軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

02.猪肉のラグーと春の兆し

余った猪肉は ラグー(煮込み) にする。

これはパスタに乗せて食べると美味しい。

猪肉を粗めの挽肉にし、玉ねぎ、人参、セロリをみじん切りに切っておく。

まず鍋に豚の脂を引き、みじん切りにした野菜を弱火でじっくりと炒める。

野菜が透き通ってきたら、猪肉を加え、強火で焼き色をつける。こうすると肉の旨味を閉じ込められる。

更にローズマリーとセージを加え、油に香りを移す。

肉に火が通ったら、夏に作って保存しておいたトマトのピューレを加える。

そこに秋に収穫して乾燥させた ネズの実(ジュニパーベリー) とマートルの実を入れる。これはどちらも肉料理に合うのだ。

蜂蜜をひと匙入れて、少量の水と赤ワインを足し、弱火で一時間ほど煮込めば完成だ。

「リーディアさん、いるかい?」

ラグーが出来上がった頃にフースの町の鍛冶屋が弟子二人を連れてやって来た。

時刻は昼食には遅く、夕食には早い。そんな中途半端な時間だった。

「おや、いらっしゃい」

この時間は客も滅多に来ないので、子供達と母親のキャシーは部屋で休憩中だ。私一人で対応する。

鍛冶屋はたまに我が家を訪れるお客だ。

金属を鍛え、加工するのが鍛冶屋の仕事だが、武器や農具を作る時には金属以外の部分、斧、鎌、ハンマー、鋤などの柄の部分に適した木材も必要だ。

使うのはしなりが良く丈夫な若木や枝。

凝り性な職人はこうした材料を木こりに頼むだけではなく、自ら山に入って探す。

また鍛冶仕事に欠かせない炉の燃料は良質の炭で、腕の良い職人は木炭の品質に妥協しない。

炭焼き小屋に行って仕上がりを確認したり、直接買い付けたりもするらしい。

更に作った道具の修理も彼らの大事な仕事だ。道で馬の蹄鉄が壊れてしまって立ち往生した時や、持ち運びが大変な重い鉄具は鍛冶屋が出向いて直す。

なんとなく町の工房にずっといるイメージだったが、案外フットワークが軽くないと務まらない。

野外の仕事が上手く片付いたのだろう。

いつもは気難しい人なのだが、少し口に端をゆがめている。機嫌が良いようだ。

「仕事帰りで腹が減ってるんだ。旨いものを食べさせてくれんか? コイツで頼むよ」

鍛冶屋がピンと指をはじいて飛ばしてきたのは、銀貨一枚。

うちの昼食は二種類だけ。サンドイッチのようなすぐ食べられる軽食が一人銅貨二分の一。もう少し手の込んだ料理が銅貨二枚。

銀貨一枚は銅貨十枚だから、一人銅貨三枚ちょっと。

ふむ。では、お腹いっぱい食べていって貰おう。

「はい、ただいまご用意します。火に当たってお待ちください」

私は彼らに暖炉の側の席を勧めた。

春間近とはいえ、山はまだ冷える。

前菜はチーズとハム、レバーペースト、キャロットラペ、それに皮目をパリッと焼いた鶏肉の上に牛の姿をした森の精霊ウルがくれたトリュフを薄切りにして乗せる。トリュフは熱で香りが立つので肉と相性が良いのだ。

続けてパンに、豆の具沢山スープ。

メインの皿は猪のラグーソースがたっぷり乗ったパスタ。

そしてデザートに蜂蜜とバターを載せた小さなパンケーキを出した。

「菓子まで付くのかい? 豪勢だな」

鍛冶屋の親方はこう見えて甘党だ。

パンケーキを前に目尻が下がる。

「ええ、どうぞ。召し上がっていってください」

パンケーキには小麦粉、砂糖、バター、卵に牛乳に重曹を混ぜて作る。どの材料も割合高価だが、張り込んでくれるとこういうものも出せる。

親方だけでなく、弟子二人も喜んで全て平らげ、帰って行った。

「また来るよ」

「ご馳走様です」

「美味しかったです」

口々にそう言うのでご満足いただけたようだ。

「はい、毎度。ありがとうございます」

と私は彼らを見送った。

それで終わったと思ったら、数日後。

「リーディアさん、こんにちは」

今度は鍛冶屋の弟子がひょっこり一人で来た。

時刻は同じくらい。昼を過ぎた頃で、他にお客は誰もいない。

「はい、こんにちは」

と返事をすると、青年の後ろからさらにもう一人顔を出して挨拶された。

「こ、こんにちは」

こちらは彼と同じ歳くらいの若い女性だ。

「おや、珍しいね。今日は何の用かな?」

「あの、この前のパンケーキを食べに来たんです。作ってもらえますか?」

「そりゃ作れるけど」

私はお連れさんには聞こえないように小声で言った。

「パンケーキは値が張るんだ。あれ一枚で銅貨一枚はいただくよ」

正直なところ、それでも原価超えである。

「分かってます。ちゃんとお金は持ってきました。これ、二人分です」

と彼は銀貨一枚を差し出してきた。

銀貨一枚あれば、町の料理屋でお酒が飲めてご馳走が食べられる。

若い見習い職人には大金だ。

彼女にパンケーキを食べさせたくてここまでやってきたのだろう。

「じゃあ腕によりをかけて、美味しいパンケーキを焼くよ」

私はパンケーキを作ることにした。

「お食事は? どうします?」

そう尋ねると「食べてきました」という返事だった。

二人は付き合い始めのカップルで、ここに来る道の途中で彼女が作ったサンドイッチを食べたらしい。

「それならデザートだけでいいね」

この間鍛冶屋一行に出したのは手のひらに乗るような小さなパンケーキ一枚だったが、お菓子がメインである今度は倍くらい大きなパンケーキ二枚ずつ焼き上げた。そこにホイップしたクリームとバターを乗せ、我が家の山の樹液を煮詰めて作ったシロップを掛ける。 野バラの実(ローズヒップ) とカシスのジャムを添えたら出来上がりだ。

一緒にちょっといい紅茶を淹れる。

ゆっくり楽しめるようにお代わり分はポットを置いた。

二人は散策がてら歩いてここまで来たらしい。

「町からここまで遠かっただろう?」

お菓子目当てにしても随分と酔狂だなと思って私はつい二人に質問した。

なんせ我が家は町から五キロも離れている。

だが二人は楽しそうに答えた。

「ええでも、退屈しませんでした」

「もう街道に花が咲いていて、綺麗でした」

「ああ、スノードロップやクロッカスは今頃だね」

スノードロップは木の根元や日当たりの良い斜面に咲く白い小さな花で、下向きに咲くのが特徴だ。クロッカスは黄色や紫の可愛らしい小さな杯のような花を咲かせる。

どちらも春の使いの花達だ。

頬を赤めてお互いを見つめ合う二人を見て、私は思った。

……とっても野暮なことを聞いてしまった。

付き合ってすぐのデートなら場所がどこだろうと楽しいだろう。知らないけど。

女の子の方が一口頬張って目を輝かす。

「わぁ、あなたが言った通り、美味しいわね」

「そうだろう? 君にも食べて欲しくて……」

カップルはパンケーキをつつきながら、時折見つめ合っていた。

そこだけ空気が春めいている。

「……ごゆっくり」

一声掛けて私は食堂から退散した。

「とても美味しかったです」

「本当に。シロップが生地に染みこんで最高でした」

「ありがとう。お口に合って何よりだよ」

樹液のシロップの作り方は、お客の木こりから教えて貰った。

春直前のほんのわずかの間、樹液が採れる。夏でも採れるが、あれは種類が違うらしい。

シロップに出来るのはほとんど今の季節に採れる樹液だけだそうだ。

樹液はほんのり甘い水みたいなものだが、それをゆっくり煮詰めると森のいい香りがするシロップになるのだ。

二人はうちのパンケーキを気に入ってくれたのか、「また来ます!」とか「友達に宣伝します」と嬉しいことを言ってくれたが、我が家は町から遠いし、二人で銀貨一枚は高い。

「ありがとうございます。またよろしく」

とお礼を述べるに留めた。

他にお客もいなかったので外に出て二人を見送る。

仲良く手を繋いで歩く二人の姿がだんだん小さくなる。

家に戻ろうとした時、

「おや」

白い花びらが一枚、風に舞ってやってきた。

「アーモンドが咲いたのか」

我が家近くの街道は、アーモンドの並木道になっている。

春間近にアーモンドの木は、可憐でどこか儚い白い花が咲かせる。

開花はもう少し後のはずだが、気の早い木が花を咲かせたようだ。

「春だなぁ」

じきに街道がこの白い花で満開になる。その景色に私は思いを馳せた。

――その後、町に戻った二人は我が家のことを大いに宣伝してくれたらしい。

アーモンドが咲く頃に、若いカップルがパンケーキを食べにひっきりなしにやってくるようになった。

我が家はフースの町の一大デートスポットと化したのだ。