作品タイトル不明
ゆえに蘇る。
ターイズとガーネの国境付近にある村の家屋にて、ガーネ魔界を担当する遊撃隊の顔合わせを行うことになった。わざわざ人気の少ない場所を選んだのには勿論理由がある。立場上街を歩けないお尋ね者がいるからだ。
「よっ、姐さん久しぶり!」
「ハークドックか。傷は塞がったのか?」
セレンデの一件から会っていなかったハークドック。本人は以前と変わらず元気な様子ではあるが、紫の魔王が一度腕の修復に向かったとは聞いていたが……確かに右腕周りに巻かれている包帯の量が増えている。
「塞がってなきゃマセッタが部屋から出してくれねぇっての。しっかしこんなところで顔合わせたぁな。『犬の骨』とかでしたかったんだが、どこかの誰かさんの素行が悪いからなぁ……」
「あらぁ?国家転覆を狙った人の自称右腕の癖に、人のこと言えるのかしらぁー?」
「うるせーよ、ギリスタ。自称じゃねー、兄貴にはちゃんと認められてるっての!」
緋の魔王の一件以来姿を見ていなかったギリスタだが、彼は彼女とちょくちょく連絡をしていたらしい。その連絡手段についてはこういう彼がいない事態に備え、ミクス様やエクドイクが把握していた。
「それにぃ、私以上に危険な人がいるわよねぇ?」
「え、俺のこと言ってるの?」
「他に誰がいるってんだよ。アークリアル」
そして最も意外だった助っ人がこの男、アークリアル=アイシアだ。剣技だけならばユグラに匹敵するとされるユグラの落とし子。正面から戦って勝てるイメージが全く湧いてこない、正真正銘最強の人間だ。
「俺そこまで罪を犯した記憶ないんだけどな」
「大陸間の協定で禁止されている蘇生魔法を、魔族と協力して完成させようとしたヤツの仲間ってだけでやべーだろ。メジスで捕まったら問答無用で死刑だぜ?」
「その蘇生魔法で魔王になった連中複数名と一緒に行動しているお前らが言うかね?」
「それを言われるとちょっと返答に困るぜ。つかお前もムールシュトにやられたって聞いてたんだが、ピンピンしてねぇ?」
アークリアルもハークドックと同じく、ムールシュトの襲撃によって深手を負わされていたと聞かされていた。回復能力に特化した落とし子でもいれば話は別なのだろうが、そういった人物の存在は耳にしていない。
「そこはリティアルのおかげだな。奴が碧の魔王と交渉して治療してもらった。俺の治療の対価の一つにこの戦いの協力があったから、こうして俺がここにいるわけだ」
驚きこそしたが、リティアルは彼と同じく交渉能力に長けた人物。交渉材料があるのであれば、この展開は不思議なことではない。
この戦いは世界の命運を分ける大きな戦い。人類側が敗北すれば、リティアル達にとっても望まない結果となる。協力しない手はないが、どうせなら恩を売る形で話を進めたい……といったところだろうか。
「マジか。だったらウルフェやラクラも治してくれてもいいのによ」
「俺もお前達の話は聞いていたからな。似たようなことをリティアルに言ったさ。だけど俺という戦力に対価としての価値があったわけで、誰でも治療してくれるってわけじゃないんだとよ」
「なんだよ。ラクラだって十分強えし、ウルフェだって落とし子の中じゃお前に次ぐ強さだろ」
「まあな。だけど最初に言ったろ。俺の協力は対価の一つだって。リティアルは濁したが、結構どぎつい対価を払ってるぜ、ありゃ」
碧の魔王との交渉は生半可な覚悟では望めない。彼もそれを理解していたからこそ、ウルフェやラクラの治療を持ち掛けられても席につこうとはしなかった。リティアルはアークリアルの治療を成功させているが、どれほどの対価を支払うことになったのだろうか。
「ま、俺としちゃイリアスがムールシュトを倒したって話の方が驚きなんだがな」
「そりゃ姐さんだし……つっても、確かにあの男は化物だったからな」
「……私一人では勝てなかったとも。様々な要素が重なり合って、ようやく辿り着けた結果だ」
「そっか。羨ましいもんだ」
「羨ましい……か」
アークリアルには強さがある。だが、強さだけではムールシュトに勝つことができなかった。自分の持ちうる全てを注ぎ込んでも勝てない存在、その相手に対する敬意。それを乗り越えた私の周りの存在を素直に認めているのだろう。
「なぁ、ギリスタ。お前的にもこの男の強さは惹かれたりしねぇの?すっげー強いぜ?」
「戦うことは好きだけど、戦いにもならない相手に殺されることは好きじゃないのよねぇ?貴方ほどじゃなくても、勘は鋭い方なのよ、私」
「告白もしていないのに振られる奴の気分って、これに似た感じなのかね。名前は聞いているよ、ギリスタ。共に戦うには十分な相手だ。よろしくな」
アークリアルはギリスタに握手を求め、ギリスタも穏やかな表情のままそれに応じる。この二人とはそれぞれ剣を交えた関係だが、まさか共闘する関係になるとは……当時の私が聞いたらどんな声を上げていたことやら……。
「コホン。それでは簡単ではあるが大まかな流れを説明する。大型の魔物が存在するターイズ魔界への侵攻は、相手にとっても非常に苦戦することになる。数による制圧が効かない以上、ターイズ魔界には少数精鋭の軍が送られることになると陛下は言っていた」
セレンデ魔界の魔物は黒の魔王の復讐心が影響した存在。そのせいか人型であるものが多い。金の魔王の調べによれば、ガーネ魔界の個体よりも戦闘能力に秀でており、より対人的に近い戦いになるとのこと。
「そんじゃ数はガーネ魔界とメジス魔界に集まってくるってわけだ」
「そうだ。特にガーネ魔界は魔物の無力化ができない関係で、軍の展開が遅れることになり、混戦になりやすい。魔族の捕捉が遅れれば遅れるほど、その被害は大きくなる」
「それで俺が呼ばれたってわけね。まあ、任せな。相手がヤバけりゃヤベーほど、俺の探知能力は精度を増すからな」
ハークドックの危機探知能力は、時折未来視に近い次元の精度を誇る。最も混戦が予想される戦場であっても、ハークドックがいれば魔族の発見が遅れる可能性は低くなる。
「随分と自信あるんだな、ハークドック」
「問題があるとしちゃ、お前よりも雑魚だった場合は探知が遅れるかもしれねぇってとこだ」
「なら仕事ができないかもな」
「てめーこそ自信あるじゃねぇの」
懸念があるとすれば、その魔族の強さがここの四人の総力を合わせても通用しないほどの化物だった場合だ。その時は情報の入手と時間を稼ぐことを優先する。純粋な武力が通用しないのであれば搦め手、金の魔王や碧の魔王の助けなどを借りての戦いとなる。
「我々だけで勝利することが最善だが、引き時は見誤らないようにな」
「おうよ。今回は兄弟がいねぇからな。腕っぷしが通じなきゃ、素直に逃げ回るぜ」
「旦那さんの奇策にばかり頼っていちゃ、腕が鈍るんじゃないの?」
「この腕見て言えよ。兄弟に付き合ってたら鈍るどころか逞しくなったっての」
その腕を見ていると、脳裏にウルフェの姿がチラつく。ウルフェは遊撃隊に志願していたが、陛下がそれを却下した。
戦闘能力が落ちていても、ハークドックは探知能力が健在だ。しかしウルフェには戦闘能力を補うものがない。膨大な魔力を活かす手段を戦闘に特化させてきたからこそ、短い期間の鍛錬でも私達についてきてこれたのだ。今から新たな活用法を見出したとしても、それを形にすることは間に合わないだろう。
ウルフェの腕を治す対価を用意することは私にはできない。だがウルフェが彼を迎えられる場所を守るために戦うことはできる。
この戦いは彼が切り開いた道だ。ならば私は彼の知る私としてその道を進む。それが彼の描く未来への正しい道だと信じて。
◇
「魔王様!魔王様!この子達を連れていっぱい殺せば良いんですよね!」
「ああ」
崖下でひしめく魔物の軍勢。それを見下ろすのは黒姉と、魔族達。魔王としての能力を失っている黒姉の代わりとして、魔族の三人には魔物に対する命令権を与えられた。
俺の体には黒姉の魔力が流れちゃいないんで、魔物を使役することはできねぇが、それで構わねぇ。こんな憎しみや恨みが込められた魔物共を使役してぇなんて微塵にも思わねぇからな。
「好きに動かして良いとは言われましたけど、策の一つくらいありませんの?」
「必要がない。お前達の役目はこの軍勢を人間共にぶつけることだ。あとは好きに動いて構わない」
「あら、なんですの?戦闘が始まったら帰ってよろしいですの?」
「……構わないが、お前はそうはしないだろう。ラザリカタ」
ラザリカタは忌々しそうに視線を逸らす。黒姉に自分のことを見透かされていることが、この女にとっては耐え難い屈辱なわけで、適当な挑発が屈辱に変わってりゃ世話ねぇぜ。
「『黒』様、僕はどこの魔界に行けばいいのかな?」
「オーファローはメジス魔界、ザハッヴァはガーネ魔界、テドラルはラザリカタと一緒にターイズ魔界へ向かえ」
担当場所はおおよそ予想通り。まあ俺はそこですよねー。知ってた。
「あたしだけお守りつきですの?あたしは信用できないと?」
「あそこには『碧』がいる。あれは人間を見捨てられない男だ。ならば敵になる」
手の内を一切見せてこない不確定要素の塊であるハイヤを除けば、敵陣営で最強なのは間違いなく碧王だ。こいつの相手はラザリカタ一人じゃ荷が重いし、俺かユグラでも使わなきゃ突破は厳しいだろうからな。
「よう、ラザリカタ。不満があるようだが、行動方針は全部お前に任せるぜ?碧王と戦いたけりゃ戦えばいいし、俺に押し付けたけりゃ押し付けりゃいい。ただお前さん、碧王とはちょっとばかし因縁があったよなぁ?」
「姿は変わっても、引き篭もり特有の気持ち悪さとねちっこさは健在ですのね」
「いよっし、俺は動かねぇ。てめーが無様に助けを乞うまで動かねぇぞ!」
ほんっと、嫌味な女だよな、こいつ。こいつが魔族になってなきゃ、死霊術で一生椅子にでもしてやりてぇところだ。定期的にカバーを取り替えて指をさして嘲笑って休日を過ごしてぇ。
「勝手になさい。あの時とは違う。あんな男くらい、あたし一人で十分ですの」
「だとよ、黒姉。構わねぇよな?」
「ラザリカタの好きにさせて構わない。ただしラザリカタが助けを求めた場合は、必ず助けろ」
「へいよ。それじゃあ必ず助けることになるだろうなぁ」
「――腰巾着風情が」
おうおう、いい殺気だこと。事が終わればこいつとは殺し合うことになりそうだなぁ。そんときゃどっちが格上かしっかりと教えてやるが……ま、その前に格付はついちまうんだろうがな。
それよりも不気味なのはオーファローの方か。こいつはラザリカタがユグラに教育されている間ですら平然としてやがったからな。感情の揺れねぇ奴は腹の中を探りにくいのが面倒だ。
「魔物への命令は魔力の波長を飛ばすことで可能となるが、そちらの方法でも言語は変えておけ。『碧』くらいなら魔力の波長を傍受するくらいは平然とやるだろう」
人間達に魔族語と呼ばれる言語。これは黒姉が創り出した特殊な言語だ。専用の魔法を発動させた状態でなきゃ喋れねぇし、黒姉の魔力を通して聞き取らなきゃ発音すら聞き取れない。
本来は魔王としての力を信じきれていなかった黒姉が、念の為にと用意した策の一つだった。創った本人の意思が反映されたのか、人間にとって不快な感情を抱く言語となったことで意図的に使われるようになったわけだが。
正直聞いてて俺もいい気分じゃねぇんだよな。黒姉の魔力がねぇからユグラの助けがなけりゃ聞き取れねぇし喋れねぇし。
そのユグラは魔物の群れを見下ろしながら、呆れたように欠伸をしていた。数百年の積もった黒姉の憎しみの具現化した光景が、ユグラにとっちゃ欠伸やため息しか出ないものなんだろう。
「んじゃま、黒姉。下で眺めている連中に、目的をくれてやってくれ」
「……ユグラ」
「はいはいっと……」
ユグラは黒姉の周囲に魔法を展開する。僅かな時間だけではあるが、魔物達にその身をかつての姿と認知させる効果を付与するものだ。
かつての魔力を身に纏わせて姿を見せた黒姉の姿に、魔物達が反応を見せた。向くべき方向を、進むべき道を、見つめるべき存在を、連中は思い出していく。
「我が憎しみより生まれし者共よ。時はきた。お前達が生まれた意味を、理由を、必要性を示す時が」
一体、また一体と魔物達が黒姉の言葉によって、その魔力に刻まれた憎しみと意味を思い出していく。
魔界とは魔王にとって理想たる世界を生み出す場所。ならば魔物はその理想たる世界を創り出す力。自分達は復讐するために生まれた存在だと、人間達を殺し尽くすことが生まれた使命であると。
「お前達のその奥底にある本能を、愚直に剥き出せ。さすればお前達が何をすべきか、何を成すべきか、迷うことなくその力の矛先を見定めることができるだろう」
やがて咆哮を上げる個体が現れ、それに呼応するように魔物達が雄叫びを上げ続ける。その振動は崖の上まで伝わり、まるで世界全てが人類を糾弾しているかのように錯覚する。
「慟哭せよ、慟哭せよ、我が魂に刻まれた絶望は、我らの終焉が生み出した憤怒は、この醜悪なる世界に轟かせねばならない!」
魔物達に共通の意思が芽生える。連中に恐れや迷いは存在しない。惜しむ命もありやしない。ただ意味を、理由を、必要性を示すために行動するだけ。今日この日、世界を焼き尽くそうとした終焉の軍勢が蘇った。