作品タイトル不明
そんなわけで程々に。
「良い休日でした!」
「そうですね、私としてもラクラさんのお義母さんと親しくなれましたし」
ラクラとメリーアがメジスから帰ってきて合流した。一応これでメジス側の監視がいる状態となるので、本格的な行動に移ることができる。ところでメリーアのおかあさんの言葉に籠もる意味合いがなんか攻めてるのは気の所為だろうか。
「尚書様、体調の方はもうよろしいのですか?」
「歩く程度なら問題ない。激しい運動は避けたいな。元から避けたいところだが」
「そこはご安心を、私もしっかりと同胞さんをお守りしますので!……まあイリアスさんやウルフェちゃんがいるので、微々たるものですが……」
「護衛は多いに越したことはないさ。ただ自分が狙われる可能性は常に意識に置いておこうな」
「はひ……」
あの王子達が真っ直ぐに『俺』を狙ってくるとは考えられない。『俺』が攻める立場なら、まずは護衛の弱体化や人質を取ったり周囲への牽制を行ったりするだろう。勿論護衛を弱体化させるのが目的ではなく、『俺』の心を折る為だ。
セレンデにもそれなりに腕の立つ者はいるだろう。そんな奴らがイリアスやウルフェを見た場合、正攻法では無理だと悟るだろう。だから『俺』の周囲の中でも比較的襲いやすいメリーアのような位置は『俺』以上に危険である可能性が高い。
まあ当人はソライドに狙われた件を思い出しているだけだろうが、エクドイクが戻るまではラクラとウルフェにそれとなくメリーアが一人で行動しないように見張ってもらっておこう。
「それで、今日はヌーフサ王子のところに行くんだろう?どんな感じに探りを入れていくつもりだ?」
「割と素直な感じで行くつもりだ。争い事にならない範囲で無難にな」
「あの、私が一緒に行けば質問一つで終わるのでは?」
ラクラはユグラ教の聖職者が身につける嘘を見抜ける技のことを言っているのだろうが、残念ながらそれに期待することはできない。ワシェクトとの会話を通して、セレンデの王族周りには厄介な点が存在していることが判明しているからだ。
「まあ、そうだな。絶対というわけでもないし、直接確認してみるのもいいかもしれないな」
「?」
ワシェクトのおかげでヌーフサ王子と会う為のアポイントは既に取ってある。まあ返答は『話すことはない。だが父上の顔を潰すわけにもいかないのも事実だ。徒労に終わりたければ、好きにすると良い』だったんだけども。
ヌーフサ王子はセレンデ城のすぐ近くに用意された屋敷の一室を執務室としている。外部の者がセレンデ城に入城するにはそれなりの手続きが必要であり、その手間を省く為だとか。各地からの報告などもその屋敷を介して行っており、実質的な窓口として機能している。
さらにヌーフサ王子は基本その屋敷から出るようなことはなく、日夜引き篭もり続けているとのこと。分かりやすいワーカホリックという感じだ。
「まさか皮肉すら通じないとはな」
「そっちに話すことがなくとも、こっちにはあるからな」
ヌーフサ王子は部屋に入ってきた『俺』達に視線を向けることなく、デスクワークに没頭している。部屋に入ったのは『俺』とイリアス、ラクラの三人。ユグラ教の聖職者の姿を見れば、多少なりとも反応は見せるのではとも考えたが、こうなるとワシェクトの情報が正しいと判断せざるを得ない。
「用件があるのなら、さっさと済ませろ。視界の隅に人が映っているだけでも作業効率が落ちる」
「それじゃあ率直に、ラーハイト一派に協力していたか?」
「していない。厄介事を持ち込む連中に手を貸す事自体、ありえない話だ」
ラクラの反応からして、嘘は付いていない……が、一応検証する必要がある。それはこの質問で分かるだろう。
「実は女だったりするか?」
「そうだな。よく分かったな」
「っ!?え、ええ!?ど、どう見ても男性なのに!?」
言うまでもなく、ヌーフサ王子は男性だ。喉仏があることからも、それは間違いない。なら今のやり取りの意味は、ヌーフサ王子なりにこちらのやり方に付き合ってくれているということだ。
「わざわざ検証に付き合ってくれるとはな」
「ワシェクトから聞かされた話が半信半疑だったのだろう。あいつはこの技法をあえて使わない生き方を選んでいるからな」
「ぎ、技法?」
「仲間にくらい情報共有を行ったらどうなんだ。ユグラ教の聖職者が嘘を暴く技法を身につけるのと同じで、セレンデの王族やその身辺の者達は皆自身の魔力が精神の変化で揺らがないよう、特殊な鍛錬を積んでいる。要約すれば、メジスを仮想敵国としてみなしている自分達にユグラ教の秘技は通用しない」
湯倉成也が伝えた嘘を見破る術、その対抗策をセレンデが編み出していたってわけだ。セレンデはユグラ教を受け入れなかった大国、ユグラ教が全権を握っているメジスを仮想敵国として独自の技術を編み出していたというのはそこまで不思議な話ではない。
まあ本来なら魔力を持っていない『俺』に残っていた黒の魔王の微かな魔力、その揺らめきだけで言葉の真偽を見破れたユグラ教の秘術を本当に破れるのかという点に興味はあった。ラクラの反応を見るに、ヌーフサ王子の魔力は嘘を付いても微塵も変化がなかったのだろう。
「……私、ここにいる意味なくなっちゃいました?じゃあ帰って良いですか?」
「おい護衛」
「あ、そうでした」
「そもそもユグラ教の中枢にいる者達ならば、この情報くらいは知っているだろう。その情報すら共有されていないとは、ユグラの星の民はメジスにとっても疎まれる存在のようだな」
「まー魔王の件で軽く脅すような形で和解してるからな。隙を見せたら即背中を刺されるくらいはあるだろうよ」
エウパロ法王は『俺』を信用しているが、それはマリトの持つ信頼とは違う。擁護できるうちは手助けもするが、あるラインを越えれば躊躇なく敵として対処をしてくるだろう。まあマリトも『俺』と国を天秤に掛ければ苦い顔で国を選ぶわけではあるんだけども。
自国を仮想敵国としてみなしているセレンデの情報を語ることは、メジスがどれほどセレンデの事情を掴んでいるのかと言う情報でもあるのだ。『俺』達が敵になる可能性がある以上、エウパロ法王も握っている情報の公開は最小限にしなくてはならない。
「それで、満足したか?ならばそのまま部屋を出て、静かに扉を締めて貰おう」
「いや、話をしに来たんだってば。ワシェクトを除いた王子の中じゃ、あんたの抱えているものが一番マシに感じたんでな」
作業をしていたヌーフサ王子の手が止まる。ヌーフサ王子は小さくため息を吐き、近くの棚から何かビンのような物を取り出し、その中の液体をカップへと注ぐ。とろみのある紫色の液体、明らかに怪しい。イリアスとラクラがやや警戒心を見せているが、ヌーフサ王子は躊躇うことなくこちらにカップを勧めてくる。
「毒だ、飲むか?」
「飲みませんよっ!?」
ラクラが条件反射でツッコミを入れたが、イリアスの方はヌーフサ王子の行動に面食らっている。
「自分がどれほどお前達と関わりたくないか、自分なりに表現してみたのだがな」
「気持ちは伝わった。だけどそんな所に毒とか置いてたら、逆に利用されて殺されないか?」
「自分を殺すだけなら、そんな手間は不要だ」
そう言って、ヌーフサ王子はカップに注がれた液体を一気に飲む。その行動には流石のラクラも唖然とした顔で眺めていることしかできなかった。
「気つけ薬か何かか」
「味が毒よりも酷いのでな。不快のあまり毒をあおりたくなった時に飲むようにしている。ついでに睡眠時間を半分にしたい時などにな」
「しっかり寝た方が効率も上がると思うんだけどな」
まあこちらも深夜に作業した方が捗ったりするタイプなんで人のことは言えない。ただ多少は話に付き合ってくれる気になったようだ。やはりヌーフサ王子の抱えているものは、彼にとって卑下にされたくないものなのだろう。
「先に根拠くらいは聞いておこうか」
「チサンテ王子やユミェス王女は外面を良くしている。つまるところ良く見られておかなければならない、そうでなければ隠しきれないようなものだと推測できる。だけどヌーフサ王子、あんたの場合は逆だ。わざと他人との距離を作り、王子としての信用を落としてでも守りたいものがある」
「――大それたものではない。自分は父上の意思と違わぬ範囲で、保身の為にやっているに過ぎないとも」
「次の王を競わせる為の意思か」
王子達が自分を偽っている理由、それは王位継承を競う為でもある。競争相手に自分を、弱みを見せてはならないと判断しての行動だ。
「そうだ。セレンデの次期国王となるのは単純に優れている者ではない。自らを蹴落とそうと画策する兄弟達に打ち勝った者だ。それが是とされているのがセレンデだ」
ヌーフサ王子は元の席へと戻り、ペンを走らせながら話を続ける。語りながらでも手は淀みなく進む、その話が彼にとっては当たり前のことであるのだと。
「自分達は皆違う母親を持っていた。だがもうこの国に王妃はいない」
「……王子を直接殺すこと以外なら、なんだって推奨されてるってことか」
「むしろ特に推奨されていると言っても過言ではない。そうすることで、王子達は自覚するのだからな。自分の敵が誰なのかを」
「セレンデ王がワシェクトに『俺』の協力をするように言ったのは、障害として王子達に当てようとしてのことなのか」
「程度もある。父上としても魔族と関わりを持つような者は流石に看過できないだろうからな。だがそれとは別に、部外者相手に己が隠している武器まで曝け出されるようではと、自分達を試そうとしている意思もあるだろうな」
なるほど、そりゃ全員から敵対視されるわけだ。セレンデでは王位継承を巡って王子達に競わせることを良しとしているのだ。それぞれが相手を脱落させる為の切り札を隠しており、それらは隠し通さなければならない秘密だ。
だから王子達の秘密を探ろうとしている『俺』は、王位継承を巡る戦いの上で邪魔でしかない。協力者だろうと、そうでなかろうと、敵意を向けるだけの理由があるわけだ。
「ワシェクトは、自ら降りたのか」
「あれは分かりやすい奴だ。幼い頃から自分の境遇や他の兄姉に恐れを抱き続け、純真だったヒルメラを心の拠り所としていた。だがヒルメラの母親が死に、ヒルメラ自身がこの境遇を理解した時に折れた。どうしてもヒルメラを敵に回したくなかったのだろう」
ワシェクトが裏表のない性格なのは、ヒルメラ王女の為だけではなく自分の為でもあったと。もしもワシェクトが他の王子と同じように自分を偽っていれば、間違いなくヒルメラ王女との関係も他の王子達と同じように、探り合うだけの敵対関係になっていただろう。
母親を失うという洗礼を受けたワシェクトにとって、ヒルメラ王女は唯一心を許せる相手だったのだ。ワシェクトは王位継承よりも、自身の心の安寧を優先してしまった……と。
「変えようとは思わないのか?」
「かつては思ったこともあった。とだけ答えておこう」
王子達は競い合うことが必要であると考えている。メジスとの関係や、身の回りに降り注ぐ悪意、それらに手段を選ばせる正道の信念を奪われたのだ。それこそ『俺』が悪側の立ち位置に寄ることが必要だと受け入れてしまったように。
「それでもヌーフサ王子、あんたは国の未来を考えているんだな。自分が王になるより、国の道具となった方がより政に関われる可能性が高いからと」
ヌーフサ王子は王子としての信用よりも、利用価値がある存在であると他の王子にアピールをしている。
もしもチサンテ王子やユミェス王女のように振る舞い、王位を継承できなかった場合、間違いなく政に関わる機会は奪われるだろう。しかし利用価値のある存在、それでいて王位継承に意欲的でないと受け止めて貰えたのならば、王となった他の王子達にとってヌーフサ王子は便利な駒となる。
どちらに転んでも、ヌーフサ王子は政に関わり続けようとしているのだ。自分が王となることよりも、この国をより良くする為の道を選んでいる。
「魔族に協力した者も、王位継承の武器になると判断しての行為だろう。だがそれは最早使い物にはならなくなった。その者が王になろうとなるまいと、話はそれでお終いだ。それを無闇に暴く真似はよせ」
「ネクトハール、魔族からの謝礼が奴らの欲していた蘇生魔法だったならそうかもな。ただそうでなかった場合が気掛かりなんだよ」
「……国の厄介事を片付けてくれた分の忠告はした。これ以上透かすつもりはない」
政に拘っているヌーフサ王子にとって、ネクトハールの排除はありがたい話のはず。だから礼を兼ねて、王子達の心境を説明してくれた。ただこれ以上踏み込むのであれば、敵として対処するぞとも言っている。
「しっかりと用心させてもらうさ。それじゃあまたな」
「もう来るな。お前達が来た分、私の睡眠時間が削られるのだからな。必要以上に毒をあおらせてくれるな」
「そこは仕事を減らそう?」
ただこれだけでヌーフサ王子の潔白を証明したことにはならない。個人的には限りなく白に近いグレーといった感じだ。他の王子と比較してみる必要があるだろう。