軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.フォンドボーと冬のトリュフ狩り

フォンドボー作りは、我が家の地下室に置いてある牛の骨と牛すじを取りに行くところから始まる。

私の場合だと両腕に抱えて二往復分である。

だが、「私がやろう」と黒髪男が一度で持って行ってくれた。

まず、牛の骨を洗い、その後、骨を髄液が出るようにのこぎりでカットする。

大きな動物の骨を断つのは重労働で、私はなけなしの魔力で肉体強化してからするのだが、黒髪男は「このくらいは」と軽々とのこぎりを挽いた。

切った骨をオーブンで軽く焦げ目が付く程度、焼く。

牛すじもよく洗い、フライパンで炒める。

次に香味野菜を準備する。貯蔵しておいた玉葱や人参、今の時期はセロリの代わりにフェンネルを使う。全て一口サイズに切って、焦げないよう気を付けて炒める。

鍋に牛骨、牛すじ、香味野菜、ニンニク、戻したドライトマト、ローリエなどのハーブを入れて、水を加え、沸騰するまで強火で煮る。

「煮立ったら今度は弱火にして灰汁を取りながら十二時間以上、煮ます」

「なるほど肉体労働だな」

黒髪男はため息をついたが、私に取って一番大変なのはこの牛骨をカットする作業なのだ。

「大変助かりました、ありがとうございます。後はごゆっくりお過ごし下さい」

「ああ、そうだな。牛の血で汚れてしまったから着替えるとしよう」

黒髪男はかなり要領良く牛の骨を切ったが、それでもあちこち血まみれだ。ちなみに私がやると周辺に骨片が飛び散る大惨事になる。

黒髪男はキッチンを出て行き、入れ替わりにノアがやってきて、

「リーディアさんも着替えてきたら? 火は僕が見てるから」

と申し出てくれた。

ありがたく、着替えさせて貰う。

着替えを済ませてキッチンに戻り、夕食の支度に入る。

今晩は 牛肉の赤ワイン煮込み(ブラザート) にしよう。

塩コショウを擦り込んだ牛のスネ肉と玉葱や人参などの香味野菜を赤ワインに漬け込んで二日目。まさに食べ頃である。

漬け汁から取り出した肉を熱したフライパンで焼き、野菜も焼き、その後漬け汁の赤ワインと共に弱火でコトコトと煮る。

二~三時間もすれば出来上がる。

こちらも灰汁が出るので、フォンドボーと両方の鍋を見張りながらの作業だ。

根気がいる作業だが、私は嫌いではない。

コトコトと鍋は静かに音を立てて、キッチンには何だがワクワクするような匂いが漂っている。

さて、牛肉の赤ワイン煮込みの付け合わせを作ろう。

牛肉の赤ワイン煮込み(ブラザート) といえば挽いたコーン粉で作るポレンタだ。

今日はそば粉とコーン粉のポレンタにしよう。

このポレンタ、材料の粉を沸騰したお湯に入れて煮るだけの簡単な料理なのだが、一時間以上煮ないといけない。

沸騰したお湯に塩を少々、そこにコーン粉をダマにならないように振り入れる。後はずっと弱火でかき混ぜ続けるだけ。

「今度は何を作っている?」

いつの間にか黒髪男がやって来ていた。興味津々で作業を見ている。

「牛肉の赤ワイン煮込みですよ」

「旨そうだな」

と黒髪男は言った。

「手伝うことはあるか?」

と尋ねられたが、特に思いつかない。

「いいえ」

と答えると、

「ここにいては駄目か?」

と問われた。

「駄目ということはありませんが、つまらないんじゃないですか?」

黒髪男は首を振って否定する。

「いや、そんなことはない」

結局黒髪男は夕食まで飽くことなく私の作業を見ていた。

***

冬晴れの日、私とノアは山にきのこ採りに出かけた。

ノアは「一番怖い熊は冬眠中だから危なくないよ」と一人で行きたがるのだが、熊は冬眠していても、山には猪や鹿もいる。

猟師の仕掛けた罠だってあるかも知れないし、悪い人間だっているかも知れない。

私は止めて欲しいが、ノアはきのこや木の実を採ることで私の役に立ちたいと考えているようだ。

その心意気は素直にありがたいと思う。

結局、私とノアは山の奥に入る時は決して一人では行かず、二人で行くことで合意した。

実りの秋を終え、冬山は寒々しいの一言だが、冬に旬を迎える山菜やきのこというのもあるのだ。

例えばローズヒップなどの実、ヒラタケ、エノキダケなんかのきのこも冬に採れる。

とはいっても手のひらに収まるぐらいの量が見つかればまずまずというところで、あまりたくさんは採れない。

だが山周辺も私の家の敷地なので、清々しい空気の中、見回りがてらの山歩きは悪くない。

「リーディアさん、あれ……」

そ(・) れ(・) を見つけたのは、ノアの方が早かった。

私は彼の指さす方を見て、眉をひそめる。

「あいつか……」

森の木立の間に黒い影があった。

かなり大型だが、一見すると普通の牛のように見える。

だが額に三つめの目があり、その額の両脇から伸びる太い角、全身は真っ黒な毛に覆われている。

最近見かけるようになった魔獣だ。

襲ってくることはないんだが、遠くからじっとこちらを観察している。

万一向かってこられたら、残念ながら今の私ではノアを守り切れない。

「帰ろう、ノア」

と私は促すが、ノアは動こうとしない。

「でもリーディアさん、あの牛さ、もしかして……」

「もしかして? 何だ?」

「リーディアさんに言いたいことがあるんじゃないかな? あの牛、ずっとリーディアさんを見てるから……」

「魔獣が私に用事か?」

「うん、多分、なんだけど」

ノアも確証はないのか、自信がなさそうだ。

「彼はリーディアに認めて貰いたいの」

ふいに話しかけてきたのは、我が家のバンシーだ。

あの事件以降は一番人前に姿を見せる妖精になった。

ノアとミレイは妖精の姿が見えるようだが、妖精に話しかけないように言っている。古い昔話が記すとおり、向こうに悪気はなくともとんでもないことに巻き込まれてしまうケースがある。

「私に? 何故?」

私は驚いて彼女に聞く。

「ウルはケーラのことが好きだから。でもケーラはリーディアの招きがないものは牛舎に入れないから、ウルはリーディアに認めて貰いたいの」

とバンシーは言った。

ケーラというのは私の牛の名前だ。

「あの 魔(・) 獣(・) はウルというのか?」

「彼は森の 精(・) 霊(・) よ」

そう言われると思い当たる節があった。

我が家の牛はミルヒィ種という牛と魔獣の間の種族で、気性が荒くテイムした主人にしか懐かない。

なのでもっぱら牛の世話は私とブラウニー達の役目である。

ブラウニーはミルヒィ種のミルクが大好物なので、喜々として世話をする。

牛舎の周りに見慣れぬ獣の足跡が付いているのを発見したのは初めて雪が積もった翌日のことだった。

化け物のように大きなひずめの跡。

だがケーラが鳴いて私を呼ぶことはなかったし、魔物も無理に牛舎に押し入ることはしなかった。

ブラウニー達も私に異変を知らせなかったから、どこかの獣が戯れに近づいてきたのだろうと思っていたのだが、その後も時折牛舎の周りには大きな足跡が残っていた。

人は善きものを精霊や妖精と、悪しきものを魔物と呼ぶが、ブラウニー達によると大きな違いはないそうだ。

人間同様、良い者も悪い者もおり、さらにその時々で善にも悪にもなる。

「しかしケーラはあんなでかくて怖そうな牛だか魔獣だか精霊だかに言い寄られて迷惑なんじゃないか?」

バンシーは「ううん」と否定した。

「ケーラもウルが好き。でもリーディアの許しがないとケーラは招き入れない」

精霊達は自由に見えるが、彼らなりの倫理があり、一つは、「招かれないと入れない」というものだ。

ちょっとうさんくさい雄につきまとわれているケーラだが、意外とまんざらでもないらしい。

「あー、ケーラがいいなら、私もいいぞ。ウル、おいで」

念のためにノアを背後に庇い、私はウルを手招きした。

ウルは言葉を理解しているようだ。のっそりと近づいてくる。

「牛舎には好きに入るといい。だが私と私の家族、それに当然だが、ケーラのことも傷付けてはいけない。それは誓ってくれ」

ウルは怖いが賢そうな顔で、「ブモ」と鳴いた。

それからウルは「ブモ」とバンシーに向かって鳴いた。

「付いてこいって」

「ああ……」

ウルからは悪意は感じられないが、油断させておいて襲い掛かるというのは良くあることだ。

私は少々警戒しながら、ウルの後を追う。

しばらく森の中を歩いたウルは大きな木の根っこに向かって鼻を寄せ、「ブモ」と鳴いた。

「ここだって」

「リーディアさん、見てもいい?」

「ああ、何かあったらすぐに逃げるんだぞ」

ウルが離れた後、ノアがさっと木の根にしゃがみ込み、呟いた。

「あれ? 何もないよ」

「何もない?」

「少し掘ってみるよ。土の中に生えるきのこもあるんだ」

「あっ」

やがてノアは嬉しそうな声を上げた。

「これ、トリュフだよ」

「トリュフ?」

「高値で売れるきのこなんだ。滅多に採れないんだよ。僕、生えてるの、初めて見た」

ウルは「ブモ」と鳴いた。

「リーディアにやるって」

「ああ、ありがとう」

交際を認める代わりに、貢ぎ物を渡されてしまった。