軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ゆえに散る。

あの人は光だった。あたしが世界を見ること、愛することができたのはあの人が世界を照らしてくれたから。

父親はあたしを道具としか扱わず、他の家庭の子供と比べては、自らの血筋の出来の悪さを悲観していた。全ての責任をあたしに押し付け、出来損ないだとあたしを罵った。

あたしは父親が振りまく不条理を受け止めることしか知らなかった。他の子供達と比べても劣っていることは事実だったし、あの男を喜ばせる手段なんて何一つ教わったことがなかったからだ。

それが普通なのだと、生きることに何の価値も見出していなかったあたしに、あの人は世界を教えてくれた。

だからあたしは心に決めたのだ。あたしの全てはこの人の為に使い切ろうと。

あの人が進む先に、あたしの世界がある。あの人の照らした世界が、あたしの世界なのだ。

だからあの人が破滅を望むのならば、あたしはその破滅を導く手段となろう。人間を殺し尽くそうというのであれば、殺し尽くすだけの一匹の蜘蛛となろう。

『ああ、だから魔王様、貴方は決してあたしに謝らないでください。申し訳無さそうな目を向けないでください。貴方のために破滅へと進むことは、あたしにとってコレ以上にない喜びなのですから』

懐かしい記憶。どうしてこんなことを思い出しているのか。あたしは全てを捨て、一匹の蜘蛛となったはずなのに。どうして人としての体の感覚がここにあるのか。

「――そう、負けたのね。あたし」

空っぽの体。蜘蛛としての体が崩れ、その残骸が奇跡的に生み出した元のあたしの姿。でもそこにあたしのコアは存在しない。これは心臓を失った哀れな生き物が最期に見る世界の終わり。

三人の敵が、あたしを見下ろしている。こんな状況でも、あたしに対する警戒心は最後まで薄れていない。ああ、そこまで用心されるなんて、あたしも恐れられたものなのね。

「はい。確かに超越した強さではありましたが、貴方の持ち味である思慮深さを失っては台無しでしたね」

「ただの村娘が辿り着ける程度のもの、別に大したことはないわよ。……覚悟の強さで負けたってことかしら」

「いえ、覚悟の違いです。貴方は愛する人のために命を捧げる覚悟、私達は愛する人のために生き延びる覚悟を持っていた。それが結果となっただけのことです。貴方も生き延びる前提で戦っていれば、こうはならなかったでしょう」

あの人のために生き延びる……か。そんな道があるのであれば、喜んで選んだに違いない。だけどあの人は破滅への道を選んだ。だからあたしの結末もそれに倣わなければならない。

「それは無理な話ね。でも不服なのよね、覚醒もしていない貴方に負けるだなんて」

「完全覚醒なんて、しょせんは強さの手段でしかありませんよ。そりゃあ強くなるでしょうが、私が至ることは未来永劫ないでしょう。だって私が最も恐れていることは、我が王を失うことなのですから」

「……なにそれ、ずるい」

自らの在り方までもが、愛する人に対する因果を持つだなんて。なんて羨ましい。あたしなんて、物置にいた蜘蛛だったのに。

「羨ましいでしょう?ま、貴方にとって黒の魔王は、危なげのない完璧な存在に見えていたのでしょう。だから貴方は黒の魔王を失うことを恐れなかった。意識することすらなかったわけです」

ああ、それはそう。あたしはあの人があたしよりも先に進むと信じている。村が焼かれた時だって、ユグラによって封印された時だって、きっと当然のように戻ってくると信じていた。

でも羨ましい、失うことを恐れることができたその距離感が。あたしと魔王様の距離は……ううんこれは考えるだけ無駄だ。

「そう、満たされているのね、貴方も」

「はい。満たされた日々を満喫しておりますとも」

羨ましいとは思う。けどあたしにとって、魔王様のために生きたこの日々以上に価値のあるものはない。それだけは他人のどんな幸せな光景を見せつけられても、断言できる。

「不服だって言ったことは訂正しておくわ。最期の敵が貴方達で良かった」

そう実感できたことが、今は何よりも嬉しい。

あたしがいる限り、メラビスは不滅の存在。コアを砕かれようとも、あたしの呼び声一つで全てが元通りになる。反撃なんて何も恐れる必要はない。無限の命を使い、敵の体力気力を奪っていくだけで勝てるのだから。

なのに、どうしてあたしは焦っている。この額から流れる汗はなんだ。

「っ、メラビスッ!」

メラビスはあたしの命令通り、思い通りに動く。たとえ斬られたとしても、怯むことなく攻撃を続けている。たった一度で良い。攻撃が直撃すれば、そこから敵の布陣は瓦解する。

なのに、なのに、攻撃が届かない。メラビスの嘴や爪が奴らの肉へと辿り着かない。

原因はいくつかある。後方で結界魔法を展開している女の防御の厚さ、身体能力こそ低くも妙に勘が冴え渡っている男。どちらも敵の攻撃を受けないことに長けている類の者達だ。

「させるかっ!」

だけどそれ以上にこの女、この騎士が邪魔なのだ。メラビスが狙いを定めた時にはもう、この騎士が進行先で構えている。

ザハッヴァが完全覚醒へと踏み込む一歩手前まで追い込まれた相手の一人。テドラルは警戒すべきはアークリアルという名のユグラと同等の才を得た男だと言っていた。

この騎士は身体能力こそ高いが、それだけだと。理を超える力を持たぬ凡人であると聞いていた。

力も質量も速度も、魔力量だってあたし達の方が上。ならばなぜ、メラビスの攻撃はこの騎士に届かない。全てが阻まれてしまうの。

騎士は最小限の動きだけでメラビスの攻撃を捌き、返す剣で的確にメラビスの動きを奪う。首、翼、腱、無限に再生する体でも、生物としてそこを斬り落とされたら動きは鈍る。そのまま強引に仕掛け続けようものなら、次は背中に乗るあたしへとその剣が届くだろう。

「あ、姐さんすげぇ……」

「ハークドックさん、私達も合わせますよ!イリアスさん一人じゃ決定力に――」

メラビスの攻撃を避けながら、騎士の剣がメラビスの体を貫く。メラビスの反応から、コアを的確に破壊されているのが判る。

「メラビス、蘇りなさい!」

「――ッ」

即座に復活させ、距離を取る。あの騎士は既に剣を握り直し、あたしの方へとその刃を滑らせている最中だった。もう少し反応が遅れていれば、あの斬撃があたしの首まで届いていただろう。

さっきはあの男の指示があって、あの結界魔法を使う女の精密な攻撃で狙えたコアを、ただの一個人が狙い穿った。

まったくふざけている。ただの人間がやっていい芸当じゃない。だけどそれで怯めるほどあたしの精神は初心じゃない。

騎士は口を開くことなく、あたし達の方へと距離を詰める。コアを破壊されてからの復活には、動き出しまでの間に僅かに硬直があると判断しての行動だろう。

だけどそれはあたしの張った罠。そう見せることで、相手に勝機がここにあると無理をさせることが狙い。

騎士が踏み込み剣を振りかぶった瞬間、メラビスの腹が破裂する。これまで背中に乗っていたあたしが、メラビスの体の中に溜め込んでおいたあたしの魔力。圧縮され破裂した魔力は一気に騎士を包み込む。これで必殺の一撃の用意は整った。

「全身から血を吹き出して死――」

「断るっ!」

あたしが言葉を紡ぐよりも早く、騎士の全身から迸る魔力があたしの魔力を吹き飛ばす。自身に施していた魔力強化を解いてその魔力を吐き出した!?強化に使われていた魔力の多さにも驚いたけど、そんな雑な魔力の使い方――っ!

「――っざっけんじゃないわよっ!」

回避しなければという本能よりも、その野蛮な戦い方に対する怒りが勝った。肩に食い込む刃を無視し、渾身の左拳を騎士の顔面へと叩き込む。

魔力強化の練度は低くても、体への配慮さえ無視すれば身体能力の強化は限界を超えて行える。完全覚醒で増加したこの魔力量、一撃で腕が壊れようとも平時のザハッヴァにも負けない怪力は出せる。

人間の頭部ならば当然のように破裂し、確実に息の根を止める一撃。なのに、なのになのになのになんでなんでこの女はあたしの拳を押し返しながら前に踏み込んでいるのよ!?

「メラビスッ!薙ぎ払いなさい!」

「ぐッ!?」

このまま体を切断されるよりも、場を仕切り直す選択を取る。メラビスにあたしの体ごと薙ぎ払わせ、騎士を吹き飛ばす。

メラビスの一撃は決して軽くない。ザハッヴァの蜘蛛の足の一撃にも匹敵する圧倒的物量からくる高速の殴打だ。直撃をうけたあたしも全身の骨が砕け、肉が千切れ、臓物が破裂している。

それでもあたしは魔族、死ななければいくらでも再生できる。声にもならない痛みだけれど、これであの騎士を屠れたのなら……っ!

「っ、あっ……!なんで、なんで立っていられるのよ!?」

騎士は既に剣を構え、あたし達を見ていた。どんな傷を受けても瞬く間に再生する魔族よりも早く、体勢を立て直している。

額からは血を流し、全身の鎧はいたる所がひしゃげている。決して攻撃が届いていないわけじゃない。それでも騎士の構えには負傷からくる歪みが微塵も感じられない。

「侮るな、魔族。魔力強化の強度には練度以外にも、込められている意思の強さが起因する。くるとわかっている攻撃を、受けると覚悟した攻撃を、騎士が耐えられないはずがないだろう」

「いや、普通は無理ですよ!?」

「でも耐えてんだよなぁ……。まるでアイツみてぇじゃねぇか……」

後方にいる騎士の仲間達ですら、その頑丈さには驚いているようだ。あの騎士だけが規格外。それがわかっただけでも多少の安堵はあるけど、今敵対している相手だということに頭痛がする。

「貴方の方がよっぽど人外じゃないのっ!この化物っ!」

「逆だ。人々が繋いできたからこそ辿り着けた技の真髄、連なる想いによって導かれた心の境地。私は人間だからこそ、今ここに立っていられる」

ああ、この嫌悪感には覚えがある。人間だった頃、『黒』に抱いていた嫉妬の淀みだ。

綺麗事をのたまいながら、その才を余すことなく伸ばしている者の眼。自らの才能や出自に自惚れることなく、高みに登り続けることを止めない化物達の眼だ。

こんな他人から与えられ湧いてきたものではなく、自ら積み上げてきた力だからこその自負。

「良いわ。最高ね、貴方。『黒』と同じくらいに殺したくなったわ。メラビス、教えてやりましょう。最後に生き残るのは綺麗事ばかりを吐く正論馬鹿ではなく、あたし達のような泥水を啜る屁理屈馬鹿だってことをね!」

あたしの言葉にメラビスが猛る。言葉の意味は理解してなくても、あたしの感情は汲み取ってくれているのだろう。ええそうよ、貴方だって嫌いよね、こんなつまらない女。女は多少要領が悪い方が、魅力的だもの。

剣を受ける覚悟さえすれば攻撃は届く。コアへの直撃さえ避ければ有利なのはあたし達の方。あの女が立てなくなるまで捻じ伏――

「あ、隙だらけ」

「――は?」

体が傾いたことに驚くまでに、四度の斬撃が体を襲った。それが見えない結界魔法による斬撃であることに気づき、意識から外れていた女が仕掛けた攻撃だと理解するまでにさらに三度。ついでにメラビスも八等分ほどされていた。

「なんかチャンスです!イリアスさん!」

「あ、ああ!」

その奇襲には騎士までもが動き出せないほどに意表を突かれていた。空気をまるで読まない攻撃に、空気が台無しにされたのを感じる。

瞬時に体を再生させ体を起き上がらせるも、その瞬間に再び足首を切断され姿勢が崩れる。この連撃には、少しも甘さがない。体勢を整えさせない冷静さがある。

「っ、このっ!」

自身の魔力を周囲へと強引に展開し、結界魔法を生成している女の魔力を遠ざける。自らの魔力を起因として攻撃を仕掛けていることはすぐに理解できた。これですぐに追撃はできないはず。

メラビスも既に再生が終わっている。前に飛び込んでいる騎士の攻撃は受けるだろうが、またまとめて薙ぎ払ってしまえば良い。

「へぇ、熱くなると周りが見えなくなるタチか。分かるぜ、その気持ち」

「っ!?」

薙ぎ払おうとしていたメラビスの翼は、ポシマックの大剣によって貫かれ、大地へと繋がれてしまっている。

この男、あたしの姿勢が崩れたのを見てから迷いなく飛び込んで、しかもあたしの狙いまで読んでいる!?

メラビスはあたしの命令を実行中、だけど翼による薙ぎ払いは封じ込められている。次の命令を出して対応を、何を命じる、どうすればあの騎士を止められる。

「――メラビスッ!自爆なさい!」

「嘘っ!?」

メラビスの体が爆散し、周囲に血肉を撒き散らしながら全員を吹き飛ばす。いつも自滅をしている馬鹿にできた咄嗟の命令が、自爆しろってなんて安直な発想。

だけどその安直さが思考よりも早い対応を成功させた。メラビスの自爆の威力はあたし自身が身を以て保証してあげられるほどだ。

そしてメラビスは既に復活を始め、あたしもなんとか崩れた肉体を再生し終えている。あの騎士はもしかすれば既に体勢を整えているだろうが、他の連中はそうはいかない。

数多の策なんて思いつくはずがない、だからこの一回に全てを注ぐつもりで挑む!

「ぐっ、ぎっ、あっ……っ!さ、さぁ、きなさい!愚直な騎士!」

「応ともっ!」

立ち上がり、叫んだ時には既に騎士の剣があたしの体を頭部から両断していた。想像よりも数段早かったけれど、想定内であることには違いない。

この真っ直ぐな馬鹿騎士ならば、綺麗に両断を狙ってくると読み勝った。既にあたしのコアはずらしてある。狙いはこの距離、あたしの腕がこの騎士に届く間合い!

体を再生させながら、両腕を封じるように騎士へと抱きつく。ありったけの魔力と力を込め、あたし自身の力で騎士の動きを止める。どれほど魔力を放出しようとも、あたしの体は吹き飛ばせないだろう。

騎士はあたしの拘束から抜け出そうとしているけど、そう簡単に解いてやるつもりはない。両腕は結合させ、硬化させ、奴の関節を全て固定している。それでも解かれそうなほどの馬鹿力だけど、あと数秒は抑え込めると手応えから確信できる。

「っ!」

「掴んだっ!メラビスッ!あたしごとこの騎士を潰してしまいなさいっ!」

この騎士とあたしを除いて、最初に復帰できるのは間違いなくメラビス。薙ぎ払いの衝撃は軽減できても、その巨体を活かした全力の叩き潰しならば瞬時の魔力強化だけでは足りない。どれほど規格外でも、人間として生まれている以上はこれで確実に殺せる!

勝利を確信し、騎士の顔を見る。焦りを見せている表情が次第に……驚きの顔に?

焦りが増したり、絶望したり、いっそ起死回生の策を思いついたりする顔ならまだ分かる。でもどうしてここで驚きの顔を見せるの?一体何が……あれ、どうして何も起きない。メラビスは背後にいる。その巨体の威圧感と彼の息吹は感じている。なのに、どうして攻撃をしてくれないの?

首を動かし、背後のメラビスを見上げる。メラビスはその翼であたしとこの騎士を叩き潰そうとする姿勢で止まっていた。

「メラ……ビス?」

「――ラザ……リ……カタ……サ……マ……」

外部からの攻撃により拘束が外される。あたしの腕を振りほどいた騎士が、今度は横に剣を振るった。

間近で再生する様子を観察し、コアの位置を絞り込めていたのだろう。剣は確かにあたしのコアを捉え、両断してみせた。

だけどそんなことはどうでも良かった。あたしの視線はずっと、メラビスの瞳へと注がれていた。

ああ、この眼は知っている。あたしが無理をして怪我をした時に側にいてくれた彼だ。治療方法もわからないくせに、困り果てて心配し続ける要領の悪い男。

この局面で、痛みに耐えて戦うあたしを見て、あたしのことを思い出してしまったというの?

「――忘れてないじゃないの。本当に、要領の悪い男ね」

彼の最期の言葉を思い出し、思わず苦笑いしてしまった。