作品タイトル不明
そんなわけで石像でも。
◇
「報告は以上か。ご苦労であったな、ワシェクト」
父上はいつものように素っ気なく言葉を呟き、瞳を閉じた。こうなればもはや誰の言葉も耳には届かない。
このやりとりをセレンデの王を知らぬ者が見れば、なんと冷めた王なのだろうと愚直な感想を抱くのかもしれない。だがこれは父上にとって必要な儀式、むしろ落ち着くまである。
集めた情報を全て頭の中で整理し、今後の展開に必要なものとそうでないものをより分け、最善の結果を求める。つまりこの動作に入ると言うことは、今後を考えるにあたり必要な情報を十分に得たと示すことでもある。
ただまあ、その思考にどれほど時間が掛かるかは不明瞭。次の指示を受ける前にこれをやられると想像以上に長い時間を待たされることもある。
「真似事ではあるが、私も少し頭を回すとするか」
セレンデを拠点とし、蘇生魔法を手に入れようとしていた魔族は死亡した。だが蘇生魔法は完成され、二つの魔石にその術が記録されていた。
一つは遺跡にて回収され、ターイズ、メジス、そしてセレンデの代表である私の目の前で破壊された。
道中に魔石を使用しその構築を手に入れてはいないと、発見者且つ私の前まで運んできた蒼の魔王の説明に対して、複数人のユグラ教聖職者が真偽の確認を行なっていた。手を組んでいるとは言え、魔王が蘇生魔法を手に入れたことを誤魔化すことに協力するとは思えない。信じても問題ないだろう。
残りの一つは魔族に協力していた男、ラーハイトと名乗る男の手に渡ってしまった。そしてその男は蘇生魔法を使用し魔王となるも、ユグラの星の民の手によってその蘇生魔法の力を失わされ、肉体ごと消滅したとのこと。
遺跡から逃亡した魔族の協力者について。最も危険性の高いリティアル=ゼントリーは現在のところ行方不明、しかしユグラの星の民の話ではそう遠くないうちにまた姿を現すとのこと。
剣士アークリアル。ある程度の行方は判明しており、当人が隠れる様子も見せないことから捜索は容易。しかしその後の捕縛等は絶望的な為、暫くは触れないようにするとのこと。ユグラの星の民の仲間による報告は以上だ。
「目下のところ、リティアル=ゼントリーの今後の行動が気になるところではあるが……即座に我が国の脅威となる様子ではないか」
彼らが遺跡へと向かっている最中、どのように行動するのかを訪ねた。彼らは最初からリティアル=ゼントリーをこのセレンデから遠ざけ、魔族の討伐を優先していた。
あの青年が問題をただ後回しにするとも思えない。今後姿を見せることになると言っていたことからも、何かしらの手は打っているだろう。ならば暫くは様子見でも問題はない。
「と、なれば……今後彼らはこのセレンデで活動をすることになるか」
「あらー、ワシェクト。お父様の真似事ですの?」
「――これはこれは、ユミェス姉さん。どうかされましたか?」
第一王女ユミェス。この場に現れるであろうと予測できた人物の第一位の登場に、案の定来たかという感想しか湧いてこない。
「言わなくてもわかるでしょう?他国の者達が私達の国で暴れたのだから、その今後の方針を確認する為よ。お父様は……いつものね」
「なんでしたら私が父上に話した情報をお伝えしましょうか?」
「どうせヌーフサ兄様に報告する為の書類を用意するのでしょう?その写しを後から貰えれば十分よ」
その返答も既に予測済みである。ユミェス姉さんが顔を出しているのは父上の側で機嫌を取りたいが為だけ、この場で私から何かをしてもらうという行為すら嫌っているのだろう。
そして第一王子であるヌーフサ兄さんはユミェスと違い、この場に現れないであろうと予測できる人物の第一位だ。耳による情報伝達を嫌い、やり取りの大半は書類を通して行なっている。おかげで紙代が軽視できない。
自室から一切外にすら出ようとしない偏屈者ではあるが、その能力は父上ですら認めるほど。社交性さえあれば間違いなく次期国王になると誰もが認めていただろうに。
「そうですね。ヌーフサ兄さんの耳……目に入れておくことは後々私達の得になることですからね」
「ええそうね。本当に出来た兄だわ。権力すら欲さず、ただひたすら国に尽くす道具と成り果てているのだから」
ヌーフサ兄さんは次期国王になるつもりがない。国民に愛嬌を振りまいたり、父上に媚を売ったりするような真似もしない。自身の悪い印象を改善するよりも、ひたすらに国務と向き合うことだけに専念している。他の誰が国王となろうとも、ヌーフサ兄さんの立場はこれ以上悪くなることはないだろう。
「そう言った言い方はどうかと思いますが……おっと、この足音はチサンテ兄さんですね」
ユミェス姉さんが扉を閉めたというのに、耳に入ってくる鎧の部品がぶつかり合う音。よくもまあ父上はこんな騒音でも考え事に集中できるものだと感心してしまう。
「おう、ワシェクトとユミェスか!父上は……いつものか!寝てないだろうな、ダハハッ!」
第二王子のチサンテ兄さんは現状最も王位に近いとされている。常に鎧を着込み暑苦しい笑い声を飛ばしてくるのだが、これらは全て計算に基づいた行為である。
常に戦いに備える姿勢で兵士達の親近感を得て、わざと鎧の音を大きく鳴り響かせながら民に自分への意識を持たせている。こういった振る舞いを好まない知的な者達には……その振る舞いが計算であり、効果を実証することで有能であると理解させている。
「チサンテ兄様。いつも思うのですけど、城内ではその鎧の音をもう少し抑えられませんの?兵達に自身の存在を示すことは悪くないと思いますが、お父様の思考の妨げになりますわよ?」
「すまんな。だが癖になっているのだ、音を出して歩くことにな」
「音を殺して歩くのが癖なら格好良いとも思えますのに。ねぇ、ワシェクト?」
まったくだ。だがそれを口にすることはしない。男である私が雄々しき振る舞いを見せているチサンテ兄さんを咎めようものなら、民や兵の私に対する印象がヌーフサ兄さんと同じで良からぬものへと変貌してしまいかねない。なので同意は心の中だけにしておく。
「どこにいてもすぐに分かることは利点だと思いますがね。ただ私としては……もう少し鎧に装飾が欲しいところですね」
「そうしたいのは山々だがな!父上の鎧以上に豪華にしていては、他国との戦争になった時に俺が国王だと誤解されかねんのだな!ダハハッ!」
いっそ誤解されて弓矢の餌食になってもらった方がありがたいのだが。いかんな、どうもチサンテ兄さんの雰囲気に流されると私の性格が根暗気味になってしまう。こういった点も計算尽くだからたちが悪い。
「――ワシェクト、いるな」
「はっ、ここに」
父上が目を開き、私を視界へと入れる。騒がしかったチサンテ兄さんや、媚を売る顔をしているユミェス姉さんには目もくれていない。
「ユグラの星の民はもう暫くこのセレンデに滞在したいと交渉してくるだろう。お前はその者に付添い、目的を果たす手伝いをしてやれ」
「目的ですか……それは一体?」
「私の真似をするのなら、それくらいは自分の頭で考えてみることだな」
思わず照れくさくなり、視線を逸してしまった。背後で笑っているユミェス姉さんとチサンテ兄さんの顔が想像に容易い。
「わかりました。当人を相手に答え合わせをするとします」
「父上、その話からして連中は正式な客として迎え入れると言うわけだな?なら見張る兵は減らすが、問題ないか?」
「なくても構わん。だが、裁量はチサンテ、お前自身で決めるが良い」
「了解だ。長い期間他国の兵を見張っていては兵の心労も馬鹿にならないからな」
チサンテ兄さんが来たのはターイズやメジスの兵を見張っている件についてだったか。彼らに我が国に対する害意はないと説明はしたのだが……まあ完全に放置してしまっては国民に示しが付かないか。
「ねぇお父様?そのユグラの星の民とのやり取り、私が代わってはダメかしら?」
「その男に色仕掛けは通用しないと思うぞ、ダハハッ!」
「しませんわよ。でも興味が持てるようなら、絶対にしないとは言い切れませんわね」
「ワシェクトが最適だと判断している。ただお前個人で接触する分には、妨害にならない範囲で自由にすると良い」
「んーそうね、わかりましたわ。それでしたら日を改めて挨拶させてもらいますわね?」
ユミェス姉さんの視線が私の方へと向けられる。これは場を整え、紹介しろと言いたいのだろう。そうなれば必然とチサンテ兄さんも紹介することになるに違いない。実に人使いの荒い兄と姉だ。
それはそうと彼が暫くこのセレンデに滞在するのが事実なら、遺跡巡りの約束を果たすのに丁度良い機会となる。趣味を満たすつもりで楽しむのも一興か。今は怪我をしていて安静にしているとも聞いているし、何か好奇心をくすぐるような土産でも持っていくとしよう。