軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18.神槍 海煌(しんそう かいこう)

用件を済ませると私達はすぐに楡の木荘から領都ルツの領主館に戻った。

転移魔法陣から下りたアルヴィンは、シェインに声を掛けた。

「シェイン、明日ベラフに向かう。今日はもう休め」

「はい、アルヴィン様、ありがとうございます。ではリーディア様、失礼します」

シェインと別れ、さて私はどうしようかと考える間もなく、アルヴィンは私の腕を引き寄せた。

「リーディアはこっちだ」

「こっち?」

「是非ともリーディアに見せておきたいものがあるんだ」

「私にですか?」

私はアルヴィンに誘われ、領主館にある厳重に管理された宝物庫に向かった。

その宝物庫のさらに奥。

宝物庫には、特別な晩餐の際に領主夫人が身につけるアクセサリーを取りに来たことがある。

だが、その奥にこんな部屋があるとは知らなかった。

「これだ」

そう言われ、見上げた視線の先にあった『もの』に、私は息を呑んだ。

飾られていたのは一本の槍だ。

穂先は青く光り、強い魔力を放っていた。

「これは……」

「銘は 海煌(かいこう) 。伝承によるとベラフの地にクラーケンが現れ、人々は絶望の淵に沈んだ。その時、海神が現れ、一人の青年にこの槍を託し、彼は光の槍で嵐を切り裂き魔物クラーケンを討ったと言われている。アステラテート家の先祖の一人だ」

「エルリッヒ卿ですか?」

「いや、彼よりもっと前の俺の祖先だ。いつ頃からこの槍が我が家に伝わっているのか、正確なことは分からない。だがベラフでは、マルアム国が出来る前からクラーケンとの戦いが続いていたらしい。エルリッヒ卿はこの槍でクラーケンを退治したと言われている」

「へぇ」

神より授けられたとは、いささか大仰な話である。

だが、その槍に漲る不思議な力は、そうした言い伝えを一笑に付すことをためらわせるものがあった。

「槍は使い手を選ぶと言われていて、アステラテートの一族以外の者がこの槍に選ばれたこともある。だが、今回一番強く槍が反応したのが、俺だった」

「ああ、だからアルヴィンがベラフにいないといけなかったのですね」

「そうなんだ。新婚早々で、しかも初めての妊娠中に本当にすまない」

「いえ、アルヴィンのせいじゃありませんよ」

強いて言うと悪いのはクラーケンやクラーケンに対する対応を誤った王家やギール家だろう。

それより私は彼に聞いておきたいことがある。

「アルヴィン、槍の使い手は危険なのですか」

アルヴィンは目をそらして言った。

「……まあ多少は」

「アルヴィン、本当のことを言ってください。エルリッヒ・アステラテート卿のこと調べました。彼の没年は空欄。クラーケン退治の後、行方不明になってますね」

たたみ掛けるとアルヴィンはしぶしぶ口を割った。

「エルリッヒはクラーケンを退治した後、『人魚の女王と共に生きる』と兄の辺境伯に告げて海に去って行ったと語り継がれている」

「アルヴィンはその話を信じていると?」

アルヴィンは首を横に振った。

「いや、彼はクラーケンとの戦いで命を落としたのだと思う。物語に残る兄との会話はエルリッヒを偲ぶ生き残った者達の願望だろう」

「私もそう思います」

「クラーケンとの戦いで命を失う槍手は確かにいた。だが、半分くらいは生き延びている」

「……半分ね」

「クラーケンは海の大化け物だ。死を賭して戦うしかない。槍手も危険だが、クラーケン戦に携わるどの役目も危険だ。皆、生きては帰れないと覚悟している」

アルヴィンは静かな闘志を燃やして言った。

「アルヴィン……」

「クラーケンは戦闘では槍手を狙ってくるらしい。槍を使うとクラーケンを刺激しかねないので、今はここに安置してあるが、決戦の用意が調い次第、俺はこの槍を持って戦うことになる」

「……」

私はなんと言えばいいのか分からなくなり、口をつぐんだ。

「どうした? リーディア」

「いえ、自分が死地に向かうのはいつものことですが、見送るのは初めてなのです。随分と勝手が違うものですね」

行って欲しくないが、そう言って聞く男ではない。

死力を尽くして戦う者に余計な心労を掛けたくもない。

何も出来ない自分に歯がゆい気持ちになった。

思わずふがいない心境を吐露してしまったが、アルヴィンは私をふわりと抱き締めた。

「死ぬ気はないよ。ようやくリーディアと結婚出来たのだから」

「アルヴィン……」

アルヴィンはそっと私の腹を撫でた。

「生まれてくる子のために何が何でも生き残るさ」

「そうして下さい」

私はそう言って彼を抱き締め返す。

抱擁を解くとアルヴィンは言った。

「ところで、リーディアとサーマス卿はどういう関係だ?」

なんで今、サーマスの話なのだ?

「単なる同僚ですが、仲は良かったです。あいつは中央貴族の子弟ですが、ご存じの通り気さくな性格なので、随分助けられました」

中央貴族の子弟は鼻持ちならないヤツも多かったので、田舎貴族の娘である私にも普通に接するサーマスは珍しい存在だった。

同じ歳なのでよくコンビを組んだものだ。

この辺りはアルヴィンもよく知っている話なのだが。

「出世して今はセントラル騎士団の団長だ」

「そうですね」

あいつがなぁと思うが、能力もあるし、人好きする性格だしサーマスなら上手くやるはずだ。

「彼は独身らしいな」

「あー、そうみたいですよ」

私達は同じ歳なので、サーマスも二十九歳。

サーマスは伯爵家の次男だか三男だが、セントラル騎士団団長職になると伯爵位を授かるので、彼自身が貴族家の当主だ。

そうそう独身でいられない立場になったが、今だ結婚の話は聞いていない。

忙しすぎて逆に今すぐ結婚は無理だろう。

「それが何か?」

「いや、もし俺に何かあったら、彼と再婚して幸せになってくれと思ったが……」

「が?」

「想像するだけで絶対嫌だ」

とアルヴィンはしかめっ面で言った。

私だって嫌だ。

大体そんな理由でサーマスと結婚するのは彼に対しても失礼極まりないだろう。

「あなたが死ななければいいんですよ、何が何でも生き残るって言ったでしょう。及ばずなから、この私もおります。クラーケンに勝って、皆で生き残りましょう」

私に出来ることは微々たることだが、兵の体調管理くらいは協力出来る。

「そうだな、必ず生きて帰ろう」

「ええ、必ず」

私達はそう誓い合う。

神から授けられたという槍、海煌は青い不思議な力を放ちながら、私達を静かに見下ろしていた。