軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おまけその4『彼の思い出』

「イリアス、肉の準備終わったぞ」

火の管理をしていた私の元に、彼が食材を持ってきた。今日の夕食は知人を招待し、私の屋敷の庭でバーベキューを行うこととなったのだ。

彼は食材を置くと、一緒に持ってきた酒を片手に、私の隣へと座る。

「ご苦労さま。早速焼き始めるとするか」

「そうだな。いやぁ、何度見ても良い出来だ」

そういって彼は私が火の番をしているレンガ製のコンロを自画自賛している。以前も何度かバーベキューをやったことがあるが、その時は野営の時のように石で囲んだ簡易的なものだった。

今回は彼が一から手配して作られたものが使われている。本人曰くディーアイワイとかいうチキュウでの趣味の一つらしい。

そういえば父も私のために手製の遊具などを作ろうとしていた時期があったな。途中から母も加わっていたが、お互い細かい作業が苦手だったせいか完成品を拝めた記憶はない。きっと完成していたら、今の彼のように自分の作品の出来に一喜一憂していたのだろう。

そんなことを思っていると、ウルフェとラクラがこちらへとやってきた。

日も暮れて気温が下がってきたということで、二人共サイラお手製の肩掛けを羽織っている。その光景に少し昔の記憶が蘇る。

「ししょー!何か手伝えることはありますか!」

「準備はもう済ませたからな。こっちにも食い物があることを向こうの連中に伝えてくれ。あとは楽しむことを手伝ってくれりゃ良いぞ」

「わかりました!」

「あとほら、火を使っているからな。あまりヒラヒラさせずにちゃんと結ぶんだぞ」

「結んでください!」

迷いのない要求に、少しだけきょとんとした彼だったが、すぐに笑ってウルフェの肩掛けを前で結んでいく。

「ほら。コレで良いか?」

「はい!コレが良いんです!ありがとうございます!」

ウルフェは結び目を披露するかのように、楽しげに周りながら、他の人のところへと向かっていった。いつも以上にテンションが高い気がするが、よもやお酒を飲んでいるのではあるまいな。

「前に比べたら、随分と賑やかになりましたよね!」

「そうだな。ラクラは変わらず準備の段階から飲んだくれてやがるが」

「私は薪やレンガの素材を集めるときに働きましたもん!尚書様ったら私のことを便利な切断道具として扱うんですから!」

「個人で出し合う予定だった食材や酒を買う金を使い切って、参加できないって泣き喚いていたお前に機会をくれてやっただけだろうが」

「うぐ」

実際に便利な道具扱いはしていたが、ラクラにもそれを断れない理由はあるわけで。より不憫だったのは、ちゃんと参加費を払いながらもその作業に巻き込まれたエクドイクである。もっとも、当人は彼と一緒に作業ができるというだけで快諾していたのだが。

そのエクドイクは少し離れた場所に設置されている石窯の番を任されていた。アレも彼の手製。距離を離しているのは、肉の焼ける匂いがエクドイクの方へと届かないようにするためである。

「ま、感謝はしているぞ。岩石をレンガ状に切断なんて、簡単にはできないからな。バーベキューコンロならそのへんのレンガでも出来なくはないが、石窯となると話は別なんでな」

「えっへん。もっと感謝してください!その分だけお酒が美味しくなりますから!」

「それで金も払ってくれてりゃ、抱きしめてもやったんだがな。ほら、自慢なら石窯の周りにいる連中にしてこい」

「はーい!皆さん!その石窯はですねー!私とエクドイク兄さんで――」

向こうでは既にピザを始めとした料理が振る舞われており、中々に賑わっている。人気なのは良いことなのだが、その横で調理の仕込みをしているのがルコ様というのはどうなのだろうか。

王妃となる前と後では、周囲の者達の反応が大きく変わってしまったルコ様。ルコ様にとって陛下の友人である彼は、数少ない変わらない友人のままだ。だからこそ、こういった役目を喜んで引き受けてくださったのだろうが……私としてはいつ陛下が様子見で現れるか気が気でないのだ。

「マリトなら今日は忙しいからってこれないぞ。物凄く悔しそうな顔をしていたし、なんなら後日個人的に招く約束も取り付けられたけど」

「そ、そうか……」

安堵しつつ、心の内を見透かされるのにも慣れてしまった自分に苦笑いをする。ふと彼の横顔を見ると、彼は皆がいる光景を穏やかな笑顔で見つめていた。

「それほど嬉しいか」

「まあな。この世界に来たばかりの時は、思い出は新しくできるばかりだったからな。『またやりたいな』と抱いた思い出を、こうして再現して懐かしめる。その微かな達成感が心地良いのさ」

「――それでか」

ウルフェがあそこまで嬉しそうだったのは。結ぶことならば誰にでもできる。だけどウルフェにとっては彼に結んでもらうことに、思い出を再現してもらうことに、より高い価値があったのだ。

「完全に同じ光景なんてものは再現できないからな。成長したり、増えたり減ったり、何かしらの変化はある。それでも思い出を誰かと共に懐かしめるのは……本当に嬉しいもんだ」

「そうだな。私も少しくすぐったい気持ちだ」

新鮮な経験を得るのとはまた違う。誰かと思い出を共有し、大切にできることへの喜び。

ふと見上げると、星空がいつもよりも綺麗に感じる。この星空も皆がいる光景も、昨日明日に見ようと思えば見れるのだろう。それでも今、こうして記憶に焼き付いている光景は、今だけの格別なものなのだと実感できる。

「なにを熟年夫婦のように耽っておるんじゃ御主ら……」

そんな余韻を楽しんでいると、金の魔王が若干引いた顔で現れた。両手にはピザと酒、この今を楽しんでいるという意味では私達よりも満喫しているようだ。

「焦げないように傍にいないといけないからな。座って駄弁るくらいしかすることないんだよ」

「クトウにでもやらせれば良かろうに。どうせ絡まれんように番に陣取っただけであろ?」

「半々といったところだな」

「奥でヒソヒソと仲睦まじくしおってからに。酒でも入っておらんと近寄れんわ」

「そんなんじゃないさ。ほら」

そういって彼は自分の膝の上を軽く叩く。それに気分を良くしたのか、金の魔王は満喫の笑みで彼の膝の上へと飛び乗った。酒と彼女自身の香りが混じり合った匂いがこちらにも漂ってきて、僅かに雰囲気が変わったのを感じる。

「んっふっふっ、殊勝ではないか。さては想像以上に機嫌が良いの?」

「おうよ。自分で作ったバーベキューセットで人を楽しませてるんだ。達成感やらなんやらで機嫌は良いんだぞ」

「なるほどの。それに少し酒も入っておるな。御主が酔う姿は珍しいの」

火の明かりで気づけなかったが、言われてみれば彼の顔は少しばかり赤く染まっている。

彼がお酒を飲むことは珍しいことではないが、酔っていると思えるような行動をするのはかなり稀だ。

「普段は飲んでも酔わないようにしているからな」

「そんなことできるのか?」

「場の空気に酔うのと逆のやり方さ。常に自分が今どこに立っているのかを意識すれば、酔いは回りにくいんだよ」

言わんとすることは分かる。緊迫した空気の中では飲んでも簡単には酔えないだろう。ただ場の空気を楽しみながらも、そういった意識の切り替えを容易に行えるものなのだろうか。

「もっと身を委ねたら良かろうに」

「それで酔い潰れたら、何されるか分からないからな」

「否定できんの」

「してくれよ」

私がどうこうするつもりはないが、確かに彼が酔い潰れようものなら、色々と魔の差す者達が多いのは事実だ。最近ではウルフェ相手でも油断はできないだろうからな。

ただそんな話をしながらも、少しずつ酒を飲んでいるあたり、彼の警戒心も随分と薄れ始めている感じはある。まぁ隣に私がいるからというのもあるのだろうが。

「んっふっふっ、妾としては、酔った勢いで口説いてくるような御主の姿とか見たいものじゃがの」

「そんなもん、反応に困るだけだろ」

「妾を誰だと思っておる。数百年生きた魔王じゃぞ?逆に正気に戻るほどに狼狽えさせてしまうような……囁きを……して……」

金の魔王の口調の変化に視線を向けると、その光景に思わず飲んでいた酒を吹き出した。いつの間にか片手を空にしていた彼が、金の魔王を後ろから抱きしめ、彼女の頬に手を当て、額が当たりそうな距離まで顔を寄せていた。

「どうしたんだい、『金』。『私』を狼狽えさせてくれるのだろう?ほら、囁いてごらん?ちゃんと聞いてあげるから、さぁ?」

「――」

いや、それは口説くというより脅しではないのだろうかというツッコミを入れたかったが、金の魔王が顔を赤らめながら硬直していたのでそっとしておいた。

少しして彼が顔を離し、背筋が凍りそうな笑顔を引っ込めると、また先程の緩い顔に戻った。

「酔った勢いでも切り替わるのだな」

「そりゃ自制心が狂えば立ち位置なんて簡単に動くからな。だから普段は酔い過ぎないようにしているんだよ。いきなり切り替わられると困惑するだろ」

「確かに。だが今のは悪戯心で切り替えたのもあるだろう?」

「はは、酔いって怖いよなぁ」

彼は腕の中で固まっている金の魔王を揺らしながらコロコロと笑う。やはり結構酔っているようだ。

「そうだな。普段しないことをしてしまうのは恐ろしいことだ。なにせ今の行為で多くの感情が動くことになったわけだからな」

「……え」

戦闘において素人である彼は気づかなかっただろうが、元からこちら側に意識を向けていた者は多かった。そこに金の魔王の反応の変化があれば、視線を向けてしまうのも自然な流れだ。

そして話していた相手が視線を逸らせば、その人物もその視線の方向を向くことになる。

要するに、今のやり取りは向こう側にいる多くの者に見られていたというわけである。

「しょ、尚書様!?人目があるのに、な、なんて大胆な!?」

「い、いや、今のは酒の悪ノリであって――」

「あら?悪くないわよ?私にもやってもらえないかしら?」

「ご、ご友人!ちなみに酔った勢いで『僕』殿には――」

「ししょー!最後で良いので私もお願いします!」

普段の彼なら、そういう行為を見せてしまえば周りがどのような反応を見せるのか想像に容易かったのだろう。

「流石兄弟だぜ……俺もできっかな……」

「すぐに潰れる貴方には無理だと思うわよ、ハークドック」

「なるほど……参考になるな」

「エクドイク、止めなさいよ?」

「ア、コレ、アルジサマカラオソワッタヤツ、キジモナカズバウタレマイ!」

そしてその後の展開も考慮して自重できたのだろうが……やはり酔いとは怖いな。酒は飲んでも飲まれぬようにしなければな。でもまぁ、ああやって迫られるのも悪くないのかもしれ……酔ってるな、私も。