軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

02.退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中2

転居先に持って行けないからと、老婦人は家具のほとんどを置いていった。

家財道具が残された室内は、どこか物悲しい静けさに包まれていた。外は暖かな春の日差しに満ちていたが、屋敷の中は薄暗く、空気はヒンヤリとしている。

私は屋敷に入ると、小さな鉢にミルクを注ぎ、床に置いた。そして そ(・) れ(・) に呼びかけた。

「ブラウニー。いるなら出ておいで」

しばしの沈黙の後、キッチンからおそるおそる顔を出したのは、屋敷妖精ブラウニーだ。

ブラウニーのサイズは、親指から成人男性の一歩までと様々だ。

そのブラウニーは一メートル近いので、かなり大きい方だ。長くこの家に憑いているブラウニーだろう。

茶色の髪に緑の瞳をした妖精はうさんくさそうに私を見つめる。

「何の用だ。魔法使い」

「私はリーディア・ヴェネスカ。新しくこの家の主となった。この地に住み続けたいか?」

ブラウニーはコクリと頷いた。

「では私に従え。対価は毎日一杯のミルクでどうだ?ミルヒィ種の牛だ」

ブラウニーは喉を鳴らした。

ブラウニーはミルヒィ種の乳が大好物なのだ。

「従う。リーディア・ヴェネスカは我が主だ」

「そうか、では早速働いてくれ。馬小屋に私の馬と牛がいる。彼らの世話を」

「分かった」

ブラウニーは頷くと姿を消す。

緑色のブラウニーは畑が好きで植物の世話が得意。一方、茶色のブラウニーは生き物が好きで、動物の世話が得意だという。この家のブラウニーは茶色の髪に緑色の瞳なので畑仕事も動物の世話の両方をこなせる。

オリビアと牛はブラウニーに任せ、まず私が向かったのはキッチンだ。

大きな家に相応しく、広々とした立派なキッチンだった。

古めかしいが、どこもかしこも丹念に磨かれていた。

特にかまどがいい。

中段にオーブンがついており、上段は鍋がセットできるよう、大きな穴が開いている。さらにパン用の釜まである。

壁には大鍋から小鍋、フライパンまで、いくつも料理道具が掛かっている。

「本当におあつらえ向きだ」

私は私の小さな城で、一人、笑みをこぼした。

私は魔法騎士だった。

魔法騎士は魔法使いであり騎士である。両方の素質を持つ者は少なく、重用される人材だったので、私は己の職に誇りと自信を持っていた。

だが、刺客から王太子フィリップ殿下を庇った私は大怪我を負った。

場所が悪く、利き腕と魔術回路を損傷した私は二度と魔法騎士としては働けないと医師から宣告され、一時はいっそこのまま消えてなくなりたいと思うほど、落ち込んだ。

しばらく失意の日々を過ごした後、ある日、ふと気付いた。

殿下を守れたのだ。それで十分ではないか。

確かに私は魔法の力のほとんどを失った。もう魔法騎士としては働けない。

だが、魔力が私の中から完全に消えた訳ではない。

強大な炎の壁を築くことは出来ないが、鍋を煮込むくらいの小さな火は灯せる。

嵐を起こすことは出来ないが、洗濯物を素早く乾かすことは出来る。

配属替えや違う仕事を斡旋してくれる者もいたが、すっぱり引退し、王都を離れまったく別の暮らしがしたいと思った。

早すぎる引退だが、この長い余生を生かしてとびきり手間暇かかる料理をして暮らそうと私は決意した。

こうして辺境の田舎町で、私の第二の人生は始まった。

***

――半年後。

空にうす雲が浮かんでいた。

空一面を覆う薄いベールのようなこの雲が姿を現すと、高確率で天候が荒れる。

「一雨来そうだ」

キッチンの窓から雲を見た私は、あわてて物干し場に向かう。

既にブラウニーが来ていて、「クッキー一枚で洗濯物を取り込んでやる」と取引を持ちかけられたので私は乗った。

「分かった。頼むぞ」

次に私は馬と牛を小屋に入れようとしたが、その前に別のブラウニーが声を掛けてくる。

「馬と牛を小屋に入れたら、クッキー一枚」

「分かった。両方とも水を替えてやってくれ。食べ足りないようなら飼い葉も」

もう季節は晩秋である。夏と違い、放牧地の牧草は枯れかけているので、飼い葉を足してやらねばならない。

「鶏小屋の掃除もしてやる」

「ならクリームを一さじつけてやろう。後でキッチンに取りにおいで」

ブラウニーは満足そうに目を細める。

私がこの家に引っ越してきて、半年が経とうとしている。

ブラウニーはいつの間にか増えていて、今は四匹ほどいる。

一階の窓を閉めた後、二階の窓を閉めてまわる。最後の窓を閉めた時、大粒の雨がバラバラと音を立てて降り出した。

ふと、二階の窓から街道を眺めると、山側から馬に乗った男が二人、こちらに駆けてくるのが見える。

ここから町まで五キロ程度だが、馬の足だとこれは十五分から二十分だ。

町まで駆けさせる気かも知れないが、冷たい雨の中、山越えで疲れた馬に無理はさせないかもしれない。

男達は後者を選んだようだ。

屋敷の門扉を潜るのを見た私はあわてて階段を駆け下りた。

チリリンとドアベルが鳴り、食堂に長身の男が一人入ってくる。

この家は収穫期などには大勢の人手が必要だった大農家のなごりで、食堂はかなり広い。

テーブルは大小合わせて七つ、椅子も三十脚以上ある。

もっとも、その広い食堂に今は客の姿はない。

男は、店内を鋭い目つきで見回していた。

「いらっしゃい」

私が声を掛けると、男は少々驚いたように目を瞬かせる。

がっちりとした体格とすっとした鼻梁が印象的な男だった。なかなかの美丈夫だが、そう言い切るには黒と見まごう濃青の瞳の目つきがきつすぎる。

男は警戒を滲ませた声色で尋ねてきた。

「こんなところに宿屋があったか?」

「元は農家です。宿屋を始めたのはごく最近です」

「だろうな、私は知らない」

「はあ」

断言する男を私は思わず見上げた。

地味な旅装だが、腰に差した剣は業物。どこぞの騎士らしい。

ただ、雨に濡れて身なりは乱れていた。額に張り付いた黒髪をうっとうしそうに掻き上げて彼は言った。

このゴーラン領では、よく見かける髪色である。

「生まれも育ちも辺境なのだ。ここには良く来る。そなたはこの土地の者ではないな」

「左様です。最近移住して参りました。騎士様、お泊まりで?」

男は少し黙り込んだ。

山の天気は気まぐれだ。

すぐに止むこともあれば、長く降ることもある。さらに秋も深まり、日が落ちるのも早くなった。

「取りあえず休ませて貰えるか?」

「はい、よろしければお召し物を、お休みの間に乾かします」

「助かる。ああ、もう一人連れがいる。あと、馬も」

「馬小屋を使って頂いて構いませんよ」

「そうさせて貰っている」

男は私に外套を渡そうとはしなかった。何か仕込まれるのが嫌なのだろう。

自分でするというので、私は乾燥室に案内した。

火と風の魔石を組み合わせて作った手製の小部屋は、魔力を流すと部屋全体が温まり、風が循環する仕組みだ。

「これはいいな」

感心したような口調で呟かれ、私は得意になった。魔法使いというのは自分が作ったものを褒められると喜ぶ 性(さが) なのだ。

「ありがとうございます」

「随分金が掛かっただろう」

「いや、魔石といっても屑石です。案外安いのです」

魔石というのは魔素が結晶化したものだ。

魔石は鉱山から採掘されたり、魔物の体内から発見される。魔石の鉱山は地上にもあるが、大抵はダンジョンに存在する。

魔物もダンジョンに生息しているので、冒険者達は危険を承知で魔石採取にダンジョンに向かう。そうして得られる魔石は本来高価なものだ。

しかし魔石の中に込められた魔力を使い切ると手で崩せるほど脆くなり、色もくすんでくる。

こうなるともう魔法の媒体としての役目は果たせないが、まだほんの少しの魔力が宿っている。

そんな屑魔石を買い集め、私は部屋中に貼り付けたのだ。

「へえ」

面白そうに相づちを打たれたので、私は調子に乗って話した。

「魔力を流して効果は三十分程度です。三十分ごとに魔力を流さないといけませんからそこがネックです」

屑魔石の効果は部屋をほんの少し暖め、ほんの少し風の流れを作り出すといったものだ。

しかも効果は三十分。

世の中暇な魔法使いなど滅多にいないので私以外はあまり使い道のない発明品である。

男はつと、私を見下ろし言った。

「ではあなたは魔法使い殿か」

「もう大した力はありませんが、以前はそうした職についていました」

そういう男の方は、現役の魔法騎士だ。

間違いない。同業者の『匂い』がした。

彼は私が既に失った何もかもを持っている。

「…………」

男は私の素性について詳しく聞きたそうだったが、私はそれを無視した。

「お連れ様もすぐに来られましょう。何か飲み物は?」

「では水を一杯いただこう」

内心で「ケッ」と悪態をつく。

騎士の鑑のような用心深さだ。

脱落組の私にとって、デキる同業者はまぶしすぎる。

ひがみがバレる前に私はさっさと彼を食堂の椅子に座らせて、水をやった。さらに薪を足して暖炉の火を強くしようとしたら、

「魔石があるなら、そちらを使うぞ」

と男は言った。

薪代と魔石代なら魔石代の方が安くつく。いや、正確に言うと、魔石の代金はピンキリで純度が高いものほど高価だ。

燃料用の魔石は純度が低く魔石の中では安い部類だ。

ただし、魔石の力を発動する時、属性にあった魔力を込める必要があり、魔術回路を損傷した今の私ではこの家の全ての燃料を魔石で賄うことが出来ない。

内心、忸怩たる思いで私は頼んだ。

「ではお願いします」

暖炉の火は彼に任せ、私は私の仕事に移ることにした。

男を一人にすることになるが、食堂の奥は続き間のキッチンになっており、キッチンの窓から食堂の様子がうかがえる。

キッチンに入り、私はスコーンを作り始めた。

そろそろおやつの時間だが、ナッツ入りのクッキーはブラウニー達に献上することになったので、別の菓子を作らねばならない。