軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14.幸福なキス3

聖女リーディアは勇者アルヴィンの旅の仲間で、『聖女』の敬称で分かる通り、回復と浄化の魔法の使い手として有名な人物だ。

我が国では人気があり、女性には非常に多い名前である。私もそんな子供の一人だった。

ただ私は…………。

「元々私は光属性ということで回復魔法師になることを期待されて魔法使い養成所に入りました。ですが私は回復魔法の才能がなかったんです」

私なりに必死に修行したが結局初級以上の回復魔法に目覚めることはなく、むしろ光属性には珍しい攻撃魔法の方に才があり、私は最終的に魔法騎士となった。

紆余曲折あったが、魔法の修行に励んだおかげで私はセントラル騎士団でも実質ナンバーワン、公称五指に入る魔法騎士となった。

なんでそんなことになったかというと、下級貴族出で女性の私がトップだと余計な軋轢が生まれるので、有耶無耶にされたのだ。

まあそれはともかく、決して順風満帆な道のりではなかった。

「名前のせいで聖女リーディアと比べられることが多かったので彼女のことは苦手でした」

これまで人に打ち明けたことはなかったが、アルヴィンに話すと少しすっきりした。

聖女リーディアは悪くないし、今となっては取るに足らない悩みだが、子供の頃はかなり真剣に嫌だったのだ。

偉大な英雄の名を持つ者同士、アルヴィンはしばらく同病相憐れむという風に私を見つめていたが、ふと視線を教会に向ける。

「……俺の名は、亡くなった祖父が勇者アルヴィンにあやかって付けた。当時はまだ辺境地と中央もこんなに仲が悪くない頃で、ゴーランでもよくある名前だったんだ。だが……」

アルヴィンは何かに耐えるようにうつむく。

「両親が亡くなってからは自分の名前が大嫌いになった。彼は国王の先祖だ。そんな奴の名前は俺やゴーランを縛る鎖のように思えた。何も出来ない非力さが腹立たしくて、惨めで、本当に嫌だった」

私よりひどいな。掛ける言葉もない。

どんなに嫌でもアルヴィンはその名を捨て去ることは出来なかった。

それは王に対する反逆を意味するからだ。

「でも」

と顔を上げたアルヴィンの表情は凪いでいた。

「確かに俺も今は嫌いじゃないな。彼はまことの勇者だった。時を超え、俺達を助けてくれた」

皆が力を注いだ魔石は勇者アルヴィンがダンジョンから持ち帰ったダンジョンコア、ベガだ。

確かに時を超え、勇者アルヴィンは我々を助けてくれた。

けれど。

「アルヴィン」と私は彼の名を呼ぶ。

「私にとって勇者はあなたのことです」

アルヴィンは驚いたように目を開いて、その後、微笑んだ。

「リーディアがそう言ってくれるなら、この名前で良かったと思う」

「つまらない話に付き合わせてしまって、すまなかったな」

アルヴィンは菓子クズを払いながら立ち上がると、わざと陽気にそう言った。

「いえ」

アルヴィンは日も暮れてきた空を見上げる。薄青色のベールを纏い始めた宵空に星が瞬いている。

「戻る前にどこか夜景でも見に行こうか?」

「ああ、それなら穴場がありますよ。もう私は見られませんが、アルヴィンなら行けるでしょう」

「?」

「あの上です」

私は教会の鐘塔を指さした。

鐘塔は五、六階建てくらいの背の高い尖塔だった。周囲にこれより高い所はないので見晴らしは実に良い。

「あそこか? 登れるのか?」

「中に階段があるので普通に上まで登れますが、今の時間は閉まってると思います。私は外壁をよじ登りました」

昼は騒ぎになりそうであまり登ったことはないが、日が暮れて何度か登って見た夜景は美しかった。

アルヴィンは呆れたようにこっちを見る。

「随分なことをしていたんだな」

「肉体強化魔法を覚えたての頃だったんで、色々試してみたかったんですよ」

「どうやって登ったんだ?」

鐘塔に足場はないので、肉体強化魔法だけで外壁を登り切るのは私には不可能だった。

そこで風の魔法で空中に見えない壁を作り、それを蹴って上がる方法を思いついた。

「肉体強化魔法と風の魔法です」

「ああ、それなら行けるか。よし、リーディア、登ってみよう」

「え、大丈夫ですか?」

「しっかり捕まっていろよ」

「はあ……」

アルヴィンは私を両腕に抱きかかえると、高くジャンプした。魔法で作り上げた見えない空気の壁を蹴り上げ鐘塔のてっぺんに無事に到達する。

「はあぁ」

鐘塔の屋根までたどり着いた私は思わず安堵の息をつく。

人に抱えられて登るのは、自分で登るのとはまた違った感じでスリル満点だ。

だが顔を上げると宝石箱をひっくり返したような煌びやかな王都の夜景が広がっていた。その美しさに目を奪われる。

「これは見事だな」

アルヴィンも感心している。

「綺麗だな。こんなに王都が美しいとは思わなかった」

「ですね」

軽い調子で相づちを打った私だが、次の瞬間、息を呑んだ。

「リーディア、これを」

そう言ってアルヴィンが私の左手の薬指にはめたのは、赤い宝石のようなものが埋め込まれた指輪だった。

ルビーとは輝きが違う。これは……魔石、いや。

「もしかして魔血ですか?」

魔血は魔力で固めると硬い石状になる。魔物の体から出る魔石はそもそも体内の血と魔力が何らかの形で固まり結晶化したものと言われており、原理的には同じものだ。

しかし人間の場合、かなり大量の血が必要でさらにかなりの魔力を注入しないとこんな綺麗な結晶にはならない。

魔法使いの間では愛の証として大昔はもてはやされていたらしい。ただ作るのに手間が掛かるのでとっくに廃れてしまった風習だ。

「ああ、作るのに時間が掛かってしまった」

「そりゃそうでしょうね」

現代でこんなもの作る人がいると思いませんでしたよ。

「…………」

アルヴィンは私の手を握ったままだ。

力を入れれば振り捨てられるだろうが、私はそうすることが出来なかった。

夢見ることは許されるだろうか。

このまま、二人で共に歩む人生を。

私達は結ばれた手を、じっと見つめる。

やがてアルヴィンはどこか感慨深げに私に尋ねた。

「リーディアは領主が『女嫌い』という話を聞いたことがないか?」

「あー、言われてみればそんなことをちらっと」

確かに以前から妙だなと思っていた。彼の側近は大抵男性なのであまり目立たなかったが、アルヴィンが自分から女性に話しかけるところを私は社交の席以外で見たことがない。

むしろ舞踏会で最小限だがご婦人に挨拶しているのを見て、「出来るんだな」と驚いたくらいで…………。

「あれは本当なんだ。『女嫌い』というより『女性恐怖症』だな。ある種の女性が怖くて仕方なかった」

アルヴィンは眼前の夜景に視線を向けるが、だが見ているのはその光景ではなく、ずっと遠くを見つめながら言った。

「俺は次期領主として周囲から厳しく育てられたが、それでも今から考えるとずいぶんと甘やかされてもいたんだ。切磋琢磨し努力すれば必ず報われると教えられてきたし、信じてもいた。けれども世の中というのは本当はとても理不尽で、横にぽっかり地獄の穴が空いていた」

地獄とはアルヴィンの叔父のことだろう。

ギール家の甘言にたぶらかされて、アルヴィンの両親を殺した。

「両親が死んだ後、爵位継承の許しを得るため俺は王都に向かい、王に謁見した。その時、あの女に会った」

「あの女」と呟いた時、アルヴィンの瞳に怒りが宿る。

「十五歳の少年に媚びるような態度で声を掛けてきた。信じられなかったよ。叔父とギール家の関係がうっすらと分かり掛けていた頃で、あの女はいずれ隙を見て俺を殺すよう叔父に指示していた。なのにそんなことはおくびにも出さずにベタベタ触れてきて……」

アルヴィンはその時のことを思い出したのか、身震いする。

ちなみに王は、親を喪った少年アルヴィンに駆け寄り、「優しく」声を掛けたキャサリン妃に感動していたそうだ。

「今なら王妃はああいう女で、男なら誰にでも媚びる。深い意味なんてなかったんだって分かるが、当時は子供だったから女性というもの自体が怖くなった。特に王妃に似た小柄で甘えてるみたいにべちゃべちゃ話す女が」

アルヴィンはその時から女性に触れられなくなった。

両親を失った悲しみを紛らわすように、領主の仕事に没頭した。

忙しくてそれどころではなかったので周囲も気にしなかったが、数年も経つとアルヴィンも適齢期。本格的に結婚をせっつき始めた。

そこでアルヴィンはまず見合いを始めたのだったが。

「最初はどこかに俺が愛せる女性がいるんじゃないかと期待してたこともあったんだが、……会う女性全員駄目だった。特に王都の令嬢は苦手で近づかれるだけでも嫌だった」

「そうなんですか……」

今更だが、一年くらい前、軽々しくどっかよその令嬢との結婚を勧めて悪かったな。

「年単位で見ると良くなっていて、最初は女性ってだけで怖かったが、五年くらい経つと会話ぐらいは出来るようになった。でも女性にはなるべく近寄りたくなかった。気づいたら『女嫌い』と噂されるようになっていた」

「……………………」

アルヴィンは割と本格的に女性恐怖症だったようだ。

「このまま一人で生きていくつもりだったが、リーディアと会った」

とアルヴィンは私を見て、微笑む。

「リーディアと話すのは本当に楽しかった。気づいたら女性恐怖症は治っていたよ。性別なんて関係なく、王妃は我欲の化け物だった。子供だった俺が恐れたのも無理はない。それにもうあの女はこの世のどこにもいない。もう彼女は誰を傷つけることも出来ない」

晴れやかなアルヴィンの瞳を見て私は思う。

――ああ、終わったのだ。

私は、そしてアルヴィンは、王妃の作った暗闇の中にいた。

だが、明けない夜はない。

いつかは朝が来る。

皆でつかみ取った明日が、来る。

失ったものは取り戻せない。だがどんな理不尽な苦しみも悲しみも人は乗り越えて行かねばならない。

時には誰かの手を借りて、誰かに手を貸して、そうして愛しい人々と生き物達と、光を目指して歩いて行こう。

「愛してます、アルヴィン」

「ああ、俺も愛してる、リーディア」

言葉と言葉が重なる。

手と手が重なる。

心と心が重なり、私達は幸福なキスをした。