軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

01.夏を迎える1

こうして新生活が始まり、アルヴィンは足繁く我が家にやってくるようになった。

とはいっても、彼も忙しい身だ。

二週間に一回の来訪が週に一回になっただけだが、領主として多忙なアルヴィンにとってかなりの負担だろう。

しかし「考えている」と言ったアルヴィンは本当にとんでもないことを考えていた。

「納屋の一階を半分使っていいか?」

と問われて、私は「どうぞ、ご自由に」と気安く了承した。

元農家の我が家はかなり広く、牛小屋と馬小屋と鶏小屋と畑の他に農繁期に作業場兼宿舎として使っていた頑丈な納屋がある。

今でも農作物の乾燥や保管に使用することはあるが、半分くらいなら問題ない。

アルヴィンは職人をそこに連れ込み、転移魔法陣を敷いた。

転移魔法陣は多くの魔法資材を使うため、制作には莫大な金が掛かる。

「何やってるんですか、あなたは? めちゃくちゃ金が掛かったんじゃないですか?」

呆れて尋ねると、アルヴィンは心なしか得意気に胸を張る。

「ほとんどの資材はダンジョンから自分で取ってきたから大したことはない」

「にしたって、転移魔法陣なんて砦にもない装備でしょうに」

宿を訪れる客の中には砦の騎士達もいる。

彼らが良く、「転移魔法陣欲しいなぁ」とぼやいているので知っている。

「砦のような軍の拠点は敵から不意打ちを食らう危険があるため、転移魔法陣は簡単に設置出来ない。ここはあの黒い精霊や様々な妖精がいる。良からぬ者が入り込めば彼らが知らせてくれる」

「へえ、そうなんですか」

「それに砦も大型の荷物を運び込む等、必要があれば簡易魔法陣を設置するぞ」

「へー」

同じ騎士職でも私はこうした物資の配給や整備の仕事にはほとんど関わってこなかったので、興味深い。

簡易魔法陣と魔法陣の一番大きな違いは耐久性である。

我が家に設置された転移魔法陣は「簡易」が付く方の魔法陣だった。

簡易魔法陣は魔石の代わりに魔血を使用している。そのため通常の魔法陣に比べ、安価ではあるが、定期的なメンテナンスを必要とする。

それが簡易魔法陣の一番の弱点だ。

だがアルヴィンは事もなげに言った。

「個人使用の装置なんでたかが知れている。俺は『飛べる』し修復も自分の血が使えるから大したことはない」

公の場では貴族らしく『私』と自称するアルヴィンだが、プライベートでは自分を『俺』と呼ぶ。付き合い初めてから少しずつ私達は会話に慣れて、彼が『俺』ということは増えていた。

転移魔法のことを魔法使いは『飛べる』と称する。

簡易転移魔法陣を描くには、『飛べる』魔法使いの魔力が篭もった血、魔血が必要だ。

ちなみに私も現役の頃は『飛べた』が、今は魔力不足で転移は出来ない。

転移魔法は魔法の中でも高コストで知られる魔法だ。

『飛べる』魔法使いが、わざわざ転移魔法陣を使う理由は、魔力の消費を抑えられるからである。

***

「あ」

所用でフースの町に立ち寄った時、アルヴィンを見かけた。

普段単独で来る時のアルヴィンのお付きはデニスだけだが、今日は文官らしい人物を数名伴っていた。警護の騎士も加わり、総勢十名ほどの一行は、視察か何かなのか道具屋の店先で町長や町の職員と熱心に話し込んでいる。

かなり距離があったがデニスは目ざとく私を見つけ、小さく会釈する。アルヴィンは、

「…………」

チラリとこちらに顔を向け、何事もなかったように会話に戻った。

今日のアルヴィンはいつものゴーラン騎士団の騎士服ではなく、乗馬服を着ていた。

領主らしく金の刺繍飾りなどが付けられ少し華やいだ装いだ。

隣国の血が混じったゴーランの地の人々は、我が国の平均体型と比べ、体格が良くどちらかというと厳つい。

母親が隣国人というアルヴィンも体格が良く、端正だがどこか野性味を感じる顔立ちだった。髪はこの国では珍しい黒髪だ。

体格の良さや黒髪は中央部の貴族の中では好まれる特徴ではないが、個人的にはいいなと思う。

我が国と隣国、二つの血が彼の中で調和している。

「普通に格好いいよなぁ……」

護衛や要人に囲まれているアルヴィンはいつもよりずっと領主然として、やはり遠い存在に感じられた。

数時間後。

「リーディア」

「アルヴィン様」

アルヴィンは我が家のキッチンにある勝手口から入ってきた、勝手口だけに勝手に。

デニスは一緒だが先ほど見かけた他の供はいない。

「あれ?他の方は?」

「やはりリーディアだったか、話しかけられずすまなかった」

私とアルヴィンの付き合いは、彼の一部の側近以外には秘されていた。

アルヴィンの警備上の「穴」になりかねない我が宿のことは極力隠し通す方針だ。

私はアルヴィン達に冷茶を出した。

庭で摘んだミントをたっぷり入れたアイスミントティだ。ミントは百種類もの品種があるそうで、これはレモンミント。その名の通り、柑橘系の爽やかな香りが特徴だ。

我が家は地下室に小さな冷凍スペースがあるので、氷が作れる。

夏が近づき野外は暑い。馬を駆けさせて来たアルヴィン達は旨そうに飲み干した。

「フースに何かのご用で?」

「ああ、カカオ豆のことで少しな」

「そうでしたか」

アルヴィンによると、カカオ豆の生産とチョコレートの販売はすこぶる順調らしい。

土壌が合ったのか、大当たりの豊作で、カカオ豆は採れに採れた。

そのカカオから作ったチョコレートを、アルヴィンは王都の貴族達に売り出した。

一粒金貨一枚という高値に設定したが、ものすごく売れているらしい。

「…………?」

私はそれを聞いて、違和感を持った。

美味ではあるが、貴族でも躊躇うほど高価な嗜好品が売り出してすぐに売れるだろうか。

アルヴィンはニヤリと人の悪い笑みを浮かべて、からくりを話し出した。

「王都ではギール家の息の掛かった商会が中心となってチョコレートを売り出している最中だった。ギール家のチョコレートはゴーラン産の三倍。一粒金貨三枚なので、それから比べると随分と安く、味が良い」

「うわぁ」

この人、ギール家が開拓した市場を横からかっさらったのか。

アルヴィンは楽しげに続ける。

「カカオ豆を遠い異国から仕入れていることを加味してもギール家のチョコレートは相当ふっかけた値段だ。しかも例のあの問題をギール家の使っている商会は克服出来ていない」

「あー」

例のあの問題というのは、溶けやすいというチョコレートの欠点のことだ。

元々チョコレートが我が国に飲み物として伝わったのはこれが理由だ。

別にゴーランも克服出来ていないが、魔石が豊富に取れるゴーラン領では、チョコレートを氷の魔石入りのボックスに詰めて売るので、最適の状態で提供出来る。

市場を荒らされたギール家は激怒したが、アルヴィンはどこ吹く風だ。

「フースには氷の魔石を買い付けに行った」

「ああ、そうでしたか」

フースの町はダンジョンに近い。目当ての魔石が購入出来るだろう。

アルヴィン達はここには顔を出しに来ただけで、夕食後には我が家に設置した転移魔方陣で領都に帰って行った。随分と多忙らしい。

……アルヴィンの体が心配だ。

魔法騎士は余計な魔力の消費が命取りになりかねない。

心配だがさりとて何が出来るわけではなく、ただ手をこまねいていた私のところにやって来た救い主は、意外な人物だった。

「リーディアさん」

ある日、森の近くで畑を耕していると、私は何者かに声を掛けられた。

振り返ると誰もいない。

「……?」

「こっちですじゃ」

視線を下げると、今育てている人参と同じくらいの背丈の小人が数名、立っている。

森のノームと呼ばれる小人達だ。

普段は森や畑におり、幾度か見たことはあるが、近づいてきたり声を掛けてくることはなかったので、私から話しかけることは控えていた。

そのノーム達が私に向かって虹色に光る 滴(しずく) みたいなものを差し出し、言った。

「リーディアさん、これは大地の滴と呼ばれるものです。滋養強壮の薬で、体内の魔力を安定させてくれます。足りないなら補い、過剰であれば鎮めてくれます」

「魔力を?」

「はい、魔力を回復する方法をお探しとブラウニー達から聞きました」

「ああ、確かに探していたが……」

大地の滴は、清らかな森の奥で妖精だけが見つけられるというお宝である。

「お近づきの印にどうぞ。差し上げます。リーディアさんとお小さい魔法使いさんが森と草原を守っているので、森は喜んでおります」

私はノームの小さな手から、大地の滴を五滴、受け取った。

「こんな貴重なものを本当に貰って良いのか?」

「はい、もちろんです」

「何かお礼がしたいんだが、欲しい物はあるかい?」

私の問いにノーム達は一斉にもじもじと恥じらう。

「あのう、ブラウニー達がちょこれーとというとても珍しくて美味しい物があると話しておりました。出来れば、我々も食べてみたいのですが……」

……すごいな、チョコレート。

妖精の心を鷲づかみしている。

「チョコレートか、今渡せるのは五粒しかないんだが、それでもいいか?」

「五粒! まことですか、そんなにたくさん?」

「ああ、大地の滴の礼にしてはささやかだろうが、受け取って欲しい」

ほんの少し前まで役場で押しつけ合っていたカカオ豆だが、チョコレートの生産が始まるとなかなか手に入りづらくなってしまった。

「すまないね。代わりにマドレーヌを付けるから許しておくれ」

ノーム達にそう詫びると、彼らは長い耳をピンと立て目をまん丸にする。

「なんとマドレーヌですと! あの王都で流行中のお菓子まで頂けるとは」

と感動している。

……どっから聞いてきたんだろう、その噂。

王都でマドレーヌが流行っていて欲しいと切に願う私である。

ノーム達は定期的に大地の滴を提供してくれることを約束し、その代わりに私はチョコレートとマドレーヌを彼らに渡す。

物々交換が成立した。

***

宿屋の朝は、朝食作りから始まる。

宿泊客の他に朝食を食べに立ち寄る客もおり、日によってかなりばらつきがあるが、毎朝二十名分ほどの朝食を作る。

朝食作りが済むと次は客室の掃除に取りかかる。

特に寝具の洗濯は日が高い内に済ませてしまわねばならない。

掃除が終わると昼食の支度が待っている。

昼食が済めばカフェタイム。

今度は甘味を求めて客がやってくる。

カフェタイムが終わり食堂が空く頃に、洗濯物が乾くという寸法だ。

それなりに忙しいが、客室八室の小さな宿だし、人間も妖精も良く手助けしてくれる。

現に私が洗濯物を取り込んでいると、

「リーディアさん、洗濯物はやっておくよ」

「クッキー一枚くれたら手伝ってやる」

とノアとブラウニー達が手伝いを申し出てくれた。

「ありがとう、じゃあ少し休ませてもらう」

私は洗濯物は彼らに任せて休憩を取るため、二階に上がった。

二階の私室の窓の向こうに、畑と草原そして森が広がっている。

この家に初めて訪れた時、窓から見えた景色が気に入って、ここを自分の部屋にしたのだ。

お気に入りの景色を眺めていると、突然後ろから抱き締められた。

「リーディア」

一瞬驚いたが、声と私に触れる手で振り返らなくても誰だか分かる。

「アルヴィン……」