軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13.最高の誕生日

「あー、でも、ベラフの町は開放しつつあるし、なんとか上手くいきそうですね」

私は話を誤魔化そうと、わざと陽気に声を張り上げる。

とはいえ、アルヴィンの話ではトルク狩りは順調だし、これは事実である。

しかしアルヴィンと熊男は途端に深刻そうな表情で黙り込んだ。

「えっ、なにか問題でも? 騎士団に何かありましたか?」

「いや、そうではない」

「じゃあ船を作る資材や人員が集まらない?」

「そう言うわけでもねぇです。領主様の肝いりですから、皆招集に応じております」

と熊男が言った。

「だったら何です?」

「それ以外の一般の移住者が集まらないんだ」

「一般の移住者ですか。確かにゴーラン人は郷土愛が強い人が多いから……」

彼らの気質からすれば、なかなか移住したがらないだろう。

田舎ながらにゴーランは栄えているし、出て行く理由がない。

「そうなんだ」

とアルヴィンは困った様子で頷いた。

領主としては嬉しい反面手放しで喜べない事態だ。

「うーん、このベラフに元々住んでいた人はどうです?」

「ベラフを開放をすれば当然彼らは戻って来たがると思ったが……」

「が?」

「ゴーランの後、この地を治めていたのは、ギール家だ。彼らはベラフの恐ろしさを人々に教え込んだ。そのため、ベラフ地方の者達はここを呪われた土地みたいに思っている」

「おまけにゴーランの悪評もばらまかれています。強制的に連行され、労働に従事させられるのではと噂になっておりやす」

と熊男が言えば、

「それどころか、クラーケンの餌にされると流言が広まっております」

と熊男の隣の騎士が言い添える。

ギール家は侯爵家だったが、王家の影のような存在で、一族総出で諜報をになってきた。

その手腕を存分に振るったらしい。

一時、ギール家はこの国を影から支配するほどの隆盛を誇ったが、反逆罪に問われ断絶した。今は家名も残っていない。

あいつら全然使えないのに、こういう時はいい仕事するなぁ。

「噂を真実にするような真似は出来ないので、無理に移住させることはしていない」

とアルヴィンは言った。

「それがいいと思います」

私も同意した。

だが、つまりは新旧のゴーラン領からここに人を移住させるのは絶望的ということだ。

「となると、他の地域からの移住者を募るしかないですね」

「最終的にはそれが有効だろうが、今は難しい」

「と、おっしゃいますと?」

「今、ここには俺がいる。敵対勢力に紛れ込まれたら、警備の隙を突かれる可能性が高い」

警護されるどころか、そもそも本人が魔獣狩りしているからな。

移民に交じっておかしな連中に入り込まれたら、確かに『コト』だ。

絶対に避けねばならない。

富めるゴーランには敵が多いのだ。

移住者の身元を確かめる必要があるが、それには結構な手間がかかる。

「ゆっくりやっていくしかないですね」

と私は言ったんだが、アルヴィンは苦々しく否定した。

「そうもいかないんだ。実は今、狩ったトルクの処分が問題になっている」

「海に捨てたり、そのまま野ざらしにしてますが、腐ってひどい匂いです」

と熊男が顔をしかめた。

「昔、トルクは『捨てるところなし』といわれて、重宝されていたものなんだが、適切に処理する人間がいないと捨て置くしかない」

金儲けが好きなアルヴィンとしては忸怩たるものがあるようだ。非常に口惜しそうだった。

「あー、そのための人員が必要だと。そういえば護衛騎士が『じいさんの時代にはトルクを狩ると褒賞金もらえた』って言ってました」

「その通りだ。脂肪は食用や灯火用燃料、蝋燭などに使用され、石鹸も作っていた。肉は食用。骨も様々な用途で使えるし、さらにそれらを取り除いた後に出る廃棄部分も処理して畑の肥料にしていた」

「めちゃくちゃ使えますね。それを捨てるのは確かに勿体ない」

「冬になれば冒険者達が手が空くになるから彼らを呼べるようになるが、今は稼ぎ時だからな」

先々の人員についてはそこそこ宛てがあるらしい。必要なのは今すぐ動ける者達ということか。

私は腕組みして考えた。

「うーん、身元がしっかりしていて、今すぐベラフに来てくれて、解体処理も得意、しかもしばらくは野宿や仮設テントの生活も厭わない。確かにそんな都合のいい人はいな……」

『い』と言いかけて私はハッと気付いた。

「どうした? リーディア?」

「います。アルヴィン、いますよ! 心当たりがあります。羊飼い達です」

私は側に居たシェインに意気込んで尋ねた。

「シェイン、北部の羊飼い達はこの時期、もう南下を始めている頃だな」

シェインもハッとしたようだ。

「は、はい」

逆にゴーラン人はまだピンとこないようで盛り上がる私とシェインを唖然として見ている。

「羊飼いがどうしたんだ?」

「アルヴィン、北部はここより寒冷な気候なので、羊飼い達は夏の終わり頃から牧草を求め、家畜を連れて南下するんです」

「そうなのか?」

とアルヴィンは驚いている。

アルヴィンの様子を見て、今度はシェインが驚いた。

「えっ、ゴーランの羊飼いは移動しないんですか?」

「そうなんだ、しないんだよ、シェイン」

北部もゴーランも知る私は言った。

ゴーランでは自分の家の敷地内や契約した近隣の土地、または村や町共有の放牧地で家畜を育てるため、家畜を連れて移動する牧畜方法――移牧はほとんどしない。

私の生まれた家は国の中央よりの東北に位置している。

我が家の近隣の羊飼い達も移牧しないが、冬には北部の羊飼い達が我が家の方までやってきた。

彼らは『羊飼い』と呼ばれているが、羊だけでなく、地域によっては山羊や豚や牛といった様々な家畜を連れている。それらもまとめて『羊飼い』と総称されている。

北部の羊飼い達はあらかじめ許可を得ている牧草地や、開放されている地域で家畜に牧草を食べさせるため、夏の終わり頃から移動を始める。

決まった場所で春まで過ごす者達もいるし、冬、寒さが厳しくなるにつれて、草を求めて少しずつ南下していく者達もいる。

やり方はそれぞれだが、原則として彼らは領内と領が認めた友好関係にある近隣の領までしか行かない。

羊飼いの家畜は彼ら自身の所有物だけでなく、村だったり、土地の領主だったりから、預かった家畜を放牧に連れて行くこともある。むしろそっちの方が多い。

羊飼いの中には預かった家畜を勝手に売るような不心得者もいるが、信頼がないと役目は果たせないので、大体身元が確かなのだ。

そして羊飼い達は家畜の世話だけでなく、移動先の土地で様々な仕事に従事する。

「なるほど、羊飼いか」

アルヴィンは感心したように呟き、顎に手を当てて考え込む。

問題は『羊飼い達は領内と領が認めた友好関係にある近隣の領までしか行かない』という点だが、我が子シェインを預けるほどの信頼関係を持つゴーランになら、南下の許可も下りるだろう。

北の辺境伯ロシェットから号令が掛かれば、近隣の領も一気に動く。

「シェイン、早速お父上宛に手紙を書いてくれるか?」

アルヴィンがそう言うと、シェインはすぐさま頷いた。

「は、はい。もちろんです。あっ、あの、今、手紙を書いてきていいですか?」

「もちろんいいが、疲れただろう。少し眠ったらどうだ?」

「いえ、今書いてきます!」

シェインはものすごい勢いで立ち上がると、駆け出して行った。

「俺が行きます」

とジェームズがシェインを追いかける。

「じゃあ、我々は解散ですな」

熊男が大あくびをする。

「そうだな」

アルヴィンが頷くと、その場は解散となった。

私はというと。

「リーディア」

アルヴィンに名を呼ばれる。

「寝室に案内する。こっちだ」

アルヴィンの部屋は宿屋の最上階である四階にあった。

広々とした部屋には高級そうな家具が並んでいたが、どこもかしこも埃をかぶっている。

「リーディア、こっちだ」

彼が私をバルコニーへと誘う。

窓には、魔石を混ぜ込んだ強化ガラスが使われていた。

非常に頑丈だが、かなり高価な代物だ。

それを惜しげもなく使っているところを見ると、かつてこの宿は『超』が付くほどの高級宿だったのだろう。

「うわぁ……」

バルコニーに出た私は、思わず感嘆の声を漏らした。

目の前は、海が広がっていた。

果てが見えぬほどの青。

世界は今、ようやく目を覚ましたばかりで、夜の色を残した空にはまだ星が瞬いている。

海の向こうから、水面をきらめかせ、太陽が昇ろうとしている。

空は淡い桃色から金色へと、静かに色を変えていく。

あれほど恐ろしいと感じた海は、雄大でとても美しい。

「綺麗ですね」

「ああ」

アルヴィンも海を眺めながら、目を細める。

「しかし羊飼い達とは盲点だった」

「ゴーランの羊飼いは移動しませんからね」

さすがのアルヴィンも他領の庶民の事情までは知らないらしい。

幼いうちに生家を離れた私だってもちろん詳しくはない。

「リーディアはよく知っていたな」

「兄からの手紙に、よく羊飼い達について触れられていましたから」

兄に感謝である。

「おかげでトルク処理が進みそうだ」

頭を悩ます難問だったらしく、アルヴィンはホッと息をついた。

「お役に立てて何よりです。あと、勝手に来てすみません」

私がそう謝ると、アルヴィンも私に謝ってきた。

「いや、説明もしないで留守にしてすまなかった。本当にすぐに帰るつもりだったんだ」

計画通りに行かないのは騎士の常である。

アルヴィンは私に笑いかけた。

「誕生日、おめでとう、リーディア」

「ありがとうございます」

私は私が思っている以上にアルヴィンが好きなのだろう。

この二週間続いていたモヤモヤが一気に晴れて、驚くほど上機嫌な自分がいる。

気持ちが浮き立って、今ならなんだって出来そうだ。

「本当は君に何か贈り物がしたかったんだが、俺の方が君から最高の贈り物をもらってしまった」

「? 何のことですか?」

見上げるとアルヴィンは微笑みながら、私を見つめていた。

「リーディア、別館はゴーラン領主の子供や隠居達が住む別宅だと言っただろう」

「あ、はい」

「図書館に隠された転移魔法陣は、有事の際の彼らの脱出ルートで、ゴーラン領主の血縁でないと使用出来ないようになっている。当然、君やシェインでは転移魔法陣は作動しない」

だが、転移魔法陣は作動した。

「どういうことでしょうか?」

アルヴィンはポッと頬を赤らめた。

「リーディアのそばというか、中にゴーラン領主の血縁者がいたということだ。君は妊娠している」

「あっ」

私は腹に手を当てた。

まだぺったんこで、子供がいるなんて信じられない。

「気付きませんでした」

なんだろう、この、声をあげて泣きたくなるような喜びは。

私はそれを私に与えてくれた男を見上げる。

アルヴィンもちょっと戸惑って、でも嬉しそうな表情で私を見つめている。

きっとそれは私も同じだ。

「今日は最高の誕生日です」

太陽が昇っていく。

薔薇色に輝く空と海の下、私達は抱き締め合った。