軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ゆえに揺らぐ。

ユグラ、そしてその同郷の男。この二人はこの世界にとって、特別な価値を見い出されている。

ユグラにいたっては、彼をこの世界に招いた存在による恩恵もある。だがその恩恵を僕らが得たとしても、ユグラに並ぶことはできなかっただろう。

何故ならその最たる理由は個人の持つ才能ではなく、異世界で育ったことにあるからだ。彼らは異なる世界で生きてきたからこそ、この世界にしかない『理』を異物として認識することに長けているのだ。

既にユグラは完成されている。そんな超越者から理に対する感性を学ぶことはもう不可能だ。僕がこの先どれほど生きていこうとも、あの怪物に追いつくことは叶わない。だが敵対せずに済む方法ならばいくらでもあるのだから、そこを悲観する必要はない。

ならば着目すべきはもう一人の方、『黒』を復活させる切っ掛けとなったあの男だろう。あの男は『黒』に呼ばれたことで、恩恵を持たずにこの世界に現れた。僕らにはない優位性を持ちながら、僕らが当然のように持つものを持たない。それ故に脆弱過ぎる立場のまま、この世界に存在しているのだ。

例え凡人であろうとも、その感覚は確かに存在している。むしろ凡人のままである今こそが、この世界に生きる僕らが学ぶ最善の状態。さらには行動を制限されているユグラまで協力し、彼に理に干渉する力の一部を付与させることにまで成功した。値踏みをするにはこれ以上にない機会だ。

「それで、君が求めているものは得られたのかな?オーファロー」

そのはずだった。僕は負けても良い。異世界人がその天然の感覚を以て、僕の力を凌駕したとしても構わなかった。むしろそうなってくれた方が、得るものが多いのだと好奇心に満たされていた。

だがこの結果はなんだ?確かに僕は負けている。この男はユグラから与えられた力を使い、僕に勝ってみせた。なのに、何も得るものがない。

僕がユグラに要求したのは、僕と同等の力を与えること。そうなれば戦いに慣れている僕の方が有利のままとなり、この男は何かしらの付加価値を自身で付与する必要が出てくると思ったからだ。

ユグラが必要以上に力を与えた可能性はない。この男と戦っていて感じたのは、『不慣れである』という観察結果だ。この男は僕と同等の力を与えられ、僕よりも不器用のまま、僕よりも力を使いこなさずに、僕に勝利してしまっている。

つまり、僕はただ格下なだけの存在に負けてしまっただけなのだ。

「異世界人であることに気を囚われ過ぎたね。無駄骨ご苦労さま。ふぁ……」

ユグラは欠伸をしながらこちら側に近づいてくる。その隣にはテドラルもいる。この場で起こった結果を共有したのか、その表情には愉悦の笑みが浮かんでいる。

「この結果は……」

「今ユグラが言っただろう。確かに『私』も君から見れば異世界育ちだ。この世界との差異、理に対する独自の感覚を持っている。ユグラナリヤのように君達には辿り着けない領域に踏み込むこともできただろう。だけど、君は人間性の違いを理解していなかった」

「人間性の違い……?」

「ユグラナリヤは問題と向き合った時、それを越える力を新たに生み出すことで対応している。だが『私』は違う。既にある力だけで越える方法を模索する性なんだよ」

その言葉には嫌というほどの具体性がある。彼が僕の力に拮抗するために使用した力はどれも僕が理解できる範疇の力だった。だから僕にとっては何一つ得るものがなかったのだ。

「上手く立ち回られて負けた、なんて思っているようじゃ何度やり直しても一緒だよ。彼は決して君の望みを叶えない。素質としては条件を満たしているのだろうけど、意図的に君の願いを退けているんだからね」

「な――」

「彼は最初から君の目的なんてお見通しだ。だから君の知る手段だけで君を倒し続けた。君と対等でありながら、君の格下として君を上回り続けた」

そんなこと、と否定しようとしても結果がそれを拒む。

僕自身ならば、自分の力や能力の特徴や弱点を熟知している。だからこそ、同じ条件下ならば自身を倒す手段もいくらか実行することができる。

だがそれを他人ができるものなのか、新たに与えられた力を使い、それでようやく対等となった相手を前に、加減を続けたまま、相手の想定の範囲内の手段のみで勝ち続けるなんて芸当が。

「信じられねぇって顔だな。できんだよ、そこの男は。この世界で散々自分よりも遥かに格上の連中を理解して相手にしてきてんだ。対等な相手をあしらうくらい、できるに決まってんだろ。だからそいつはここにいる。ユグラ相手に勝負を挑むことができちまっているんだ」

男の眼を見る。そこには仲間を殺された恨みも、僕を負かした優越感もない。ただ僕を観察し続けている。黒く先に見えない視線の先なのに、まるで僕自身が鏡に囚われているかのような、そんな錯覚を受ける。

「オーファロー、君は善人だね」

「っ!?」

「はぁっ!?何を言ってんだお前?そいつはかなりの数を殺してんだ、立派な悪人だろ?」

「罪人ではあるさ。オーファローは悪であろうとしている。悪であらなければならないと、悪の在り方を求め続けている。だけどね、何かを求めるということは、その何かを持たない者だけなんだよ。彼の本質は善だ」

この男の言葉には呪いも魔法も含まれてはいない。ただ喉の器官が発生させている音でしかないはずなのに、これ以上にない嫌悪感が湧いてくる。

この男は一体どこまで僕を理解しているというのか。誰も理解し得なかった僕の胸中を、この根付いた負の感情を。

「僕が……善人だって?」

「だってそうだろ。君は悪人を目指さないと、耐えられないんだろう?」

久々に本気で殺意が芽生えた。ああ、これが触れられたくないものに触れられるという感覚なのか。勉強になった。

そしてこちらも色々と理解することができた。間違いない、この男は僕自身だ。そうでなくては、僕を理解できるはずがない。

「なら、君は悪人なの?それとも善人だというのかな?」

「どっちでもないさ。なんならどっちでもいいし、どうでもいい。だってそうだろう、善の道も、悪の道も、所詮過程だ。目指すべき場所への道であって、終着点にするには味気がなさ過ぎる。評価したい者に好きに評価させればいい」

「――なら君は悪人だ。好き勝手に僕を善人扱いするんだからね。僕にとっての悪だ」

僕はこれまで悪として、多くのことを考えてきた。どうすればより効果的に、印象的に悪意を向けることが、刻みつけることができるのかと、眠っている時でさえも考え続けてきた。

だからこそ他者の動きや感情を読み解くことができる。罠に嵌めることができる。これは僕の才能ではなく努力の結果だ。

だがこの男はその全てを理解してくるのだ。僕がどれほどの思いを抱いてきたのか、その全てを迷うことなく映し出してしまう。この男が他者を理解する時、そこには意思や価値観の不一致に拒否反応を起こすはずの自我が存在していないのだろう。

自分を守るために自分の意志を殺す、そんな愚行を平然と行っている。なるほど、この男もまた化物だ。だけどこの類の化物は必要ない、いてはいけない。この男が僕に与えるのは破滅だけだ。

排除しなければならない存在が増えた。これは中々に難しい問題だ。この男はユグラによって力を与えられた。少なくとも現時点で僕では敵わなくなってしまっている。

だけどまあ、大丈夫だろう。この男は善でも悪でもないと自身で言った。ならば善でも悪でもあるのだ。彼がこれまでそうしてきたように、今度は僕が彼を格上として倒す術を模索すれば良い。

唯一どうしようもないユグラという存在はいるが、そっちは関係ない。アレは天災、この世界に住まう者が対応すべき存在ではない。任せるべき存在に委ねれば、それで十分だ。

「さて、オーファローも納得したようだし、そろそろこの空間もお開きにしようか」

「そうだね。それじゃあユグラナリヤ、この力を回収してもらえるかな?」

「――ッ!?」

今この男はなんと言った。力を回収しろと?理に干渉するこの力を、不要だと言ったのか?

この男は今まで思考以外は完全な無力だった。今手にしている力こそ、自らの能力を最大限に活かせるものではないのか。

「それくらいの力なら、駄賃としてサービスしてもいいんだけど」

「要らないさ、こんな半端な力。君が動く理由を微塵も作りたくはないからね」

「なるとは思わないけどね。それじゃあ出る時に回収しておくよ」

理解はできる。この男は純粋にユグラだけを警戒している。それは当然のことではある。あの存在を知らない以上、ユグラは誰にも敵わない天災だ。何よりも警戒すべき存在であることには違わない。

だが今この男は僕のことを理解している。同じ力を与えられている。ならば僕自身がどれほどの脅威なのかを理解しているはずだ。

今僕が彼を排除すべき対象であると認識していることも、事が終われば僕が彼の命を狙うことも、僕と同じくらいに理解しているはずなんだ。

すると彼は視線を僕へと戻し、小さく笑った。嘲りとは違う、何か奇妙な感情を孕んだ笑顔。その正体を考えている内に、彼は口を開いた。

「――必要があれば、もう少し君の心を揺らしても良かったんだ。だけどこの力は想定以上に優れていた。優れていたからこそ、理解も捗った」

「……?」

「『私』は黒の魔王の眼を通して、これまでの戦況を眺めてきた。彼女は力を使えずとも、十分なまでに状況を把握している。そこにこれだけの力、情報が集まればその先の展開の予想も難しくはないのさ」

「何が……言いたいのかな?」

「オーファロー、君と『私』が争うことはもうないよ。君は嫉妬の感情を抱いたまま、この戦いから消えることになる」

予言めいたその言葉に、返す言葉が出てこない。否定の言葉を返すだけならば、唇と喉を少しだけ動かせば済む話だ。だけどどういうわけか、その方法を体が忘れてしまっているかのようだ。

僕だって戦況は正しく把握している。『黒』とは違い、戦場に向かっている分得られる情報量には限りがあるが、それでも保有している情報量だけならばそう変わらないはずだ。

この男はどこまで見えている。どんな結末を予見しているというのか。

僕とこの男の違いはなんだ。人間達の情報、彼が持つ異世界の情報、それらを加えるだけで、僕の末路が見通せるというのか。

いいや、彼が僕にないものを持つように、僕にも彼にはないものを持っている。彼がどれほど僕を理解していたとしても、僕だけしか知り得ない情報の優位性は確かにあるんだ。

「これからまた無力な存在に戻るのに、よく吠えたものだね」

「不安になったのかな?『代わり』に選ばれようとしている君が」

「――っ!?」

それはありえない。それを知っているはずがない。だってこれはユグラでさえ知り得ないこと。そういうものだと、あの存在が保証してくれている。

この男の力がユグラと同等だとしても、僕からこの情報を抜き出すことはできないはずだ。ハッタリ?いや、それにしては言葉の選び方があまりにも的確過ぎる。

ここで問い詰めることはできない。もしもユグラがその情報に興味を持ってしまえば、かなり面倒なことになる。ユグラはこの情報を僕から得ることはできないが、不確定な情報を握っている僕を消すことはできるんだ。

「おら、お前ら!もうやることは終わったんだろ?さっさと戻るぞ!つかオーファロー!てめーな!妙にメジスへの侵攻が遅れてると思ったら、誘導切り上げて戻ってやがったな!?」

本来ならば食いつくはずのテドラルも、不自然さに気づくことなく会話を続けている。ユグラにも反応は見られない。大丈夫、あの存在が僕に保証した内容に嘘はない。

ならば何故この男には勘付かれた?魔法も理に干渉する力も使っていないはずなのに……いや、だからこそなのか。あの存在の影響はこの世界の理に対しては完璧でも、ただ優れているだけの観察眼に対しては効果を得られない?

「――うん。満足したから、もう十分だよ。次は直接殺しにいけば良いんだろう?大丈夫、きちんと『黒』様の駒として、力を振るうさ」

この男が脅威であることを理解できた。今はそれで満足しておこう。この戦いが終わればユグラも時空魔法に専念し、この男を守ることもないだろう。その時になったら油断なく殺そう。全てが終わればこの男はただの無力な存在でしかないんだ。……僕は悪であり炎陽、決して消えることなんてない、ないんだ。