軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そんなわけで、あとでフォロー入れときました。

跡継ぎを巡る争いは地球の歴史でも当然のようにあった。それは権力を求める当事者だけによるものではなく、我が子に覇権を握らせようと他の競争相手を亡き者にしようとする母親だったり、自分の未来を守る為に王の遺言すら偽装して望む主人を据える臣下だったりと様々だ。

その凄惨さと比較すれば、この世界の大国の多くが平穏のまま世代交代を迎えられており、セレンデがより『俺』の知っているリアルに近いとも考えられる。

セレンデは魔界の脅威がない大国の一つ、その反面隣国や自国内に向ける余裕がこの環境を生み出しているのだろう。トリンのように象徴としての王を据えていればもう少し穏やかにはなったのだろうが……民主主義に目覚めるには時代の流れがまだ追いついていない。亜人としての自覚を強く持つ獣型の亜人だからこそ、時代と異なる道を進めたと考えられる。

「まあトリンのことは置いといて、だ」

セレンデの歴史を調べる限り、各世代の政権は非常に長い。寿命が通常の人よりも長めなのもその理由だろう。だがそれとは対照的に王とならなかった王族達の短命さが目立つ。

とにかく病死が多く、事故死もちょくちょく見かけられる。これは暗殺されたと考えるのが妥当なのだろうが……歴史として正しく表記されていないことから、セレンデでは受け入れられていると考えるべきだろう。

「魔物がいなけりゃ、一番怖いのは人ってわけだ……」

「そうだね。人は共通の敵がいれば簡単に手を取り合えるけど、いなければ手を差し出すことすら恐れてしまう。敵がいなければ落ち着かないなんて、実に哀れだよ」

「……お前の敵は誰なんだよ、ムールシュト」

かれこれ一週間、ムールシュトは毎日のように現れてはここに居座っている。重要な内容は基本夜に話すようにしてあるし、現在はセレンデの歴史といったありきたりな情報しか集めていないので問題はないのだが……ヒルメラの護衛はいいのかと思いたくもなる。

「今のところはワシェクト様を除く全ての王子達だね。君は王子達のやり取りをあまり見ていないから知らないだろうけど、それはもう酷い冷遇っぷりだよ」

「そんなものか」

「ヒルメラ様が政に関わっていないのも大きいだろうね。ヌーフサ様はあんな性格でも道具としては誰の目にも有能に映るし、ワシェクト様は使い勝手の良い駒に見えるけど、ヒルメラ様はただの競争相手にしか見られていないからね」

ヌーフサの振る舞いは確かに理にかなっている。王を継ぐに相応しくない姿を見せ、それでいて政を手伝わせるにはこれ以上のない人材のように結果を出している。チサンテやユミェスからすれば、その裏に何かあるかはさておき、暗殺するよりも正攻法で王位を奪い、その後利用したいと思っているだろう。

ワシェクトも自ら王位継承を諦め、都合の良い駒としての立場を確保している。それに比べれば王女として振る舞い続けているヒルメラは、両王子からすれば可愛げのない存在に映っているのだろう。

「この病死の多さだけど、やっぱ毒殺なのか?」

「大半はそうだろうね。医学についてもある程度は調べたんだろう?」

「セレンデの治療技術は他の国に比べると薬依存なところが大きいからな」

薬や魔石といった媒介はその魔法治療の補佐的なもので、魔法のあるこの世界では治療の大半は魔法が主体で行われている。

ただセレンデの施設に入院して気づいたのだが、セレンデには薬の種類がかなり豊富にある。どれもが魔法治療と併用するものであることには違いないのだが、明らかに他国よりも研究が進んでいる。他国では魔法が八、薬が二の役割を果たしているのならば、セレンデでは五分五分くらいの割合だ。この違いは歴史の違いによるものと考えられる。セレンデでは薬の研究が進む理由があったからこそ、回復魔法の発展が遅れているのだと。

魔法ではなく薬を優先した理由、それは薬の方が使い勝手が良いと判断されたから。それはどういった環境なのか?ようは暗殺である。魔法では毒殺しにくいから、薬の文化が発展したのだ。

「臭いも味もない毒は当たり前、だから王族にとって毒見役の存在は必要不可欠なんだ。それぞれの王子が独自の食材流通ルートを確保しているし、その監視も徹底している」

「決められた商人、決められた仕入れ人、決められた調理人ってことか。オススメの店とか聞けそうにないな」

「僕のオススメで良ければ案内するよ?今晩どう?」

「……遠慮しておく」

今日の夕飯担当の『紫』がこっちを見ている以上、この返答しかできることがない。セレンデの食事にもちょっとは興味あったが、この一件が終わるまでは我慢するとしよう。

ああ、今更だけどワシェクトが食材まで大量に用意していたのはこのこともあったからなのか、納得した。

セレンデ出身者であり、王族のことにもある程度詳しいムールシュトの存在は正直にいうとありがたい。雑談を好む傾向から、調べた情報をまとめているだけでも色々な情報を補足してくれている。

言動は色々と問題を感じるが、きちんと節度を守った距離感を維持し続けている。向けられている視線の強さにさえ慣れてしまえば、一緒にいてもなんの不快感も覚えないしな。

「あ、そうだ。悲しいことに明日から数日は来れないんだ。ヒルメラ様のお使いでね、少し本国を離れなきゃならないんだ」

「悲しむことは何一つないけどな。まあ喜ぶことでもないが。そもそもこんなに入り浸ってたらヒルメラ王女も退屈だろうに」

「そうでもないさ。ヒルメラ様は元々外出を好まないんだ。この街はそもそも他の王子達の支配下にあるようなものだからね」

軍を持つ王族以外にも権力を持つ者はいる。一つは領地の管理を任されている貴族、もう一つは経済を回す役目を担っている商人だ。貴族については他の国と似たりよったりだが、商人については少々毛並みが違っている。普通の商人もいるが、一部街の顔役のような立場である集団があるのだ。

彼らは街の治安を国に委ねるのではなく、自らが設立した自警団によって守っている。聞こえは良いが、民達の取っている態度は『決して目をつけられてはいけない』といったものだ。ようは犯罪こそ明るみにはなっていないが、ギャング的な感じなのだろう。

エクドイク達は街で情報収集をしている際、明らかに監視されているかのような視線を感じていたと報告している。おそらくはその商会の息のかかった者達なのだろう。

「貴族はユミェス王女、商人はチサンテ王子と仲が良いって感じだな」

「ご明察。まあチサンテ様の動きを見れば察しはつくよね」

本来ならばセレンデ国の兵士が治安を守るのが自然なのだ。だが現状は商人達が縄張りを作り、独自に治安を維持しているのを容認している。セレンデ国の兵の管理を担当しているのはチサンテなのだから、実質的にチサンテがそれらを認めていると考えて良い。チサンテが商人達と太いパイプを持っているのであれば、消去法で貴族はユミェス側についている。

「ヌーフサは……役人とかその辺か。影響力で考えればチサンテ王子とユミェス王女の二人が王位を継ぐ有力候補ってわけだな」

もちろんチサンテ王子にも貴族の仲間はいるだろうし、ユミェスも同様だ。ただそれぞれの階級の者達の総意としてそれぞれの王子を推しているのだ。

これらが表向きの手札ならば、切り札とも言えるのはそれらを助長している要素、極秘裏に資金を集めている方法となる。

考えられるのは非人道的だったり法に触れたりするような悪行が彼らの秘密となる。そりゃあそれを暴こうものなら邪魔者だとも思うだろう。

「君はこのことについて、どう思っているのかな?」

「以前の食事会の時、人を値踏みするような貴族がいたな。あれがもし本当に人身売買とかに加担していたとして、王族はそれを自分の力として吸い上げているってわけだ」

「王族が悪事を見逃すどころか、手助けをしているなどと……信じがたいな」

イリアスも自国との差に思わず言葉が溢れてしまったようだ。ムールシュトの剣を預かっている為、ぱっと見二刀流の騎士に見えるのがちょっと格好良い。先日二刀流で戦うことについて訪ねたが、『両手で握ったほうが強いに決まっているだろう』と両断されてしまったのでイリアスの二刀流を見る機会は永劫になさそうだが。

「イリアスというより、ターイズの騎士は幸せだね。自らが仕える主を、苛まれることなく真っ直ぐな心で支え続けられるのだから」

「否定はしないが、その言い方だとまるで私達がぬるま湯に浸かっているかのような物言いだな」

「気を悪くしたのなら謝るよ、ごめんね。だけど羨ましいのは事実だよ。僕らにとっては仕える主が善であり、その他が悪なんだ。いずれ慣れるとしても、そこには自分の感情を殺すという工程が挟まれることになる。君のように真っ直ぐな瞳をした兵士は、このセレンデにはいないだろうね」

セレンデは他の大国に比べ地球よりだ。湯倉成也によって作られたユグラ教、魔王によって生み出された魔界の脅威、それらの影響がない分純粋に世界として構築されている。これが本来あるべき姿なのかもしれないと考えるのは、少しだけ嫌な気分になる。

「だがな、ムールシュト。君の瞳は十分純粋なように映ると思うのだが」

「それは僕が異端なだけだよ。命は必要でも、心は不要だと言われたからね」

「心は不要……?」

「ヒルメラ様に拾われなければ、僕は間違いなく死んでいた。だからその恩義に報いる為に、僕はこの命をヒルメラ様の為に使う義務がある。ヒルメラ様にそう言われた時、僕は納得した。だけどヒルメラ様はこうも続けた『ですが心は貴方自身のものです。私に染まることなく、貴方の色を保ちなさい』とね」

ムールシュトはヒルメラに八年前に拾われた。その時のヒルメラは六歳だったろうに、凄いことを言うもんだな。ただヒルメラが言ったその言葉の意味は理解できる。きっとムールシュトにチサンテ達の配下のようにはなってほしくなかったのだろう。

「……だがそれは本当に心も捧げてないと言えるのか?」

「どうだろう。確かにその言葉によって、僕の気はずっと楽になった。ヒルメラ様のことを好きになり、守ってあげたいと今まで付き添ってきた。ある意味では心も掴まれていたんだろうね。ただ今の僕は違う、命だけはヒルメラ様に捧げても、心を捧げたい相手は別にできた」

ムールシュトが可愛らしい笑顔をこちらに向けてきて、少しだけドキリとした。何も被せない真っ直ぐ過ぎる好意は、自分の心を隠し続ける人間にとって心臓に悪い。『紫』で慣れてきたと思ったが、その個人に慣れただけでムールシュトに慣れるのはもう少し先のことになりそうだ。

「あら、愛する人の為なら身も心も捧げるべきじゃないかしら?」

が、それ以上にこの空気には慣れそうにない。ムールシュトのアプローチに対し、『来客だから我慢してるけど、それ以上やるなら私も自重しないわよ?』と言わんばかりに『紫』が割り込んできたのだ。

「あはっ、見た目は艶やかなのに随分と初々しい恋愛観なんだね、紫の魔王。ひょっとして初恋なのかな?なら加減が分からないのは仕方がないかな。でも一つ忠告するけど、求められてもいないのに全てを捧げようだなんて、重いだけだよ?」

「重――」

あ、当人が若干気にしてることをざっくり言いやがった。他の人と比べると人一倍積極的なのは当人も自覚しているんだよな。いや、別に重くはないですよ?こっちに免疫がないだけです。

「逆にイリアスは良い感じだね。堅苦しいわりに彼にとって居心地の良い距離感を保ってるし」

「堅――って私は違うぞ。私は人として彼を守りたいと思っているだけでだな」

「そんな風だと、休日とかに誘われなくなるよ?膝を抱えて丸一日玄関で一人ぼっちとかになるよ?」

「っ――」

おい、ムールシュト。地味に過去の経験を見透かしたかのように抉るのはやめろ。あれはただのニアミスだから!イリアスが非番だって分かってたら誘ってるから!

「ムールシュト、いくら本当のことでもイリアスと『紫』さんを苛めるのは良くないですっ!」

料理の手伝いをしていたウルフェが、『紫』が戻ってくるのが遅いことに気づいて様子を見に来てそのまま乱入してきた。でもそれ、追い打ちだからね?二人とも追い打ち食らったって顔してるからね?割と故意犯な気がするけど、触れないよ?

「苛めているつもりはなかったんだけどね。紫の魔王の献身的な気持ちも、イリアスの騎士としての頑なさも、どっちも魅力的な要素ではあるんだ。でもそれを活かしきれないと、どうなるかを忠告しただけだよ。自分の長所が短所になるのも、短所を長所にするのも当人の自覚次第なのさ」

「む……」

間違いなく言えるのは、舌戦でムールシュトに勝てる者はこの女性陣の中にはいないということだ。ウルフェには舌戦の素質はありそうだけど、正論で相手を殴り倒す光景を見たくなかったのであまり導こうとはしていないのです。

「ウルフェ、君は彼のことを良く見ているし、きっと教えにも忠実なんだろうね。そのひたむきさは間違いなく長所だけど、そこに恐怖を感じてはいけないよ。君の良さを知ろうとしない者から見れば、君は大切な人に嫌われることを酷く恐れているだけの臆病者に見えるからね」

「臆――」

「そういうお前もとりあえず口だけでも優位を取りたいようにしか見えないぞ、ムールシュト」

イリアスや『紫』はまだ自分で立ち直ることが容易だが、ウルフェは結構ナイーブな面もある。あまり凹まされる前に手助けをすることにした。

「――へぇ、ウルフェは庇うんだね。ちょっと過保護じゃない?その特別視は彼女の為にならないんじゃないのかな?」

「……」

「三人目にもなれば誰でも……ラクラ以外なら止めたさ」

「ししょー、それはそれでどうかと思います」

「じゃあそういうことにしておくよ。語り合うなら君との方が数段楽しいしね」

からかいが七割、二割は本心からの忠告、残りは……ってところか。このずけずけと言う癖は、ヒルメラとのやり取りで身についたものだろう。この様子だとヒルメラ当人も結構ムールシュトに鍛えられていそうだよな。

「相手の本心を見透かして言葉で殴るってのは、あまり好きじゃないんだけどな」

「でも得意なんだろう?」

「嫉妬で意地悪するような行為は感心しないからな」

ムールシュトがわざわざ三人に刺さるような言葉を使った理由はそこだ。要するに『俺』と一緒にいられるイリアス達が羨ましく、つい意地悪になっているだけなのである。

ムールシュトはうーんと唸り、頭を掻く。どう言い返すか、言葉を選んでいるようだが――

「……ここでムキになっても損しかないか。うん、三人ともごめんね」

「あ、ああ……私は別に……」

「貴方の言葉程度で動じる私じゃないわよ?」

めっちゃ動じてましたけどねって言ったら夜が怖いと思うので自重しよう。

ただムールシュトはあっさりと降参した。自分の今の感情に納得できたから、素直に非を認めようと思ったのだろう。こういう即座に反省できる相手は一度や二度の失敗で心が折れるどころか、より成長してくるのだから正直厄介だ。

「でもやっぱり良いね。自分の心を簡単に見透かしてくれるなんて、背筋がゾクゾクしたよ」

「別にヒルメラ王女が指摘してないだけで、分かりやすい奴だよ、お前は」

「そうなのかな?うん、そうなのかもしれないね。でも自分ではっきりと自覚していない気持ちを理解してもらえることは、なんとも言えない心地よさがあるよ」

ムールシュトは満足気な表情でイリアスから剣を受け取り、帰り支度を始める。冷静に考えると武器も持たずに敵地かもしれない場所で、相手の心に刺さる言葉を投げつけるのってかなり勇気あるよな。

「それじゃあ僕は帰るよ。暫く会えないけど、君はその間結構行動するつもりなんだろう?」

「まあな」

「じゃあ忠告だ。君達を監視している連中の空気が変わってきている。いかなる状況でも気を抜いちゃダメだよ?」

ムールシュトは最後に微笑んで、去っていった。今の言葉に裏などはなく、純粋に『俺』を心配して忠告をしていた。そう、それが分かるほどにムールシュトの感情は読みやすい。生き方は違えども、それはイリアスと変わらないほどまでに真っ直ぐで、見ていて引き込まれそうなほどの純粋さだった。

だからなのか、心の奥底でムールシュトには味方のままであってほしいと願い始めている自分の感情に対し、危機感を覚えなくなってきているのは。