軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27.天使の日常 1

それからのアレの一日は、賑やかなものになった。

皇太子から『天使を客人として扱え』と命が出されたため、ジュンシーはアレをつれて紫微城内を案内することにしたのだ。

ジュンシーには思惑があった。

『天使』を多くの者に周知しよう。可愛らしく幼気な幼女だ。皇女や天使でもなくても同情を引く。天使に好意的な空気ができてしまえば、きっと皇帝でも簡単に処刑できなくなる。今度の戦の途中経過を聞く限り、皇帝の凱旋には時間がかかる。今がチャンスだ。

アレはそんなことも知らず、リュウホに乗って大人しくジュンシーについて行く。

トテチテと歩くオレンジ色の虎にまたがる幼女。それだけでも人目を引く。それなのに、幼女はキリルが用意した可愛らしいドレスを身につけ、侍女たちの渾身のテクニックによって飾り立てられているのだ。悶えるほどの愛らしさである。

皇太子の側近ジュンシーが一緒にいることで安心したのか、宮人たちの警戒は解かれていた。

北辰宮から南に進み、四角い池に出る。池の中央には九重塔。執務をするための 天鉞(てんえつ) 楼だ。キリルは今日、ここの執務室にいるのだ。

金龍の背中に乗って見たときとは違った下から見上げる天鉞楼に、アレはホウとため息をつく。ジンロン帝国で一番高い建物だった。

リュウホにまたがったアレは、お菓子の入った籠を抱えていた。

トテチテと最上階の執務室まで向かう。

大きな扉をジュンシーが開けば、中にはキリルと宰相、宮人たちが仕事をしていた。

難しい案件を扱っていたのか、部屋の空気は険悪だった。

しかし、アレを見た途端キリルが破顔して、椅子から立ち上がった。

執務室の空気がザワリと揺れる。

キリルはあまり感情表現することが少なかったからだ。

「天使! どうしたの? 困ったことでもあった?」

アレはフルフルと頭を振った。

「ううん。そうじゃなくて、にいたま、おやつをもってきました」

キリルは時計を確認した。確かに休憩時間を過ぎている。

戦が長引いていることで、仕事もたまりつつあるのだ。

「もうそんな時間だったか。皆、休んでくれ」

「天使さま、皆さんにお菓子を配っていただけますか?」

ジュンシーにそう言われ、アレはリュウホから下り籠の中身を配った。

まずは、キリル、その後に宰相だ。

宰相はアレからお菓子を受け取ると、細い目をさらに細くして微笑んだ。

「天使さま、ありがとうございます。寿命も延びる心地です」

宰相がアレを『天使』と呼んだことで、執務室の空気は一気に軽くなった。

アレは恐縮してしまう。

「えっと、ながいきしてくだしゃいませ、さいしょうたま」

たどたどしく答えるあるアレの様子に、「かわええ……」と誰か呟いた。

リュウホはボディーガードのようにアレにビタとくっつき、宮人たちに一声吠える。

(変な目で見るな!)

宮人たちはギクリとする。

「リュウホ、しー!」

アレがリュウホに向かって、しーっと人差し指を立てる。リュウホはむーっと顔をしかめる。アレはリュウホを宥めるように、わしわしと額を撫でた。

(もっと、なでなで!)

リュウホがねだってアレがリュウホをナデナデモフモフする。

リュウホはゴロリと寝転がり、腹を見せる。アレはさらにモフモフした。

執務室がホンワカとした空気に包まれる。

「さぁ、お菓子を配り終わったら、ここへおいで」

キリルは執務室の椅子に座り、自分の膝をポンポンと叩いた。

アレは少し戸惑う。心は大人だ。だから、そんな子どもっぽいことは恥ずかしい。しかし、ループ以前から家族の愛情に飢えていたアレは単純に嬉しくなってしまうのだ。

結局は素直にキリルの膝に収まる。

「はい、あーん」

キリルがアレにお菓子を与え、アレは「じぶんでたべられます」と怒りながらも、あーんと口を開ける。

リュウホはそれを見て、ケッと鼻で笑う。

「私の天使は本当にかわいい」

小さく呟くキリルを、穏やかな目で見る宰相。

出だしは上々ですね。

ジュンシーは満足げに微笑んだ。

休憩が終わったところで、ジュンシーは声をかける。

「天使さま、いきましょうか」

「はい」

アレはリュウホにまたがって執務室を出る。

「天使さま、また来て下さいね!」

「絶対来て下さいね!」

「できれば、毎日来て下さいね!」

執務室の人々は名残惜しげに手を振った。

険悪だった執務室の空気に戦々恐々としていた宮人たちは、アレが現れたことで救われたように感じていたのだ。

「またきます! がんばってくださいね」

アレも手を振り返した。

「天使さまは他に行ってみたいところはありますか?」

ジュンシーに問われてアレはオズオズと答えた。

「……北斗苑……」

上目遣いで恐る恐る尋ねる様子に、ジュンシーはクラリと眩暈を感じた。

「いいですよ」

ジュンシーはアレたちを北斗苑の入り口まで送っていった。

きっと、人の目を気にせず伸び伸びとしたいだろうと思ったからだ。

「閉門の鐘が鳴ったら迎えに来ます」

ジュンシーの心遣いにアレは感謝した。

北斗苑に帰ったアレは、まずマルファに会いに行った。マルファも老騎士も、いつアレが戻されてもいいようにと土蔵を整えて待っててくれた。

アレはマルファに走り寄り抱きついた。

「姫様! ご無事で」

「うん、だいじにしてもらってる」

「ええ、ええ、そうでしょうとも。それはユール国のドレスですね。それを着ていると本当に皇后さまにそっくりで」

マルファは泣きながらアレを抱きしめる。

老騎士も目尻に涙を浮かべていた。

「にいたま、やさしいよ」

「そうです、優しいお方です」

「ジュンシーにおべんきょうおしえてもらってる」

「ええ、あの方はとても頭が良くて」

「おやつもあるの」

「よかったですね」

幸せそうなアレの姿に、老騎士もマルファもホッとした。

「でもね、マルファとねきしがいないのは」

アレはそこまで言って、震える唇をかみしめた。

「……さみ、しい、よぉ……」

嗚咽になった言葉。

アレはマルファの胸でワンワンと泣き出した。

温かい布団。美味しいご飯。綺麗な衣装に、優しい侍女たち。リュウホも大事にしてくれて、これ以上求めてはいけないのはわかっている。

それでも、アレはマルファを見た途端恋しさがこみ上げてきた。

「マルファもさみしいです」

マルファはギュッとアレを抱きしめた。

「でも、きっといっしょに暮らせる日が来ますから」

「うん」

「今日のように遊びに来たら良いのですよ」

「うん」

マルファはアレの涙を拭いてやる。

アレは涙を拭いてもらうと、老騎士に駆け寄った。

老騎士はアレの脇を掴み、ぐるりと一周回る。

アレが大好きな遊びだ。

「こういうの、きししかしてくれないから、たのしい!」

アレの言葉を聞いて、騎士は笑った。

「じゃあ、これはどうですか?」

それから高い高いをするように、空へと投げる。

きゃーっとアレは喜んで、キャッキャと笑う。

その様子をリュウホは静かに眺めていた。

胸がなんか変。モヤモヤする。ムカムカする。

俺だって騎士みたいにできるのに。ジュンシーみたいにナデナデだって、キリルみたいに、あーんだって。

そう思って自分の身体をペロペロとなめる。

美しい毛並み。力強い手足。このまま大きくなれば、誰よりも強くなれる。そんな自分を気に入っている。

でも。

リュウホはアレを見た。

人同士のふれあいで、幸せそうな顔をするアレ。

自分をモフモフするときとはまた違う笑顔だった。

あの笑顔は俺だけのものだもん!

フン、とリュウホは鼻を鳴らした。

そして自分を落ち着かせるように、耳の後ろから顔を何度も何度も撫でた。