軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そんなわけで、え?

理解ができない。彼は私の想いを知っているはずだ。私の絶望を、憤怒を、覚悟を。だから私はこうしてあるはずなのに、どうして裏切ることができる?

『復讐の手伝いだけなら、僕は君に手を貸すことに躊躇いはなかったよ。だけどこれ以上はやり過ぎだ』

やり過ぎなものか。私達は全てに裏切られた。そして全てを奪われた。だから、この絶望を、憤怒を、この世界に知らしめなければならないのだ。

『その言葉だけならば同意見だよ。だけどね、知らしめるという行動には先があるべきなんだよ。君の通ってきた道を振り返ってごらん?君達の怒りを知って、その先に進めている者はいるのかな?』

詭弁を弄するな。奴らに先がある必要などない。私達の怒りを知ったのならば、取るべき行動はその生を終えることただ一つのみ。省みる機会など誰が与えようか。

『誰もがいなくなればその世界はお終いだ。僕は君に生きて欲しいから、道を用意したんだよ。君が終わりに向けて突き進むのであれば、それを止めなくちゃならないんだ』

だから私の道を断つのか。命を与え、力を与え、機会を与え、それでいてまた奪うのか。

『ごめんね。だけど必ず君を正しい道に戻してあげるから。だから、だから少しの間だけ……おやすみ』

視界が濁る。既に体の感触はなく、私の血で濁った液体が全てを包み込んでいく。無意識の中で様々な方法を試したが、この魔物を取り払う術はなかった。

魔法を分解し、魔力を喰らう意識なき魔物。それはまるで彼のように無慈悲で、容赦のない……。

「――ァッ!……ナリヤァァッ!」

「(――勘弁してくれ)」

久々に例の夢を見た。『俺』の体に宿っている微かな黒の魔王の魔力、それが見せる彼女の記憶の断片の夢。ラーハイト達の決戦の最中にはとんと見なかったが、ここまで来ると夢を見る要因も大分絞れてくるな。

「(……どうでもいいか。酷くなるようなら対処すればいいだけだしな)」

今のところ実害は寝汗が割増しになる程度。寝言で叫ぶこともまだない。寝覚めは悪いが、体力などはしっかりと回復できているのだから文句は言わない。

それよりも考えなければならないのは自分の今の精神状態だ。他者のことを分析し理解できるからといって、自分自身のことも完全に熟知していると言うわけではない。ウルフェに指摘されていなければ、自覚をしようとさえしなかったかもしれないからな。

「(まぁ……まだ大分余裕はあると思うんだけどな)」

そりゃあ精神的な負荷が掛かっていることは理解している。敵対している連中の大半が、重火器を持った兵隊よりもヤバいって状況だ。次の瞬間には反応する間もなく自分の首が飛んでいるかもしれないと想像した回数は数え切れない。

だが仲間はそれ以上に頼れる存在だ。イリアスやウルフェを超えるような敵がそうポンポン出てくることはないのだから、もっと安心するべきなのだ。

――はたしてそうだろうか?もしも『俺』が『俺』を殺そうと思えば、イリアスのような規格外の存在がいなくても、手頃な人材を適当に組み合わせるだけで方法はいくらでも思いつく。

「(マイナスのイメージは捨てろって。それこそ、自分自身で用心しておけってことだろ)」

危ない橋は渡らないようにすればいい。渡らなければならないのならば、渡っている最中に崩れても大丈夫なように準備を整えればいい。

エクドイク達も既にこっちに向かっている。頼れる仲間は大勢いる。全力で頼れ、それでも足りないとどいつもこいつも文句を言ってくるんだ。そこを気兼ねする必要はない。

礼は成果で返せばいい。自分にできないことを軽々とやってのけてくれるけど、それはお互い様なのだ。『俺』にできる方法で感謝を伝えればいい。

「(それでも違いの差は意識しちゃうんだよなぁ……)」

命を懸けてくれる仲間達に対し、自分が命を懸けられる状況は少ない。命の重さを理解しているからこそ、この差に焦りを感じてしまっているのかもしれない。だからこそできることは自分でやらなくてはと、ウルフェに無理をしているように見られてしまう。

ウルフェには黒狼族の村で『俺』自身の弱さを見られてしまっている。ウルフェの境遇を理解し、堪え切れずに泣いてしまったことは今でも反省している。それを誰かに言ってしまえば『泣いたからこそ、貴方は好かれている』とか返されるだけなんだろうが……。

頭の中で噂をすれば、病室の扉からひょっこりとウルフェが顔を出してきた。早起きしてから周囲の見回りでもしてきたのだろう。

「ししょー、おはようございます!エクドイクさん達が到着しました!」

「ん、そうか。ハークドックはどうしてる?」

「問答無用でベッドに縛り付けられてます!面倒なので三日ほど完全に拘束しておこうってことになりました!」

「あーうん。世話してくれる職員さんに果物でも包んでおくか……」

あの馬鹿は傷が完治する前に家事やらなんやらを張り切り、その都度傷が開いてしまっていたらしい。ただこれはどうもおかしい。傷が開けば命の危険にも繋がるのだから、ハークドックの本能が警告を入れているはずなのだ。

リティアルと戦った時に本能の警告を無視したせいで、そのへんのセンサーが狂ったのか?あいつの傷が治ったらエクドイク辺りと一緒に検査して見る必要があるな。

「ししょー。体調は大丈夫ですか?」

「大丈――いや、ちょっと嫌な夢を見てな。少し多めに寝汗をかいて喉が乾いている。悪いけど水を汲んできてもらえるか?」

「はいっ!」

飛び出したウルフェは少しだけ嬉しそうだった。この程度のことでも変化を感じて喜べるのだから、普段どれだけ『俺』が溜め込んでるように見えているのかとしみじみと実感する。暫くは調子に乗るくらいに人に頼るとしよう。

「それで、嫌な夢とはなんだ?」

「いたのか、イリアス」

「君が明確に敵視されている以上、君の傍を離れる理由がない。起きてから少しの間、無言で葛藤していたようだったが……前に言っていた黒の魔王の記憶か?」

「ああ。周囲の様子は大分違ったが、ありゃ黒魔王殺しの山で起きた時の夢だな。ほんと魔喰に食われなくて良かったよ」

あの幻想的な森は黒の魔王の魔力を吸った魔喰が生み出したもの。そりゃあ黒の魔王が食われた当時は普通の森だっただろうよ。

イリアスはふむとこちらが説明した夢の内容をイメージしたのか、渋い顔をした。

「自分が食われる夢か……あまりいい気分ではないな」

「食われて喜べるのなんてお釈迦様くらいなもんだ」

「オシャカ?」

「今度暇な時にでも話すさ」

身支度を済ませていると、鎧姿のヨクスがこちらの仕切りの中に入ってきた。隣にはリリサさんもいる。

「本格的に動くようだな」

「まあな。そっちはもう良いのか?完治にはもう少し時間が掛かると聞いたけど」

「体に負担の掛からない程度の回復は済んだ。私はメジスに戻り、そちらで療養するつもりだ。聖騎士団の団長が国境を越えるのに、怪我人の装いでは流石に格好が付かないのでな」

セレンデに舐められないよう、堂々とこの国を出ようってことか。あとはまあメジスに帰還した時に、元気な姿を民に見せたいとかそんなところだろうな。

「メジスはメジスで大変なんだってな」

「そうだな。法王様が君を受け入れる姿勢を強めたことで、それに反感する者達の動きが大きくなっている。ひょっとすればユグラ教が分断する恐れもあるかもしれないな」

エクドイクからの定時連絡で聞いていたが、メジスで『俺』の評判はあまりよろしくない。まあ長年メジスの皆さんを苦しめた悪魔達、その親玉である『紫』を仲間にした時点でマイナスよりの評価であることは覚悟していたわけだしな。満場一致で殺せとか言われないだけエウパロ法王には感謝しないといけない。

宗教ってのは心に訴えかける扇動者にもなる。歴史が長ければ長いほど、その結束力や行動力は強くなる。セレンデの一件が済んだらさっさとターイズに帰るとしよう。

「メジスの観光は諦めとくか……。まあ法王様には、また機会があったらターイズに遊びに来てくださいとでも」

「ああ。満足な協力ができなくてすまないな」

「ラーハイトの一件で十分働いてもらったさ」

今直面しているのは『俺』達とセレンデの問題だ。司祭程度のラクラやマセッタさん、聖騎士の新兵のメリーア程度ならまだしも、聖騎士団の団長のヨクスが堂々と動けば国同士の問題にもなりかねない。まあラクラ達にも表立った行動はさせるつもりはないのだが。

ヨクス達に手を振って病室を後にする。こちらも完治までとは言わないが、無事退院することができた。これからはワシェクトに手配してもらった空き家が拠点となる。

施設の玄関に着くと、エクドイク達の姿があった。マセッタさんが係の人と話をしているようだが、多分ハークドックの入院手続きだろう。

「しっかりと回復できたようだな、同胞。無理はしてないだろうな?」

「生憎とまだ無理ができるほど回復してなくてな。当面はお前らに頼り切りになるつもりだ」

「それで良い。いや、それが良い。互いにできないことを補っていってこその仲間だ」

エクドイクは相変わらず真っ直ぐだな。いや、少しだけ言葉の力みが抜けてきている感じだ。この休暇中にまた何かしら学んだのだろう。

「聞いてください代表さん!ハークドックの奴『早速拠点の掃除するんだー!』って言った瞬間に出血したんですよ!?これやっぱり怪我のせいで頭が少しやられてません!?」

「あいつ燻れない性格だしな。いっそ魔王組の誰かに看病でもさせてしまった方が良いまである」

「……ありですかね。交渉をお願いしても?」

「お、おう……」

マセッタさんの目がマジだ。この休暇中、ずっとハラハラさせられて鬱憤が溜まっているとみえる。これはあとでフォローしておくべきか……。

そうだな……『紫』なら言うことを聞いてくれるだろうが、間違いなく『俺』にとばっちりがくる。そうなると『蒼』だが……エクドイク経由で頼むとするか。

「それで同胞、拠点に向かった後はどうする?俺達はもういつでも動けるぞ」

「ああ、それならチームに分かれて情報収集に動いてほしい。それぞれのルートで問題なく手に入る程度で構わない。まずはこのセレンデと言う国を知ることが先だ」

王子達の闇を暴くには、彼らがその闇を手にした動機を推測する必要がある。国の頂点を目指す上で、手にしなければならなかった力。それは間違いなくこの国を知ることでその片鱗を見つけることができるだろう。

「ふむ……では組分けはどうする?」

「情報収集組はエクドイクとミクス、それぞれがリーダーとして空いている人材を連れて行ってくれ。『俺』はイリアスとウルフェを連れて拠点の整理をしておく」

王子達やその身辺がどれだけ血の気が多いのか、それがわからないうちは人気の少ない場所は避けたほうが良い。イリアスとウルフェがいれば問題はないだろうが、小競り合いでも起こして失敗しようものなら連中も本気を出してくるに違いない。

「了解したが……人選は同胞が決めなくて良いのか?」

「臨機応変でいいさ。ただチーム内で分かれての行動は避けるように。もう目を付けられているから、一人になったら何をされるか分かったものじゃないからな」

「……なるほど。気をつけよう」

この中では冒険者であるエクドイクとミクスの二人が荒事に対応できる。この二人が目を光らせている範囲でなら、相手も下手な仕掛けはできないだろう。

「私やデュヴレオリもその中に加わるの?」

「いや、『紫』は拠点で陣取って守りを固めて欲しい。家の中なら悪魔も物陰に配置できるだろ?」

「板の隙間全てに仕込むくらいは造作もないわね?」

「そこまではしなくていいけどな……。んでデュヴレオリと……ベラードだったよな?」

名前を呼ぶと、エクドイクの影から一人の女性型の魔物が顔を出してきた。上半身だけだが、悪魔というよりサキュバスぽい。『紫』はこの世界にサキュバスと呼ばれる類の夢魔はいないと言っていた。魔物は人間に敵対している以上、ダイレクトに殺しに掛かったほうが良いからだと。

ベラードは無言で『俺』を見続けたあと、なにやら思案しているような仕草を取った。

「――なるほど。確かに並の人間以下だ。普通の人間でもその魔力ならば衰弱死寸前だと言うのに、その血色の良さは不気味さすら感じる。知性の高い魔物ならば、何かしら裏のある存在ではないかと勘ぐってしまいそうになるほどだ。本当にこの脆弱さで緋の魔王を単身で倒したというのか……」

「こっちもお前の性格はだいたい分かった。見たままの弱い人間だから、警戒する必要はないぞ」

「それは無理だ。お前の功績は全てエクドイクから聞かされている。その弱さでそれが可能な存在などと、警戒せざるを得ないな」

初見の相手には結構軽んじられるタイプなんだけどな。これはエクドイクの『俺』語りに相当熱が入っていたんだろう。流石に気恥ずかしくなるな。

「こっちが不快にならない程度にじっくり観察すればいいさ。それでデュヴレオリとベラードだけど、二人には別件で調査して欲しいことがある」

「私は構わない。だがデュヴレオリは紫の魔王様直属の護衛だろう?」

「――主様が拠点から離れず籠城してくださるのならば、問題はない」

ベラードはデュヴレオリの言葉に驚いたような様子。まあ実際にデュヴレオリ本人は気が進まないのだろうが、『紫』がその意思を無視することを理解しているのだ。

「悪いな。だけどこの仕事はちょーっと人間には不向きなもんでな。バトラー・アーミーに任せても良いかなと思ったが、些細な点に気付けるデュヴレオリにどうしても付いてほしかったんだ」

「……では私を含める理由はなんだ?」

「すぐにわかるさ」

「……いいだろう。お前の手並みを拝見させてもらおう」

ここでそれを言うと、ベラードが機嫌を損ねる可能性もある。だが必要なことなので是非とも二人には一緒に行動してもらう必要がある。デュヴレオリならば間違いなく役目を果たしてくれるだろう。

それぞれが早速行動に移り、『俺』達も拠点に荷物の整理へと向かった。ワシェクトの話によれば、ある程度の食料から日常品まで用意は済ませているとのこと。

悪魔組を除いたとしても、流石に一つの家に十人は狭い。空き家は隣合った二軒を借り、片方を拠点として利用しもう片方は宿泊用とする。

「特に異常はなさそうね?ただちょっと日用品の数が多過ぎるかしら?」

「無駄な買い物をしなくて良いようにワシェクトが気を利かせてくれたんだろうな。邪魔になる分は隣の居間にでも運んでおくか」

荷物の移動はバトラー・アーミーのおかげであっという間に終了し、次は拠点の内装のチェックに移る。ワシェクトがラーハイト達の協力者である可能性も完全には捨てきれないので、念には念を入れなくてはならない。まあ『紫』の悪魔達が家の隅々まで溶け込んで調査したので、何の問題もないことはすぐに判明したわけなのだが。

「変な形の石像が何点かある以外は問題ないわ?」

「ワシェクト……」

遺跡の土産品なのは理解できるが、ここでも遺跡好きアピールしてくるのはどうかと思う。『紫』が徹底して調べると言ったが、多分何もでないだろう。『紫』が石像趣味に目覚めたりしたらどうしようかと考えつつ玄関に向かうと、イリアスとウルフェが少々警戒した様子で扉の前に立っていた。

「どうしたんだ?」

「扉の外に誰かがいる。気配を隠す素振りもない」

「ワシェクトの遣いじゃないのか?」

「いや、この気配は以前に感じた――」

イリアスの声を遮るかのように、軽快なノックの音が扉の反対側から響いてくる。来客なのは間違いないが、イリアス達の反応が何かおかしい。イリアスはウルフェとアイコンタクトをした後、扉をそっと開く。

そこにいたのは一人の騎士。セレンデの紋章があるが、ヌーフサの屋敷周りの兵やチサンテの護衛達とは違った清涼感のある出で立ちだ。

イリアスとよく似た黄金色の長髪だが、瞳の色は対極的な赤みの橙。顔の整い具合からエルフかとも思ったが、耳の形状から普通の人間であるように伺える。

性別は……喉仏がわずかに見えることから男のようだ。イリアスが男装の似合いそうな女性なら、こっちは女装の似合いそうな男性といった雰囲気だ。

その男はイリアスとウルフェを一瞥し、『俺』へと視線を向けた。そして何か驚いたかのように目を少しだけ開き、優しい笑みを浮かべながら穏やかな声で話しかけてきた。

「――ああ、あえて良かった」

「イリアス。この人、ヒルメラ王女の――」

「はい。僕はヒルメラ様の護衛兼使いっぱしりで、ムールシュトと言います」

使いっぱしりて……。それよりもムールシュト、その名前は覚えている。入院中に会いに来たヒルメラの護衛として、扉越しにこちらに意識を向けていたとされる人物だ。

声も随分と中性的で、傍目には女性にしか見えない。仕草というかオーラもイリアスに比べ遥かに女っぽい。あ、これ口で言ったら怒られる奴だ。

「一体何の用件だ?」

「先日ヒルメラ様から、御使い様の様子をそれとなく見守るようにと言われました。ですがそれとなくと言われても、匙加減が分からなかったもので。だからこうして挨拶をすることにしました」

「お、おう……」

ヒルメラも立派な王女だ。他の王子達に負けないよう、何かしらの武器を持っていたとしても、それは自然なことだ。だから王子達の秘密を暴こうとしている『俺』の動向を監視しようとする可能性は十分にあった。

だが、ここまでド直球に自分の直属の部下を送りつけてくるとは思わなかった。これはヒルメラの想定内なのか、それともこのムールシュトが速球しか投げられないタイプなのか。

「いやぁ、ヒルメラ様から口頭で貴方について話は聞かされていましたが、想像以上の方だ!」

ムールシュトは気さくな笑顔のまま、こちらに右手を差し出してくる。口調は砕け気味だが、馴れ馴れしさは殆ど感じない。不快に感じない距離感を保ちつつも、何か普段とは違う感覚を受ける。いや、割と感じている感覚なのだが、この人物から向けられるのがおかしいと言うか。

イリアスは視線を向けているだけで動く様子はない。敵意がないのは『俺』にもわかる。ひとまずここは握手に応じよう。

こちらから手を握ると、ムールシュトはもう片方の手も使って『俺』の手をしっかりと包み込んで握り返してきた。痛みはないが、力強さをはっきりと感じる。

「え、ええと……随分と積極的ですね……」

「そりゃあそうですよ!だって一目惚れですから!」

ムールシュトの背後でイリアスとウルフェが凄い顔をしていたが、多分『俺』も負けず劣らず似た顔をしていたに違いない。