軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そんなわけで、ニヤける程度に抑えましょう。

「……だ、だめです……」

資材保管庫の中にあった様々な道具を使ってみましたが、魔封石は破壊できません。バンさんの使っていたエンチャントハンマーのようなものがあれば、あるいはと思ったのですが……。

時間を無駄にしてしまったという焦り、外で耐えてくださっているヤステトさんへの罪悪感、それらがギリギリと私の臓物を締め付けてきます。

「魔法さえ使えれば……」

結界を発生させる速度にどれほど自信があっても、魔封石の無力化は構築が存在した時点で打ち消してしまう。出したと思った時には、私の魔力は虚空へと消えてしまっている。

それこそ完成した結界を直接叩きつけでもしないと、この状況では……あれ?

「完成された……状態……っ!」

眼に魔力を集中させ、『盲ふ眼』を発動させる。ひょっとすれば、眼の中で作り出した構築ならば、魔封石の影響を受けないのでは――

「っ!?」

構築した結界は通常のものと変わらず、出した瞬間に消えてしまった。だけど確かな違いを感じました。構築が形になる感覚を、僅かながらに感じ取ることができたのです。

「もう一度……」

再度同じように結界を作り出すも、すぐに消えてしまう。眼の中でさえも魔封石の影響は届いてしまう。

だけどこの僅かな差はきっと意味がある。尚書様はあらゆる物事の差を比較することで、多くの事を見極め、成してきました。

空気中と水中では音などは水中の方が早く伝わり、魔力は空気中の方が早く伝わる。魔封石の影響も同じであるのならば、魔力に満たされていない場所であればあるほど、その影響速度は遅くなる……?

『盲ふ眼』の発動に必要な魔力を最小限に抑え、眼の中の魔力を限界まで減らす。そして結界を発動させるのに必要なだけの魔力を流し込み、構築し発動する。

すると魔封石の方から、僅かながらに擦れるような音が響いてきました。

「……結界が僅かに……触れた?」

これです、これならいけると確信し、さらにもう一度。今度はさらに速く、鋭く。

今度響いたのは硬い物が打つかるような音。私が傍にあった斧で、魔封石を叩いた音に近い音。

「でもこれだけじゃだめです……。もっと、もっと、眼の中を私だけのものに……」

構築を分解してくる魔封石の感覚は既に全身で感じている。その感覚を押しのけるように、眼の周りで押し止めるように……。その上で……結界を放つ!

「――っ!」

続いて放った結界は、魔封石の表面に小さな亀裂を作り出しました。もう少し、だけど魔封石の影響を退けつつ、出力の高い結界を展開するのはあまりにも困難。

複数のことを同時にできるエクドイク兄さんならまだしも、私にはこれ以上のことは……っ!

「そうだ、こうすれば……!」

尚書様は私の在り方を理解した時、こう説明していました。本来ならば戦闘行為は複数の判断や行動を総合して行うもの。

複数のことを同時に行うことができない私が普通に戦えているのは、あらゆる動作を一つの工程として集中できるように昇華することができたからだと。

なら、今やっていることを一つの工程、一つの技として昇華させることができれば……!

それぞれを別の作業と考えず、連動しているものとしてイメージ。それぞれの緩急がカチリと噛み合うように、同じものとして……!

「ええいっ!」

放った結界は魔封石に対し、更に深く大きな亀裂を刻みつけました。これを繰り返していけば……っ!

視界が真っ赤に染まる。攻撃を受けたわけではなく、ただ純粋に視界に異常が顕れた。眼からの出血。本来人間の眼にはこんな力はないのだから、ないはずの力を酷使した代償なのでしょう。

傷の回復は遅くなれば遅くなるほど、綺麗に治すことができなくなります。セレンデは今こんな状態なのですから、私が眼を治療できるようになるまで、きっとかなりの時間が経過するでしょう。最悪、失明する可能性だってあります。

「それがなんだって言うんですか」

たかが眼が潰れるくらいです。そりゃあいつもの私ならきっと嫌だと喚いていたでしょう。

でもこの時間を作るために命懸けで戦っている人がいます。今こうしている間にも、魔法が使えずに死にゆく人がいるかもしれません。

いえ、そんなことは建前でしかありません。私はただ、あの人が少しでも安全に、穏やかに、ことを進めて欲しいのです。

どうせ失明したって、あの人は私を助けてくれます。なら、何も怖くないじゃないですか。

二度、三度、眼の限界なんてまるで気にせずに力を使い、結界を叩きつけていく。何度目かで視界が完全に失われましたが、まだ私の魔力は尽きていませんし、どうやら力も発動できているようです。

七度、八度……きっと本来ならば激痛に襲われていたのでしょうけど、痛みはまったくありません。結界を叩きつけることだけに集中し、機能している五感はもう聴力だけなのですから。

「もっと、もっと……!」

何度目か、もうわからない状態でしたが、突然左右から大きな音が響きました。その音が半分に砕けた魔封石が左右に別れた音なのだと気づき、今度は叩きつける結界の向きを変え、さらに続けます。

魔封石を半分にしたことで、その影響力は半分くらいにはなったのかもしれません。ですが、それでもまだ半分も残っているのです。

「せめて、せめて私の魔力の限界がくるまでは、この魔封石を砕き続けなきゃ!」

衝撃には耐えたものの、ウルフェの魔力は常人のものよりも他者の体に染み込みやすい性質のようだ。

無理やり押し込められた魔力を吐き出すまでそれなりの時間は掛かったけど、どうやら問題なく体は動く。

「やれやれ、ここにくるってヤマを張っておいて良かったよ」

決着をつけるための突進、僕は最初からウルフェに剣を突き刺すつもりはなかった。殺す気があるとかないとかじゃなく、きっとウルフェは僕の突きよりも先に全身全霊を込めた一撃を叩きつけてくるだろうと信じていたからだ。

あれだけの魔力を込めた一撃、いつもと同じ程度の魔力強化じゃきっと胴体が吹き飛んでいただろう。

だから僕は胸から胴に掛けてその周辺に魔力強化を集中させていた。それこそ突撃以上の魔力を使い、全力で、だ。

その結果として、僕の体は今もこうして原型を留めており、拳を打ち込んだウルフェの方はこうして腕を失って倒れている。

「自分の拳を打ち込んだ衝撃で意識を持っていかれるなんて、無茶をするね」

胴体についている鎧だった物の名残を外していく。新調したばかりだったのに、もう壊れちゃうなんて、ヒルメラ様はどんな小言を言ってくるのやら。

周囲を見渡し胴体への魔力強化に集中しすぎていたせいで、うっかりすっぽ抜けてしまっていた剣を拾う。

ウルフェにはまだ微かに息がある。この腕の怪我だ、放って置いても出血で死ぬのは間違いないのだろうけど、ここで息の根を止めなければ負けることになる。

「君がもう少し自分に素直だったら、きっと会話も弾んで仲良くなれただろうになぁ」

勿体ない、名残惜しい、そんな気持ちがひしひしと湧いてくるけど、剣を握った腕は特に抵抗なく持ち上がり、いつもどおりに振り下ろすことができた。

「――まあ、こういうこともあるよね」

剣先を見ながらため息が出た。そこにウルフェの姿はなく、少し先に彼女を抱いた男がこちらを見ていた。

名は確か……デュヴレオリだったかな。人ではなく、紫の魔王に仕える大悪魔。この男がいるのであれば、近くに紫の魔王もいるはずなのだけれど……どうやらそんな気配はない。そうなると紫の魔王は既に安全な場所に避難をして、この男だけが遊撃としてこの場所まで辿り着いたと考えるべきか。

「ウルフェ……」

「まだ決着はついていないんだけど、水を差さないでもらえるかな?それとも、今度は君が戦うのかな?」

「生憎だが、私は戦闘狂ではないのでな」

デュヴレオリの胸部が裂けたかと思いきや、ウルフェの体がデュヴレオリの中へと取り込まれていく。そして裂けた箇所はみるみると修復され、そこにはデュヴレオリの姿だけが残っていた。

もう少し感情的になるような存在なら良かったのだけれど、冷静にウルフェという戦力を失うことと、今僕と戦うことを天秤に掛けられてしまったようだ。

あれじゃあ戦闘のどさくさに紛れてトドメを刺すのは無理だ。あの男は冷静だ。例え紫の魔王を蔑む言葉を吐いたところで、僕と戦うことなくこの場から逃げ出してみせるだろう。影にも溶け込めるような悪魔を追跡する技術は僕にはない。

つまり、もう僕にはウルフェを殺すことはできない。まいったなぁ……まあ、仕方ないか。

「……はぁ。もしもその子の治療が間に合って、意識を取り戻すことがあったら伝えて置いてもらえるかな?『おめでとう、君の勝ちだ』ってさ」

「――そうか、貴様は……」

デュヴレオリは色々と察してくれたようで、それ以上の言葉を吐くことなく影の中へと消えていった。できることならばウルフェは殺したかったけど、あの男と戦わずに済んだのは幸運だったかもしれない。

「さて、と……早く向かってあげな……えふっ」

喉があまりにもむず痒く、咳が出てしまった。喉の奥に溜っていた血が溢れ、地面へと染み込んでいく。ああ、これ、血だけじゃないや。ちょっと肉も混じっているな。

ウルフェの最後に放った一撃は正直過去に受けたどの攻撃よりも強かった。平たく言えば致命傷、無事な内臓なんて一つもない。全てがズタズタに千切れている。僕の心の方が強かったからこそ、この体は原型を留めているけども……魔力を使って強引に留めているだけに過ぎない。

もしもこの場で魔力強化を完全に解除すれば、体の全ての臓器がぐちゃぐちゃに入り混じって、もう二度と元には戻せないだろう。

意識を失えばその場で確実に死ぬ。アークリアルと戦った時と同じように、意識が残っている間に治療をすればどうにか助かるだろうけど……ヒルメラ様の部下で生きているのはもう僕だけだ。

「いやぁ、負けちゃったなぁ……」

ウルフェは僕を殺すことに成功し、僕は失敗した。彼女は生き残り、僕はもう少ししたら死ぬ。どちらが勝者でどちらが敗者なのかは言うまでもない。

だけどこの勝敗に未練なんてものは何もない。僕はまだやりたいことをやっていない。そしてまだそれはやり遂げることができる。

ウルフェの強さはアークリアルのような人外の領域、決して彼と向きあう時に存在していい要素じゃぁない。障害は取り除かれたのだと素直に喜ぼう。

ミクスはさっき城の外に向かうのを見かけたし、残る障害はイリアスくらいのものだろう。純粋な強さならばウルフェ以上、あのアークリアルにさえほぼ無傷で勝利した化物だ。

だけど不思議と負ける気はしない。彼女の彼に対する想いの強さを知っている、この眼で見ている。それでもなお、僕の方が勝っていると確信できる。

「死んでいるのに動けるなんて、まるでアンデッドじゃないか。ははっ、ヒルメラ様の騎士にはお似合いじゃないか」

妙にツボに入ってしまったが、笑い過ぎるのは良くない。その拍子で心臓の位置がずれたら辿り着く前に死んじゃうからね。