軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

03.祭りの後

領主の叔父はゴーラン領主の地位を欲した。

そこで兄を暗殺し、甥である領主の後見人となった後、折を見て甥も始末する予定だった。

だがもくろみは暴かれ、叔父と妻の実家である子爵家は厳しい処分を受けた。企みに関わったものは死罪、子爵家も取り潰しとなった。

一介の下級貴族にこんな真似が出来るわけがない。裏にもっと大物がいる。

分かっていながら、若き日のゴーラン伯爵は本丸を攻めることが出来なかった。

「…………」

私は苦虫をかみつぶしたような顔をしていたのだと思う。

「に、楡の木荘さん、どうかしました? 大丈夫ですか?」

役場の青年はおそるおそるといった調子で声をかけてきた。

「……いえ、何でもありません。いやーなことを思い出しただけです」

「いやーなことですか?」

「まあ、過去の話ですよ」

「はあ……」

「それにしても色々あっただろうに、ゴーラン領は栄えている。領主様は随分ご苦労なさったことでしょう」

弱体化したところを一気に中央につけ込まれることもある。……南部のように。

ゴーラン伯爵はそれを許さず、西部は自治を守り続けている。

そう言うと青年も顔を上げ、領主の肖像を見つめた。

「そうですね。領民は皆、あの方を慕っております。若くして領主の地位に就かれ、領地と民をお守り下さっている。ご立派な方だと思います」

かつては王宮騎士だったので、今から十二年くらい前に取り潰された子爵家というのは、多分、「あそこだ」と察しが付く。

あの子爵家は王の二番目の王妃の実家の派閥である。辺境伯とて余程確固とした証拠がない限り、王に訴状を出すことすら不可能だ。

二番目というのは、隣国の姫君だった最初の王妃様が王太子殿下をお生みになった後、儚くなられたからである。

二番目の王妃は自分が生んだ子を王位に就けたがっており、王太子殿下が邪魔で邪魔で仕方ない。

先の王太子殿下暗殺未遂事件はこの王妃の実家が仕組んだものだ。

由緒正しい血統を持つ王太子殿下が瑕疵もないのにその座から引きずり下ろされたなら、先の王妃様の祖国が黙ってはいない。

戦争が起こるかどうかは分からないが、今は良好な関係にヒビが入る。さすれば、他の周辺諸国との間も不穏になる。

我が国にとっても「王太子をすげ替えた」なんざ、赤っ恥も良いところだから、まともに考えれば絶対に避けねばならない事態だ。

だが王妃は王の寵愛を受け、さらに王妃の兄の侯爵家当主は宰相と、王妃の実家一門は権勢を誇っている。

結局、王太子殿下の周辺は 偶然(・・) に警備が薄くなり、その 偶然(・・) のタイミングで不審者が王太子殿下に近づき、そいつは王太子殿下に向かってナイフを振りかざした。

たまたま居合わせた私が殿下と賊の間に滑り込み、殿下を庇わねば、あの方のお命はなかった。

これほどの大事でありながら、処分は実行犯の処刑と警備の騎士数名が降格のみだった。

騎士団の上層部とさらにその上が関わっていることは明白なのに、だ。

まあ、事件を受けて警備態勢は見直されたから、王太子殿下の御身は少しは安全になっただろうが、ゴーラン伯爵同様、このリーディア・ヴェネスカも巨悪を取り逃がしたというわけだ。

我々は王都の豚共に敗れたのである。

***

祭りまでは戦場のように忙しかったが、その甲斐あって当日は大盛況で、マドレーヌは飛ぶように売れた。

大量に作ったのに昼過ぎには完売してしまいそうな勢いだ。

ノアとミレイ、キャシーも一緒に売り子をしてくれ、客足が落ち着いたところで、

「リーディアさん、疲れたでしょう。少し休憩したら?」

キャシーにそう促され、一息入れさせて貰うことにした。

実は私はこの歳まで祭りと名の付くものに参加した経験がほとんどない。

親元にいた頃はともかく、六歳で入った魔法使い養成所では勉強に追われ、魔法騎士になった後は、治安警備の任を担った。

中途半端に地位があった私は一般の騎士のように街角に立つことはなく、有事に備え、ただ詰め所で待機している。

……祭りとはそんな物悲しい日なのだ。

だから今回は大いに楽しみだった。

春を祝う祭りらしく、そこここに花が飾られ、広場の真ん中では華やかな衣装を着た若者達が輪になってダンスを踊っている。

ふと見た広場の一角に私の目は釘付けになった。

そこでは大きな豚や羊、牛を焼いていた。

牛は半身だが、豚や羊は一頭丸焼きにしている。

丸焼きは美味だが、かなりの大仕事で、ぶっとい鉄串に刺した肉を数人がかりで焦げないように、回転させながら焼く。肉の大きさにもよるが、焼き上がるまで三時間以上掛かるのだ。

屈強な男達が額に汗しながら、焼いている。

食欲をそそるいい匂いが辺りに漂う。ダイナミックな、まさに祭り料理。

……私も焼いてみたい。

じっと見ていると、「そこの人、良かったら食べなさい」と焼けたばかりのサイコロ肉をくれた。

羊肉らしい。

春はミルクラムの季節だ。

ミルクラムは生まれて二ヶ月から三ヶ月程度の乳飲み子羊のことで、非常に美味である。

振る舞いの肉を食べながら、広場の若者達の踊りを見物していると、「わっ」と声が上がり、振り向くと遠くに人だかりが出来ている。

何だ?

「領主様だ」

「領主様がいらっしゃったぞ」

「えっ、領主様?」

若い娘が頬を上気させて、そちらに駆けていく。

ゴーランの地は広く、春の訪れも地域によって少々ばらつきがある。春の祭りはゴーラン南部から始まり、辺境に近いこの地の祭りは領内最後となる。

隣町の春祭りは一週間ほど前に行われ、ほんの少しの間だが、領主が顔を見せたらしい。

この町にもお目見えがあるのではと町の人間は期待していた。

警護の騎士が周囲を囲む真ん中にチラリと黒髪が見えた。

この国は金や茶色の髪の者が多いが、ゴーラン領は国境の向こうの隣国と繋がりが深いそうで、あちらに多い黒髪が珍しくない。

若くして苛烈な運命に翻弄された領主に興味はあるが、人波を掻き分けてまで見たい訳ではない。

私は立ち上がり、ノア達が待つ出店に戻った。

***

祭りが終わった後、私はすぐに領主誕生日の贈り物の菓子作りに着手した。

出来上がった菓子を役場に持って行くその前日。

「リーディア」

「黒……アルヴィン様」

黒髪男こと、騎士アルヴィンが茶髪男を伴い、やってきた。

「…………」

「…………」

我々は互いに無言で顔を見合わせた。

あの何だか分からない抱擁――題して「名前を呼んでくれ」事件から、アルヴィンに会うのは初めてだったからだ。

あの直後、茶髪男が迎えに来て、アルヴィンは何事か言いたげだったが、すぐに出立した。夜に馬を駆けさせるのは、かなり危険なので、日が暮れぬうちに移動せねばならないのだ。

……少々、居心地が悪い。

「あー、いらっしゃいませ」

「ああ、久しぶりだな。このところ仕事に追われて、こちらに立ち寄ることも出来なかった」

一言目はぎこちなかったが、いざ言葉を交わすと案外スムーズに話せた。

客相手だから私はもちろん笑顔だが、アルヴィンも朗らかに笑い返してくる。

……何だったんだろうな、あれ。

「お忙しいんで?」

「まあ、春はいつも何かとな」

冬が終わり、春が来ると人も活発になる。

この時期は様々な厄介事が騎士団に持ち込まれる。

色々多忙なことは、過去の経験から察しが付いた。

「それはそれは。お疲れ様です」

「ああ、ありがとう。春の祭りは終わったし、もう少しで一息つけそうだ」

「左様ですか。今日はお泊まりで?」

そう尋ねると、アルヴィンは眉を下げた。

「いや、そうしたいのはやまやまだが、今日は本部に戻らねばならない」

本部というのは、領都にあるゴーラン騎士団本部のことだろう。

ここからだと馬を駆っても丸一日掛かる。

「食事だけ食べさせてくれ」

「かしこまりました。腕によりを掛けて」