軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24.ゴーラン騎士団の春と夏3~アルヴィン~

人さらい以外でもアルヴィンの悩みは尽きない。

近年アルヴィンとその側近は領内のダンジョンの地熱を使った温室栽培に力を注いでいた。

温室でオレンジやレモンなど高値で売れるフルーツを栽培し、販売ルートを築き売り出しにこぎ着けた。

品質も良く、外国からの輸入品より新鮮なため、評判は上々だ。

そうなると、欲の皮の突っ張った中央貴族が出張ってくる。

苗木や土、栽培のノウハウを盗もうとしたり、作業員を引き抜こうとしたり、なんとか美味い汁を吸おうとあの手この手でやってくる。

中でも悪質なのがギール家とその手先の商会で、彼らは難癖を付けてダンジョンごと温室を手に入れようと企んだ。

ギール家は金だけは持っているので、貧乏な領だと金に目がくらんで――あるいは脅されて――すべてを売ってしまう。

もちろんアルヴィンはその手は食わない。すぐに追い払った。

結局ダンジョンの地熱を利用した珍しい果物作りは、簡単に真似が出来る技術ではないので、中央貴族達は断念したようだ。

それでようやく一息付けると思えば、次に彼らは気になる動きを見せた。

人を介して分からぬようにしているが、領外の人間が領内の特定の土地を買おうとしている。

領外の人間が別荘地だのなんだのと土地を欲しがるのは特段おかしなことではないが、それにしても場所が妙だった。

山奥の、すでに何十年も放置されたダンジョン跡だ。

何百年とダンジョンだった土地はダンジョンコアを抜いても地質が変質しまっていることがある。

そこもそうした場所で、非常に痩せた土地なため農地に出来ず放置している。近年の調査でトロナ石という鉱石の鉱床であるということが分かったが、塩に似ているが塩ではない。使い道のないただの石のようなものらしい。

何故不毛の土地を中央貴族が欲しがるのか?

今のところ彼らの狙いは調査中で掴めていないが、知られていない水源地だとか重要な土地だと困るので、領主預かりにして土地を守っている。

さらにオレンジやレモンといった高級柑橘類の売り上げが順調なので、アルヴィンは新たにカカオという南国の実の栽培にも着手した。

これは果実ではなく最近輸入が始まったチョコレートというものの原料だそうで、「儲かりそう」な雰囲気はあるがまだ海のものとも山のものともつかない。

そんなこんなで夏の間も忙しく領地を飛び回っていたアルヴィンだが、夏の盛りの砦視察は、良い骨休めになった。

冬は寒いが、夏の砦は涼しく、避暑にはもってこいだ。

会議室の窓を開けると心地よく爽やかな夏の風が吹いてくる。

「例のスロランの人さらいはどうなった」

しかしながら幹部を集めて行われた会議はかなり物騒な一言から始まった。

「上手くいっとります。捕まえた者の供述によれば、取り逃がした賊は一人もおらんようです」

と隊長のサミュエルが答えた。

「一人も、とはすごいな」

「はあ、あいつらが山越えしようという時は良く霧が出て、山道が使えず、街道に出るしかないようです。そこを我らの巡回に引っかかると具合でして」

「毎回か?」

「はい」

「…………」

アルヴィンはそれを聞いて、「随分と都合の良い偶然だな」と思ったが、これだけ広域に渡って霧を発生させるというのは、どんな優秀な魔法使いでも不可能な芸当だ。

神か精霊か、人知の及ばぬ何かか子供達を哀れんだのだろう。何にしろありがたい話だ。

スロランの人さらい達が中央部の裏社会に繋がっているのまでは分かっているが、領外、さらに外国が関わること故、それ以上の手出しは出来ない。

組織を叩き潰すことが出来ない現状、ちまちまとした水際対策でしのぐしかない。

人さらいだけではなく、隣国との取引が好調で人の往来も盛んになっている。それらの人々を狙い、山賊達も出てくる。

その対策についても話し合いをし、休憩の時、

「アルヴィン様、お一ついかがですか?」

紅茶と一緒に木の棒がついた白い塊を出された。

「なんだ?」

「アイスキャンディです」

「ほう」

ミルク味の甘い氷菓で、普段食べているアイスクリームよりあっさりしているが、ちょっとつまむにはちょうどいい。

木の棒に刺さっており、片手で食べられるようになっているのも便利に思えた。皿を使わずどこでも食べられるのでこれは重宝されているだろう。

さっくり数口で食べ終えてしまった。

普通のアイスクリームより硬く、そのくせ溶けやすいのが難点で、すぐに食べきれるよう小さめに作っているそうだ。

「旨いな、ここの料理人が作っているのか?」

「いえ、山を下りたところの民家で作ってもらってます」

「そんな遠くから持ってきて溶けないのか?」

「氷の魔石で冷やして持ってきますので」

「ああ、魔石か。なるほど」

氷の魔石はそのままでも冷たいが、水系の魔力を加えると凍る性質を持つ。

アイスキャンディの型に牛乳と蜂蜜を混ぜ合わせた液を注ぎ、棒を差し、氷の魔石を入れたクーラーボックスで冷やす。そして待つこと三、四時間で出来上がる。

牛乳だけではなく、ベリーなどのジャムが原材料のフルーツバーの時もあるが、どちらにしてもアイスキャンディの液を入れて凍らせるだけだ。

「アイスクリームに比べて作り方が簡単だな。この辺の民はこんなものを食べているのか?」

アルヴィンはそう尋ねるとサミュエルは頭を振る。

「水系の魔法使いがいないと作れませんから、庶民には難しいでしょう。アイスキャンディの型はそこの家のものですが、納屋の奥に放置されていたとか」

魔法使いを積極的に採用しているため騎士団内で魔法が使える者は少なくないが、一般庶民の中ではかなり珍しい。

サミュエルの話ではその民家にあったアイスキャンディの型とクーラーボックスに魔力を流して貰えないかと頼まれたらしい。

以後は魔力を提供する代わりに作ったアイスキャンディを半分貰って帰っているそうだ。

氷の魔石は魔石の中では珍しい部類に入るが、フースの町近くのダンジョンは氷の魔石が比較的良く採れる。

アイスキャンディ用に使われているクーラーボックスには小粒の氷の魔石が八つ入っていた。

魔石はサイズが大きく純度が高いほど値が張る。だがこのくらいの小さいサイズで純度もさして高くないなら庶民にも手が届く。

アイスキャンディの型も近くのダンジョン産だ。

アイスキャンディの型は頑丈で、力を加えると容易く変形し、急な温度変化に耐えられるものが望ましい。

鉄サソリと呼ばれる魔物の皮がこれにピッタリで、近くにダンジョンがないとなかなか手に入れにくい素材だ。

昔は今よりずっと多くの魔法使いがいた。

特にゴーランではそれら魔法を使える女性達は魔女と呼ばれて恐れられつつも尊敬され、人々の生活を豊かにしてきた。

古い農家などでは、彼らが使っていた生活に便利な器具が残っている。

「なるほどな」

とアルヴィンは感心した。

「……さてと、どうしたもんかねぇ」

夏の終わりに「最後の」人さらい達が逮捕され、サミュエルは一連の人身売買組織についての調書を作成していた。

この夏は何故か人さらいが山を歩く時だけ霧が出て、人さらい達は目立たず通り抜けられる山道を諦め、街道に出るしかなくなった。そこを巡回の騎士達に見とがめられ、全員逮捕された。

組織はゴーラン地方の山に慣れた男達を雇ってシーズン最後の一稼ぎを計ったが、彼らも捕まった。

「どうしたもんかねぇ」

サミュエルが悩んでいるのは、その最後の人さらい達の逮捕に協力した民間人リーディアの扱いだった。

協力したというかほとんど彼女一人で取り押さえた。

だが正直に調書に書くと「一体彼女は何者か?」という話になる。

思い返すとリーディアは不思議な女性だった。

リーディアとサミュエルが初めて会った時、彼女は近所の青年に言い寄られていた。

その時はどこか弱腰に見えたリーディアだったが、若い騎士達のあしらい方は上手く、貴族かそれに類する階級に属していた女性で、かなり高度な教育を受けていたのはすぐに分かった。

馬に精通しており、大きな一軒家を一人で取り回せる技能を持ち、料理上手で、荒事に慣れているが、世間知らずという、どこかちぐはぐな印象の女性だ。

そして何故、こんなところにやってきたのか、リーディアは素性については話したがらなかったので、サミュエルも聞かず、自分がゴーラン騎士団ではそれなりの地位にいることも話さなかった。

リーディアには何かに打ちのめされた人間がそうであるように、世間を拒絶するような雰囲気があった。

ごろつきの情婦や国内外からやってくるどこかの間者なら容赦しないサミュエルだが、よそからここに逃げてきて、ようやく落ち着いた生活を営み始めた若い女性を追い詰める気になれなかった。

「騎士だな、ありゃあ」

サミュエルは一人、そうごちる。

捕り物の最中、つい部下にするように話しかけたサミュエルに対し、リーディアは地が出たのだろう、とっさにやたらハキハキと答えた。あれは間違いなく同職だ。

どこかの騎士団に所属していた女性騎士だろう。

作成した調書は騎士団内部で処理される書類だ。

だが人さらい達は外国の組織で、広域で活動する組織に対しては他領と連携することもある。

何かの拍子で外部の人間が調書を見る可能性は低くない。

それがリーディアの元同僚なら、彼女に気づくかもしれない。

子供達はリーディアが保護しなければ、売り飛ばされていただろう。

サミュエルは考えた末、リーディアの名を秘すことにした。

調書には協力者、民間人一名とだけ記した。

「ああ、それと、あいつか」

その後にサミュエルは精霊、フォグボアと付け加えた。

こうして世にも珍しい精霊が介入した調書が出来上がり、

「まったく……。貸し一つだぞ、サミュエル」

調書を読んだアルヴィンは苦笑いしながら判を押した。