軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07.海辺の町ベラフ2

「あの!」

とそれまで黙って話を聞いていたシェインが突然声を上げた。

「あの、ゴーランはどうやって海の安全を維持していたのでしょうか?」

老師はシェインに淡々と言った。

「ここはゴーランの地だ。わしよりゴーランの騎士達に聞くといいよ」

シェインはすがるような目で私の後ろに控える二人の騎士に視線を寄せた。

「お願いです。教えてください!」

と彼は彼らに頭を下げた。

「リーディア様」

騎士達は戸惑った様子で、私の名を呼んだ。

「機密に触れぬ範囲で、知っていることを話してあげてくれ」

と私は許可を出した。

「では、お話します。ですが、俺……あ、私も詳しくは知りません。何せ大昔のことですから」

今日の私の護衛騎士は騎士になったばかりの青年で、彼は言葉につかえながら話し始めた。

「ただ、私の祖父も騎士でしたので、彼からベラフの話を聞いたことがあります。じいさん達の代では今ほどゴーランにダンジョンはなかったそうで、若手騎士の修業先と言えば、ベラフだったそうです。そこで魔物達と戦って腕を磨いたと言ってました」

実はゴーランがダンジョンから魔物や鉱石などのアイテムを採掘する、いわゆるダンジョン経営に乗り出したのは、アルヴィンの祖父の代からで、つまりここ四、五十年ほどのことらしい。

もちろんそれ以前からダンジョンはあったが、今ほど数は多くなかったそうだ。

ベラフを失ったゴーランは、別の稼ぎ先としてダンジョン経営に目を付けたのだろう。

「俺もそう聞いてます」

隣に立つ騎士も同僚の言葉に頷いた。

「まさか、魔物ってクラーケンじゃないよな?」

私が思わず聞くと、騎士は笑って否定した。

「まさか! エルリッヒ・アステラテートじゃあるまいし、そんなこと出来るわけないじゃないですか」

「だよな……。えっ、エルリッヒ卿はクラーケンと戦ったのか?」

「あ、リーディア様は知らないですか? エルリッヒの歌の歌詞にある『うっみの化け物やっつけてー』の化け物はクラーケンのことです」

「そうなんだ……」

すごいなぁ、エルリッヒ卿。

「じいさんはクラーケンはやっつけてませんが、トルクって魔物を退治したそうです」

「あ、トルクは知っている」

魔物対策の教本では、可能な限り交戦を避け、その場は放棄することが原則とされる。

我が国よりずっと北に住むセイウチという海獣に似ているらしい。

彼らは一メートルを超える長く鋭い牙を持ち、体長は四メートル以上にも達する。分厚い皮膚と脂肪に覆われた巨体は高い防御力を誇り、刃の攻撃を跳ね返す。

気性は荒く、群れで生活しているため、仲間が襲われれば集団で反撃してくる。

海上や沿岸の浜辺を主な生息域とするが、攻撃されると彼らは内陸部にまで執念深く敵を追いかける。

そのため、騎士団では「見たら逃げろ」と教えられる魔物だ。

私はトルクと戦ったことはないが、遠くから見たことはある。

トルクはとにかく大きく、それに丸々と太っていた。あれを倒すのは大変そうだ。

「トルクを倒したのか。それはすごい」

青年は褒めると嬉しそうに笑った。

「リーディア様に褒めて頂けるなんてじいさんもさぞ鼻が高いでしよう。当時トルクは高値で取引されていて、倒すと報奨金が出るから皆頑張って倒したって言ってました。肉はちょっと硬くて生臭いそうです」

「おじいさん、トルク、食べたんだ……」

ゴーラン人は倒した魔物を、有毒じゃなければ絶対食べるって本当なんだな。

「リーディア、今度は私が質問だ」

と老師が私を見つめ、ずいと身を乗り出す。

「私に質問ですか?」

「そうだよ、そなたは失われたライカンスロープの魔法を使える数少ない術者の一人だ。教えておくれ、どうだったのか」

「はい……」

私は老師から微に入り細に入り私が王宮大広間にて竜に変身した時の話を語らされた。

最後に老師は私にこう尋ねた。

「今は変化出来ないと聞いたが、確かかね」

「はい。私は魔術回路を損傷して、もう大魔法は行使出来ません。変化するには膨大な魔力が必要です。あの時も、大広間にいた人々が魔石ベガに力を注いでくれたおかげで、ようやく成し得たことでした。私ひとりでは、とても叶わなかったでしょう」

「ふむ」

「それに、竜になるには私がそれを深く願うことが必須の条件な気がします」

ライカンスロープは、心の中に住んでいる獣――もう一人の自分――に変化する技だ。

その心の獣を呼び覚ますには私自身が心の底から望まないと叶わないのだろう。

「必須の条件というと、リーディアやリーディアの周囲の者達がよほど危機に直面しないと発動しないということかね」

「おそらく、そうでしょう」

私自身はそれでいいと思う。

力は人を救うこともあるが、脅威となることもある。

平和な時代には必要のないものだ。

***

深夜。

昼間は賑わいを見せる領主館も、この時刻にはすっかり静まり返っている。

そんな中、夜間警備の兵達は警戒を怠ることなく、館を守り続けていた。

「異常なし」

巡回の兵士が厩の見回りを終え、立ち去った直後、暗闇からそっと人の影が動き出す。

全身を覆うマント、深々フードを被ったその人物は、素早く厩を駆け抜け、一頭の馬に近づいた。

「ぶるるる」

「しっ、カエルム、騒がないで」

カエルムと呼ばれた馬が鳴き声をあげようとするのを素早く制止し、その人物は馬の鼻を撫でる。

「いい子だ。今、鞍をつける。そうしたら、――行こう」

「どこに行くんだい?」

シェインははっと背後を振り返った。

「リーディア様」

「こんな夜更けにどうしたね、子供はとっくに眠っている時間だよ」

私が声をかけるとシェインは思い詰めた表情で訴えた。

「お願いです! 行かせてください」

こんなところに話しているとすぐに優秀なゴーラン兵が駆けつけてしまう。

私は唇に指を当てて、静かに言った。

「しっ。声を出さないで。こっちに来なさい。話をしよう」

「はい、どうぞ」

私はシェインを部屋に招き入れ、カップを手渡した。

ぬるめに淹れたカモミールティーだ。リラックス出来る。

向かい合わせに座ったシェインは意気消沈した様子で、じっと手の中のカップを見つめている。

しばらくして彼は顔を上げ、私に尋ねた。

「どうして、リーディア様はあの場所にいたんです?」

「このところ、ずっと君の様子がおかしかったからだよ。元気がなかった」

シェインは小さくため息をつき、ぽつりと言った。

「……ベラフに行くつもりでした」

「ベラフに?」

「はい。一目だけでも見てみたくて」

「どうして?」

私の問いかけに、シェインは諦観が混じったひどく大人びた表情で首を横に振る。

「私が行ったところで意味なんてないのは分かってます。ただ、魔物が支配する海を見てみたかっただけです。そのせいで皆が大変なことになっているから。大勢の人が死ぬかもしれない『理由』が、見たかった」

大勢の人が死ぬかもしれない理由……。

子供のシェインの口から聞くにはあまりにも重たい言葉だ。

彼をそこまで悩ませることはただ一つ。

彼の生まれ故郷である北部に何かがあったのだ。

「北部は今、どうなってるんだ?」

二ヶ月半前まで私はアルヴィンと共に王都にいたため、軍の情報もそれなりに入手出来る立場にあった。

伝え聞いた範囲では、北部に特に大きな問題はなかったはずだが、私には一つ腑に落ちないことがあった。

そもそもロシェット辺境伯は何故息子シェインをゴーランに送り込んできたのか?

シェインは少し躊躇った後、言った。

「本当はずっとシデデュラとの関係は悪かったんです。でも近年は、父上とシデデュラ側双方の歩み寄りによって、事態を話し合いで解決しようと、会談が重ねられていました」

シェインの言う『父上』は北の辺境伯ロシェットだ。

彼はかなりの切れ者だから、この難しい局面でも粘り強く交渉を続けていたのだろう。

「ですが、根本的な問題はベラフでした」

「やっぱり」

「ベラフ開放を求めるシデデュラとの距離は、どうしても埋められませんでした。その上、昨年シデデュラでは冷害が起きたんです」

「冷害が……」

ロシェットが守る我が国の北部は被害を最小限に抑えることが出来たが、シデデュラの被害はさらに深刻で、北部は彼らに対して様々な支援を約束した。

だが、それだけでは足りなかった。

「シデデュラは『ベラフが開放されない以上、戦争しかない』と強硬な態度を崩さず、今年の春の会談では本当に戦争になりかけたところで、ゴーラン辺境伯様がいらっしゃったんです」

「アルヴィンが?」

思いもかけない人物の登場に私は驚いた。

「はい、ゴーラン辺境伯は皆にこう言ったそうです。『偉大なる国王フィリップ陛下の名において、ゴーラン領主アルヴィン・アステラテートが誓おう。一年以内にクラーケンを倒し、ベラフを開放する』と」

「…………」

たっぷり一分は間があったと思う。

「は?」

ようやく出た声はかなり間が抜けたものだった。

「クラーケンを倒すって? 正気か? 大体どうやって? 相手は海の上の怪物だぞ?」

思わず問いただすと、シェインは「はい……」と困った表情になる。

「私にも詳しいことは分からないです」

「ああ、そうだよな、すまない」

考えてみれば、大事な会談の場に次期辺境伯とはいえ、十二歳のシェインが出席出来るはずはなく、彼も後から他の人間に聞いた話だそうだ。

分かっていることは、今、アルヴィン達はベラフにいるということだけ。

「だから、せめてベラフを一目でも見てみたくて……」

とシェインは呟いた。

私は立ち上がってシェインの肩に手を置いた。

「気持ちは私にもよく分かるよ」

「リーディア様」

シェインの瞳が涙でにじんでいる。

「でも一人で行くのは絶対に駄目だ」

「はい……」

自分の立場をよく理解しているシェインは、無念さに唇を噛みしめながらも頷く。

「だから、私も一緒に行く」

「えっ、リーディア様が?」

「ああ」

「でも、皆に反対されると思いますよ」

私の言葉にシェインは小さい声で反論した。

「そうだね、うーん、さっと行ってさっと帰る方法は何かないかな。転移魔法陣は勝手に使うとバレるし」

転移魔法陣は便利な反面、扱いが非常に難しい魔法具だ。

みだりに使用されないよう、このルツの転移魔法陣は、昼夜を問わず厳重な監視のもとに置かれている。

かといって、ルツからベラフに馬で行くのは、私とシェインの腕前では三日はかかる。

「さて、どうしたものか?」

私達が頭を抱えて悩んでいたその時、誰かが声を上げた。

「転移魔法陣をお探しでしたら、ございますよ。リーディアさん」