軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そんなわけで水やりは後で。

「ついたぞ、ツドァリ」

転移魔法で目的の場所についてすぐ、周囲に不穏な存在がいないか探知魔法を使って確かめる。反応した人物なども特になし、罠が仕掛けられている様子はなさそうだ。モラリも同様に危険なしと判断したのか、すぐに警戒を解いた。

「スグニ済マセル。待ッテイロ」

「別にゆっくりでも良いんだけどな。私だって野暮じゃないん――」

「スグニ、済マセル」

「お、おう……」

建物の中への侵入は転移魔法では危険だ。モラリは類稀なる空間把握能力を持つ落とし子ではあるが、閉鎖された空間の内部ともなればその精度は落ちる。さらには物が置かれていたり、人が通ったりと不確定要素も多い。

隠匿魔法を使用し、姿と音、匂いを消していく。これでもう私を知覚できる者はおらず、堂々と施設の中を移動できる。もっとも目的の場所は既に調べ上げ、窓の場所まで特定は済ませている。

「鍵スラ掛カッテイナイナ……」

不用心ではあるが、あの男の才能を考えればそもそも必要のない行為なのかもしれない。

窓から様子を伺いながら中へと侵入する。既に深夜、部屋にいる患者達は皆眠っている時間帯だ。仕切りのカーテンは全て閉められており、数名の寝息が聞こえてくる。奴の場所は……確かこっちだったか。

「――ツドァリか?」

「ッ!?」

手を掛けようとしたカーテンの向こうから、奴の声が聞こえてきた。気取られただけではなく、私であることまで見抜かれた!?どうする、一度撤退して……いや、逃げる理由などどこにもないだろうに、何を戸惑っているのだ、私は。

気を入れ直しカーテンを開くと、そこにはベッドの上に寝転がりながら右腕に憑依させている悪魔を操作し鍛錬しているハークドックの姿があった。ここまで来ればもう姿を隠す必要はないだろう、隠匿魔法を解除し、自分の姿を晒す。

「お、やっぱりそうか。こんな夜更けにどうしたんだ?」

「……何故私ダト分カッタ?」

「何の気配もねぇのに急に風が吹き込んできたからな。敵意も感じなかったし、そうなるとお前じゃねぇのかなって」

なるほど窓を開けた時の気圧の差を気取られたのか。迂闊だった、次からは隣の部屋から侵入するとしよう。いや、次はないと思うが。

「流石ダト褒メテオコウ」

「割とお前のぽかっぽいけどな」

「ヨシ、宣戦布告トミナス」

「はい、俺が超有能でした!だから武器はしまえって!」

ハークドックは小声で叫びながら周囲に意識を向けている。他の患者が起きていないか気にしているようだ。まあ私も第三者の睡眠を妨害するつもりで来たわけではないので、自重はするとしよう。

「ソノ様子ナラバ、当分死ニソウニハナイナ」

「お、なんだ。心配して見舞いに来てくれたのか?だったらせめて昼間に来いよ、深夜の見舞いとか非常識だぜ?」

「今殺スカ……」

「いやっ、ほんっと嬉しいわ。嬉しさのあまり涙出てきた」

私達は各大国に指名手配されている立場だ。昼間に姿を見せられるわけがない。そもそも見舞いに来たわけではない。この男が私の知らぬところで馬鹿な理由で死にかけたと知ったから様子を見に来ただけなのだ。

「見舞イナドデハナイ。オ前ニ巫山戯タ理由デ死ナレテハ、オ前ニ破レタ私ヤリティアル様ノ立場ガ無クナル。ソウナルクライナラバ、私ガ殺ス。今日ハソノ警告ニ来タダケダ」

「えぇ……。死に場所くらい好きに選ばせてくれよ……。それに見舞いじゃねぇのかよ……本当に嬉しかったのに……」

その悲しそうな顔は止めろ。理由は分からないが、私が悪いことをしているかのような気持ちになる。……仕方ない、確かこっちに……あった。懐から取り出した小袋をハークドックの枕元へと投げる。

「……心地良イ眠リヲ誘ウ丸薬ダ。退屈ナノハ分カルガ、傷ヲ癒ス間クライハシッカリ寝ロ」

「お、そいつはありがてぇ。日中だとマセッタが寝てろ寝てろってうるさくてさ、だからって明るい時間帯に寝てたら夜寝れねぇってのな。次傷が開いたら殺すとか言ってくるんだぜ?酷くね?」

「ソウダナ、代ワリニ私ガ殺シテヤロウ」

「はい、傷が完治するまで熟睡させていただきます!」

こいつの仲間達も気苦労が多そうだな。こっちは基本的にリティアル様が言えば誰もが素直に従うから、特に問題は……問題は……まあ良い。

本当は怪我の様子を確認だけして帰るつもりだったのだが、余計に時間を食ってしまった。モラリを待たせているのだから早いところ出ていくとしよう。だからもう少ししっかりとこいつの顔を……見てどうするんだ、私は。こんなボロボロの姿が似合い過ぎているような男の顔など、見ていて不安にしか……。

ハークドックの左目側には、大きな傷跡が残っている。私がかつて受けた傷跡と同じような、いや似せて傷つけられた傷が。

「……ソノ傷、治サナイノカ」

「比較的新しいからな、治せるとは言われた。だけど断っちまった」

「何故ダ?」

「お前さんはそんなに気にしてねぇかもしれねぇけど、俺だけ治しちまうのはちょっと後味が悪くてな」

傷は過去が残した醜き痕、私はそう思い続けて生きていた。だから私は鏡を見たいと思わなかった。他者の傷も、まるで自分を映し出しているようだと直視するのが嫌だった。

だけどこの恥ずかしそうに笑う男の傷は、どういうわけか見ていて嫌な気持ちが湧いてこない。この傷は奴が自分でつけたもので、私が味わった過去とはなんの関係もないはずなのに、どうして私の傷の痛みが和らぐような錯覚に陥るのだろうか。

「無意味ナコトヲスル」

「いや、全くの無意味ってわけじゃねぇんだぜ?ほら、よく見てみろよ、ちょっと男前さが増してんだろ?ジェスタッフの兄貴みてぇな渋み、出てねぇ?」

ハークドックは自慢げにぐいぐいと顔を寄せてくる。うん、この男は底なしの馬鹿だ。この馬鹿な顔を見ていると傷のことでさえどうでも良くなってくる。

「微塵モ」

「嘘だろ……やっぱ髭も伸ばさなきゃダメか……」

「髭ハ剃レ、整エ方モ知ラズニ伸バスノハ不精デシカナイ」

「えぇ……伸ばしてぇのに……」

「次会ウ時、酷カッタラ皮膚ゴト剃ッテヤル」

「……すげぇ、目がマジだ」

長居し過ぎた、そろそろ帰らなくては。周囲の者達が目覚めるかもしれないし、心配したモラリが突入してくるかもしれない。閉じていたカーテンを開き、外へと向かう。

「……アマリ仲間ニ心配ヲ掛ケサセルナ。本当ニオ前ノ事ヲ想ッテイル者達ノ心ヲ蝕ミタクナケレバナ」

「実感のこもったご忠告どうも。大人しくしてるさ。会いに来てくれてありがとうな、ツドァリ。今度飯でも一緒に食おうぜ。オススメの店教えてやっからよ」

「……私ハ店デハ食ベナイ主義ダ」

「あー……。なら俺が作ってやるよ。こう見えて料理は上手いんだぜ?へへっ」

この男のペースに巻き込まれるのは自分の芯がぶれてしまいかねない。返事はせずに、窓へと向かう。何か一言、胸の上にまで上がってきてはいたのだが、それを飲み込んで外へと出る。

そのまま真っすぐに合流地点へと向かうとモラリがナイフで木片を削り、彫刻を掘っていた。なんの彫刻かは分からないが、漠然とした虚無感を感じる彫刻だ。

「待タセタナ」

「思ったより早かったな。もっと長話でもすると思ってたのに」

「スルワケガナイダロウ」

「ま、ツドァリにしちゃ結構な時間使ってたけどな」

「……」

武器を抜いて威圧すると、モラリはわかったわかったと言わんばかりに両手を挙げ、支度を始める。

「今回は特別だけど、セレンデには暫くの間近寄らない方が良いってリティアル様が言ってたからな。ユグラの星の民とは休戦状態だから、下手に干渉するのは避けなきゃだとさ」

「ソレクライ分カッテイル」

「ラーハイトに遺跡の情報やら協力していた奴が分かってりゃ、それなりの見返りとかも貰えたんだろうけどな。ツドァリ、お前は知らないのか?」

「十年前ダロウ?オ前ト同ジダ」

十年前ならば私もモラリもまだまともに自分の才能を使いこなせてはいなかった。そんな私達を連れ回すような真似をリティアル様がすることはない。そもそもラーハイトと一緒に行動したがるような物好きは――

「どうした?」

「……イヤ、一人物好キガ話シテイタコトヲ思イ出シタダケダ。一応リティアル様ニ報告シテオコウ」

ヒルメラ様の手駒の中で最も強いからと言っても、僕は暗殺者に向いていない。正直なところ、こんな任務は他の人達に任せて彼と一緒にいたいのが本音だ。

「そもそも僕だから大丈夫ってわけじゃないんだよね……」

先の事件の主犯格の一人、ラーハイトと共に王子の一人と接触したとされる人物の潜伏先が判明し、こうして気だるい思いのまま辺鄙な場所にまで足を運んでいる。

一応ヒルメラ様も気を利かせてくれて、数名の刺客を送ったそうなのだけれど全員帰ってこないとのこと。あの人達って隠密活動は上手いけど、戦闘能力はそこまでだからなぁ。せいぜい一般人を追い詰めて殺すくらいが限度でしょうに。

「ええと、地図によればこの辺なんだけど……うわぁ……」

そこには簡易拠点のような木製の家と、小ぶりながらも立派な畑があった。セレンデ領から逃げ出したかと思えば、こんな場所で堂々と畑を耕しているとは。追われている者としての自覚が足りてないんじゃないかな。

「それで、手配にあった人はっと……刺客を送り込まれたわけだし、流石に逃げたかな?」

「別に逃げるつもりはないけどな」

あー、いたか……。ため息を吐きつつ振り返ると、そこには腰に剣を下げていながら鍬を握りしめている男の姿があった。

先の戦いで生き残り、リティアル=ゼントリー達とは別に逃亡した人物。その剣技はユグラの再来とも言われた、天性の才能の持ち主。

「アークリアル=アイシア、だね。ご同行願えますかね?」

「そりゃできないな。ようやく植えた種から芽が出てきたんだ。俺がいなくなってる間に鳥や獣に食われたらどうするんだよ」

この人本気で農業をやってる感じがするのだけれど、聞いてた話と大分違う気がする。でもそれ以上にこの人の心の形は他の人とはあまりにも違い過ぎる。

その形を表現するのであれば、堂々とそびえ立つ不変の柱。自分が最強だと信じて疑っていない圧倒的な自信。強さを求めることを終えた者だけが到れる境地とはこんな風に見えるのか。

「そうなると実力行使になるんだけど……できれば命のやり取りはしたくないんだよね」

「俺のことを知っている割には強気な発言だな?セレンデにそこまでの実力者がいるとは聞いたことがないんだが」

「勝てる勝てないの話じゃぁないんだよ。君のような個として見れる相手の命を奪いたくないし、僕の命を捧げたくないんだ。そんな人生における濃厚なやり取りは、心に決めた人だけにしたいからね」

「なるほど、変人か。でもその理屈は変だな。感覚でわかるが、結構な人数殺しているんだろ?」

ああ、やっぱりこの人は自分と同類か。嫌だなぁ、こんな相手と戦った日には絶対に無事には済まない。絶対に割に合わないし、後悔しか残らない結果になる。

「今まで殺してきたものを、人だと思ったことがないだけだよ」

「ああ、その気持ち良く分かるな。俺も中々人を斬ったって気分になれないんだ。名前を聞いても良いか?」

アークリアルは鍬を投げ捨て、剣を抜いた。農作業に勤しんでいた割に、しっかりと手入れは行き届いているようだ。こちらも剣を抜き、構えを取る。

「ムールシュト、ただのムールシュトだよ」