軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37.クラーケン戦 終

ノアは瞳を輝かせた。

「じゃあ別館に行けば、僕ら、リーディアさんを助けに行ける?」

「そうだ」

「じゃあ、行こうよ」

ノアが急いで立ち上がる。

そんなノアにカシムが言った。

「でもさ、二人とも。行っちゃ駄目って言われてるんだろう? 行ったら怒られるよね。怒られるだけじゃすまないかも」

普段口数の少ないカシムだが、時折ズバッと的を射ることを言うのだ。

二人はシュンとしてうつむいた。

「それは、そうだけど……」

「でも」

シェインは凜と顔を上げて言った。

「私は行く。私はリーディア様をお守りするって誓ったんだ。父上にもアルヴィン様にも、……自分自身にも。誓いを守らねば、騎士の名折れだ」

ノアも力強く頷いた。

「僕も行く。リーディアさんが心配だから。お腹に赤ちゃんもいるし、絶対行く」

「本気?」

カシムが聞いた。

「うん、本気」

「カシム、私達は行く。これ、あげる。リーディア様達と作った燻製サーモンだ」

シェインはカシムにサーモンを渡した。

「ありがとう。美味しそうなサーモンだね。でも、二人とも別館に行く作戦はあるの? あそこは船でしか行けなくて、船番の兵士さんが常駐しているよ」

「えーと」

シェインとノアは顔を見合わせた。

そんな二人にカシムは言った。

「僕、これから別館に行くところだったんだ」

「えっ、なんで?」

「別館にアイスキャンディーのボックスがあるんだって。ゴーラン騎士団の六番隊の騎士様達はアイスキャンディーに目がないから、クラーケンを倒したお祝いの宴にアイスキャンディーをリクエストしたらしいよ。あの人達いっぱい食べるから今から準備しないと間に合わないんだって。二人とも一緒に行く?」

「えっ、いいの?」

シェインは戸惑いなから、尋ねた。

「……でもそんなことしたら、カシムも怒られる。怒られるだけじゃすまないかもしれない」

「いいよ、友達だろう、僕達」

カシムはにっこり笑った。その後、あわてて、「あ、シェイン様は嫌かもしれないけど」と付け加えた。

シェインは首を左右に振る。

「いや、とても光栄だ。カシムはジャガイモの皮むきが私より断然上手い」

「あ、上手いよね」

「えへへ」

カシムは照れた。

「じゃあ、カシム、連れていてくれ」

シェインがそう言うと、

「ぶるるっ」

とオリビアが激しく鼻を鳴らし、ダンと足で地面を蹴った。

「どうしたんだろう?」

「えっと、多分、オリビアは『連れて行け』って言っているんだ」

オリビアに一番詳しいノアが二人に解説した。

「えっ?」

シェインは絶句したが。

「ぶるるっ」

「ヒヒン」

とフォーセットやカエルムも鳴き出した。

「えっ、お前達も来る気なのか?」

シェインは驚いている。

「フォーセットはオリビアの恋人なんだ。だからオリビアが行くところなら絶対行くよ。カエルムは、きっとシェイン君のことが心配なんだね」

「……えっ」

話の途中だったが私は思わず声を上げた。

「フォーセットとオリビアが恋人? いつの間に?」

オリビアは綺麗な牝馬なのでモテるが、とにかく牡馬が嫌いだ。

セントラル騎士団にいた頃から、一度も繁殖に成功しなかったくらい筋金入りの牡馬嫌いだった。

南部の戦い以降、フォーセットと行動を共にすることは多かったが、そこまで仲が良いようにも見えなかった。

「リーディアさんもアルヴィン様もベラフの町に行っちゃったでしょう? オリビアは寂しかったみたいで、少し元気がなかったんだ。その間、フォーセットはよくオリビアと一緒にいたんだよ」

とノアが教えてくれた。

「そうだったのか」

考えてみれば、それまで仲が良かったレファの愛馬ルビーとも離ればなれになってしまった。

そんなオリビアをフォーセットが慰め、仲が発展したらしい。

「いや、話の腰を折って済まなかった。続けてくれ」

三人と三頭は連れ立って領主館の湖へと行った。

「大丈夫かな、三頭も一緒で」

シェインは少し緊張気味に辺りを見回す。

「大丈夫だと思いますよ。フォーセットは領主様の馬だから特別に大事にされてます。最近は忙しくてあまり領主館から出してもらえないので、フォーセット達はよく別館の周囲を散歩しているそうです」

カシムがシェインにそう説明した。

料理人見習いはフォーセットに人参をあげる係でもあるので、詳しいらしい。

「すみません、別館まで行きたいんですけど」

カシムが小舟の側に待機する兵に声を掛けると、「ああ、料理人の子だね。どうぞ」とあっさり許可が下りた。

だが、シェインとノアのことを見とがめて尋ねてきた。

「君達は?」

「わた……僕は騎士見習いです。フォーセット達の面倒を見るために来ました。三頭もいたら、カシム一人じゃ大変だから」

シェインがそれらしい理由をでっち上げる。

「そうか、では気をつけて。今、急に招集が掛かって、別館の母屋には見張りがいないから、中には入れないよ」

それは三人にとっては好都合だ。

「そうですか、ありがとうございます」

三人は何食わぬ顔でそう答えた。

三人と三頭は小舟に乗り、別館がある中州に辿り着くと、大急ぎで別館の中に入った。

カシムは玄関先で二人と三匹に手を振る。

「いってらっしゃい。気をつけて」

「えっ、カシムは来ないの?」

「僕は魔法使いでも騎士でもないから、悔しいけど足手まといになるだけだ。それより、ここでサーモン料理を作って待ってる。シェイン様、ノア、頑張って」

カシムはもしかしてまだ父親がベラフにいるかもと思ったが、それを言ったらシェインとノアを困らせるだけだろう。何も言わずに二人を送り出した。

二人と三頭はカシムと別れ、別館の転移魔法陣の上に乗った。

「ノア、準備はいいかい? クラーケンの邪気に誘われて、草原にも魔物が出没しているはずだ。僕らは一気に駆け抜けて、ベラフの町までリーディア様を助けに行く」

シェインの言葉にノアは頷いた。

「うん。あ、ちょっと待って」

ノアは、シェインと三頭に強化の魔法を付与する。

「これでよし。皆、行こう!」

草原では副団長が率いる援軍が思わぬ足止めを食っていた。

騎兵五十名。

一刻を争う事態のため、速さを優先して騎馬兵を揃えたが、肝心の馬がクラーケンの気配に怯えて先に進もうとしない。

立ち往生するうちに魔物まで現れ、戦闘が始まった。

「くそっ、こんなところで……!」

副団長が迫り来る魔物を切り捨て、思わず声を漏らした時、転移魔法陣がある石造りの避難所からいななきと共に、一頭の馬が飛び出してきた。

副団長は目を剥く。

「フォーセット!?」

額に白の星が浮かぶその黒馬は、アルヴィンの愛馬フォーセットだ。

フォーセットは漂う濃い瘴気をものともせず、暗雲渦巻くベラフの町へ一直線に駆けてゆく。

その後ろを、リーディアの愛馬オリビアに乗ったノア、カエルムに乗ったシェインが続く。

シェインは後ろを振り返りざまに叫んだ。

「副団長、先に行きます!」

ゴーラン騎士団団長アルヴィンの馬フォーセットは、馬達のリーダーでもある。その姿を見て、馬達はようやく落ち着きを取り戻した。

副団長は声を張り上げる。

「よし、彼らを追え!」

「……それは大冒険だったな」

随分危ない真似をしたものだ。

「本当に無事で良かったよ。ありがとう」

そうシェインとノアに伝え、カシムには「料理長に怒られなかったかい?」と尋ねた。

「はい! 怒られました。一ヶ月ジャガイモの皮むき刑です」

どうやら相応に絞られたようだ。

「私達も手伝ってます」

「うん」

三人で仲良くジャガイモの皮をむいているようだった。

「ノアは付与魔法がとても上手にやれていた。練習の成果が出ていたよ」

「本当? ありがとう、リーディアさん」

「シェインは上級回復魔法を唱えられるようになったな。おめでとう」

「ありがとうございます。リーディア様」

シェインとノア、そしてカシムは、功績を認められ、アルヴィンから名誉勲章を授かることになる。

部屋にこもっているのも退屈だったので、宿舎『紅の人魚亭』の食堂に行くと、その場にいた者達は皆、私を歓迎してくれた。

「リーディア様! 元気になったんですね」

「良かった」

と口々に声が上がる。

苛烈な戦いにも関わらず、クラーケン戦での死傷者は一人もいなかった。

ただ、騎士達の間で妙な噂が流れているとアルヴィンから聞いた。

「水中で溺れている時、美しい女性に助けられたと証言する者が多数いる」

「美しい女性ですか」

……確かに、あの恐ろしい嵐の中で、水に浮く木鱗鎧を身につけていたとしても、無事に岸までたどり着けたのは奇跡に他ならない。

それも全員が、である。

偶然とは考えづらい。

「彼女達の下半身は鱗に覆われ、ヒレが生えていたと言う者もいる」

とアルヴィンは続けた。

「つまり、それって、人魚が助けてくれたってことですか?」

「そういうことだ」

アルヴィンはどこか思案げに頷いた。

「あの、アルヴィン様も戦いの時、一度海に落ちましたよね」

とデニスがアルヴィンに尋ねた。

横で熊男もしみじみと頷いた。

「あん時は肝が冷えました」

アルヴィンはクラーケンの腕から振り払われた後、一度波間に姿を消し、だがすぐに自力で上がってきたそうだ。

「アルヴィン様は何か見なかったんですか?」

「……」

アルヴィンは、しばらく沈黙した後、口を開いた。

「実は俺も、海中で何かに助けられた」

「えっ、アルヴィン様も人魚に助けられたんですか?」

「いいや」

とアルヴィンは首を振って否定した。

「相手は同じ歳か少し下くらいの男だった」

「えっ、男?」

その場はざわめいた。

「男?」

「団長だけ美人の人魚じゃなく男に助けられたのか?」

騎士達は一様に気の毒そうな視線をアルヴィンへ向けた。

アルヴィンは副団長をまじまじと見て言った。

「落下の衝撃で俺は、海煌を落としてしまった。あわてて海に潜り、槍を掴んだが、その時にはもう息が続かなくなっていた。だが、男が現れて俺を海上まで引き上げてくれたんだ。茶色の髪で緑色の瞳をした男で、副団長にも似ていたが、記憶にある父の姿にも似ていた。彼は俺に『しっかりやれよ、ゴーランの子よ』と語りかけた」

私はハッとした。

「もしかして――」

アルヴィンはしみじみと頷いた。

「彼はエルリッヒ・アストラテートだったと思う。その隣に人魚の姿があった。彼女はリーディアの次くらいにとても美しかった」

アルヴィンの言葉に、誰かが苦笑して言った。

「いや、そういう惚気話はいいですから」

「彼はクラーケン戦で命を落としたのではなく、歌に語られるように、人魚の女王と共に、今も海の城で暮らしているようだ」

山の精霊は風を吹いて町を守ってくれた。

海の精霊は傷ついた人間達を岸まで運んでくれた。

私達ゴーランの民は、精霊と妖精達と共にこれからも生きていく。

そして、一週間後――。

私は領都ルツの領主館で、男の子を産んだ。

「リーディア様、元気な男の子ですよ」

産婆が生まれたばかりの子を抱かせてくれる。

とても小さな命が私の腕の中にやってきた。

私は、その子に語りかける。

「やあ、アーサー、初めまして。ようやく君に会えたね」