軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21.ここは宿屋です!

翌朝、私は人さらいを捕まえたことを伝えるため、町に出る支度をしていた。

子供達はよく寝ている。起こして一緒に町に行くってのも手だが、同じく二階にいる男達を刺激しかねない。

少々危険だが愛馬のオリビアを駆り、一人でサッと行ってサッと帰ろう。

しかし準備を終え、さあ出かけようという時、玄関のドアが叩かれた。

「……どちら様で?」

昨日の今日なので少々警戒しながら応対する。

「ゴーラン騎士団だ」

だがやってきたのは熊男達だった。

「はいはい、今開けます」

向こうから来てくれるとは運がいい。

私は一も二もなくドアを開けた。

「良かった。ちょうど町に行こうと思っていたところなんです」

「何か、あったかい?」

と熊男が眉をひそめる。

「実は昨日、子供を連れた怪しい男達がやってきました」

熊男は顔色を変えた。

「そいつらは今どこだ?」

「縄で縛って二階に転がして置いてます。人数は五人。一人ずつ個室、丸腰です」

「おい」

と熊男は後ろに控えていた三人の騎士に声を掛ける。

「例の人さらいどもが上にいる。丸腰で捕縛済みだそうだが、気をつけろ」

若手の騎士達は素早く動いた。

「はっ」

普段の彼らからは想像も出来ないような真面目な声で返事すると、同行した三人の騎士はデカイ図体で音もなく二階に駆け上がった。

「子供は?」

「無事です。ざっと見たところでは怪我もありません」

「嬢ちゃん一人でやったのか?」

「ええ、夕食に眠り薬を仕込んだら、疲れていたのかすぐに眠ってしまいました」

私は怪しまれないように昨日必死で考えた作り話を熊男に話す。

「そうかい。そりゃお手柄だ」

熊男はあっさり言った。

……信じたのか?

熊男はゴーラン騎士団の中でも名のある騎士と見受けられる。私のほら話に騙されたか疑わしいが、「本当に信じました?」と問いただすわけにもいかない。

私は話題を変えた。

「あのー、皆さんどうしてこちらに?」

「ああ、俺達はフースの町から砦に戻る予定だったんだが、急に霧が出てね。突っ走ろうとしたら、霧の中に猪がいたせいか、馬がおびえちまってな。それでここに立ち寄らせてもらうことにしたんだ」

思わず私は呟いた。

「フォグボアが呼んできてくれたのか……」

「あれが霧の猪ってやつか。なるほど精霊の仕業か」

この辺りでは妖精達の話は広く信じられている。だが妖精は用心深く、滅多に人前に出ることがないので、実際のところおとぎ話の中の架空の存在だと思っている人がほとんどだ。

町の人々はそんな感じだったが、熊男はフォグボアの存在を肯定的に受け止めていた。

「あいつらは人さらいなんだが、奴らが山越するって時に限って霧が出るそうだ。霧の中で猪の姿を見たって者もいる」

「あー」

そりゃフォグボアの仕業だな。

霧の中、山道を歩くのは非常に危険だ。そのため人さらい達は街道を通らざるを得なくなり、そこを巡回中の騎士団に捕まるケースが続発したそうだ。

「もう人さらいもゴーランを通る道は使わねえだろう。フォグボア様々だな」

熊男の口ぶりだと、犯罪組織の正体は分かっているみたいだな。証拠不十分で手が出せないってところか。

さらわれた子の末路は悲惨だ。

熊男としては人身売買を防げるなら精霊だろうが、少々怪しい独身女性だろうが構わないって心境だろう。

ゴーラン騎士団が手をこまぬく相手っていうと、どこだろうか。

国境警備を担う辺境騎士団は中央軍に次ぐ権限を持っている。そこが手出し出来ないというと辺境伯家以上の爵位を持つ家やがっちり権力に入り込んだ巨大な商会やギルドに限られる。

中央か――?

そう考えて、私はハッと我に返る。

いかんいかん、もう引退したんだし、私に出来ることは何もない。

そして熊男達ゴーラン騎士団に出来ることも気が遠くなるほど地道な作業だ。

売られそうだった子供を保護し、密売組織の下っ端を捕まえて、組織の力をそぎ、犯罪を「割に合わない」と思い知らす。

末端の騎士は物事を根本から変える力はないが、大樹の枝葉を切り、根を枯らすことで、巨大な組織を倒すのだ。

人さらい達は騎士達の手により逮捕され、フースの町に一人が応援を呼びに、熊男を含めた残りは我が家で待機する。

騒ぎに気づいて子供達も起き出し、厳つい熊男を見て泣き出しそうになり、それを部下の若いのがなだめたりと、一悶着あったが、とりあえず子供達に朝食を食べさせる。

子供達が元々着ていた服はかなり汚れていたので、我が家にあった子供用の服に着替えさせた。

昔、ダンジョン経営が盛んになる前のゴーラン地方では、農繁期に子供と一緒に農家で住み込みで働くのはよくある光景だったらしい。

その頃の名残で、我が家には子供の服が残っている。

子供達はゴーラン領内の修道院に引き取られたことになった。

我が国と南国スロランは近年関係が良くない。そのため子供達はすぐには親元に戻ることが出来ないそうだ。

ゴーラン領の司教は徳の高い聖職者と評判の人物だから、子供達も穏やかに暮らせるだろう。

***

その後も急な雨に雨宿りをさせてほしい人、山越えで体調を崩した人など、理由は様々だが、毎日のように我が家に人が訪ねてきた。

天候が回復しなかったり、少し長めの休養を必要とする人はそのまま泊まってもらうこともしばしばである。

夏が終わる頃、私はここを宿屋にしようかと悩むようになっていた。

ただの民家である我が家に駆け込むというのは、大層困ってのことである。

助けを求めて来た人が「入っていいか躊躇した」と言うのをよく聞いた。我が家が何かの店屋なら気軽に立ち寄れる人もいるだろう。

日頃街道を通る人からも「ここに料理屋があると助かる」と言われている。

ここに来て私は、自分の料理を食べた人が笑顔になるのが嬉しいと感じるようになった。

店を営むなら、宿屋がいい。

普通の家だと寝る場所に困るだろうが、我が家はベッドが置かれた部屋が十室近くもあった。

洗濯は物置になっていた部屋を片付け、室内干し用の部屋にすることで解決した。

町の魔石屋で買った風の魔石と火の魔石を壁にたくさん貼り付けた小部屋である。魔力を込めて魔法を発動させれば、バスタオルも二時間で乾燥出来る。

風呂は大風呂を直したので快適に使える。

泊まった人の中には自分で編んだ麦わら帽子をくれた人もいた。宿屋の代金は金子だけでなく物品や労力で払ってくれても構わない。

ゴーランでは宿屋を営業するのに許可は必要ない。

故にやろうと思えば今日からでも宿屋が営めるのだが、なかなか踏ん切りが付かないでいた。

私は騎士として働いてきて多くの人が知らないことも経験しているが、逆に世間が狭いところがある。

そんな人間が客商売をやれるのか、不安がある。

そもそも人目を避けて辺境に来たのに、どうしてこうなった?

宿屋をやりたい気持ちはあり、町に出た時、鍛冶屋に立ち寄り、店の前に吊るす宿の看板をつい衝動的に作ってもらってしまった。

屋号は楡の木荘。

だが、本当にいいのか?

これ、吊るしたら終わりだぞ。

いや、始まりか?

ぐるぐると色々考えたが、結局結論は出せず、私は看板をそっと食堂の棚の目立たない場所にしまいこんだ。

しかしそんな夏も終わりのある日。

「おい、 リ(・) ー(・) デ(・) ィ(・) ア(・) 、酒」

しばらく顔を見せてなかった近所の農家の青年だが、人さらいがいなくなり騎士団の巡回も一息ついた頃、再びやってくるようになった。

今日は彼の家に頼んだじゃがいもと人参の配達だ。麻製の大袋四袋分だから重たいは重たいが、青年とその友人四人で来ることはないだろう。荷馬車に乗って来たんだし。

実は宿屋をやろうとしたもう一つの理由はこういう青年の存在だ。料理を出したり風呂や宿を貸したりすると相場以上の金銭や物品や労力で返してくれる人がほとんどなんだが、この青年のように我が家を無料の料理屋と勘違いしている人間もいる。

まあ代金は支払ったが、わざわざ持ってきてくれたのだ。客としてもてなすのはやぶさかではない。お茶とお茶菓子くらいは出す。

だが仲間がいて調子に乗ったのか青年は我が家の食堂の椅子に足を投げ出し、

「おい、酒だよ、リーディア。すぐ出してくれ。あと何か酒の肴も持ってきてくれ」

と昼間から酒とつまみを要求したのだ。

オマケに私を呼び捨てとは何事か?

「……はあ?」

と聞き返した声が二オクターブくらい低かったのは仕方あるまい。

だが青年は私の怒りに気づきもせず言ってくる。

「気が利かないな、酒だよ」

「昼間からお酒は感心しませんね。それに出す理由がない」

「おいおい、酒くらい出してくれよ。仕方ねぇな」

と青年は立ち上がり、酒瓶が置いてある棚から勝手に取り出そうとする。

青年が酒に手に取る前に、私は彼の手をペチッと叩いた。

「痛っ、何するんだ」

それには答えず私は言った。

「 お(・) 客(・) さ(・) ん(・) 、うちは昼は酒を出しません。飲みたければよそに行って下さい」

「お客さん?」

「おいおい、結婚するって相手にそんな言い方はないだろう」

青年の仲間の一人は、そんな妙なことを言ってきた。

私は思わず眉を吊り上げる。

「結婚?冗談じゃないですよ。こんな奴はごめんですよ」

「こんな奴って……」

「えっ、話が違うんじゃないか?」

「おかしいと思ったんだよ、リーディアさんと結婚だなんて……」

と無理矢理連れてこられたらしい付き合いのある近所の若い子が言い出した。

仲間の声に青年は焦ったように言いつくろう。

「いや、でもさ、リーディア……さん、近所の人間に向かってお客さんだのよそ行けっていうのは角が立つだろう。その話は後でゆっくりするからさ」

青年は私をなだめにかかる。

「私に話はありませんよ。お茶を飲ませたんだから、近所づきあいは十分でしょう。お酒は出せないし、追加のご注文は有料ですよ。嫌だったらさあ、お帰り下さい」

「帰れって、リーディアさん、冗談きついよぉ」

と今度は泣き落としだ。

「大体、『うち』とか『注文』とか何の話だよ、ここ、ただの農家だろう?」

「いいえ」

私は飾り棚の奥においた看板を取り出した。

「――ここは宿屋です!」