作品タイトル不明
14.宿屋、開業 ロールキャベツ
目を覚ますと、時刻は昼の十二時を過ぎていた。
身支度を調え、アルヴィンと共に食堂に行くと、デニスや熊男が席についている。
「おはようございます」
「おはよう」
と彼らと挨拶を交わした。
「リーディア様、食事です」
私の前に出てきたのは、硬そうなパンと干し肉と干しぶどう、それに紅茶が一杯だった。
「ずっとこんな食事ですか?」
アルヴィン達がベラフに来て、二週間が経つ。心なしか、アルヴィン始め皆、少しやつれていた。
「そうだ。拠点を作るまでは戦闘続きでそれどころではなかった」
作戦によっては決行したが最後、目標を達成するまで昼夜なく戦闘を繰り返す場合もある。
アルヴィン達は多少の無理をしても、拠点であるこの宿舎を確保することを優先したのだろう。
「ようやくここを拠点に出来たので、騎士以外の者達にベラフに来られるようになった」
「それは良かったですね」
まあ、改善する予定なら、何も言うまい。
私とシェイン、そしてアルヴィンは一部の兵とともに私達も使ったあの転移魔法陣を使い、本日領都ルツに帰投の予定だ。
「アルヴィン様、帰る前にちょっといいですか?」
だが、熊男がアルヴィンに何やら話があるようだ。
「リーディア、少し待ってくれるか?」
アルヴィンにそう問われ、私は「はい、いいですよ」と答えた。
私とシェインがこちらに来ていることは、既に領主館に伝えられているそうなので、心配いらない。
アルヴィン達は難しい顔で何やら話し始めたので、手持ち無沙汰になった私は厨房を手伝うことにした。
ここには二百人からの兵がいる。
時刻は正午を少し過ぎたばかりだが、そろそろ夕食の仕込みを始めないと間に合わないのだ。
しかし厨房に行くと、そこには誰も居なかった。
「えっ、誰もいない? 料理担当はどうした?」
引き続きラズロとジェームズが私の担当らしく、私に付いてきた彼らが言った。
「居ません」
「そんなの作るくらいなら戦闘に回したいんで」
「激戦だなぁ。だがもう二週間だろう。そろそろ普通の食事をしないと身体が持たなくなる」
「はい。今日からローテーションで俺らも順番に帰投の予定です」
「それに補給部隊がなんか旨いものを持ってきてくれるはずです、ええ、きっと」
とジェームズは期待をかけている。
「まあ、食材くらいは追加されるだろうが……。アルヴィンの話もまだ終わらなそうだし、昨日の料理で良ければ私が作っておくよ」
そう言うと、ラズロとジェームズは目を輝かせた。
「手伝います!」
早速、昨日のトルクの肉団子の塩スープを作ることにした。
私、シェイン、そしてラズロとジェームズが総出でトルクの肉を叩き、挽肉を作っている最中、「あのう」と声をかけられた。
声はアルヴィン達がいる食堂からではなく、キッチンの向こうの勝手口から聞こえてきた。
「……」
ラズロは素早く私の前に立ち、ジェームズは勝手口に駆け寄る。
「何者だ?」
鋭い口調で誰何するジェームズに声の主は「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
「答えよ! 何者だ?」
ジェームズが剣の柄に手をかけて再び問いかけると、相手は声を裏返らせ叫んだ。
「ここここっ、ここの町長ですぅ! 引っ越しのご挨拶に来ました!」
とりあえず、彼らに中に入ってもらうことにした。
町長は、五十がらみの男性で麦わら帽子に野良着という、どう見ても農民という出で立ちだった。
というか、この町に人が住んでることに私は驚いた。
「町長さんでしたか。はじめまして、私はリーディア・アステラテートです」
椅子を勧め、出がらしのアイスティーを出して挨拶すると、町長と同行の女性は息を呑んだ。
「アステラテート……ご領主様のご親族様ですか。やはりあなた方はゴーラン騎士団の方だったのですね。私はここの町長です。こちらは家内でございます」
町長がそう自己紹介すると、
「人、住んでるんですね、ここ」
ラズロが感心した様子で呟いた。
「えっ、騎士団も知らなかったのか?」
「はい。町の中は一応誰かいないか探しましたが、誰も居ませんでした」
それを聞いて町長が縮こまる。
「申し訳ありません。やって来たのがでっかい熊のようなお人だったので、てっきり山賊だと思い、あまりの恐ろしさに皆で林の方に逃げました」
町内を検めたラズロ達の上司、熊男に驚き彼らは逃げ出したらしい。
「あー」
私は深く納得した。
ところがその 山賊(・・) がトルク達を倒し、この宿屋を拠点にし始めた。そしてそこにたなびくのはゴーランの旗。
彼らは山賊ではなく、ゴーランの騎士達ではないかと町長がやって来たというわけだ。
「重々失礼を致しました」
と町長から深々頭を下げられた。
「いえ、身を守るための行動として致し方なしと思われます。私の方から領主に取りなしますのでそこはご安心を」
そう言うと、町長と奥方は安心した様子で顔を見合わせる。
「あっ、ありがとうございます。こちら、キャベツとトマトです。お近づきの印にどうぞ」
と二人から大きな籠いっぱいのキャベツとトマトをもらった。
「ありがとうございます。ところで皆様はここにお住まいなのですね。トルクのような魔物がいて良く無事でしたね」
「はあ、海の魔獣は浜辺には来ますが、こちらが何にもしないと陸に上がっては来ないんです。だから皆は息を潜め、町の山側に住んでおります」
山の奥まで入ってしまうと今度は山の魔獣が出るそうだ。
だが山の魔獣はクラーケンを恐れて、海岸近くにはやってこないので、丁度彼らの住処だけ安全地帯になっている。
「町には何人ぐらいの人が住んでいるんですか?」
「二十名ほどでございます。皆、農業をして暮らしてます」
このホテルの裏手のハーブも彼らが世話しているそうだ。
「ぶしつけな質問をお許し願いたい。ここは何かと不便だと思うんですが、皆さんどうしてここに住まわれているんですか?」
私は不思議に思って彼らに尋ねた。
隣町までの道には魔獣が出るらしい。
そのため、騎士団も補給に転移魔法陣を使うしかないと聞いている。
一言で言うと陸の孤島みたいな土地である。
「もちろん不便ですが、慣れっこですよ」
「ベラフがこの有様で、この地方はどこの町も景気が悪いんです。どこかの町に行くよりはここの方がまだましです。ここは税金を取り立てに来るお役人もおりませんから」
奥方がこっそりと囁いた。
必要な物資は、海岸で拾った石や家々に放置されたお宝を隣町で売って手に入れているそうだ。
気温が高い時期には海岸に出て、トルク達のいない隙を狙って塩作りもしているらしい。
ただベラフの町の外は危険が多いので、出来るだけ自給自足の生活をしていると町長は説明した。
定期的に騎士団が見守り、街道の安全が担保されているゴーランとは大分事情が違う。
「なるほど」
状況は分かったぞ。
私はもらったキャベツを一つ、手に取った。
「いいキャベツです。他に畑で作っているものがあれば買い取りますので、持ってきて頂けませんか?」
奥方の顔全体に喜びがあふれる。
「それはもう! ありがとうございます」
「それと町の人の中で、手隙の人が居たら、ここで働いて欲しいのですが」
「はっ、働かしてもらえるんですか?」
町長が驚いたようだ。
「はい。ですが、食べ物があまりないので、出来れば農業は続けて欲しいんです」
「分かりました。じゃあ早速皆と相談してきます」
お近づきの印にトルク肉と油を渡すと、彼らは足取りも軽く出ていった。
「住人、居たんだな」
私は彼らを見送って思わず呟いた。
そしてキャベツが手に入ったぞ。予定変更だ。
「よし、今晩はロールキャベツにしよう」
材料は、挽肉、玉葱、そしてキャベツ。
まずはみじん切りにした玉葱をトルクの油で炒め、甘みを出す。炒めた玉葱と挽肉、塩……。
「リーディア様! 胡椒がありました! 葉っぱもあります!」
ラズロが備蓄物資の中から胡椒を見つけ出し、駆け寄ってきた。
胡椒も入れて、粘りが出るまで捏ねる。
キャベツは熱湯で軽く茹でて柔らかくしておき、肉だねを丸めてキャベツの葉で包む。
巻き終わりを下にして出来上がったキャベツを鍋に置き、水、粗く刻んだトマト、裏庭に生えていたセージ、タイム、ローズマリー、そしてラズロの言う『葉っぱ』は乾燥したローリエの葉のことだった。
これらも加えて、三十分ほど煮込むと出来上がりだ。味は塩で調える。
「ふむ……」
ロールキャベツは出来たが、二百個作っても一人一個ずつ。
あまりにも寂しいので、他に何か欲しい。だがキャベツはもうない。
あるのは玉葱、ジャガイモ、卵、硬くなったパンに、ほんの少しの小麦粉。そしてトルクの肉と油が沢山……。
「あ、コロッケ作ろう」