作品タイトル不明
そんなわけで早く起き上がれ。
エクドイク達と別れ、主様はメジス魔界の更に奥へと進んでいった。主様は目的を話しはしなかったが、向かう方向からその目的地は察することができていた。
「本来なら懐かしむべきなのでしょうけど、随分とみすぼらしくなったわね?」
そこは今から遥か昔、主様が魔王として人間の住む領土へ侵攻を行っていた時、王として君臨していた城。私にとっても関係のある場所だ。
「バラグウェリンは土地にのみ価値を見出し、建造物に対する敬意を払っていなかったようです。私の実力不足故の結果です。申し訳ありません」
「あら、嫌味のつもりはなかったのだけれど?」
主様がユグラによって倒された後、この城は最古参の大悪魔バラグウェリンの縄張りとなっていた。思う所はあったが、当時未熟な悪魔でしかなかった私にはバラグウェリンを倒して城を奪い返すことなどできるわけがなかった。
しかしそれで主様の城が汚れてしまった責任から逃れられるとは思ってはいない。私がその時に強ければ、こんなことにはならなかったのだ。
主様は城の中へと入っていく。既にこの周囲には悪魔は一匹もいない。エクドイクが連れて行った悪魔が例外的なだけで、他の悪魔は全て主様に忠実な下僕へと戻っている。
「必要とあれば、かつて以上の姿へと戻しますが」
「必要とあれば、ね?貴方も私のことが分かってきているじゃない?」
主様はもはやこの城に未練はない。懐かしき城を前にしても、主様の瞳には何一つ輝くものがない。城ではなく、過去に未練がないのだろう。
ならば何故ここに来たのか、今まで考えていてはいたものの結局それは分からなかった。
「ここに来た目的をお聞きしても?」
「察しなさい……と言うのは酷よね?誰もが彼のように察しが良いわけでもないわけだし?」
「あの人間のように、主様のお心を理解することができればと思うことはあります。ですがそれは畏れ多くもありますので」
「良い返しね、貴方の返事にしては上出来よ?貴方には彼のようになって欲しいわけじゃないしね?」
あの男ならば主様を喜ばせることができる。だが私があの男の真似をしたところで得られる効果は異なる。たとえ『空目する背中』で瓜二つの姿になったとしても、不興を買う結果にしかならないのだろうと確信できる。
フォークドゥレクラが主様の姿へと変化していた時、あの男はフォークドゥレクラの感情の差異を容易く見破って見せた。主様に同じ程の技量がないにせよ、近しい違和感を覚えることくらいは可能だろう。
「私に必要なことは、主様を理解することよりも付き従うことですので。勿論趣向は理解するよう努めますが」
「なら今度ノラと食事でもしてきなさい?貴方にはあの子くらいの感覚がいい勉強になると思うわよ?」
私はまだ人間で言うところの子供なのだと言っておられるのだろうか。いや、ノラは並の人間の大人よりも遥かに賢い。性格としては少々短絡的なところが見られるが、それは魔法の道を究めんとしている野心故だろう。
「食事ですか」
「学ぶということは、何も直接教えを請うだけじゃないのよ?相手と接し、自分にないものを自覚していくことは、言葉で言われる以上の結果が得られるものよ?」
「……主様が安全な場所にいる時にでも、考慮しておきます」
「あの子には借りがあるのだから、多少は積極的に考慮しなさい?それで目的だったわね?」
主様は答えられるのかと思いきや口をつぐみ、玉座の間へと歩みを進められた。磨かれた石で造られた内装は、かつてに比べれば酷く汚れてはいるものの、あの時の光景を思い出すには十分な雰囲気を残していた。
「少しだけ、昔のことを思い出そうと思ってここに来たのよ」
「昔の……」
「彼は私を無害な魔王として扱うつもりはないわ?国にそう認識させることはできても、万人の意思を統一することはできないものね?そうなればいつセラエスのような者によって私達の平穏が脅かされるか、分かったものじゃないもの?」
魔王を倒す為にあの男を利用しようとした男。セラエスのことを主様は忘れるつもりはないのだろう。自らの手で仕留めたとは言え、人間に対する怒りが完全に収まったとは思えない。
過去とは自分だけが捨てられるものではない。確かに主様がこの世界で生きる為には無害であることよりも、脅威である必要があるのだろう。主様はあの人間が与える役割を演じようと言っているのだ。
「主様の威光は過去も今も変わらず、そのままであると思いますが」
「あら、男に寄り掛かる魔王でも威光が失われていないと?」
「どちらかと言えば金の魔王あたりと言い合いをしている時の方が」
「それは仕方ないわ。アレと話している時は自分でも馬鹿になっている自覚あるもの」
駒の仮面を通して大悪魔達の力を取り込んだ際、奴らの大まかな意思も取り込むことができた。大悪魔達の中には主様を男にうつつを抜かし、落ちぶれたものだと内心で嗤った者もいた。
だが私はその価値こそ理解できていなかったが、その熱意だけは確かに感じていた。過去に淡々と世界を侵略していた主様にはない、明確な目的を見据えた瞳の光。それは如何なる宝石よりも価値があるように感じていた。
「――主様は自身にとって最善の道をお進みください。それが無尽の茨に塞がれた道であろうと、私が切り開きます」
「少しは残しておきなさい?ちょっとくらい怪我をした方が、あの人に撫でてもらえる口実になるのよ?」
「セラエスに負わされた傷は撫でてもらえましたか?」
「……痛いところを突くじゃない」
既に完治させていた腕を撫でた姿までは確認したが、そこから先は追い出されて目撃することはなかった。ただあの男が主様の戯れ程度の姦計に惑わされることはなかったと断言できる。
「もう少し強引にしても良いのでは?」
「割と引かれるくらいには押してるのよ?」
「難しいのですね」
「貴方を調整するよりもずっとね?」
なるほど、ネクトハールが独自で習得しようとしていた蘇生魔法にも匹敵する難易度なのかもしれない。人間同士のやりとりとはそれほどまでに正解のない、複雑なものなのだろう。
◇
「おっさん、果物追加に来たぞ!」
「昨日の今日だぞ!?三食果物でも入る量じゃないだろ!?」
そうは言っても、メジスにいるエウパロ法王からも山程果物が届いたんだから仕方ない。ヨクスも果物の山を見て部下に押し付けようと躍起になっていたからな。この世界の連中はお見舞い下手なのかってツッコミを入れたくなるほどだ。
そんなわけで病室を移ったおっさんの部屋を調べ、果物テロならぬお見舞いをすることにした。
「どうせ報告する為に連絡を取る相手がいるんだろ?そいつらに押し付けてくれよー。食べ物を粗末にするのはこっちの世界でも罪悪感に苛まれる悪行なんだ」
「他者にまで処理に困らせることは良いのか……。それと、自分の立場は分かっているのか?」
「別に暗殺者ってわけでもないんだし、普通に接しても問題なくね?それにおっさんは依頼を受けてここにいるだけだろ?多少なりとも情報を聞き出すチャンスでもあるわけだし」
マリトだって結構長い期間『俺』の周囲に暗部を潜ませていたくらいだしな。四六時中見張られているのは少し気恥ずかしいが、異世界人の扱いなんてそんなものだろ。開き直られて三日三晩ミクスを横に配置されるよりずっとマシだ。
「あのなぁ……。ったく。私の素性をひと目で看破しておきながら、その不用心はなんなんだ……」
「そこは相性みたいなもんだ。各国の暗部みたいに気配も消しているような相手じゃ何もできないが、一般人に溶け込む相手ならすぐに分かる。なら相手にならない方は頼もしい仲間に放り投げて、相手をできる方と向き合うまでだ」
このおっさんからユミェス王女の情報が得られるとは微塵も思っちゃいない。だがこの国のこういった人種の考え方、行動の癖などは分析することができる。こういった事を理解することが、『俺』にできる役割なのだ。
「なら聞くが、ワシェクト王子とこの国で何をしようとしている?」
「隠すことでもないんだがな。この国の重要人物の中に魔族に協力していた者がいる。それを見つけるつもりだ」
「……なるほどな。王族の中にいる可能性があると、セレンデ王は判断したわけか。それで遺跡にしか興味のないワシェクト王子を選んだわけか。いや、黒だとしても足を掴みやすいワシェクト王子を送りつけたと言うべきか」
「あ、やっぱワシェクト王子の周囲の連中ってガード甘いんだな」
「性格の相性だけで側付きを選んでいれば、そうもなる。もっとも隠すことなど何もないと堂々としている事自体は潔いとさえ思えるのだがな」
遺跡探検の時も護衛とかいなかったもんな。気が合っても情報を漏らしそうだと判断されていたに違いない。もしくは最初から他の王子達に根付いている連中が潜り込んでいる可能性もある。
「ユミェス王女の周りとかはしっかりしてるのか?」
「まあな。私のような人材がミスを犯しても、痛みなど感じないように徹底されている。私の懐は痛むことになりそうだがな……」
「この話を報告すりゃトントンくらいにはなるだろ」
「この業界は信用が命だ。潜入がバレた奴に次の仕事が回ってくるものか」
「それはどうだろうな。ユミェス王女に『あの男なら仕方ない』くらいに思わせられたら、まだ望みはあると思うぞ、おっさん?」
相手が悪かった。そう思わせることができれば、ミスをした奴に向けられるのは不信ではなく哀れみになる。ま、ユミェス王女の頭がカチコチに固けりゃ、ダメだろうけどな。
「期待半分にしておくさ。それと私の名はトッパラだ。あまりおっさんおっさん言うな」
「はいよ。じゃあまたなトッパラ。また果物持ってくるよ」
「いらんて」
病室を出ると、それまで静かにしていたイリアスとミクスがふうとため息をついた。二人には決してトッパラを威圧しないようにと釘を刺していたが、きちんとできて何よりだ。
「間者相手に何を親密にしているのですか……」
「何を言ってるんだ。果物責めにしてやってるだろ。お前にトッパラが押し付けられただけの果物が食えるのか?」
「ご友人がもう少しふくよかでも大丈夫とおっしゃってくだされば、なんとかいけますな」
ちょっと肥えたミクスをイメージしてみたが、割とありかもしれないと思うあたり自分のストライクゾーンの広さを実感してしまう。まあ今のままが一番似合っているとは思うのだが。
「大丈夫だが、わざわざ無理に体型を変えてくれるな。ありのままで十分好ましいから」
「ありのまま……つまりは脱――」
「そういうとこは慎ましくしてくれ。露出狂は好きじゃないんだ」
「でも貴方私や我が王の前で全裸でしたよね?」
「おう、割り込むなり喧嘩売ってんのかニールリャテス」
魔族って連中は普通に登場する気がないのだろうか。最初から会話に加わっていたかのようにニールリャテスが割り込んできたのを適度に流す。
「ほほう、私とやり合うと?命知らずですね、ですがその覚悟や良し!さぁどこからでもかかってきてください!」
「後で碧の魔王にクレーム言っておくわ。用件そっちのけで悪ふざけばっかりしてるって」
「椅子にしてくださって良いので、是非お話を聞いていただけないでしょうか」
自分でポカをして折檻されるのは良くても、人からの告げ口されてからの罰は嫌らしい。ただそんな四つん這いになられても座らないからな?あとミクス、『座らないのですかな?』って顔は止めろ。
ネクトハールの一件が終わってから、ニールリャテスは一度ターイズ魔界へと帰っていた。報告をするだけならばセレンデに残っていてもできただろうに、やはり同僚の死の報告は丁寧に済ませたかったのだろう。
「それで、碧の魔王はなんと?」
「大雑把に要約しますが、約束は約束だ、ウルフェちゃんのことは好きにしろと」
どんな要約だ。碧の魔王がウルフェちゃんとか言うわけないだろ。マリトは言うけど。
セラエスによって瀕死の重傷に追い込まれた『俺』を治療する対価として、ユグラの落とし子であるウルフェは自分の身を差し出そうとしていた。そんなふざけた話があってたまるかと、代案でネクトハールの首を取るってことになった一件もこれで終わりか。
「これで命を救ってくれた借りは返せたってことか」
「それと賛辞くらいは投げてやるから、ターイズに戻った折には顔を出しに来いと。いや、ビックリしましたよ」
「そりゃビックリだな」
そうでもないか。あの魔王は自身の強さを正しく理解し、その上で傲慢な態度を取ってはいるものの、筋だけはきちんと通す感じだしな。まあ黒魔王殺しの山があるおかげで、ターイズ魔界にはガーネ経由でいかなきゃならないんで、ターイズに帰る前になるだろうな。
「後は貴方達がネクトハールの研究していた資料などを悪用しないよう、正しく処理されたかを確認しにきました。あとは遺跡をちょこちょこっと調査ですね。一緒に行きます?」
「罠が残っている可能性を考えると、病み上がりじゃ行きたくないな。一人で掛かってきてくれ」
「いたいけな乙女が罠によって虐げられるのがお好みと。酷い趣味ですねぇ」
「そのいたいけな乙女を首だけにしてすり潰した奴がお前の主人なんだがな」
「我が王は良いんですー!私の体をどんなにメチャクチャにしてくださっても良いんですー!むしろされたいー!怒られる以外でメチャクチャにー!」
魔族って人間としての倫理性が欠如してしまう欠陥でもあるんだろうか。まあ人間を辞めたわけだし、人間社会の価値観から離れるのはありえない話ではない。エクドイクにはよく注意しておくとしよう。あとミクス、『わかる』って顔は止めろ。
「なら知恵を貸してやろうか?高く付くが」
「いりませんよ。我が王に対する想いは私だけのもの。あの方に抱く願望や悩みも、全て私だけが満喫できる至福の宝なのですから」
こういう時のニールリャテスには若干ながら惹かれるものがある。人生を謳歌している連中に共通する、芯を持った顔だ。推しが我が王ってのは羨ましいこって。ただ四つん這いの姿勢はいい加減止めろ。あとミクス、『わかる』って顔は……まあ止めんでもいいか。