軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そんなわけでおやすみ。

世界は私から全てを奪ってきた。躊躇なく、無慈悲に、その全てを。

その残酷さを初めて知ったのは、雲ひとつない快晴の空を見上げている時だった。

友が体調を崩し、隣村への用事を代わりに引き受けたその日、私は道中で崖崩れに襲われた。体の半分以上を岩に押しつぶされ、痛みすら麻痺していた時に見上げた空は、これ以上ないほど澄み渡っているように感じた。

――ああ、死ぬのか。死にたくはないな。

体が死を受け入れてしまっていては、死に対する恐怖を感じる余裕すらなかった。だからそんな素っ気ない感想しか思えなかった。それでも途切れる意識が滲んでいたのは、死を受け入れたくない魂が流した涙によるものだったのだろう。

それで終わりだったのならば、きっと私の人生は少し不幸なだけで、受け入れても良かったのかもしれない。だが世界はそれを許さなかった。

目が覚めた。覚めるはずのない意識に驚き、その体を見た時、私は自分の身に何が起こったのか分からなかった。

その体は友の体だった。崖崩れが起きたことを知り、危険を顧みずに私を探しに来ていた友の体に私は乗り移っていたのだ。

知らない体の感触、魂が元の体から強引に引き剥がされた代償による吐き気、それらを身に染み込ませながら、それが自分の力によるものだと自覚できるようになっていった。

私は友として生活を始め、自分の才能を知る努力を行った。この体は友のもの、返さなければならないにしても、私の体は既に取り返しのつかないことになっている。だからせめて、別の体へと移動する方法を見つけなければと、必死だった。

幸運だったのは、この才能に対する理解力が異常であったこと。独学ながらも自らの魂を操作する術を身につけるまでにそう時間は掛からなかった。

知識を身につけて間もない頃、ならず者によって殺された体を見つけた。一突きで殺された綺麗な死体、これ以上にない好条件のものだった。私はその体への移動を試み、成功した。

その時の私は体の移動が成功したことよりも、友が目覚めてくれたことの方が嬉しかった。友は混乱していたが、事情を話すと笑って喜んでくれた。

『良かった。僕のせいで君が死んでしまったと思っていた。君の死を背負って生きるくらいなら、この体なんていくらでも貸してあげるよ』

私は友に感謝し、友も私に感謝していた。完全な日常に戻ることは難しいだろうけど、これでまたこの友と一緒に生きていくことができる。そのことだけで私は満たされていた。

だが世界はそれを許さなかった。私が取り戻したものを、再び奪ってきたのだ。

『死者が蘇ることなど許されない。お前は世界の禁忌に触れたのだ』

私と友は村の者達に事情を話した。だが奴らは過去に囚われた偏屈な心しか持ち合わせていなかった。

死者が蘇る。それは世界が禁忌として忌避する蘇生魔法の逸話そのもの。奴らが私を見る視線は、人に向けられるものではなかった。

私は捕えられ、虐げられ、処刑された。二度目の死を経験する時、私は嫌悪の視線の中で呆れていた。たった一度、死を受け入れた後に戻ってきただけだと言うのに、こんなにも人として扱われないものなのかと。

その視線の中には血の繋がった親のものもあった。血の繋がりよりも、価値のあるものはあるのだと理解できたことに関しては感謝しても良かったのかもしれない。

殺された私は再び友の体へと乗り移っていた。友に体を返す為に研鑽を積んでいる間、特定の体へと移動する手段を身に着けていたからだ。

事情を話してしまった為、わざわざ死ぬ直前まで村人達の悪趣味に付き合わなければならなかったが、おかげで村人を襲う時の罪悪感を抱く必要がなくなった。

『君はもうこの村にいるべきではない。だから僕も一緒に村を出よう』

再び体を返した友は私にそう言った。この村にいるべきではないことには賛成だったが、友を巻き込むことは気が引けた。家族すら私を見放していた中で、友だけは私を信じていてくれたからだ。

最初に友の体を奪ったからこそ、彼は私の事情を正しく理解してくれていただけに過ぎないのだろう。だがその事実だけが私にとって唯一の救いだったのだ。

だが友はその事実に力があると錯覚してしまっていた。理解さえすれば、他の者達も私のことを理解してくれるだろうと。必要なのは時間と機会なのだと。

村を出る前日、友は自分の家族にだけはと事情を話してしまった。その結果、友は自分の家族から見放され、私と同じように村人達の私刑を受けることとなった。

待ち合わせに来ない友の身を案じ、彼を見つけ出した時には彼は既に死んでいた。禁忌に触れた罪人に惑わされた愚者として、これ以上危険な因子を増やさない為にと。

命を奪われ、居場所を奪われ、そして最後には側にいてくれる最愛の友をも奪われた。ここまでされ、ようやく私は理解した。

――この世界は私から全てを奪ってくる。だからこそ、奪い返さなければならない。

他者の体を奪える私にとって、村人を皆殺しにすることはそう造作もないことだった。数人の体を奪い、名乗りながら手当り次第に人を殺すだけで、奴らは自分達で殺し合うようになった。こんな連中に全てを奪われていたのかと、最後の村人が殺し合う様を、私は見下しながら笑っていた。

私は友の体を修復して乗り移り、彼への想いを忘れぬよう、その名前を貰い偽名を名乗ることにした。彼と一緒に村を出る約束くらいは守ってやりたかったからだ。

きっとこの世界は私から奪い続けてくるのだろう。ならば私も奪い返し続ける。その為の力を、術を、この手に掴んでみせよう。

「――ぁ」

何故こんな記憶が蘇る。今さらこんなことを思い出すことに何の意味がある。体の感覚はおろか、魂の形すら認識することができない。

いや、認識することができないのは当然のことなのだろう。何故なら私の魂は完全に砕けてしまっているのだから。

魔王となったことで、憑依術を多用し擦り切れていた魂は完全に修復されていた。どんなことをしても完全に復活する。だからこそ私はあえてその魂を砕き、強引に復元すると言った荒業すら行えていたのだから。

その結果が全て同時に再現され、復元は起こらない。手遅れを通り越して結果しか残されていない。それでもこうして考える自我が残っているのは、崩れてもなおその場に魂の欠片が揃っているからだろう。

「蘇生魔法の力を過信して、無茶をし過ぎたようだな」

視覚や聴覚は既に機能していないはずなのに、その声が聞こえ、おぼろげながらに姿を認識することができる。ああ、この男は確か……そうだ、敵だ。後から現れ、私から全てを奪おうとする、私の敵だ。

「私……は……奪い返して……いるだけ……なの……に……」

「それがお前の根底にある意思ってのは理解しているよ。でもな、お前から全てを奪った世界と、『俺』達が生きている世界は別物なんだ。『俺』達からすれば、お前が一方的に奪いにきているだけだ。奪われないように守るのは当然のことだろ」

世界は一つだ。私がいるこの世界が全てであり、この世界が私から全てを奪い続けてくる。だから私はこの世界から奪い返し続けなければならない。私と言う個がこの場所にあり続ける為には、それしか方法がないのだから。

「お前がやってきたことを否定するつもりはないさ。多分『俺』も似たような立場なら似たような結果になっていただろうしな」

この男は私のことを理解している。私の行いを否定することができない。ならば何故、この男は私の敵であり、この結果を生み出している。

「間違えちゃいないんだよ。世界に生きるってことは、世界に奪われ続けることと同意だ。だから奪い返す、その結論に達し実践できたお前は十分賢いよ。だけど『俺』は賢く生きたいんじゃない。無難に生きたいんだ。前も言っただろう?」

――そんな理由か。だが驚くほどすんなりと納得できた。この男と私とではそもそも生き方が違う、それだけなのだ。

「ひ……とつ……たの……」

「お前のことは散々理解してきたからな、末期の言葉も理解している。もう何も言わなくていい、最期くらい楽に逝けよ」

その通りなのだろう。礼を……いや、この男は私の最期を奪ったのだ。敵であることには違いない、ならばもうどうでもいい。こんな男に意識を割くことは全くの無駄だ。

全てが終わってしまった、ならば後は何を想えば良いのだろうか。そんなことはわかりきっている。

「……ラール……すぐ……会え……」

自分の顔はとうに忘れてしまっていたが、彼の顔ならばつい最近まで毎日のように眺めていたのだ。最期くらいは、最愛の者の顔を思い浮かべながら――

崩れ落ち、塵となって霧散していく光景を眺めながら、この戦いが終わったのだと安堵した。

悪役の最期は惨めなものであってほしい、そう願う人も少なくはない。だがその酷な最期を自分から与えたいと考えても、実行に移すのは難しいものだ。

正直『俺』も過去の精算が正確に行われようものならと考えるとゾッとする立場だ。自業自得だの因果応報だのと相手を煽りながらトドメを刺すのは、いつか自分に返ってきそうなのでやりたくない。

「ラーハイトは……死んだのか?」

「おおよそ想像通りの結果だな。魔王になる直前までラーハイトは魂に相当な負担がのしかかっていた。魔王になってからはその負担を無視してさらに無茶な手段をとっていたようだからな。蘇生魔法がその効力を失った時、その分が一気に降り注いできたってわけだ」

ラーハイトの本当の名を口にした時、どうもしっくりこなかった。最期に自分の名を呼ばれた時よりも、ラールハイトの名を呼ばれた時の方が動揺していたしな。奴が友の名を背負って生きてきた人生の方が、本名で生きてきた人生よりも強く人格に影響を及ぼしているからなのだろう。

「そうか……。おおよそとは?」

「そりゃ自分の魂さえ破壊して強引に蘇生魔法を起動してたんだ。普通なら喋る間も無く心が崩壊して死に絶えるもんだとばかりな」

蘇生魔法だとか魂の性質だとか、素人には分からないがラーハイトは最期に考えるだけの余力が残っていた。『俺』はそれに意味を感じ、ラーハイトの自由にさせることを選んだ。

結果として、過去に縋っていた唯一のものを思い出しながら逝っただけではあるのだが……。

「悪党の最期としては、随分とマシだっただろうな」

「同じ悪党としては、羨ましい限りだ」

仮に地獄があればそんな余韻も吹き飛ぶくらいの責め苦に遭うこと間違いなしなのだが、そのへんは深く考えないことにしよう。地獄に落ちることを考えてちゃ、悪さなんてできないからな。

大きく息を吐き出し、地面へと座り込む。致死量ではないにせよ、献血する時よりも失った血は多い。貧血による疲労感やめまいが酷い。

「ししょー、大丈夫ですか!?」

「だいじょばない。早く横になりたい。三日くらい言葉も喋らず惰眠を貪りたい」

「大丈夫そうだな」

「お世話がんばります!」

包帯を巻き直してもらい、地上へと戻る。できることならこの段階でさっさと意識を落として寝てしまいたいのだが、モラリ達がリティアルの説得に失敗したり、他の落とし子達で実はチャンスを狙っている奴がいたりした場合のケアも済ませておかねばならない。

「――以上のこと、よろしく頼んだぞ『蒼』」

「分かったわよ。死人と会話しているみたいだからさっさと休みなさいよ」

一番元気そうな『蒼』に今後の対応をまかせ、馬車へと乗り込む。そこには既にウルフェが毛布やらを駆使して簡易的な寝床を用意してくれていた。

「お世話の準備、できてます!」

「完璧だ。ただ場所を取りすぎじゃないか?」

「大丈夫です!ウルフェも疲れたので隣で寝ます!」

「ちゃっかりしているが、より完璧だな」

真ん中を推されたが、端っこの方へと移動して仰向けになる。今は今後のことは考えず、ラーハイトと決着を付けられたことだけを素直に喜ぼう。

全員無事とはいかなかったが、最良とも言える結果には終わったのだ。起きた後は皆を褒めて感謝しなければならないが、今は自分自身を褒め称えてやろう。良く頑張った、偉いぞ『俺』。褒美は何が欲しい?なに、休みが欲しい?手羽塩と酒?欲の少ない奴だ、ハハハ。

「まだ考えごとをしてそうだな、君は」

「考えごとと言うよりは……何にせよこれから全部かなぐり捨てるところだ」

人の視線を浴びながら自画自賛な想像をするのは案外恥ずかしい。精神状態もふざけた妄想で随分と和らいだことだし、心地よく眠れそうだ。

「――良く頑張ったな。お疲れ様」

「お互いな」

薄れていく意識の中で、最後まで残っていたのは『俺』の頭を撫でてくれているイリアスの手の感触だった。