軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29.ミオンみたび 1

「やられたわ……!」

戦場から後宮に戻ったミオンに知らされたのは、アレが『天使』と呼ばれ、キリルの元に保護されたという事実だった。

しかも、華蓋でもアレの良い噂が広がっているではないか。

まず宰相である叔父に確認を取りに行く。そこには甥のジュンシーもいた。

「アレを北辰宮に入れるなど、フェイロン陛下がお怒りになります!」

「アレではない。皇太子殿下は『天使』だと報告された」

「しかし、叔父様!」

「後宮を管轄するのはミオン女官長ではなかったか?」

宰相はピシャリとそう言い、姪として頼ろうとするミオンに一線を引いた。

「天使が天使でないのなら家族の問題だ。政治介入するものではない」

「叔父様は、陛下の叔父でもあるでしょう!? ふたおやのいない陛下にとっては、父のような存在の筈。いうなれば私たちは家族だわ」

「めったなことを口にするでない。私は宰相だ」

宰相の態度にミオンは歯がみする。

面倒ごとに関わりたくないように見えたのだ。

「……そうですか。でも、私にとってキリル殿下は息子のようなものですから、悪い影響がないか心配です」

ミオンが食い下がる。

「華蓋では、まさに天使と呼ばれているそうではないか」

「蛮族の戯言など信じられるのですか?」

「ジュンシーによれば、とても賢い子どものようだぞ? 三歳なのに『北辰辞』を暗唱できると聞いた。それが本当なら、リョウイ以上だ」

『北辰辞』はジンロン帝国の最古の詩集で、官僚試験には必ず出題されるものだ。

ミオンは、憧れの叔母リョウイを持ち出されカッとなる。

叔母さまに最も近いのは私よ! アレなんかになれるものですか!

フェイロンの母リョウイは不遇な一生を終えてしまったが、レアン一族の誇りだった。

「アレとリョウイ叔母さまを一緒にしないで! 蛮族ユールの血の混じった汚らわしい子よ!」

ミオンの勢いに宰相は黙る。

天使を汚らわしいと言うならば、キリル殿下も同じだ。言っている意味がわかっているのか?

ジュンシーはそう思い、チラリと宰相を見た。宰相は何も言わない。

ジンロン帝国の中では、征服した国の姫を皇后に据えたフェイロンに関する反感が根強い。その反感は、血の混じった皇子たちにも向けられる。しかし、それを表立って言うことはない。不敬だからだ。

ジュンシーはその考えに反対だった。二つの国の血を持つことは、尊いことだと考えていた。しかし、反論はしなかった。ここで話題を広げるのはレアン族にとって好ましくない。話題を流すに限る。

ミオンは、不敬な発言をしても咎めない宰相に黙認するつもりだと判断した。

叔父様が黙認してくれるなら、いいわ、私がアレを排除しましょう。

私は三年待った。いいえ、生まれてからずっと、フェイロン陛下を支えるようにと言い聞かされ育てられた。私もそれを望んだ。一度は妃を諦めたけれど、それでもずっと支えてきたのだ。

代々、ジンロン帝国の皇帝は、皇后と妃を数人抱えてきた。後宮は、後継者問題を解決するためのシステムだからだ。皇后ファイーナは身体が弱く、多くの子どもは望めない。フェイロンもそのうち新たに妃を置くと思っていた。しかし、フェイロンはかたくなに新たな妃はもうけず、そのうち皇后は亡くなった。喪が明けた今なら妃を取るよう説得できる。ミオンは結婚もせずに、待ち続け来年には三十になる。

これ以上は待てない。アレを皇女と認めたら、新たに妃を娶る理由が弱くなる。

「私はキリル殿下のために、女官長としてではなくお話したいと思います」

そういうと、ミオンは急ぎキリルの部屋に向かった。

ジュンシーと宰相は顔を見合わせる。

「あの子は情が深すぎる。それがあの子の能力を潰さなければ良いのだが」

宰相はため息をついた。

ちょうどその頃、キリルとアレはリュウホといっしょに鞠を投げて中庭で遊んでいた。

仲睦まじげに遊ぶ子どもたちを見て、ミオンは苦々しく思う。

侍女や騎士たちも微笑みながら眺めている。

この状況をどうして誰も咎めないの!?

苛立たしく思いながらも、現在後宮を統括するのはミオンだった。

ミオンは一息ついてから、優しい笑顔を作った。そして猫なで声でキリルに話しかける。

アレはミオンに気がつき、持っていた鞠をポトリと落とした。不意打ちだったからか、条件反射で身体が硬直してしまう。

しっかりしなきゃ! きっと何か言われる。隙を見せたらダメ。

そう思うのに身体が震える。リュウホはそんなアレを見て、ペロリとアレの指先を舐めた。アレはハッとして、リュウホのクビに抱きついた。

リュウホはアレを落ち着かせるために、ペロペロと体中をなめる。

ザリザリが気持ちいい。モフモフで落ち着く。

リュウホの身体に顔を押しつける。

「キリル殿下」

「戦場はどうだった? ミオン」

キリルはいつもの通りにミオンに答える。ミオンはそれに安心した。

「陛下がおられます。心配はいりません」

「そうか」

「キリル殿下。私がいない間に天使を保護されたと聞きましたが」

ミオンは優しい優しい微笑みをキリルに向けて尋ねた。

キリルもニッコリと微笑み返す。

「ああ、天使様は私の客人だ。丁寧にもてなすように」

キリルはミオンにきっぱりと命じた。