軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ゆえに無難に生きたい。

式典が終わった後も感じた喜びを直接言葉で伝えたいと、イリアスの周りには多くの人がいた。

そんな彼らに機会を譲るのは、夜になれば好きに話しかけられる立場の身としては当然のこと。だからといって、ここで他の連中と仲良く談笑しようものならイリアスが拗ねてしまうかもしれない。

なのでそそくさと城をあとにして、ぶらりと散歩をしていると、ふとある場所に向かいたくなった。

目的の場所へと辿り着き、護衛としてついてきてくれたウルフェには少しだけ外に待ってもらうようにお願いした。

本当は一人で感傷に浸りたかったので、クトウも置いて行きたかったのだが……立場上そういうわけにもいかない。

見張りの騎士さんに軽く挨拶をして、中を見て回りたいと伝えると彼は二つ返事で了承してくれた。誰かさんの顔も広くなったものである。

「元イリアス宅よりも、こっちを選ぶあたり……いっそ、今の屋敷の地下にでも部屋替えするのも良いかもな……」

誰も入っていない牢の入り口を開けたり閉じたりし、自分への皮肉を口にする。初めてこの地を訪れた時、『俺』は言葉も話せずに不審者兼魔族かもしれないと、ここ城門を出てすぐ外にある兵舎の牢に入れられていた。

この世界に召喚された時には周囲には誰もいなかった。最強の魔物や人殺しの山賊から逃げ、慣れない山道を延々と下り、ようやくたどり着いた文明の地。

牢に入れられたことすら気にせず、へんてこなテンションのままぐっすりと眠っていたのを思い出す。

どうせこのあとはもう帰るだけ、自分の服なんだし汚れても構わないと牢の中でごろりと横になる。

「流石にベッドと比べちゃ、寝心地も悪いか」

それでも壁があり、床があり、屋根もある。山中で眠るのと比べれば雲泥の差だ。この世界にきてからも、ここよりも寝心地の悪い場所で眠った経験は一度や二度ではない。

それなりに歩いたからか、多少の疲れからくる眠気がある。こういったうたた寝気分は嫌いじゃない。外で待たせているウルフェには悪いが、十分くらい仮眠を――

「起きろー」

爽快な痛みと引き換えに現実に引き戻される。目の前の光景を確認しながら、小さくため息をつく。

「鞘で小突くなよ……」

「つい懐かしくてな。同じ方法で起こしてしまった」

目の前にいたのはイリアス。前と違うのは剣の鞘と背中のマントくらいのものだろうか。いや、表情があの時と比べればすっかりと柔らかい。

「よくここがわかったな」

「君が挨拶まわりをするような相手は、皆城にいたからな。前の家はもう人に譲ってあるし、ならば始めの場所から探そうと思ったまでだ」

「探し回る手間は省けたってわけだ」

「城からここまで歩かされはしたがな。少しくらい待っていてくれても良かっただろうに」

あ、ちょっとご機嫌斜めですねイリアスさん。昔家に一人で待ちぼうけさせられて拗ねていたのを思い出す。

体を起こし、軽く上体を解す。感覚的に三十分くらいは寝てしまっていたのだろうか。ウルフェには悪いことをしてしまったな。あとで謝らなければ。

「城で待っているのを見られたら、遠慮してしまう人だっているだろう?」

「それはそうだが……」

本当に喜んでくれる人なら、後日にでもちゃんと時間を作って会いにきてくれるんだろうけども。それはそれで後日忙しくなるのはイリアス本人だ。

まあそんなことは別に些細なこと。とりあえずはちゃんと言っておこうか。

「騎士隊長への就任おめでとう。理想を超えた感想はどうだ?」

イリアスの父親は、若くしてあのラグドー隊の副隊長にまで上り詰めていた男。

イリアスもラグドー隊の中では一位二位を争う実力者ではあったが、立場としては一般隊員のままだった。そういう意味では今回の就任で目指していた父親よりも上の役職につけたということになる。

「……超えたという実感はないな。私が目指していたのは父のような立派な騎士になること。父の目指した同じ道を歩むことであって、超えることではなかったわけだからな」

「なら同じ景色へと辿り着いた感想はって言うべきか」

「それもあまりないな。就任したからといって、私の中身が突如変わるわけではない。だが、こういうものなのだろうな。変わるのはこれからというわけだ」

「大人になるのと同じだな。変わるものではなく、変えていくものだ。そのうちそのマントの重さも増してくるだろうよ」

「……そういうものなのだろうな」

イリアスはより多くのものを背負う立場となった。立場となっただけでまだ背負ってはいない。彼女にとってはこれからが騎士隊長としての成長の始まりなのだ。

「ああ。だけどお前の功績が正当に認められた事実なのは確かだ。『俺』は素直に嬉しいと思っている。正直ちょっと感動で泣きそうだった」

「……ありがとう。だが牢屋の中で祝うのはどうかと思うのだが」

「それはごめん。でも二人きりになったらすぐに言おうと思っていたからな」

イリアスがここにきたことをウルフェが気づかないはずはない。となればウルフェは気遣って『俺』達を二人きりにしてくれているということ。その厚意を無駄にはできまいて。

「君らしくはあるな。……ところで、一つ聞いても良いか?」

「ああ、なんなりと」

「――この世界を選んだことを、悔いてはいないのか?」

「ない」

即答ではあったが、これはこの質問をされると思っていて、用意してあった答え。もちろん思うところはある。そのことを察したのか、イリアスの表情はどこか晴れない。

「でも名残り惜しさならある。向こうの世界で知り合って、関わってきた連中……友達や仲間といえる奴もいれば、家族だっていたわけだからな。疎遠にはなっていたが、今の『俺』なら何割かとはやり直せたと思う」

人と向き合うことに辟易としていた時とは違う。『俺』もこの世界でイリアス達を見て感化され、成長してきた。

だからこそきっと悪意だけでなく、その人の本質とも向き合うことができるようになっているだろう。

そうなれば共に喜びを分かち合い、別れを惜しみ悲しむ関係を築き直すこともできただろう。それこそ、この世界で知り合った者達と変わらないくらいに。

可能性の話でしかない。だけどイリアス達と共に歩んできたこの日々は、それをより鮮明で確かな未来として掴めるのだと語っている。

「私も君ならばやり直せると信じている。だからこそ君からその機会が失われたことが……」

「気にすることじゃないさ。生きていれば進む道を選択することは必ずある。イリアスだって騎士になる道を選んだことで、多くの機会を失った。だけど選んだからこそ、得られたものもあっただろう?」

もちろんこんなこと、言わなくてもイリアスはわかっている。イリアスは『俺』の代わりに悲しんでくれているのだ。

今は溝があったとしても、いずれはそれを埋め良き関係になれる。そうなればイリアスが自らの家族や友人に抱いている感情と同じものを『俺』も抱けるようになるだろう。

それはとても素晴らしいことだ。そのやり直しの機会を失うことは確かに惜しい。

「……ああ」

一度地球に帰った時、そこは自分の部屋で、最初に確認したのは日付だった。異世界で過ごした時間に比べれば短くはあったが、それでも数ヶ月は経過していたようだった。もろもろの支払いは引き落としで、食料等もインスタントばかりだったので、少々部屋に埃が溜まっていた程度。すぐにでも日常を過ごせる状態だった。

一瞬もうこちらの世界に戻れないのではとさえ不安になったが、神様が人様の腕に妙な痣を刻んでくれていたので、そこは早いところ切り替えられた。

『俺』はまず昔利用していたツテを頼り、海外へと行方をくらませる支度を整えた。事故死として隠すよりも、海外に旅立った方が周りから忘れてもらいやすいだろうと考えてのことだ。

家具の処理や賃貸の手続き等は、業者への支払いに色を付けたら快く引き受けてくれた。

ほそぼそと生活するための貴重な貯金も、既に使い道のない端金でしかなかったので、久々にスカッと散財できてちょっとだけ満足感があった。

ただ手際が良すぎて、神様が再召喚するまでの間それなりに暇になってしまった。お隣さんに引っ越し挨拶をしようにも運悪く留守。外を歩こうかとも思ったが、コンビニやらの些細な誘惑も未練になるだろうと自重して、片付けの済んだ部屋でポツンと座っていた。

これから情報を消す携帯電話、改めて思い知らされる文明の素晴らしさに苦笑いしながらも、無意識的に連絡帳を開いていた。

まだやり直しも済んでいない状況で連絡しても、好意的に話をしてくれる相手はいないだろう。どうせ業者が海外に旅立った痕跡くらいは残してくれるのだから、わざわざ連絡する必要もない。それでもこれが最後だと思うと、その画面を閉じることができないでいた。

ならばいっそどっぷりと過去を振り返ろうと思った。この地球で生きた日々を想えば、何かしら気の利いた別れの言葉くらい出てくるかもしれないと。

「この世界を選んだことに後悔はない。いや、後悔するような生き方はしないと決めたんだ」

だけど脳裏に浮かんだのはイリアスやウルフェ、この世界で皆と過ごした日々の記憶ばかりだった。

誇り高き騎士達の生き様、直向きに生きる者達の純真さ、超越した強者達の脅威、命を奪われかけた恐怖、この手の中で消えゆく命の現実感。

眩く感じるほどに素晴らしい日々もあった。思い出すことすら憚られる嫌な記憶もあった。忘れられない理由が、良い意味でも悪い意味でも存在していた。

地球に未練を持てたのは、イリアス達がいたからだ。今生きている現実と真摯に向き合えるのは、この世界で生きた日々があったからこそだ。

結局、地球で過ごした日々はほとんどおぼろげな記憶でしか思い出せなかった。

悩んだ末、一斉送信機能を使って一言だけメッセージを送信した。

『遠い地で無難に生きます』

その後携帯電話からカードを抜き、携帯電話は処分する家電と一緒に。カードは粉々にして、ゴミと一緒にした。その作業をしている時にはもう、心の中にあったモヤは消えていた。

「――そうか」

表情が柔らかくなったイリアスの差し出した手を取り、立ち上がる。ほのかな痛みさえ覚える篭手の感触だが、それすらも今は愛おしく感じる。いや、やっぱ痛いものは痛い。意気揚々としているせいか、ちょっと力が入っていますよ、イリアスさん。

「なぁに、多少の感傷はあるだろうけどさ。それくらいいくらでも払拭してくれるだろう?」

「勿論だ。これ以上は出世もないからな。しっかりと君から受けた恩を返させてもらおうか」

「お手柔らかに頼むぞ。『俺』は無難に生きたいんだ。自他共にな」

「ふふっ、知っているとも。だから私の心の平穏も任せたぞ」

「できる範囲で任された。さしあたって、今の希望は?」

「そうだな……。とりあえずは君を名前で呼びたいな」

そういえばすっかり忘れていた。『紫』の『籠絡』の力という理由ありきで地球での本名を明かせられなかったわけだが、姓だけを改名していたリティアルが大丈夫だったことが確認できていたので、実は下の名前くらいは明かせられるのだ。

とはいえ、日本でも改名したり偽名で生活したりと自分の本名が希薄となってしまっていた以上、その名で呼ばれるのもなんだかなという感じではある。

「……地球での『俺』の人生は終わったわけだし、いっそ新しい名前考えるかぁ」

「そういう方針でいくのか……」

「よし、任せた」

「私が決めるのかっ!?」

他の連中にも相談させるか悩んだが、収拾がつかないのは目に見えている。

それにイリアスが決め、呼んでくれる名前ならば『俺』もその名を好きになれるだろう。

兵舎の外へと出ると、既に夕暮れが周囲を赤く染めていた。地球で窓越しに見た景色とは似ても似つかない。

だけどこの景色を見ていると、どこか懐かしさのようなものを感じる。それを実感できることが少しだけ嬉しい。そんな『俺』の表情を、イリアスも嬉しそうな顔で見ていた。