軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そんなわけで、迎え撃つ。

一体、また一体とアンデッドを倒していく。ししょーはヒルメラ王女のいる場所へ向かって、決着をつけようとしている。

ヒルメラ王女が不利になればこのアンデッド達がししょーの元へと集まるかもしれない。イリアスを信じていないわけじゃないけど、ししょーに降りかかる危険は私が排除しなくちゃ。

「ふぅ……ふぅ……」

魔力の方は大丈夫だけど、体力の消耗の方が少し辛い。いつもなら簡単な魔法を使って体への負担を減らすことができるけど、今は魔法が使えないから魔力を使う反動はそのまま自分の体にくる。

これがエクドイクさんなら必要最低限の魔力を的確に使えるのかもしれないけど、私にはそこまでの器用さはない。こんなときばかりは自分が落とし子であったことに感謝したくなる。

息を整えながら、次の標的を探す。死臭で鼻があまり効かないけど、それでも魔法が使えない皆よりは楽なはず。

「――っ!」

あらゆる臭いの中に知っている臭いが紛れている事に気づき、足を止めた。これは――

「やぁウルフェ、君は別行動なのか」

「……ムール……シュト」

そこにいたのはムールシュトだった。普段見ていた姿とは少し違い、鎧が一部壊れ、全身のいたるところに血痕がついている。あの人から漂う血の臭い……これはハークドックとマセッタの……。

構えを取り、警戒を強める。この人は敵だ。この人はししょーが止めようとしているヒルメラ王女の側についている。それだけじゃない、ハークドックやマセッタを……。

「迷いがないね。ハークドックの時と言い、こうも迷いなく敵対心を向けられると、もっと処世術を学んでおくべきだったなって、少しだけ思うよ」

「……微塵も思ってないって顔してる」

「思う努力をしたいなくらいはあるかな」

あの二人が生きているのか、それとも……ううん、今考えるべきは、今目の前にいるこの人のことだ。

本能と言うべきなのか、私の中の何かがこの人は危険だと言っている。できることなら殺した方が良いと、初めて会った時から漠然と感じていた。

ムールシュト、この人はきっとししょーにとって良くない存在になる。そんな予感がずっと積もっていたからこそ、今こうして目の前にいるこの人を敵として受け入れることができている。

だけど私の中に一つの疑問が残っている。この人のことを少しだけ理解していたからこそ、理解できないことがある。

「……どうして、ししょーと敵対する道を選んだのに、どうしてそんなにも楽しそうなんだ」

この人はししょーが好きだ。それはししょーが好きな人ならはっきりと分かる。だけどこの人はししょーの敵になることに少しも躊躇いがない。そんなことがどうしてできるのか、私にはどうしても分からない。

こんなことは敵になった人に聞くことじゃないけど、相手のことを知ることは勝つために必要なことだ。

この人はきっと強い、もしかしたら私よりも強いかもしれない。だから、少しでもこの人のことを知らなくてはならない。

「――そうか、君は自分の感情を抑え込むタイプなんだね」

「……?」

「君は自分の望みを明確な形として捉えていない。君は彼を欲しているけど、彼の何が欲しいのか、それを見極めようとしていない」

ムールシュトは剣を抜き、その切っ先を私の方へと向けた。その奥にある瞳には敵意や嫌悪といった感情は含まれておらず、憐れみのようなものさえ感じる。

「愛した者ならば、その全てを欲しいと願うのだろう。だけど、その全てを天秤にかけられた時、君は何を選ぶ?君は迷わずその答えを出せるかな?」

「言っていることの意味がわからない。何が言いたい?」

「僕はね――」

ムールシュトは変わらぬ表情のまま、彼自身の目的を告げた。この戦いで何をしようとしているのか、ししょーに対して何をしようとしているのか、どのような結末を望んでいるのかを。

それを聞いて私は理解してしまった。共感してしまった。僅かながらにもその結末を自分が引き起こせたのならばと、羨んでしまった。

「お前……お前は……っ!」

だけどそれ以上に、心の中で一つの感情が色濃く動き出すのを感じた。この男はここで殺さなきゃいけない。この男をししょーに会わせてはいけないと。

「ああ、やっぱりこうなると思っていたよ。その嫉妬の混じった殺意の形は、とても魅力的だ」

魔力を噴出し、距離を詰めながら突き出した拳をムールシュトは剣で防いだ。

重い、まるで硬い鉄の塊に阻まれているかのよう。この人が重いわけじゃなくて、私の拳の衝撃が完全に受け止められているのだろう。

イリアスやカラ爺達、ターイズの騎士が使う魔力強化は単純な硬化じゃなく、衝撃を受け流すのに適した柔軟性も持ち合わせている。でもイリアス達はそれだけには頼らず、武具を扱う技を以て衝撃を受け流している。あの強大な緋の魔王だって複数の結界を展開していた。

似ているのは碧の魔王、あの人も私の拳を素手で止めた。だけどあれは何かよく分からない力が働いていたのを感じられた。

ムールシュト、この人は私の拳を受け止めるのに技や特殊な力を使っていない。ただ魔力強化で得られた肉体だけでその衝撃を吸収しきっている。その事実だけでこの人が異常な存在であることが伝わってくる。

この人は私と同じ、化物と呼ばれるような何かがある。きっとこの体の硬さがそうなのだろう。

「魔力の使い方がとても豪勢だね。そんな使い方でよく息切れしないなぁ」

「ふうぅっ!」

この人は私の拳を受け止めたけど、その動きはそこまで早くなかった。ならもっと速度を出せば直撃させることができるはず。

噴射を前後に繰り返し、ムールシュトの周囲を素早く移動して撹乱する。目で追っているのは分かるけど、やっぱりイリアス達よりも反応が悪い。

「ユグラの落とし子……、だったね。派手さで言えばアークリアルよりもその才能は目立つね」

ムールシュトの視線が横に流れようとしたタイミングで魔力を別方向に噴射。正面、足元へと滑り込み拳を構える。

構えもできていないし、視界にも捉えきれていない。拳に蓄積しておいた魔力を一気に噴出させ、その腹部へと叩きつける。

「――っ!?」

グラドナやニールリャテスは言っていた。戦闘において、決着が付くまでは心が途切れないようにしなくてはならないと。

攻撃を当てたからと、必ず相手が吹き飛ぶわけではない。こちらが攻撃を当てられる距離にいるということは、相手もそうなのだと。ししょーはそのことを残心と言っていた。

その助言があったからこそ、この反撃は回避することができた。見えていないはずの位置から攻撃したのに、私の拳が当たるのと同時に迫ってきた刃を。

この男は私がどういう風に攻撃を仕掛けるのかを読んで、先読みするかのように剣を振っていたのだ。

「疾いなぁ。おまけに拳もなかなかに重い。食事は軽めにしておいて正解だったね」

「……っ」

攻撃を合わせてきたということは、私の動きは読まれていた。だから直前に魔力強化を強めて防いだのだろう。

だけど今の一撃は本気で打ち込んだもの。それこそターイズ魔界でドラゴンの頭を吹き飛ばした時の威力と同じ、効いていないなんてことはないはずなのに……。

ムールシュトは私よりも落とし子としての才能を活かせている。そう思っておかなければならないだろう。

「心配しなくても、結構効いているよ。狙いの方は急所を狙ったハークドックの方が優れているけどね」

あの胸の部分の破損はハークドックが……。あの人のことだから不意を突く形で一撃を入れられたのだろうけど……。

確かに狙うべきは人体の急所、グラドナに教わった箇所を狙うべきだったとは思う。だけどこの人は攻撃を受けはしても避けようとはしない。安易な急所狙いは読まれると警戒してしまった。

「うん。君は色々と優れた人達から多くのものを吸収してきたんだね。彼のために、彼に捧げるために、あらゆる力を欲した。君の心の形はまるで逆さに伸びる樹木のようだ。……様子見はいらないね」

「っ!?」

ムールシュトの立っていた地面が破裂したと思った瞬間、目の前にムールシュトの姿が現れた。咄嗟に横に魔力を噴出し、回避する。

肌を撫でた剣の風圧の感触に嫌な汗が流れた。今の速度、イリアス……いや、ひょっとするとラグドーさんよりも……。

「あは、ハークドックと違って普通に回避できるんだね」

今の一撃はハークドックには避けられない。あの人の落とし子としての危機感知があれば、攻撃が行われる前に回避に移れるかもしれないけど、それでも間に合わないだろう。

私でもそう簡単には回避できない。だけど一撃でもまともに受ければおしまいだ。

「ふぅ、ふぅ……ふっ!」

呼吸を整え、こっちから仕掛ける。異常なまでの魔力強化から派生した飛び込み、それに耐えられる体がムールシュトの才能。

あの速度は脅威だけど、きっとムールシュトはあの速度の状態では細かい動作ができないはず。飛び込んできた時の攻撃からは、私の動きを先読みするかのような様子は感じられず、とても単調なものだった。

なら真正面には陣取らず、左右か後ろを維持しながら立ち回ればあの攻撃はできな――

「そうくるんだ。じゃあ、駆けていこうか!」

「っ!?」

ムールシュトが剣を前に突き出したまま見当違いの方向へと飛び出したと思ったら、その速度を維持した状態で曲がった。一回、二回、減速することなく曲がり続け、縦横無尽に周囲を駆け抜ける。

視線は真正面にしか向いていないのに、届きそうになった攻撃を回避しても、すぐに私のいる方向へと向きを調整し飛び込んでくる。これはただめちゃくちゃに駆け回っているわけじゃない。ある程度の勘を持って、私を追い詰めているのだろう。

「――くぅっ!」

ただの魔力強化だけじゃダメ、魔力噴出を使ってようやくの回避だ。この回避方法は大きく動くから、連続しての使用はかなりの神経を使う。回避して、次の動きを確認して、回避して……ダメだ、このままじゃ視界からムールシュトを見失ってしまう……!

「っ!」

回避が間に合わず、咄嗟にガントレットを前に出して防御をした。だけどその勢いはあまりにも強く、抵抗することもできずに空中に跳ね飛ばされた。

「――カハっ」

呼吸が止まる。意識が飛びそうになる。だけどこのままじゃ死ぬ。意識を保て、状況を見失うな、死を受け入れるな!

唇を噛みちぎるように食いしばり、視界を確保する。自分が空中でどのような姿勢なのかを把握し、魔力を噴出し、体勢を立て直す。

「お、当たったかな?」

ムールシュトは私に衝突した感触に反応し、突進を止めていた。鎧の肩の部分が大きくひしゃげている。きっとあの部分に私のガントレットがぶつかったのだろう。

でも相手の動きに負傷の様子はない。私の方は……っ。

痛みを感じなかったから大した負傷はないと思っていたけど、衝突を受け止めた左腕の状態は最悪だった。ガントレットは原型を留めておらず、血を滴らすだけの鉄塊になっている。

魔力を噴出することはできそうだけど、まともに持ち上げることはもうできない。肘や肩も壊れてしまっているのだろう。

「ふぅ……っ!ふぅ……っ!」

「良いね、その眼。まだ諦めていない、殺意を残した獣の眼だ」

ムールシュトが再び構える。次にあの攻撃を受ければもう立つことはできないだろう。近くの城壁へと飛びついて張り付けば回避はできる。だけどその行動を読まれたら、不安定な姿勢であの突進の直撃を受けることになる。

そもそも回避に専念していてもこの男を殺すことはできない。あの技を止める方法はないのだから、その上で倒す手段を考えないといけない。

「……っ」

噴射で距離を取る。ムールシュトの突進ならこの距離でも一足で届くのだろうけど、こっちも反応できるだけの余裕は作れる。

低く構え、右腕に魔力を集中させる。一度に噴出できる魔力の量はこれまでの経験で体が覚えている。それ以上の威力を出そうとすると、魔力強化した肉体でも反動に耐えきれない。

だけど出そうと思えば出せなくはない。体がどうなるかを考えなければ、きっと限界以上の魔力を使うことができる。

ここがぎりぎり、ししょーが私にしてほしくないことと、私がししょーのためにできることの妥協点。

「――良いね。付き合うよ、その覚悟」

ムールシュトも深く体を落とし、真っ直ぐに突進してくる。さっきよりも速いけど、この距離ならば十分にタイミングを合わせられる。

溜めて、溜めて、もう少し、まだ早い、もう少し――ここだっ!

「っ、やあぁっ!」

右腕に溜めた魔力を全て解き放ち、ありったけの一撃をムールシュトへと叩き込んだ。