軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11.キャラメルとヨーグルトのパンプディングとスキプニッセ

「おや?」

私達が今いる厨房の奥にもう一つ部屋があった。

興味を引かれて中に入ってみると、部屋はまた別の厨房になっていた。

「ここは 菓子工房(ペイストリー・ルーム) だな」

ペイストリー・ルームとは、メインの厨房と別に設けられた菓子やデザートを専門に扱う調理室のことだ。

使う器具や材料が異なるため、大きな館では菓子用の厨房が独立していることがある。

専用部屋だけあってかなりいい道具が揃っている。

「何かデザートを作りたいなぁ」

見ているとうずうずしてきた。

先程の貯蔵場所を漁ると、硬くなったパンがあった。

さらに私は卵を発見した。

「よし、これでパンプディングを作ろう」

「リーディア様、手伝いますか?」

ラズロがひょっこりペイストリー・ルームに顔を出し、そう申し出てくれたが、「いや、いい」と私は断った。

部屋はあまり広くないので、一人でやる方が効率的だ。

「じゃあ、俺達とシェイン様は食堂を片付けてます。何かあったら呼んで下さい」

「ああ、ありがとう、そうする」

「さてと」

一人になった私はパンプディングの制作に入った。

通常のパンプディングのレシピでは卵、牛乳、砂糖を入れてよく混ぜた卵液にパンを浸して作る。

だが今私の手元に卵はあるが、牛乳と砂糖はない。

代わりにキャラメルとシェインからもらったヨーグルトみたいなやつ――ケフィールがあるので、これを使おう。

キャラメルは砂糖と牛乳とバターで出来ている。

ルツの領主館を発つ前、私は非常の際に備えて板状に固めたでっかいキャラメルを一枚持って行く……つもりだったが、キャラメルはくっついてしまって引き剥がせなかった。

時間もなかったので、私は五、六枚重なった板キャラメルをまとめて鞄に突っ込んだ。

そういうわけで偶然にも私の元には百人分のパンプディングが作れるくらいのキャラメルがある。

世の中、何が幸いするか分からないものである。

本来のレシピとは違うが、このキャラメルを使ってパンプディングを作るつもりだ。

まずキャラメルを水で伸ばしてキャラメルソースにし、卵液に混ぜ合わせる。

そのためにはキャラメルを割って溶けやすくしないといけないんだが、板状になったキャラメルは頑丈で包丁が欠けてしまいそうだ。

私は思わずぼやいた。

「やれやれ、トンカチでもあるといいんだが」

そんな私の前に甲高い子供の声と共にトンカチが差し出された。

「僕の、使う?」

「ああ、ありがとう」

トンカチを受け取った瞬間、私はハッと息を呑んだ。

今の誰の声だ?

私が驚いて声がした方を振り向くと、そこには五歳くらいの小さな男の子が立っていた。

いや、耳が尖って青い服を着ている。

――妖精だ。

「はじめまして、私はリーディア・ヴェ……じゃない、リーディア・アステラテートだ」

つい、旧姓を名乗りそうになって私は言い直した。

「はじめまして、リーディア」

その妖精も屈託なく笑って挨拶してきた。

「君はここに住んでいる 屋敷妖精(ブラウニー) かい?」

「違うよ、僕はスキプニッセ」

「スキプニッセって、確か船に住んでいる妖精だな。なんでこんなところにいるんだい?」

「僕の家がここにくっついちゃったから」

「あー、あの船の妖精か。すまないね、うちの夫が」

「船はもうクラーケンに壊されちゃってたから気にしないでいいよ。それよりトンカチ使う?」

「ああ、使う」

私はスキプニッセに借りたトンカチでキャラメルを砕いた。

キャラメルのかけらを水を入れた鍋に放り込み、とろ火で温める。

あとは焦がさないようにかき混ぜ続けるとキャラメルソースになる。

私はスキプニッセにトンカチを渡した。

「ありがとう、返すよ」

「リーディアは何を作っているの?」

スキプニッセは鍋の中を覗き込もうとする。

スキプニッセは船に宿る妖精で、住み着いた船の安全や航行を守ってくれると言い伝えられている。供物を捧げると修繕も手伝ってくれるそうで、手にトンカチを持っている。船を住処とするブラウニーのような妖精だ。

「パンプディングだよ」

「美味しそう! 僕にも頂戴」

キッチンに飛び上がって鍋に顔を突っ込もうとするスキプニッセを、私はあわてて止めた。

「危ないからやめなさいっ。それにこれはまだ作り途中なんだ。もうちょっと待ってくれ」

さて、続きを作ろう。

出来上がったキャラメルソースに卵液とケフィールを入れて混ぜ合わせる。そこに硬くなったパンを浸す。

待つこと三十分。本当は耐熱皿にバターを塗るのだが、バターは先ほど使い切ってしまったのでない。省略して、卵液に浸したパンを耐熱皿に並べる。

ペイストリー・ルームには魔法オーブンがあった。

これは火の魔石を使った魔法具で、魔力を流さないと使えないが、温度を一定に保つなど普通の窯では出来ない繊細な調節が可能だ。

結構な高級品なので、昔のベラフは本当に栄えていたのだろう。

魔法具があるということは、魔法具を動かす魔法使いがいたということでもある。

私は魔術回路という体内の見えない器官を損傷し、魔力を貯めることが出来なくなった。そのため、ほんの小さな魔力しか使えない。

パンプディングを焼くのに必要な魔力は、今の私の保有魔力とほぼ同等だ。

魔力を流し、無事にオーブンが作動したのでホッとした。

後は出来上がるのを待つだけだ。

待っている間に私はスキプニッセに聞いた。

「さっき、『船はクラーケンに壊された』って言ってたね。どんな船だった? 客船かい?」

スキプニッセの答えは、実に意外なものだった。

「ううん。魔物討伐船」

「えっ? そんな船があったんだ」

「『 紅(くれない) の人魚号』はゴーランで作られた船なんだよ。魔物を倒すための船なの。魔物は皆『紅の人魚号』を見ると怖がって逃げ出してしまうくらい強かったんだぁ」

「……ゴーランの船だったのか。そういえば船首像は人魚像だったね。色は赤じゃなかった気がするが、退色してしまったのかな?」

「ううん。船首像の人魚が魔物の血で赤く染まるから『紅の人魚号』って名前なの」

「そうなんだ」

スキプニッセは五歳くらいのまだあどけない子供の姿だが、乗っている船は随分荒っぽい役割の船だったようだ。

「クラーケンに船を壊された時、乗っていたゴーラン人は無事だったかい?」

「無事だよ」

スキプニッセはあっけらかんと言った。

「クラーケンが来る前に、ゴーランの人達は皆いなくなっちゃったの。ベラフがゴーランじゃなくなったからここにいられなくなったんだって。船は違う人達のものになったんだけど、その人達はクラーケンが来た時すぐに逃げたから皆無事だよ。でもベラフはめちゃくちゃになっちゃった」

スキプニッセは悲しげに洟をすする。

「ねえ、リーディア、僕、ここにいてもいい? 一人でずっと寂しかったんだ」

「もちろんいいよ。君が居たいだけ居ればいい」

私がそう答えた時、ラズロがペイストリー・ルームに駆け込んできた。

「リーディア様、団長達が戻りました」