だよね。春の初鰹より脂が乗ってておいしい。
体長は80cmぐらい。なかなか大物。紡錘形で背中の黒色がお腹にいくに従って、白くなっている。側腹部にある横縞がきれいだね。
実際の戻り鰹は黒潮に沿って北上して、秋に南下する。その南下した場所で獲るから戻り鰹と呼ぶので、異世界で獲れたこのカツオを戻り鰹と表現していいかは微妙だ。
でも、きっと戻り鰹。
脂がのってそうだし。戻り鰹!
「ハストさん! 締めてもらってもいいですか?」
波止場に打ち上がり、ピチピチと跳ねるカツオ。
このままでは身が傷んでしまう……!
「はい」
私のお願いにハストさんは素早く動き、カツオを捕まえると、木の棒でカツオの眉間をぐっさりと差した。
刺された瞬間にビクビクッと動いたあと、動かなくなるカツオ。
「血抜きもしますか?」
「お願いします」
おいしくいただきます。
「本当は私ができればいいんですけど、こんなに大きいカツオは自信がなくて……」
「暴れる魚は危険です。下処理はお任せください。それに――」
ハストさんがふっと笑う。
「――シーナ様に頼っていただけるとうれしい」
心配ない、と言ってくれるハストさんに、本当に安心する。
魔魚を見て、不安だった心が今はウキウキとしていた。
「雫ちゃん、カツオだよ。きっとおいしいよ」
ごはんを思い浮かべると、思わず笑ってしまう。
だから、雫ちゃんも喜んでいるだろう、と思うと雫ちゃんは不安そうに私を見ていた。
「あの……椎奈さん……」
言い辛そうな口調。
それに、私はハッとあることに気づいた。
「いや、いや! 違うよ雫ちゃん。私は魚料理なんて全然考えてないよ!」
そう。私はお肉のことを考えると魔獣を呼び寄せてしまうわけだから、魔魚も呼び寄せる可能性がある。
魔獣のほうは雫ちゃんがすごく強い結界を張ってくれたから、問題はなくなった。
あと、呼び寄せるといっても「お肉食べたい」は大丈夫で、「○○を食べたいから、○○来ないかなー」みたいなのが危険だというのも、なんとなくわかる。鳥型魔獣と猪型魔獣は、そういう感じで考えてしまったし。
なので、無実です。
私はカツオ料理を考えてはいない。
無実……!
でも、雫ちゃんの顔はまだ曇ったままで……。
「そうですよね……でも、あの魚……椎奈さんだけをまっすぐ見て、喜んでいるように見えたので……」
たしかに。
「……鳴いたあと、私に向かって、跳んできたよね」
それは間違いない。
反論できずにいると、スラスターさんが右口端を上げて笑った。
「やはり貴女はおもしろい」
笑うスラスターさんと、私をじっと見つめるみんな。
すると、カツオから内臓を取り出していたハストさんが低い声で告げた。
「……シンジュだ」
ハストさんが手を開く。
そこには白く輝く真珠があった。