軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

さしあたって覚悟は良いか。

時刻は間もなく零時、場所は街にある広場。人通りは既になく、周辺に住む人々も夢の中へと寝入っている。

夕暮れより輝いていた照明石は日中に溜めた魔力を使いきろうとしている。それでもその微かな灯りは、闇の中でも広場の形を照らし出す程度には役立っている。

とはいえ周囲を見渡したところで、誰かが潜んでいるか分かるはずもないのだが……。

広場中央にある先代ターイズ王の彫像前にいるのは三名。イリアスとウルフェと今回の仕掛け人。

相手の出方を完全に読めれば良いのだが、そこまでの先見の明を持っているわけでも、甘い世界でもない。

だが現段階まで動きがないことで大よその選択肢は絞れた。後はラクラの出方だが――、

「来たぞ」

イリアスの声に反応し、その視線の先を見る。

そこには片手に照明石の入ったランタンのような物を灯りとして一人でやってくるラクラの姿がある。時間通り、マメな性格だ。

ラクラが何かを言い出す前に懐から本を取り出す。

「これがその本だ、表紙見えるか?」

「……はい」

ついでに栞を挟んでいたページを開く。死霊術の基礎に繋がる魔法構築についての挿絵が描かれているページだ。それをラクラに見せる。

「中身も間違いないな?後で別物だったと言われるのは困る」

「……確かに、間違いないと思われます」

「それじゃあ答えを聞こうか」

「ウッカ様からの返答はいいえでした。そちらの提案を拒否し、本を返してもらえと……」

「そうか、じゃあ仕方ない。本を返そう」

「――ッ! ……どうしてですか」

ラクラの表情は険しい。いつものおっとりしたものではない。

「質問の意味がわからないな」

「尚書様の提案も、今本を返すことも本心から言っているのは分かります。本の危険性を示した時の思いがありながら、何故そんなにも迷い無く本を返却しようと決断できるのでしょうか?」

ラクラは時折鋭い質問をしてくる時があった。それは空気を読まない発言と言うわけではなく、空気を読んだ上での発言なのだ。

普段はポンコツでも、実戦で培われた直感には優れたものがあるのだろう。嘘の真偽とは別に本質を感じ取る能力がある。それが目の前にいる司祭だ。

だが既にこちらが本を解読済みであるということに至れないのは、本人の優しさ故なのだろう。

「そこで食い下がってまでターイズはメジス、果てはユグラ教との関係を悪化させたいと思っているわけではないからだ」

「……」

遠くで何かが音が聞こえる。それにいち早く反応したのがイリアスだ。

「今物音が聞こえた、少し見てくる」

「ああ、頼む」

イリアスが音のした方向へ進む。こちらは本を持ってラクラへと歩み寄る。

「こっちだって色々なことを考えている。だがその全てが思い通りになるというわけではないんだよラクラ」

「それはそうですが……」

「あまり気にすることじゃない。今お前が優先するべきは上から命じられたことを達成することじゃないのか?」

そういって本をラクラに渡そうとする。だが本は手から滑り落ちて地面に落ちる。

「うわっと、すまない」

「ああ、いえ大丈夫です」

それに反応してラクラが本を拾おうと屈んだ。

そして事は始まる。

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奴らが広場に集う前から俺達は潜んでいた。俺と駒となって動く他の暗部達が四名。

「(さて、殺すのは良いが、護衛が厄介だな)」

勝手に行動して浮浪者を殺したりするような容赦のねぇ奴もいるが、最低限の指示には従ってくれる。合図一つで無駄のない連携で襲いかかれるだろう。

しかし男の護衛が厄介すぎる。イリアス=ラッツェル、ターイズでも五本の指に入る騎士だ。

何より あ(・) の(・) ドコラを倒した女ってだけで、俺達としては警戒せざるを得ない。

隻腕になっていたとは言え、ドコラが並大抵の奴に劣るとは思えない。正面から堂々襲うのは正直控えたい。

もう一人の黒狼族の女はさしたる問題はない。一度その動きを見たが、魔力が高いだけの素人のようなものだ。

亜人なだけあって動きは速いが、それでもここにいる暗部なら誰もが対処することができる。

タイマンでも負けず、複数なら一瞬で処理ができるだろう。狼なら鼻も利くだろうが、暗部の装備は獣の五感すら騙すことができる。

男の方は……ただの一般人レベルだ。すれ違うことができればついでに殺せる。

「(騎士様に初撃を入れ、同時に男とラクラを狙うか?)」

それなら男は殺せるがラクラが怪しい。

ラクラ=サルフ、まあ色々とポンコツと噂の女だ。だが実戦においてはそうではない。あれは本物だ。

単身で魔物の中でも危険度が飛びぬけている悪魔、その上位種を一人で完封勝利した実績がある。

暗部をやっていれば魔物と戦うことも稀にはある。その中で悪魔とやりあったこともあった。

その時は部隊の過半数が死に絶えた。それの上位種を単独討伐できる奴なんざ他がポンコツでも警戒せざるを得ない。

イリアス=ラッツェル、ラクラ=サルフが結託しようものなら撤退も考慮せねばならないだろう。

「(となれば最初の狙いはラクラか)」

静かに手を挙げ、指で複数のサインを送る。

暗部達は闇の中でも仲間を正確に見分けられる訓練を受けている。暗視の技術も言わずもがなだ。

『合図後一番、二番はイリアスへ牽制、残りはラクラを仕留める』

これで良いだろう。そうこうしているうちにラクラが姿を現す。

片手がランタンで塞がっているのはありがたい、本を手に取れば両手が塞がる。

男とラクラが会話を始める。件の本も目視できた。受け取るタイミングを狙う。各自に構えるようサインを飛ばす。

だが、そこで異様な音を聞きつける。音の発生源は奴等より幾分か後ろから、暗部達ではない。何かが落ちて跳ねた程度の音だ。

音の正体を探るが広場に怪しげなものは見られない。いや、動きがあった。

イリアス=ラッツェルもその音に気付いたのだ。その方向を見ている。そしてその場を離れた。これは好機だ。

サインを変更、『合図後一番がイリアスへ牽制、残りはラクラへ』

距離が開けば咄嗟の奇襲に対応できるはずもない。仮に用心し、素早く反応したとして護れるのは男だけだ。

男が本を渡した隙を狙う。さあ渡せ!

男が本をラクラに差し出す。しかしそこで本が男の手から滑り落ちる。

「(何やってんだ……っ!)」

落とした本をラクラが拾うために屈み出した。

視線が地面に向いた。意識も完全に本に向けられている。これはとことんツイてやがる。

最後のサイン変更、『合図後全員ラクラを殺せ』

そしてラクラの指が本に触れる。

「(――今だ!)」

攻撃の合図、闇夜から五つの影が飛び出す。二名が暗器を中距離から投擲、俺を含む残りが確実に斬りかかる。

ラクラへの距離を一瞬で詰める。傍で反応できている者は――黒狼族の女一人!肝心のラクラはまだ気付けていない。殺った!

武器の間合いにまで詰め寄り、武器を振り下ろす。目の前にいるこの女を――ラクラじゃない!?

視界に映っているのはラクラではなく、既に抜刀しこちらに剣を振るっているイリアス=ラッツェルの姿だった。

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正直何が起きたのか目で追えなかった。

「ししょーっ!」

最初に声を出したのはウルフェ、だがその時にはことは終わっていた。

轟音と共に吹き飛ばされる何か、衝撃と旋風が周囲を振るわせる。

次にラクラが何事かと慌てて周囲を確認する。続けて誰かさんも。

現状は把握できた、周囲は既に囲まれている。地面には四本程のナイフが転がっている。ドコラが使っていたものと同様だ。

数は全部で五名で飛び掛ってきたのは三名。一名は咄嗟にイリアスの攻撃を回避し、距離を取っている。

しかし一名はイリアスの剣によって胴体を両断。一名が突進の衝撃で武器を破壊され百メートルほど吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられている。

多分死んでるな、あれ。マジで容赦ねぇなおい。

「な、なんですかこれっ!?」

ラクラが慌てた声を出す。そりゃ顔を上げたら目の前には死体、周囲に怪しい連中じゃ仕方もない。説明よりも先にラクラを抱き寄せる。

「しょ、尚書様っ!?」

「ラクラ、結界を張れ、早くっ!」

「は、はいっ!」

素早く二人を覆う結界が張られる。それと同時に結界が何かを弾く、追加のナイフだ。

離れていた奴が続けてラクラに向かって投げていたようだ。危ねぇな!?だがこれで一撃死しそうな誰かさんの無事は確保できた。

「まじか、まじかよ、信じられねぇな、おい!」

攻撃を回避した男が笑い出す。もちろんここにいる誰もが警戒を解いていない。

「五人同時の奇襲をあの距離から防げるのかよ、化物だな」

「それが奇襲ならばな。だが来るタイミングと狙いが分かっていれば問題はない」

それでも投擲されたナイフはそれぞれが隠しナイフのセット付きなんですがね。

四本全てを弾き、一人を吹き飛ばし、一人を両断。相手の言葉を真似るが化物だ。

イリアスがその場を離れ、ラクラが意識を本に向ける。仮に奴らが本を奪い、こちらを殺しに掛かるのならこれ以上美味しそうに見えるタイミングはないだろう。

後日に襲撃する可能性も無いわけではないが、こいつらに指示を出している奴のことだ、ラクラがこちらに説得され解読を了承する可能性を考慮していただろう。そうなれば襲うべきはこのタイミングだけになる。

来なければラクラを説得し、黒幕さんの立ち場を奪ってやったんだがな。

「今の全部演技だったのかよ。しかも全力でラクラの方だけを護りやがった。仲間護る気ねぇのかよ」

「何時でも殺せる男と、護りに入られては手間のかかるラクラだ。確実性を取るなら全員でラクラを狙うと踏んだ上での判断だ」

それ言ったの君じゃないけどな。だからドヤ顔しなくていいぞ。

「さあ、残り三人でやりあうか?」

「三人?いやいや、そんな馬鹿な」

壁に叩きつけられていた男がゆらりと動き出す。まじか、あれで動けるのか。

「すげぇ技だったが、ただの物理衝撃なら対処はできる」

「技ではない。邪魔だったから蹴り飛ばしただけだ」

そんな理由で人を百メートルも蹴飛ばすものじゃありません。

「こっちは……流石に死んだか。俺もドコラみたく死霊術が欲しいもんだね」

ドコラの名前が出てくる。風貌や使っている武器からして間違いはなさそうだ。

「やはりこいつらはメジスの暗部で間違いなさそうだな」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!どうしてメジスの暗部が私を――」

「そりゃあ指示されたからだろうよ。本の回収を狙っている奴からな」

「ウッカ様はそんなことを――」

「ウッカ大司教じゃない。別の奴が動いている」

「誰が……」

吹き飛ばされた男は自分の足取りを確認した後、ぬるりとした動きでこちらに寄ってくる。

「動けるか?」

「肋骨が砕けたが問題ない」

問題あるだろう馬鹿。

「浅かったか」

蹴り飛ばしに浅いも深いもねぇよゴリラ。

「そうだな、念のためお前は亜人をやれ。他は騎士様だ」

リーダー格の男はラクラに刃を向ける。

「精々その結界を維持してな。解いたら即座に男が死ぬぜ」

殺気から嘘ではないと素人でも分かる。肉体的な能力が乏しいラクラでは自分の身を守れてもこちらの身は守れない。

戦況は四対二、人数差では不利だ。そして怪我人をウルフェに当てるということは、それでも対応できると判断したからだろう。つまりはここにいる全員が最低でもウルフェ以上だ。

「三人程度で私を止められると思っているのか」

「正面からじゃ無理だろうな。だが今は夜だ」

暗部達の影がその体に這い上がる。それは暗部達を飲み込み、闇の中へとその姿を隠していく。

そしてどこからともなく声が響く。

「魔法の使用は極力避けたかったが仕方ねぇ。見えぬ刃に刻まれ朽ちろ」

イリアスが突如防御の構えを取る。同時にイリアスの剣から火花が散った。

敵の攻撃は一切が見えていない。影に消えたというよりこれは――、

「姿隠しの魔法か!」

「殺気も消したつもりだったが良く防ぐ。だがその刃は三枚に増えるぞ?」

戦闘が開始される。イリアスは剣を振るうが何かが斬れた様な素振りには見えない。そして息をつく間もなく見えない攻撃がイリアスを襲う。

飛び散る火花だけがイリアスの姿を闇夜から浮かび上がらせる。

ウルフェの方も既に戦闘が始まっていた。ウルフェは反撃を行えない。闇雲に拳を振るっても隙になるだけだ。

何かに反応するかのように突如ウルフェが跳ねる。そして今まで居た場所に微かな風きり音が響く。

全力で集中していれば辛うじて回避は可能なようだ。ひとまず安堵する。だがそう安心してはいられない。

落ちているナイフを見る。刃の先は濡れており、何らかの液体が塗られている。

即効性の毒、致死性よりは確実性を取るための麻痺毒と見て良いだろう。

一撃でも受ければそこから敗北が確定すると見て間違いない。

「尚書様っ、このままでは!」

「……いやこのままで良い」

「ですがっ! 防戦一方ではないですか!」

「大丈夫だ、心配するな」

「どうして、そんな顔で本心からそんなことをっ!?」

ああ、ラクラがこちらに対して警戒を見せていた理由はそれか。どうも思考回路が縒れていると悪い顔になるのは癖になっているのだろうか。

何と言う欠点。普段から悪いことできないなホント。

取り敢えず深呼吸、心を落ち着けよう。そしてラクラと向き合い、言葉を出す。

「ラクラ、あと少しで勝負は付く。『俺』を信じろ」

この言葉にどれだけの効果があるかは分からない。だが嘘を見抜けるラクラなら分かるはずだ。これが本心であると。

イリアスとウルフェ、それぞれの戦闘で均衡が崩れ始める。早いのはウルフェの方だった。

回避に専念していたウルフェが小振りではあるが、反撃を始めたのだ。

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「そんな攻撃が当たるわけがない」

造作もなく回避する。しかし姿が見えないはずの相手を、こうも捉えるセンスは評価すべきだと内心思っている。

少女の拳に込められている魔力、雑ではあるがその総量はこちらの保有する魔力全てを超える。直撃すれば無事では済まないだろう。

だが悲しきはその経験のなさ、技量のなさだ。いかな運が味方しようとも当たることはない。

とはいえこちらも攻め難いものはある。当たったら即敗北が決まるのはお互い様といって良い。

だが動きが見えるこちらと、見えないあちらでは精神的負荷も段違いだろう。事実、飛び散る汗がその疲労の程度を物語っている。

焦る必要はない。じっくりと追い詰める。その間に傷の修復も進むだろう。時間を掛ければ有利になるのはこちらだ。

「ううー、あたらない……だめだ」

「さっさと諦めてくれるのならば楽にしてやるぞ」

「うん、あきらめる」

「なんだ、聞きわけが良い狼じゃないか」

「ちがう。ふつうにあてるのいまのウルフェじゃむり。それをあきらめる」

一体何を、と思いつつも少女の様子の変化に警戒心が働く。

闇夜に映える白い髪、それが発光している。あの光は魔力によるもの。恐らくは膨大な魔力を練り上げているのだ。

ならば大技が来るか、それとも魔法を使用する気か?だがどうということはない。魔法の構築を感じたのならば距離を取ればよい。

小振りの拳でさえ外すのだ。大技に頼ろうものならその隙を突けば詰みだ。

「これで、よし」

少女の取った方法、それはさらに拳に魔力を蓄積することだった。

魔法の構築など一欠けらも感じられない。ひたすらに魔力を込めている。それはもう如実に分かる。拳が異様な程に発光しているのだ。

才能の高さについては呆れるばかりだ。それだけの魔力量が自分にあればヘイドの下につくこともなかっただろう。

「大技に頼るか。浅はかな」

「ししょーからおそわったわざ、みせる!」

少女は再び闇夜に紛れているこちら側へと突っ込む。今こちらに向かえているのはつい言葉が零れたからだろう。

当然姿は見えていない。魔力の輝きがこの姿隠しの魔法を破るわけでもない。

少女の突き出す右拳は正確にこちらに伸びる。だが少し左に回れば当たることはない。

さて、次はどうする?左肩が動く、次は左拳か。

ナイフを握る手に力が入る。もしも隙ができるようならば返しの刃でトドメだ。

少女の左手を見る、手が開いている。掌底打ちか、それとも魔力を打ち出す気か、見極めてからの回避と反撃の選択肢は可能。

左手が前に突き出される。念のため突き出される方向に体を置くのは避けるべきだ。

少女のさらに左に回りこむ。思った以上に大振り、振り切った瞬間を狙えば終わりだ。

「――?」

刹那の時間、少女の左手が誰もいない方向へと進んでいるのを捉えた。

だが、その先に見えたもの、突き出されたままの右手がある。――しまった、狙いは右手か!?

少女の左手と伸びた右手がぶつかり合う。

両手には洒落にならない魔力が込められている、それが衝突しあう。

眼も眩む閃光と衝撃が体を襲った。

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ウルフェが使った技、正直技なんかじゃない。

ただのハンドクラップだ。ただし馬鹿みたいな魔力を込めたハンドクラップだ。

ウルフェの魔力はただ膨大なだけじゃない。非常に澄んでおり、相手に浸透しやすい性質を持っている。

ことの発端はマーヤさんの教会で魔力放出のレクチャーを受けていた時のこと。

両手に魔力を集める方法を覚えたウルフェは、馬鹿みたいな量の魔力を両手に溜めていた。

そんなものを一度に放出すれば不味いからと、ゆっくりと放出させようとした。しかし悲劇は起こった。ウルフェの前に蚊が飛んでいたのだ。

咄嗟に両手で蚊を倒すウルフェ。その結果この技が生まれた。

例えるならば両手に破裂寸前の水風船を用意して、思い切り叩きつけるようなものだ。

当然留めていた魔力は暴発し周囲に拡散する。ウルフェには内在する膨大な魔力があるため、大きな影響は無かった。

だが傍に居た第三者は別である。はい、被害者です。結果はご覧の通り。

「あ、が……」

暗部の姿隠しの魔法が解けている。それだけではない。突如全身に膨大な魔力の衝撃が襲ったのだ。

体のあらゆる器官が反応してしまっている。害こそないが、とにかく全身がビックリするのだ。

イリアスほどの魔力量でも一瞬動きを封じれる程の衝撃だ。今目の前にいる暗部ならば誰かさんのようにしばらく動けないだろう。

ウルフェの眼は暗部を捉える。左足がそのまま前に出る。左足を軸に一回転、右足が天高く上げられる。

足にも既に膨大な魔力が込められている。ああ、可哀想に。暗部の頭に容赦のないウルフェの踵が振り下ろされた。

「ウルフェのかちっ!」

地面に叩きつけられ、動かなくなった暗部を見下ろし、ウルフェは勝鬨を上げた。

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視界に入り込む閃光。そして仲間の敗北を見せられ、思わず舌打ちする。

「あんな雑魚に負けるかよ」

あの荒削りな技の仕組みは理解できた。恐れる必要もない。そもそもこちらに加わって使用すれば目の前の騎士とて隙はできる。

一人が距離をとってナイフを投擲、これで終わりだ。今連携している二人もそれくらいの知恵と技術はある。

「ウルフェを雑魚と呼ぶか。確かにあの子は荒削りだが、まだ戦いを覚えて一月も経っていない子だ」

「そりゃあ将来が怖いな。将来はな!」

言葉と共にナイフの投擲。当然防がれる。こっちは流石といったところか。

既に見えない三人との戦いに慣れてきている。厄介なのはこの女だけだ。

黒狼族の女の動きを封じられれば人質にするなりなんなりで精神的揺さぶりも期待できたが……。

「そろそろ飽きてきたな。仕留めに入るぞ」

「――ッ!?」

突如女と視線が合う。不可視のはずであるこの目とだ。生存本能が全力で距離を取る選択を取る。同時に攻めていた一人の姿隠しの魔法が解けた。

首の無い体が地面に倒れる。姿隠しの魔法が解除された理由はシンプルだ。死ねば魔法の維持なんざできやしない。

だが奴は見えていない俺達を完全に捕捉してやがった。探知魔法は使用されていない。空気とか気配だけで読んだのか?

「ちっ、今まで本気じゃなかったってのかよ」

「ウルフェとラクラ達の方に気が散っていたからな。他にも潜伏者がいないかと警戒していたのもある」

これは不味い。優劣を競ったりできる次元じゃない。次からは斬り合う度に死人が出るだろう。

つかよく見たら首飛ばされた奴ナイフで防御してんじゃねーか。ナイフの上からぶった切ってんのかよ!?

「参った、こりゃ勝てん」

「お前達の実力はもう測れた。ドコラより格下だな」

「そりゃな。アイツは特段優れていたからな。国を裏切ったと言う点ではゴミクズだが」

しかし本当に参ったね。イリアス=ラッツェルを倒す気は最初からなかった。男を最優先、次にラクラ、おまけで黒狼族の女が殺せれば十分だったんだが……。

ラクラの鉄壁の結界で男もラクラも狙えねぇ。狙い目だった黒狼族の方は失敗してしまっている。

仕方ない。今から二人掛かりで黒狼族を狙うか。人質にすりゃ騎士様は動けんだろうからな。サインを送る。そして構える。

「それじゃあ腹を括って、行きますかね!」

ナイフの投擲、当然弾かれる。だが本命は隠しナイフ。刃は鉄ではなく魔石だ。

ちょっとした衝撃を与えりゃ――ドカンッ!

爆発が起こる。いつもならこれで勝ちなんだがどうせ効いてねぇ。

もう一人に黒狼族を狙わせる。俺は本だ。幸いなことにまだ奴らは本を拾い上げていねぇ。

騎士様はこちらの気配を読めているが他は無理だろう。

本を拾い上げる、良し。仲間を見る。黒狼族の女に斬りかかっている。

奴さん、まだ爆風の影響で反応し切れていない。

これで形勢逆転っと――、

「――は?」

片腕に激痛。そして仲間が突如二つに裂けた。

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目の前で暗部の姿隠しの魔法が解除される。どうやら本を回収したようだ。

もう一体はウルフェの方を襲っていた。人質にするつもりだったのだろう。

「欲張ったな」

「……お前の差し金か」

目の前にいる暗部は本を持ちながら肩を抑えている。痛いだろうな、腕が吹き飛んだんだ。

地面には暗部の腕だったもの、そして見慣れた槍が突き刺さっている。

魔封石を仕込んだ槍、我らがカラ爺の持つ槍だ。

視線を広場の外にある屋根に向けると、うっすらと手を振るカラ爺が見える。

そしてウルフェの傍には剣を携えたラグドー卿がいる。

「サルベット=ラグドー……ターイズ最強の騎士まで用意してやがったのか」

「奇襲の駒としては効果的だったろう?」

「ぬかせ、先に出していればそもそも挑んでねぇよ」

「だから後出しにしたんだ。お前達が戦う選択肢を捨てない程度にな」

カラ爺とラグドー卿には前もって広場からある程度離れた場所に潜伏してもらっていた。

広場に潜伏していては暗部と鉢合わせしたり、発見される恐れがあるからだ。

手筈としてはこうだ。ラクラが広場に向かった後に一定時間後にカラ爺に投石をさせる。

狙いは広場の彫像の少し後ろ、『神槍』の腕前のカラ爺にとって広場という的は広すぎて退屈だったろう。

その後暗部を誘い出し、ウルフェとイリアスに戦闘を行わせる。

イリアスには致命傷を避けてもらいつつ、時間を掛けて苦戦してもらった。

その間にカラ爺は狙撃が可能なポイントへ移動。他に隠れている暗部がいないかの探査も任せた。ラグドー卿も広場入り口まで接近してもらい待機。

今回のキーとなるのはウルフェだ。メジスの暗部であったドコラを基準とした場合、戦力でありながら暗部達が警戒しないのがウルフェだった。

もしもウルフェがいなければイリアス一人での戦闘となる。だがドコラを倒したイリアスが相手だ、倒せる可能性は低いと見て本を回収するかしないかの判断を行い撤退していただろう。

しかしウルフェという存在が奴等に戦闘の選択肢を残させた。ウルフェならば倒せる。動きを封じれば脅しの道具に使える。そうすればイリアスが相手でも立ち回れる可能性が高くなる。

結果奴らはイリアスを牽制しつつ、ウルフェを狙う選択肢を取った。ラクラという実戦派が一般人を守るために動けなくなったと言う点も、奴らのやる気を出させてくれた要因の一つとなっている。

「誤算としてはウルフェと最初に戦った奴が負けたことだな」

「仲間の敗北を手の内に入れてたってのか。人質にするとは限らねぇだろ、殺してたらどうするつもりだったんだ?」

「殺さないだろ。殺すにしても利用した後だ。活路があるからこそ逃げずに勝てないイリアスに挑んだ。お前たちは『そういう思考』を叩き込まれているんだろう?」

まあラグドー卿という最強の保険に常に監視させていたわけなのだが。

見えないはずの暗部を広間入り口から一足で捉え、仕留める。タイミングこそ計れていたが人間業ではない。イリアスより強いと言うのは嘘ではなさそうだ。

カラ爺には本を狙わせていた。本が動けばそこに槍を投げろと。イリアスやラグドー卿に比べればカラ爺の性能は劣るかもしれない。だが現代日本に生きる者としては、この高精度の狙撃能力の方が作戦に組み込みやすい。

「へっ、よっぽど俺らを皆殺しにしたかったようだな?」

「浮浪者を一人殺しただろう。そのお返しだ」

「まじかよ、そんなことでかよ」

「ああ、そんなことでお前らは死ぬ。ちなみに殺したのはどいつだ?」

「殺したのは無様に負けた奴だぜ。いい気味ってか?」

「そうか、じゃあお前が死体に細工をしたんだな」

「……怖え目してんな。なんでお前みたいなのが表にいるんだ?」

「一緒にするな。人を殺したことは一度もない。一度もな」

「殺させてんだろ、余計性質悪いぜ?」

いつから傍に居たのか、イリアスが剣を構える。他の者もこちらに集まりだす。

「教えてください。一体どなたが私の命を狙えと――」

「言うわけねぇだろ馬鹿女。暗部を舐めんな」

「そうだろうな。死霊術で脅してもお前達は吐かないだろうな」

「そしてこうやって悠長に話すこともねぇよな!」

男が跳ね、再び不可視となり闇夜に消える。

「逃がすかっ!」

イリアスの剣が空を斬る。同時に血が飛び散る。

「浅いかっ!?」

「深ぇよ馬鹿! だが胴体は残っている。腕一本分体が軽くなっているからな!」

そのまま暗部は撤退する。不可視の男だ。タイミングが計れなくては斬ることも難しい。

「探知魔法――ダメだ。広場の周囲に魔封石が散りばめられている」

「ふむ、逃げられましたか」

ラグドー卿は溜息をついて剣を鞘に戻す。それと同時にラクラが叫ぶ。

「ああ、本がっ!?持って行かれちゃいましたっ!」

「そうだな、困ったな」

「……嘘ですよね、それ」

「凄いな。本当に嘘を見抜けるんだな」

「しょ、尚書様、凄い悪い顔してますよ?」

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逃走には成功した。後はこの国から脱出だ。そのために城壁にやってきていた。

城門は先回りされる可能性も高い。出血は止まったが、やはり衰弱した体で動くのは負担が大きい。これ以上の戦闘は避けたい。

「片手っての辛いな、ドコラの奴こんなんで逃げてたのか」

本は回収したが男もラクラも殺せなかった。だがまだ終わったわけではない。

隙を突く方法はまだある。食事に毒を盛れば良い。その辺の人間を操って代わりに刃を突きたてさせれば良い。

その場で殺せという命令は達成できずとも殺す方法だけならいくらでもある。そのためにも一度態勢を立て直す必要がある。

「まずは黒狼族の女だ。アレを殺せばあの男は良い顔するだろうからな。次は周囲の人間も殺してやる。そうして守りが薄くなったらお前の番だからな、覚えておけよ……!」

ある程度城壁に近寄るとパンッと魔力波が発生するのを感じる。

この反応は知っている。結界に特定の魔力が探知された時に発生する物だ。

そう、この本だ。この本を探してラクラは結界を張っていた。

城壁周りに張っていたのは知っているが、引っかかったとして問題はない。

ラクラに探知され間もなく騎士達も駆けつけるだろうが、その間には上りきれる自信がある。

奴らがこの場所に辿りつく頃にはもうこっちは城の外だ。急いで上ってしまおう。

「ったく、少しは休ませて欲しいもんだぜ――つってもイリアス=ラッツェルの足が相手じゃそう時間は持たねぇ。きついが急ぐしかねぇな」

片腕でも良い速度で登れるもんだ。これなら――あ?

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城壁の外側にて暗部の無残な死体を発見。そりゃそうだよな。あんな一撃に巻き込まれりゃこうなる。

作戦を決行してすぐ、イリアスにはマーヤさんの下へ向かわせていた。

『本が結界に探知されたときに発生される魔力波の波長』を教えてもらうためだ。

ターイズが本捜索に協力する旨はマーヤさんも知っている。イリアスにとって『難しい仕事』だったが何とかやってのけたのは偉い。

暗部とてこのターイズ周辺を結界で埋めているのは知っているだろう。選ぶのは城門を避ける城壁、だからこそ街中央の広場を選択した。

ここからならどこも距離は同じだからだ。イリアスは結界から発せられる魔力波から結界内に本があることを察知できる。つまり暗部がどこにいるのかがわかるのだ。

そこを投擲で仕留めた。カラ爺では精密さはあっても距離の関係上厳しいものがあった。なので届くと豪語していたイリアスを起用した。

もちろんカラ爺に比べてイリアスの投擲精度は遥かに劣る。なので思い切り投げてもらった。

「やっぱ脳筋ゴリラだな」

結果、暗部が登っていた城壁には巨大な穴が空いた。針の穴を通すような精密射撃の一撃ではない。いるとわかった場所を跡形もなく爆撃する一撃だ。

いやあ、こんな作戦許可してくれるマリトって寛容だよなー後処理任せるわー。

ウルフェもだが本も同様に囮だったのだ。カラ爺に狙わせていたし、もしも持ち逃げされてもその後の用意もしてあったというわけだ。

本は……無事です、はい。一応ラグドー卿にお願いして硬化魔法を掛けておいて貰ったが無事でよかった。

不穏に思われて解除されるかなーって考えたけど大丈夫でした。あ、でも表紙ちょっと破れてら。

本と一緒に暗部の遺品を捜索した所、水晶を見つけた。ユグラ教の秘儀で遠距離と連絡できるアイテムだ。マリトの護衛の暗部君が教えてくれた。

こちらは相手さんが防護魔法を掛けていてくれた様で無事だった。

その後カラ爺とラクドー隊は召集され城壁の後処理に回される。すまない皆さん、夜更けだと言うのに……。

それでこちらは水晶と本を持って城に向かう、最後の仕上げが残っているからね。

「あの、尚書様……どうしてその水晶を見つめて座っておられるのですか?」

「まあ、待てばわかるさ」

イリアス、マリト、ラグドー卿、ラクラが揃っている部屋で水晶と睨めっこ。ちなみにウルフェは疲労により隣部屋で眠っている。

暗部は何を優先しても逃走を優先していた、ならばまだ連絡は入れていないだろう。

だがもう良い時刻だ、そろそろ痺れを切らせてくれる筈だ。

しばらくすると水晶が輝きだす。そして声が響いてくる。

「ヘイド、報告を」

「ヘイドって言うのかあの暗部は」

「……どちら様ですかね?」

「お前が殺すように指名してくれた男だよ。よろしくな黒幕さん」