軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06.ゴーラン伯爵とチェリーボンボン3

「……は?」

思いがけない彼の告白に、私は言葉を失う。

ひざまづき私の手を握るアルヴィンの顔へ視線を向けると、うろたえる私をなんだか楽しそうに見ている眼差しとぶつかる。

「私が君を愛しているのを気づかなかった?」

「いや、その、…………はい、気づきませんでした」

つい馬鹿正直に答えた私に対し、アルヴィンは柔らかな笑みを浮かべる。

「そうか、デニスはすぐに分かったらしく、いつ求婚するのかとやいやい言われていたんだが…………」

「求婚!?」

私の肩が跳ねた。

ついでに恥ずかしいから手を引き抜こうとしたが、引き抜けない。

節くれ立った手の感触と熱に、頬が赤らんだ。

「かっ、からかわないで下さいよ、アルヴィン様」

「からかっている訳ではない」

彼はゆっくりと立ち上がると、私を見下ろした。

私は息を呑んだ。

アルヴィンとはこんな風に私を見る男だっただろうか?

優しく、だがどこか切なげに、彼は私を見つめていた。

その瞳の中に自分が映っているのに気づいた私は今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいになるが、アルヴィンはデキる男だ。がっちり手を握られたままである。

「本気だよ。私はあなたと結婚したいと思っている」

「アルヴィン様……」

私とアルヴィンは見つめ合う。

アルヴィンの顔がゆっくりと近づいてきた、その時。

「アルヴィン様、そろそろよろしいでしょうか」

馬の用意が出来たのか、デニスが食堂に戻ってくる。

「デニスか? いいところなのに」

アルヴィンは舌打ちしたが、私にとっては天の助けだ。

心臓が痛いくらい高鳴っている。

ちょっと混乱しているので、落ち着きたい。

力がゆるんだ隙を突いて、手を引き抜き、

「お急ぎでしょう。ほら、すぐ出立しないと」

私はアルヴィンを急かした。

なんか前回もこうだったな、と少々懐かしく思い出す。

しかし前回のアルヴィンは渋々とだがすぐ出立したのに、今度はじっと黙り込んで動かなかった。

「…………」

「アルヴィン様、急ぎませんと」

デニスはおそるおそる声を掛けると、アルヴィンは嘆息を吐き出す。

「ああ、分かっている」

言葉とは裏腹にアルヴィンは突っ立ったままだった。

気まずい沈黙がその場を支配した。

「お忙しいんですか?」

緊張に耐えられなかった私はアルヴィンに尋ねた。

「そうなんだ」

「ゴーランは広いから大変ですね」

この辺りは国境近くの割には治安がいいが、なんせゴーランは広い。騎士団が手を焼くような場所もあるんだろう。

だがアルヴィンは言葉を濁した。

「いや、問題は領内じゃなく……」

「?」

「リーディア、カカオの件もあるから、なるべく早いタイミングでまた来る」

詳細を語ることなく、アルヴィンは私に言った。

来ると言われたら、我が家も宿屋である。もちろん歓迎する。

私は笑顔で答えた。

「はい、お待ちしてます」

「……その時、君に大事な話があるんだ。聞いてくれないか?」

いつになく、緊張した声でアルヴィンは言った。

「あ、はい。私で良ければ」

「色々頼んですまないな。良ければこれを使ってくれ」

アルヴィンがポケットから取り出したのは栄養ポーションだ。

体力を一定量回復する効果があるこの魔法薬は、ポーションの中では一番ランクが低いものだが、買うと結構する。

「いいんですか?」

「ああ、使ってくれ」

「ありがとうございます」

すっかりいつもの空気に戻ったので、私は安堵した。

アルヴィンの告白は何かの間違いである……多分。

お互い疲れてるんだろう。

だがアルヴィンは去りがけに私に向き直る。

「必ず来る。その時まで、私のことを忘れないでくれ。愛している」

そして彼は私の指先に口づけした。

***

「…………」

「リーディアさん」

「……………………」

「リーディアさん?」

ハッと我に返ると、ノアが私の顔をのぞき込んでいる。

二人の騎士は立ち去り、今は夕食の準備中である。

「リーディアさん、大丈夫? 何かあったの?」

「何でもないんだよ。ちょっと疲れたのかもね」

私はそう、ノアに答えた。

夕方になり数組の泊まり客が訪れ、夕食時になると食事の客もやって来る。

ぼんやりしている時間はない。それに火を扱っているのだ、気を引き締めないと怪我や火事に繋がる。

「ならいいんだけど」

ノアはまだ心配そうな顔をして、夕食のサラダに使う野菜を洗う作業に戻った。

「ノア、手伝いはもういいからミレイと一緒に食べなさい」

私はノアに声をかける。

食事時、私とキャシーは調理と客の給仕で忙しい。

朝昼はノア達にも手伝って貰うが、寝るのが遅くなるので、夕食は子供だけで早めの食事を取らせる。

「「はーい」」

家族揃っての団らんを与えてやれないのは大人としては忸怩たる思いだが、ノアもミレイもあまり気にした様子はなく、キッチンテーブルに着き二人だけで食事を始めた。

――アルヴィンがここにいたらノア達も嬉しいだろうな。

アルヴィンは客だが、キッチンで食事を取りたがるのだ。その時は三人で、たまにデニスも混じって楽しそうに食べている。

ふとそう思い、私はハッと我に返る。

いかん、つい、アルヴィンのことを考えてしまう。

仕事しよう。

「リーディアさん、アルヴィン様達はもう帰っちゃったの?」

少し前まで男性を怖がっていた二人だが、今はアルヴィンに懐いている。

「そうだよ。忙しいみたいだ」

私が答えるとガッカリしていた。

「そっかぁ」

『必ず来る。その時まで、私のことを忘れないでくれ』

なかったことにしたかったのに、アルヴィンはそうさせてはくれない。

『愛している』

彼の最後の言葉を思い出して、私は一人赤面した。

多分、冗談か何かだよな。

そうに違いなのに、彼の言葉は私の胸の内から消えてくれない。

***

……考えすぎてあんまり眠れなかった。

翌日の朝はアルヴィンから受け取った栄養ポーションを呷るところから始まった。騎士時代はよく世話になった代物だ。

相変わらずマズい!

だが久しぶりの栄養ポーションは良く効いた。何とか今日一日頑張れそうだ。

なんせ今日はマドレーヌとチョコレートを町の役場に納品するという大事な用がある。

「…………」

栄養ポーションの空き瓶を棚に戻す時、ふと左手の指先を目にとまる。アルヴィンが口づけを落としていった方の手だ。

まだ唇の熱がそこに残っているように思える……。

「いや、それより仕事! その前に朝食!」

声を出して気合いを入れると、私は無理矢理指から視線を引き剥がした。

朝食を作った後、私は学校に行くノアとミレイを馬車に乗せて町へ向かった。

無事に納品を済ませ、あとは市場で肉や野菜、日用品やその他諸々をあれこれ買い付ける。あっという間に時間は過ぎて、気付くとノア達の学校の終業時間が近かった。

あわてて学校へ迎えに行き、二人と合流して、家路につく。

ミレイは疲れたのか、馬車に乗るや否や、私の膝で眠ってしまった。

起こさないように、のんびり馬を走らせていると、

「……リーディアさん」

隣に座ったノアがどこか思い詰めた様子で私に呼びかける。

「どうかしたか? ノア」

「あのね、今日、学校で将来のことを考えるように言われたんだ。そろそろ親方について修行するようにって」

ノアは九歳になった。

「ああ、そんな時期か」

ノアは自分の将来を選ぶ時期が来たようだ。

庶民は大抵親の商売を受け継ぐ。

鍛冶屋の息子は鍛冶屋になるし、農民の子は農民だ。

だがノアは幼くして父を失ってしまったので、受け継ぐ家業がない。

母のキャシーの針子の仕事は女性の職業とされている。

ノアは親から何も受け継げない分、好きに自分の将来を選ぶことが出来る。

果たして彼はどんな職業に就きたいのだろう?

「僕は、リーディアさんみたいになりたい」

とノアは言った。

「私みたいに? 宿屋になりたいってことか?」

「そうだけど違うんだ」

「?」

「僕はリーディアさんみたいに何でも出来る人になりたい。畑仕事も山の仕事も宿屋の仕事もして、料理出来て魔法が使えて薬も作れる大人になりたいんだ」

ノアがそんなことを考えていたとはまったく知らず、驚いた。

ノアはシュンと肩を落とす。

「でも無理だよね、僕は平民だから魔法が使えないし」

「そんなことはないぞ。平民でも魔法は使える」

ノアは目をまん丸にして私を見上げた。

「えっ、でも、魔法は尊い血を持つ貴族の方々にしか使えないって」

私は眉をしかめる。

「そんな馬鹿げたことはないよ、ノア。努力すれば、誰でも魔法使いになれる」

ノアは目を瞬かせる。

「本当?」

「ああ、本当だ。平民出でも優秀な魔法使いはたくさんいるよ。おっと、家に着いてしまったね。後でゆっくり話をしよう」