作品タイトル不明
そんなわけでご相伴にあずかります。
『――と言った感じです。今のところ報告は以上でしょうか』
「ふむ。ミクス、そのムールシュトという男の動向には注意しておいてくれ」
ミクスから友の近況報告を確認し、通信を切る。セレンデの王族を調べることになってからすぐ、ヒルメラ王女の護衛であるムールシュトという男が友に接触してきた。そのムールシュトはかれこれ一週間近く、友のいる拠点を毎日のように訪れているとのこと。
正直なところ嫌な予感しかしないので、さっさと帰ってくるように交渉したいところではあるのだけれど……ぬぐぐ。
「あの……陛下?随分と気が立っておられますか?」
「む、すまないな、ルコ。傍目で分かるほど顔に出ていたか」
正式な式は挙げていないので、まだルコの立場は城務めのメイドのままだ。だからといって婚約を済ませてある彼女に雑務をやらせるつもりはない。なので現在は俺の仕事内容を把握してもらう為に極力近くにいてもらっている。
当人はメイド服のままが良いと言っているので、体裁としては俺の世話をするメイドという形ではあるのだけれど……。式を挙げてしまえばルコのメイド姿はもう見られなくなるわけだからね、ここは彼女の好きにさせておくことにする。まあ気分によっては着せるかもしれないけど。
「ミクス様との通信を盗み聞きするような形で申し訳ありませんが……お兄さんのことがそんなに気になるのですか?」
「盗み聞きも何も、聞かせるように通信していたのだから気にしなくていい。ただまあ……気にはなるか。友を評価する相手というのは有能であるケースが高い」
「あれだけ目つきが悪い人に一目惚れするのは珍しいですよね」
うむと頷いてしまったけど、友としてそれはどうなんだ。まあいいや。
これは友が秀でているからといっているわけではない。セレンデにとって、友の一団は魔族討伐を果たした強者の集まりとして映っているだろう。だから強者としての評価を抱いて接触した場合、最も目立つのはラッツェル卿やウルフェちゃんとなる。
その中でピンポイントに友に一目惚れをしたとなれば、ムールシュトは人の肉体的や精神的な強さではなく、その人物の独自性に惹かれる類の人種となる。いや、友の容姿がツボって可能性も大いにはあるんだけどね?ただミクスの集めた情報によれば、ムールシュトは男女に対する拘りがないとのこと。友が男であれ、女であれ、惚れていたと語っていたらしい。
「ラッツェル卿のような猛者が側にいる状況で、友に一目を置く人物は要注意だ。それこそリティアルやハークドックのような、独特な視点を持てる落とし子のような存在である可能性もある」
「陛下はお兄さんのことが心配なのですね」
「……嫉妬しているのか?」
ルコと友の仲は非常に良い。それこそルコに怒られる友の姿を羨ましいと思ってしまうほどだ。今ルコは似たような形で友のことを羨ましがっているのかもしれないな。
「そ、そんなことはありません!」
「気持ちは分かる。俺もルコと友の関係を見て、妬ましく思ったことだってあるのだ。王でさえ嫉妬するのだから、何も恥ずかしがる必要はあるまい」
「そ、そうですか……って、恥ずかしいものは恥ずかしいですよ!?」
友が女性だったら、そう考えたこともあったがそれは昔の話。友情も大切にするが、愛そうと決めた人物を一番にすることに迷いはない。ルコが友に嫉妬しなくても済むように、もっと愛情を注いでいくべきだろう。問題は恥ずかしがって逃げ出そうとするところなんだけど、匙加減がなぁ。正直勢いだけでいけるところまでいける自信はあるが、自信があるだけに彼女の理想を尊重する方法が最善だと自粛せざるを得ない。ちょっともどかしいけど、この初々しさも貴重な体験と思えば悪くはない。
まあ友のこともものっすごく気になるのは本当だけどね!ほんと、何者なんだよそのムールシュトって奴は!?……いけない、少し落ち着こう。
「陛下っ!大変ですっ!」
落ち着こうと思う時に限って、世界が落ち着かせてくれないのはよくあること。ルコが俺の執務室にいるようになってから、この部屋に迂闊に入る騎士は少なくなった。色々と空気を読んでいるのだろうが、さっさと跡継ぎを拵えろと言われてる気持ちにもなる。なのでこうして騎士が飛び込んでくるのは本当に大変な事態が起きている可能性が高い。
「急ぎの用事だとしても、落ち着いて報告せよ。口早に説明されても把握に時間が掛かっては意味がないぞ」
「はっ!その……碧の魔王が陛下に謁見したいと!」
「……なるほど、それは慌てるわけだ」
俺と碧の魔王の顔は瓜二つ、突然俺が俺に会わせろと言ってきたら騎士達も慌てるだろう。応接間に案内させ、こちらも向かう。ルコを置いていくべきか少し悩んだが、ラグドー卿とハイヤの二人がいれば問題はないだろう。ルコは二つ返事で了承し、茶の用意をすると言って一度別れた。
ラグドー卿と合流し応接間へと到着すると、既に碧の魔王がふてぶてしく椅子に座って待っていた。案内をしたであろう騎士の顔が非常に青ざめている。まあ俺がこんな顔をして側にいたらそんな顔にもなるだろうな。
「その顔で睨まれるとうちの騎士は震えてしまうのだが、来客として来るのならばもう少し温和な表情をしたらどうだ?」
騎士は俺とラグドー卿の到着に安堵の表情を見せ、そそくさと部屋を去っていった。俺の顔から逃げるのにそんなに喜ばしい顔をされるのは少々複雑だ。
「ふん。あとから俺と同じ顔になった分際で、顔の文句を言えるとはな。その血筋を見逃したことに礼を言われる立場ではあっても、非難される覚えはないのだが」
「別に直系じゃないだろうに」
「そうだな。十中八九、貴様は俺の妹の血筋だ。この体に流れる王の血はなかなか我が強いと見える」
碧の魔王の妹、か。ニールリャテスの反応や友の話からしてミクスの容姿がその妹に似ているらしいのだが、その顛末だけで言えば俺の方が随分と恵まれていると言える。
「そういえば今日は駆け込んできた騎士以外静かだったな」
「貴様が徒歩で来いと言ったので、その通りにしてやっただけだ」
これは驚いた。あれは精一杯の皮肉を込めた冗談だったのだが、素直に受け止めるとは。あの時はこれでもかと同族嫌悪で嫌味混じりになってしまっていたんだがな。
「それは素直なことで」
「ああ、素直に応じてやったぞ。城壁の外からこの城まで、わざわざ歩いてきてやったのだからな」
「ぶ」
こいつ、その不機嫌そうな顔で街中を突っ切って来たのか!?事情を知らない民達の目にどう映ったと思ってるんだ!?ターイズ王が不機嫌な顔で街を歩いていたとか広まったら問題どころの話じゃないんだが!?
「いい顔だな。ああ、それは俺にはできない顔だ。違いが見れて嬉しいぞ」
「こいつ……。こっちも性格の悪さまでは真似できないからな」
「で、この国の王は来客に茶も出さないのか」
「客とみなせば出すとも」
まあ既にルコに用意させているわけなのだが、いっそ俺だけが茶を飲むのもありかもしれない。こういう性格の悪い奴は陰湿な嫌がらせでもして遠ざけるのが手っ取り早い。というか少しでもその顔を歪ませて帰したい。……いかんな、同じ顔だからと発想の程度が非常に残念な状態になっている。
とりあえず落ち着こう。ラグドー卿に無様な姿を見られるのは平気だが、ルコに幻滅されるような真似だけは避けなければならない。彼女の顔を見つつ、良き王であることを自覚して会話しなければ。
そう思っているとちょうどルコがお茶の準備を済ませ、応接間へと入ってきた。執務室に来る少し前から茶菓子を焼いていたのだろう、できたての香ばしい香りが応接間にも広がってくる。
「失礼致します。陛下、お茶の用意を――」
ルコが碧の魔王の顔を見て固まった。事前に瓜二つだとは教えていたが、ここまで完璧に似ているとは思いもしなかったのだろう。……うん?ルコが固まるのは分かるが、どうして碧の魔王までルコの方に視線を向けて固まっているんだ?
「――その給仕は何者だ?」
「俺の婚約者だ。婚約はしているが、まだ式は挙げていないのでな。今はまだ元の職の姿を許している。何か文句でもあるか?」
「婚約……者……だと?……ッ、ハハッ、ハハハハッ!」
恐らくここにいた誰もがその光景に唖然としただろう。不機嫌な表情の一枚しか持たないと思われていた碧の魔王が、口を抑えながら大声を出して笑っている。俺でさえ、ここまで大笑いしたことはないと言うのに、こんな顔もできるのかと逆に感心してしまった。
「え、あ、あの……陛下?私何かおかしかったですか?」
「いや、そんなことはない。おい、碧の魔王――」
「ああ、許せ。その女に非は何一つない。そう、何一つもな」
「?」
碧の魔王は大きく息を吐き出し、呼吸を整えている。呼吸を乱すまで笑えるって、何がツボだったのだろうか。正直興味はあるが、友と違ってあんまりこいつに関わりたくはないんだよな。
ルコは不思議がりながらも、俺と碧の魔王の前に茶と茶菓子を丁寧に並べていく。碧の魔王はその様子を暫く眺めていたが、二人の視線が合った時に口を開いた。
「そこの女、名はなんと言う?」
「ル、ルコと申しますっ!」
「ルコ、か。流石に名は違うか。……植物は好きか?」
「え、は、はい……」
碧の魔王の口調やルコを見る瞳に嫌悪感が見られない。これはまさかとは思うが、顔も同じなら女の好みも一緒というわけじゃあるまいな?流石に夫の前で妻を口説かれるのは見過ごせないぞ。
「人の婚約者を口説くのは止めてもらおうか」
「たわけ。話の流れから察したらどうだ」
「……ルコに似たメイドがいたのか?」
「俺に挨拶することも忘れ、花壇の土ばかり掘っていた変わり者だったが……よもやその男の妻になるとは。貴様は俺に感謝すべきだな」
「なぜそうなる」
「俺は魔王になってから、俺を慕う者達を魔族にした。その中にはそこにいるルコと同じ顔をした者もいた。だがな、気まぐれで俺はその女を魔族にはしなかった」
その話を鵜呑みにするのであれば、ルコとその女性は血縁である可能性は大いにある。もしもその女性が人間を止めていれば、ルコはこの世に生まれなかった……と。
「気まぐれで拒否したのであれば、それは偶然だろう。貴様に感謝する必要はないと思うが」
「かもしれんな。『繁栄』の力を使えば植物だろうと望んだ姿に成長させることができる。俺に庭師は不要だった」
なにそれ羨ましい。力の強弱云々は抜きにしても、園芸に向いた能力じゃないか。……いや、でもやっぱりいらないな、そんな力。育てる楽しみがないじゃないか、それ。
「血筋かどうかは定かではないが、その女性を魔族にしなかったことについては感謝しておくとしよう。ルコと同じ顔の者が魔族として心が擦り切れる姿など想像もしたくないからな」
「――受け取っておこう。それで本題だが、あの男はいつ帰ってくる?」
「友か?今友はセレンデでラーハイトやネクトハールに協力していた者を探しているところだ。その結果が済み次第帰ると言っていたが。ニールリャテスからは聞かなかったのか?」
確かニールリャテスが接触して、ターイズに帰ってくる時には顔を出せとか伝えさせていたんだっけか。それなのにわざわざ確認を取りに来たってことは、ニールリャテスは他に情報を持ち帰らなかったということになるな。
「ニールリャテスに確認させれば、あの男が早く帰らざるを得なくなる状況にしかねんのでな」
「盲目な部下を持つと苦労するのだな」
「盲目だからこそ、他の者の心が折れる様を直視せずに済んだのだがな」
この言い分だと、友から聞いたネクトハールの分析結果は間違いなかったのだろう。碧の魔王を慕い、魔族となった者達。だが彼らには人ならざる者として生きていくことができなかった。人の心を持ちながら、人ならざる者として生きた彼らの心は摩耗し、次々と折れていった。
それを見かねて処断したのが碧の魔王本人。自らを慕い、人であることを止めた者達を、人として終わらせた哀れな王。
「魔王になったことを後悔しているのか?」
「元々終わった人生に残した悔いを晴らす為の第二の生だ。残り続けるものはあれ、新たに生まれることはない。もっとも、新たな人生なのだから、古き縁を断ち切るべきではあったがな」
もしも俺がこの男と同じように魔王になった場合、俺を慕う者達の中には魔族になってでも共に生きようとしてくれる者達がいるのだろう。だがその者達は人として俺を慕ってくれているのであって、魔王として生きる俺を慕っているわけではない。
その差異、初めは気づかないものなのだろう。だが百年二百年と時が長引けば、そのずれはどんどん大きくなり、やがては取り返しのつかない結果を生むことになるのかもしれない。
「人の王として、無難な関係のままで終わることを期待するとしよう」
「魔の王としても、同意見だ。俺は自らの国を創ることを捨てたわけではない。今はまだ、その必要がないと判断しているだけに過ぎない。その必要が出てくる時、それは人を見限る時なのだからな」
碧の魔王はユグラと共に、人の才能をより昇華させた落とし子をこの世界に生み出した。この男にとって、国の民となるべきはその落とし子達なのだろう。もしも人間が落とし子を忌避し、人とみなさずに迫害するようになれば……彼らの集う先はこの魔王の元となるのかもしれない。
「話が逸れたな。いや、元々の用件が大した内容じゃなかっただけか」
「ニールリャテス以外に淡々と雑務を任せられる人材くらいは確保したいところだな」
本当だよ。礼を言いたい相手がいつ帰ってくるのか、王が直々に調べに現れるって、人材不足どころじゃないっての。まあ人手は絶対に貸さないけど。
「せっかくならば、この国を見て回ったらどうだ?今の時代の人の営みも参考にはなるだろう?勿論顔は隠してもらうが」
「大して変わらん。貴様の血筋は昔から変化を取り入れるのが下手だからな」
「なかなか高度な自虐だな。だが彼が手を入れた箇所もいくつかある。公衆浴場などは個人的にオススメだ」
「気が向いたらな」
碧の魔王は用意された茶菓子を食べ、お茶を飲む。それだけで面白く見えてしまうのは以前の登場の印象が強すぎたからだろう。
「……あの、お口に合いますか?」
「これは貴様が作ったのか?」
「は、はいっ!」
「正直この男と一緒に味わおうという気にはならん」
同意見だ。元々俺だけが味わう予定の茶菓子だぞ。
「は、はい……」
「……いくつか包んでもらおうか」
「――ッ!はい!」
だから俺のなんだがな!……まあルコが嬉しそうだから良いけどさ。
ルコはテキパキと茶菓子を袋に詰め、碧の魔王へと渡す。碧の魔王はそれを懐へとしまうと、ゆっくりと立ち上がり部屋を出ていこうとする。そうだ、顔のことを注意しないといけないな。
「おい、碧の魔王。その顔で――」
「たわけ、城の前までは馬車を使ったに決まっているだろう」
「ぬぐ」
こいつなら本気で嫌がらせの為に歩いて来かねないんだけどな。……言葉に踊らされたことは事実なのだけれども。
「その女を大切にしておけ。俺が選ばなかった結末がどうなるか、少し興味が湧いた」
「言われずとも。これ以上魔王に手出しはさせないさ」
碧の魔王は振り返り、怪訝な表情を見せた。あ、これは分かる。俺も似たような感じになってたから、碧の魔王が怒りの感情を抱いているのがよく分かる。
「……誰が手を出した?」
「無色」
碧の魔王は先程とは違い、無感情な様子でルコを観察し、そして静かにため息を吐いた。無色の魔王がルコの心臓に施した呪いに気づいたのだろう。
「おおよその事情は分かったが……幼子の研究者でもいるのか?」
「大賢者バラストスの弟子だ」
ノラが研究していた禁忌が完成した場合、ルコの心臓に掛けられている呪いが発動する。碧の魔王はその仕組みまで完全に理解したのだろうが、ルコがその対象となった理由は彼自身の推察力によるものなのだろう。
ルコが誰かを守り、代わりに呪いを受けた。非力なルコが守ろうとするのは、それ以上に非力な者。それこそ友や幼子のような存在でもなければ合点がいかないだろう。
「……あの男は世界の仕組みに組み込まれた存在だ。禁忌に関わらない限り、その呪いはないにも等しい。その研究者の管理には気を払うことだな」
碧の魔王は今度こそ部屋を出ていった。ルコに過去の縁の懐かしさを見出したのであれば、何かしら助けになってくれるかもしれないと期待はしていたのだが……忠告だけだったか。
ただあの様子だと、碧の魔王は無色の魔王に対して何かしらの負の感情を抱いたに違いない。それだけでも意味はあったと信じよう。
「あの、陛下……。その、驚きました……」
「俺を知る者ならば誰しも驚くだろう。俺も驚いた」
「お菓子……気に入っていただけると良いのですけど……」
「味覚も似ているなら、心配する必要はない。そもそも一口食べて不味かったら、包めとか言わないだろうからな。俺もゆっくりと堪能するとしよう」
数は減ったが、それはそれで味わい深く感じる要素にはなる。そういうことにしておこう。
「……ところでラグドー卿、私達の分はないのでしょうかね?」
「ハイヤ殿、それは言わない方が。心優しいルコ様のことですし、言えばもらえるでしょうが」
「も、勿論お二人の分もご用意させていただきますっ!」
減りすぎるのもどうかと思うんだけどな!うん!