作品タイトル不明
ゆえに蝕む。
予定されていた巡回ルートを移動中、陛下からの通信を受けた。確信のない勘のようなものだとは聞かされていたが、その勘は的中。もしも従来のルートならばレアノー卿の命は間に合わなかっただろう。
レアノー卿の姿は割って入る瞬間に視界に入っていたが、とてもまともに動ける様子でないことは一目瞭然だった。
「ワイバーンの背中から飛び降りるとか、無茶しすぎだろ姐さん!」
空から降下してきたワイバーンの背中から、ハークドック達が降りてくる。これで人数も揃った。今はこの眼の前の魔族、ザハッヴァを倒すことに専念しなければならない。
「またぞろぞろと増えてきた……しかも嫌な臭いのする男が二人も……!」
「えっ、ちゃんと体洗っているんだけどな。ハークドックも別に臭くないよな」
「そりゃな。多分落とし子の臭いとか嗅ぎ分けてるんじゃね?」
「それか。それで、所感はどうよ?」
「まあやべーな。気つけ薬使ってなかったら倒れてんぞ、俺」
ハークドックの全身に力が入っているのが分かる。平常時では魔王と遭遇すると失神する体質であるハークドックは、この戦場に向かうにあたり気つけ薬を処方されている。
臨戦態勢ならばある程度は耐えられるそうなのだが、突発的に遭遇しては危険だからとバラストスが用意したものだ。
「んー、それじゃあ俺とイリアスでいくか。ギリスタは動きを覚えてから適当によろしく頼むな。ハークドックはそこの髭のおっさんを部下のところに連れて行きな」
アークリアルが剣を抜き、迷うことなくザハッヴァへと駆けていく。その動きを見てから私も踏み込み、距離を詰める。
「向かってくるの?気は確かなので?」
ザハッヴァの体から蜘蛛の足が突き出される。速度、威力、共にラグドー卿に匹敵するほどの攻撃。並の動体視力では認識することすら困難な速度の突きを、アークリアルは当然のように回避し、伸び切った蜘蛛の足を切り落とす。
「っ」
「おーおー、速い突きだこと。おまけに固い足だ」
ザハッヴァが放った四連撃のうち、三発はアークリアルが回避しながら切断。残る一発は私の方にきたが、姿勢を低くすることで回避することができた。
レアノー卿の報告にあった通り、ザハッヴァの攻撃は目線である程度タイミングと狙いが読める。私とアークリアルが同時に仕掛ければ攻撃が分散し、手数も減る。
ザハッヴァは私の方へと突き出した蜘蛛の足を振るい、アークリアルを打とうとするも回避と同時に斬り落とされた。
回避と攻撃を同時に行うアークリアルの剣術、攻撃を行えば逆に斬り返される不条理の極み。それは相手が人外であっても冴え渡っている。
だが油断はできない。先に斬り落とされていた蜘蛛の足が既に再生を済ませている。ニールリャテスの回復力と同等かそれ以上と見るべきか。
「便利な体だな。なりたくはないけど」
「煩わしいわね!」
再生した三本の蜘蛛の足がそれぞれ異なる方向から、角度を変えつつアークリアルへと迫る。単調な突きよりは見切り辛いが、速度は初撃に比べれば遥かに遅い。その程度の攻撃が当たることはない。
「足をバタつかせる女よりかはスマートと思うがな。そうだろう?」
「同感だな」
アークリアルが飛び込むように攻撃を回避し、ザハッヴァの胴体を斬りつける。私はアークリアルの背後から飛び出し、ザハッヴァの首を刎ねた。これが人間相手ならば終わりなのだが、相手は魔族。まだ戦いは終わりではない。
ザハッヴァの体が後方へと距離を取り、一本の蜘蛛の足が宙に飛んだ頭を串刺しにして回収した。蜘蛛の足に貫かれ、片目の潰れた頭部がこちらを見つめてくる。
「……そう。人間でもその域くらいにはいけるのね」
頭部が首の位置へと戻され、傷は瞬く間に修復していく。今の連携による攻撃のダメージはほぼないと言って良い。だが、今の再生の様子ではっきりした。ザハッヴァのコアとなる部分は現在頭部にあり、そこを上手く潰すことができれば仕留めることができるだろう。
ネクトハールのようにコアの位置を移してくる可能性はあるが、その時は頭部を回収しようとはしないはず。もう一度首を刎ね、その後の反応を見ながら追撃をする必要がある。
「ザハッヴァだっけか。首を刎ねられたわりにゃ、随分と冷静だな」
「あたしは人間を殺すことが好き。大好き。殺せば殺すほど魔王様のためになるから。だけどあたしは理性的に殺すの。優越感に浸るのは殺し尽くした後で良い。快感は全てが終わってから、一人でじっくり、存分に愉しみたいの」
ザハッヴァはじっとりとした視線をこちらへと向けてくる。その奥底には殺しを愉しもうとする感情以外に、冷酷に敵を処理しようとする理性が伺える。
アークリアルと私との攻防を経て、私達を敵として認識しなおしている。一方的に狩り尽くす獲物ではなく、排除すべき敵なのだと。
「魔王様のためとか言うが、結局はお前さんが殺しを愉しみたいだけだろ?」
「愉しんで殺すことが、魔王様のためなの。解らない?」
「解らないな。芯の髄から腐っている蜘蛛の戯言なんざ」
「じゃあ殺すだけね!」
蜘蛛の足が一度引っ込み、今度は前後から生え直してきた。正面から二本、背面から二本。それぞれが地面へと突き立てられ、ザハッヴァの体をゆっくりと持ち上げていく。
そして次の瞬間、ザハッヴァの体が跳ねるようにこちらへと飛んでくる。人外の蜘蛛の足を利用した跳躍、その勢いはムールシュトの突進にも迫るものがあった。
「おいおい、飛び込んでくるなんざ、さっきの突きよりよっぽど感情的じゃないの――っと」
回避と同時に反撃に移れるはずのアークリアルが、大きく回避するだけに留まった。その理由はザハッヴァの腕、人の手の方にあった。
直前までアークリアルがいた場所に魔法が放たれ、大地が抉れる。局所的に高重力場を生み出す重力魔法のようだ。
接近し反撃を行わせ、敵のいる場所を魔法でまるごと圧し潰す。反撃をする距離ならば避けようのない攻撃、だからアークリアルは反撃をすることができなかったわけだ。
「武器の代わりに魔法を振り回すか。だがそれなら――っ!」
魔法の打ち終わりに合わせ、ザハッヴァへと斬り掛かる。ザハッヴァは地面に突き立てた蜘蛛の足を巧に使い、瞬時にこちらへと姿勢を向ける。そしてそのまま両手に構築された重力魔法を放とうとする。
「――魔封石っ!」
「その通りだ!」
しかし私の剣には魔封石がはめ込まれている。その影響範囲は剣先まで、剣を振るえば正面に展開された魔法は全て霧散させることができる。
ザハッヴァは魔法を無力化され、防ぐ手段もなく私の斬撃を受ける。肩から胸部まで届かせ、刃を止める。そしてそのまま剣に魔力を一気に注ぎ込む。
「このっ――」
「爆ぜろ!」
ただ乱暴に魔力を膨れさせ、破裂させる。魔力強化が施されている肉体に対し、この攻撃はそこまでの威力を出すことができない。だがそれは外部から与えればの話。内側から破裂させる魔力の奔流は、鋼鉄並みの硬さであるザハッヴァの体を粉々に吹き飛ばした。
「アークリアル!頭を斬れ!」
「おうよ、決めてやるさ!」
飛び散るザハッヴァの肉体の中に紛れる頭部、それを捕捉したアークリアルが跳躍し、剣を振るう。
胴体を破壊しても存命ならば、コアは未だ頭部にある。頭部を回収する胴体の再生にはまだ時間が掛かる。これで――
「ねぇ、どうして、その程度で勝てるなんて思っているの?」
「っ!?」
ザハッヴァの頭部が空中で軌道を変え、アークリアルの剣は空振りに終わる。頭部は真っ直ぐに降下し、飛び散っていたザハッヴァの右腕へと吸い寄せられていった。
「今のは――」
「糸だ。首と胴体を切り離されることを想定し、予め取り付けていたのだろう」
蜘蛛の糸はか細いながらに蜘蛛のそのものの自重にすら耐えうる。人間サイズのザハッヴァが作り出す蜘蛛の糸、それに魔力強化が施されていればその強度は相当なもの。
ザハッヴァの頭部を軸に肉体が急速に再生していく。今の奇策で仕留めきれなかったのは中々に痛い。
「頭を潰すのは中々骨が折れそうだな」
「だが今のように肉体を破壊していけば、肉体を作り直す必要が出てくる。魔力を着実に削ることができるはずだ」
不死身のような再生能力がありながら、それに胡座をかかない用心深さ。この魔族は心身共に強く、恐ろしい相手だ。
◇
「ウッカ様、ガーネ魔界側で魔族の姿が確認されたようです。ターイズ王よりメジス魔界側でも魔族の動きに注意せよと」
「うむ。元より警戒を緩めるつもりはない」
それぞれの魔界での戦況は異なっている。ターイズ魔界では碧の魔王の軍勢が優勢。ガーネ魔界では魔族が前線に現れ、遊撃隊が戦闘に入った。そしてメジス魔界では巨大なユニーククラスの魔物が前線に現れて暴れている。
既に遊撃隊が向かい、戦闘を行っているようだが魔族の姿は見えないとマーヤから報告があった。
引き続き魔族の動きに警戒したいところではあるのだが、そのユニーククラスが想像以上に厄介なようで、蒼の魔王を始めとした遊撃隊の何名かがその場に残って交戦を続けている状態だ。
蒼の魔王の配下にはダルアゲスティアと呼ばれるユニーククラスのスケルトンドラゴンが存在する。報告ではヨクスを圧倒した大悪魔、デュヴレオリと同等の強さを誇ると聞いている。その戦力を投入しても苦戦を強いられるとは、流石は最強の魔王、黒の魔王の軍勢といったところか。
「前線の様子はどうだ?」
「ユニーククラスの現れた場所以外は、事前に設置した罠や施設が上手く機能しているようです。しかし敵の数も多く、陣を下げる準備を進めているとのことです」
「長期戦になるだろうからな。理想は魔界で敵軍全てを撃破することだが、そのような甘い考えは通用せんだろう」
メジスの民の避難、国内の駐屯地の建築も順調に進んでいる。法王様も最初からメジス魔界だけで黒の魔王の軍勢を抑えきれるとは思ってはおられない。それこそメジス全土を戦場にする覚悟であられるのだ。
「この村に残っていた有志者達の避難は完了しました。この村に残っているのは兵だけになります」
「戦えない立場でありながら、ギリギリまでよく協力してくれたものだ。避難先で礼を伝えるとしよう」
「それはそれは!ウッカ様から労いの言葉がいただければ、皆も喜ぶでしょう!」
「ふん。私なんぞの言葉で喜ぶのなら、いくらでも足を運ぶとも」
他の大司教は皆戦場へと出向いている。マーヤ大司教に至っては傑物達の集まる遊撃隊に加わり、敵の主戦力である魔族討伐に備えているほどだ。しかし私はこうして前線近くの村で後方支援の指揮をしている。
「そう卑下なさらずとも」
「私は他の大司教に比べ実力に劣っている。それは私自身が最も理解していることだ」
「ですがウッカ様は誰よりも努力の才能に秀でた方です」
「努力など誰もがしている。人よりも努力をしたとて、他の才能を上回ることができなかったのが私だ」
「それは……」
「勘違いをしないようにな。劣っていることは理解しているが、そこで腐るつもりなぞ毛頭ない。私は尊敬する法王様のために、血の滲む思いをして大司教になったのだ。実力がないのであれば、できることをやり続ける。他の大司教が一度に十の仕事をするのであれば、私は一の仕事を百度してみせよう」
そんな反骨精神があってもすぐに調子に乗り、慢心し、失敗する。そんな私を法王様は見捨てなかった。私に価値を見出してくださり、大司教としてふさわしいと認めてくださったのだ。
ならば何度失敗しようとも、その全てを挽回し続けよう。失敗の数々を成功の山で飲み込んでみせよう。それが私の生き様なのだ。
「そうですね。私を始め、多くの者がウッカ様を慕っております。ユグラ教が分裂しかけた時、貴族達がウッカ様を代表に推薦した理由の中にも、その思いが含まれているのですよ」
大多数は御しやすいという理由なのだ。いざとなれば暗殺だって容易だろうからな。だがまあ、この騎士の言葉に嘘はない。そういった期待も私に向けられていたことは事実なのだろう。
「……ふん。向けられた期待分くらいは応えてやるとも。だが、ユグラ教を支えられるのは法王様だ。これは譲れんな」
「では法王様を支えられるのはウッカ様ですね。これは譲りません」
ここまで口達者な若者は過去にも中々見なかったな。メジス生まれで私相手にここまで言い返す相手なぞ、ペンテスの奴くらいか。そういえば奴の娘も今は聖騎士だったか……アレの影響が聖騎士に広まってしまっているのだろうか。
通信用水晶から連絡が入る。前線でのユニーククラスとの戦闘が激化し、陣形が想定よりも早く崩れつつあるらしい。
「補給の準備を進めるぞ。村人達がいない現状、少しでも早く支度せねば私達まで戦線に巻き込まれかねん」
「了解です!」
騎士達に指示を出し、到着した者達がすぐさま休息でき、魔物の軍勢を迎え撃つ態勢を整えられるように、厩や休息所の準備を進めていく。事前に入念な準備をすることができたおかげか、騎士達も迅速な対応を見せてくれている。
「うむ、予定よりも早く支度ができたな。それでは次の村に移動を――?」
視界の先に人影を見つけた。若い青年が一人、生気を感じられない瞳で空を見上げている。鎧を着ておらず、聖職者の格好でもない。村人が着るにしてはやや独特な服装だ。他に考えられるのは……冒険者だろうか。
協力を要請された冒険者達はそれぞれがパーティを組み、戦場の各地で兵の支援をしている。戦線が崩れ始めたことで、早めに撤退してきたのだろう。
「そこの君、一人かね?戦場から戻ってきたのであれば、早く休みなさい。寝床には限りがあるのだからな」
「……」
青年は私の言葉に反応する様子もなく、空を眺め続けている。その視線を追うように空を見るも、青い空に白い雲が掛かっているだけ。すぐ近くで魔物が暴れているせいか、鳥達も飛んではいない。
「空ばかり見つめて、何かあるのかね?」
「青くて、白い」
「何を当たり前のことを言っておるのだ……」
「当たり前じゃないよ。僕が普段見ている空はもっと暗く、水の中に泥を投げ込んだように濁っているんだ。こんなに青い空を見たのは久し振りなんだ」
青年の妙な雰囲気に思わず魔力探知を使用する。感じられた魔力は人間のもの、特に変哲のない一般人の……いや、それはおかしい。
この村で兵士達の準備を手伝っていた村人達は全員避難させている。はぐれてしまうことがないようリストを作り、私の部下達が責任を持って別の村へと連れて行っている。
この場に冒険者がいることはあっても、ただの一般人がいるはずがないのだ。
おかしな点はこれだけではない。生きている人間ならば魔力には常に揺らぎが存在する。だがこの青年の魔力はさっきから静まり返った水面のように揺らいでいない。
「……君は誰かね?」
「ああ、人間は挨拶とかするんだった。数百年ぶりで忘れてたよ。こんにちは、僕の名前はオーファロー。ただただ世界を蝕む炎陽だよ」
青年を覆っていた魔力が溶け出すように消えていく。そしてその内側から、赤黒く燃える炎のような禍々しい魔力が溢れ出す。
この青年の正体に気づいた時にはもう既に遅く、視界の全てが赫く染め上げられていた。