軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

現役領主夫人は期間限定で宿屋を営業中2

ゴーランに戻って三ヶ月後、リーディアとアルヴィンは結婚式を挙げた。

二人の結婚式は南部や北部の辺境伯、フィリップ王も列席したそれはそれは盛大なものだった。

国内だけではなく、スロラン王も、隣国西の国の第一王子、ロママイ国のリオ王太子まで祝いに駆けつけた。

リーディアは既に絶えてしまったと思われていた獣化の魔法使いライカンスロープで、彼女の話を多くの魔法使いが聞きたがった。

レファもライカンスロープだが、レファなので、あまり研究の役には立たないのだ。

ひょっこりリーディアを見い出したという老師も訪ねてきて、彼はゴーランを気に入って定住までしてしまった。

「老師、いくつだ? まだ生きていたんだなぁ」

と言いながら、リーディアは彼を喜んで迎えた。

そんな風にやってきた魔法使い達をスカウトして、リーディアは小さな学校を作った。

ノアのように妖精が見える子や魔力が強い子は一般の社会では恐れられたり、持て余されることがある。

そうした子が集まって暮らす寄宿舎だ。

ノアはその学校に通い、リーディアや老師に魔法を学んだ後、王都の魔法使い養成所に入った。

リーディアが始めた楡の木荘は、リーディアが領主夫人になってから、「領主夫人が経営している宿」としてゴーラン領主夫人にお近づきになりたい人達がこぞってやってくるようになってしまった。

だが、それは一時のことだ。

楡の木荘は変わりなく営業しているが、料理人をはじめ従業員は領主の館から派遣された者達でリーディアはいない。

そう聞くと、潮が引くように彼らはやってこなくなった。

けれど楡の木荘の雰囲気や料理が気に入っている人は多くて、常連はたくさんいる。

長い間通っている常連は、一週間に一回くらい食事をしていて「味が違うな」と思う時がある。

いつもより美味しいとか不味いとかではなく、ちょっと違うのだ。

そういう日にはキッチンに向かって「美味しかったよ、ごちそうさま」と大声で言うようにしている。

いつもは「あざーす」と野太い男性の声だが、そういう日は少し低い女性の声で返事が返ってくる。

「ありがとうございます。お気を付けていってらっしゃい」

楡の木荘にはもう一つ、噂がある。

それは楡の木荘に行くと青い髪と青い瞳の小さな妖精が現れて、大怪我を負うだとか死ぬとかとても不吉な予言をされたというものだ。

大抵の人はその話を聞いてひどくおびえるが、予言された場所や物事を避けて命拾いした人もいる。

難を逃れた人達は再度楡の木荘を訪ねて、こっそりとお礼を言う。

「幸福の妖精さん、おかげで助かりました」

おかしな噂が立つと困るから、皆、内緒にしている。

でもゴーラン地方では、へんぴなところに建つ小さな宿屋に泊まると幸運の青い妖精に会えるという話が密かに密かに伝わっている。

リーディアの愛馬オリビアとレファの愛馬ルビーはとても仲が良かったが、互いの主の理由で離ればなれになってしまった。

意気消沈するオリビアを慰めたのは、アルヴィンの愛馬フォーセットである。

それで情が芽生えたのか、オリビアはフォーセットの子馬を産んだ。

ノアの愛馬は二頭の最初の子ロザだ。

「馬があればすぐにゴーランに戻ってこられるだろう」とアルヴィンがくれた。

ノアはそのロザを駆ってゴーランに向かう。

リーディアは王都から七日かかってフースの町にたどり着いたが、ノアとロザは早く皆に会いたくてうずうずしている。

そうして駆けて駆けて一人と一匹は三日半かけて楡の木荘にたどり着いた。

「ついた……」

ロザから下りたノアはほうっと息をつく。

リーディアは今、いつも住んでいる領都のお屋敷ではなく楡の木荘にいる。

リーディアの領主夫人業はただいま産休中だ。

「少しは動かないと」とこっそり楡の木荘に戻って働いていると手紙にはそう書かれていた。

ロザは首を振ってそわそわしている。

「ぶるる」

柵の向こうからオリビアとフォーセットが愛娘のロザを見ているのが気になるのだ。

ノアはそんなロザの首筋を撫でる。

「今、お父さんとお母さんに会わせてあげるね」

厩にロザを連れて行こうとすると、母屋のドアが「バーン」と勢いよく開いて誰かが飛び出してきた。

「ノア! ノア!」

と嬉しそうに駆けてくるのはリーディアの息子のアーサー三歳だ。

「アーサー様、いけません」

ノアはあわてて彼を止める。

馬に近づいて蹴られでもしたら大変なことになってしまう。

そんなことはお構いなしに走ってくるアーサーだが、激突する直前で、

「ぶも」

と声がして、アーサーは大きな黒い牛に服を咥えられて止まる。

ウルだ。

ウルは俊敏に前に回り込むと、うずくまる。小さなアーサーにとっては、目の前に突然大きな山脈が現れたようなものだ。

「どいて! うりゅー」

アーサーはウルを乗り越えようと四苦八苦だ。

ノアは「はー」と安堵の息をつく。

「ウル、ありがとう」

ウルはノアを振り向いて「ぶも」と返事する。

その背に悪戦苦闘するアーサーがしがみついている。

一匹と一人を見ていたノアの手から手綱が離れる。

一瞬驚いたが、ノアはすぐに安心した。

「おい、馬の世話はしておいてやる。早く中に入れ」

声の主はブラウニーだ。いつの間にか、ロゼの背中に乗っている。

いつも通りのしかめっ面で彼はぶっきらぼうに言った。

「王都なんかじゃ絶対に飲めない美味しい水に、王都なんかじゃ絶対に食べられない新鮮な牧草を食べさせてやるよ」

そんなことを言うものだから、ロゼは喉を鳴らす。

ノアは笑ってブラウニーに頼んだ。

「ありがとう。じゃあ中に入らせてもらうよ」

ブラウニーは横を向いて、

「ふん、おやつは半分よこせよ」

といつもの取引を持ちかける。

「うん、ありがとう、ブラウニー」

「ノア!おかえりなさい」

うんしょとウルを乗り越えたアーサーがノアの足にしがみつく。

ノアはアーサーを抱き上げる。

「ただいま帰りました。アーサー様」

「うふふ」

アーサーはご機嫌に笑う。

アーサーを抱っこしたノアは、家に向かって歩き出す。

ドアには『本日、休業』の看板が掛かっているが、ドアの向こうからはいい匂いが漂ってきている。

これはビーフシチューの匂いだ。

主人のリーディアの好物で、皆も大好き。

楡の木荘ではとっておきにいいことがあった時に作られるご馳走の一つだ。

例えば、遠く離れた家族が揃う時に。

「今日はご馳走だね」

ノアがそう言うと、アーサーも「うん」と笑う。

わくわくしながら、ノアがドアを開けるとチリリンとドアベルが鳴る。

何も変わってないけど、何かが変わって。

でも変わらないものがきっとある。

「ただいま、リーディアさん」

「ああ、おかえりなさい、ノア」