軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そんなわけで詰みだ。

「無事か!?」

「どうにかな……」

エクドイクは叫ぶよりも早く、鎖で自分の周囲を守っていた。それを視界に捉えていたことで、私もいち早く彼を守ることに成功した。

道中で聞いていたラーハイトの広範囲を攻撃する魔法、この規模があるとは聞いてはいなかったが、予測することはできた。

「イリアスの剣、魔封石が埋め込まれているせいかイリアスの周囲では水晶の発生が遅かったな」

「それもあるだろうが、やはり他人の魔力が流れている箇所からは水晶を発生させられないのだろうな」

一度発生した箇所からは水晶は続けて発生しない。彼を懐で抱きしめ、発生した水晶に向かって迷わずに斬り込むことでその被害は最低限に抑えることができた。

「空間を埋め尽くすほどの水晶を発生させてくるか……。これだけの規模を一瞬で発動させようものなら、体への負担は相当なものだろうに」

「ラーハイトは蘇生魔法で瞬時に健康体に戻ることができる。なら魔法の一撃一撃で自分の体の限界を無視できる。しかも安全すら度外視だ」

魔力の扱いはその出力が高ければ高いほど、慎重に扱わなければならない。私の魔力強化も純粋な身体能力向上だけではなく、その身体能力に耐えうる防御力の強化も必要になる。

その比率はほぼ同じ、ラーハイトは自身の肉体を気にする必要がない為、実質倍以上の魔力を出力できることになる。

「なるほどな。厄介だな……」

「あと悪いが、少し緩めてくれ。鎧で痛い」

咄嗟に守るために強く抱きしめてしまっていたが、こう淡々と言われると複雑な気分になりそうだ。腕を緩めると彼はふぅと息を吐き、自分の足で立ち上がった。

「イリアス、ししょーは無事!?」

崩れていく水晶の壁の向こうからウルフェの声が聞こえてくる。ウルフェなら私と同じように発生した水晶を破壊し、そこに飛び込むこともできただろう。

「無事だ!エクドイクは!?」

「こっちも無事だ。だが今の一撃、ラーハイト自身も巻き込んだように見えたが……」

「ええ、そうですよ。自分の身を守る工程を入れると、どうも威力が弱くなりますからね。何も考えずに全てを吹き飛ばすくらいのつもりでなければ、ねぇ?」

砕け散り、霧散していく水晶の中から無傷のラーハイトが姿を現す。あれだけの魔法を使ったと言うのに、感じられる魔力からは全くの減少を感じない。蘇生魔法は当人の持つ魔力まで完全な状態に戻すというのか!?

「すっかり人外の域に踏み込んだもんだな。さて、と。イリアス、ウルフェ、少しで良い、粘ることはできるか?」

「あ、ああ……」

「大丈夫ですっ!」

「よし、それじゃあ二人は無理のない範囲でラーハイトと戦闘を続けてくれ。できれば数回ほど、致命傷に近いダメージを与えておいてくれるとありがたい。エクドイクは『俺』を守ることに専念だ」

今の攻防だけでも彼の肩からは血が滲んでいる。私が無理に動いたおかげで傷口が開いてしまったのだろう。彼にとってラーハイトの攻撃は一撃でも受ければ即死する可能性が高い。その攻撃が部屋を埋め尽くす規模で行われたというのにも関わらず、彼の目には迷いがない。

「勝てるんだな?」

「それを今から検証する」

「……今から?」

「時間は取らせないさ、時間稼ぎよろしくな」

詳しい話を聞きたいところではあるが、ラーハイトがそれを許してくれるとは思わない。ならば私にできるのは彼を信じて剣を振るうのみ。

エクドイクが近くに寄り、彼の周囲に鎖を展開し始めたのを確認してからウルフェの側へと移動する。ラーハイトが素直に私とウルフェだけを攻撃してくるとは思えないが、エクドイクが守りに徹するのであれば、これ以上心強い相手もいない。

「撤退するかと思いきや、立ち向かうつもりですか?私が言うのもなんですが、勝ち目なんてないと思うのですがね?例え緋の魔王を倒した魔喰を用意していたとしても、私には無駄なことですよ。この体は私の魂のある所に再生する。魂だけでこの場から避難すれば、いくらでも逃げられるのですから」

「それも考えたんだがな。アレを使うとセレンデとの関係がどうしようもなくなるんでな。何より仲間が事故死するような要素は避けたい」

彼はクトウの口から羊皮紙の束を取り出し、それをパラパラと捲っていく。中に書かれている文字を読んでいるのとは違う、ただ見ているだけのように見えるが……。

「そんなものがいったい何の役に立つと言うのですか?」

「役に立つかはこれから分かる。ダメなら逃げるんで、それまでは足掻かせてもらうさ」

「――貴方の好きにさせるとでも?」

ラーハイトの目にも、彼が何をしているのかは全く見当がついていないようだが、何かしらの良からぬ空気を感じとったのだろう。明確な殺意を私達に向けてきた。

「ウルフェ、仕掛けるぞ!」

「うんっ!」

肉体の限界を超えた魔力の出力ができる以上、ラーハイトが攻撃に専念できる状況を作るのは危険だ。ここは少しでも手数を増やし、ラーハイトの気を私とウルフェに向けさせる。

「浅はかな。――エリア、セット」

「遅いっ!」

ラーハイトが魔法を発動させるよりも早く、懐へと飛び込み魔封石で周囲の構築を打ち消す。そのまま剣を振り抜き、ラーハイトの首を刎ね飛ばす。

「遅い?いえいえ、貴方程度の攻撃で私の邪魔はできませんよ。ほら、そこ――」

「――ッ!?」

ラーハイトの視線が泳いだ方向に視線を向けるも、それが罠だと気づく。逆の方向、そこには既に切断されたラーハイトの左腕が転がっており、その左腕を起点に魔法の構築が行われていた。

視界が水晶に覆われていく中、転がっている左腕の方へと水晶を切り裂きながら飛び込む。この魔法の仕組みは二度見たことで完全に把握した。ラーハイトは水晶が発生する構築を植物の種のように撒き、腕を起点に展開の命令を飛ばしている。ポイントの時は一点、フィールドの時は地面のあちこちに、エリアは空気中へと散布している。

魔封石でその構築は破壊できるが、種は一瞬でばら撒かれるのでその全てを無効化することはできない。だから今のように展開の命令を飛ばす腕さえ私の剣から遠ざければ、私に広域の攻撃を止める術はなくなる。更に言えば自分の周囲の構築を無効化したところで、その周囲から発生した水晶は物理的な攻撃としてこちらまで届いてくるのだ。

「イリアス、大丈夫!?」

「問題ない。ウルフェの方こそ、魔封石の装備はないだろう?対応できるか?」

「うん、なんか種みたいなの、集中すれば見える!開く前に吹き飛ばせばある程度は動けるよ!」

仕掛けが読めているのであれば、ウルフェの反射神経なら十分に対応可能だろう。しかし問題なのは奴の攻撃が彼へと向かないようにすることが、私達には難しいということだ。

崩れていく水晶の隙間から彼の方を見ると、彼には水晶の攻撃は届いていないようだった。周囲にはエクドイクの鎖が砕け散ってはいるものの、それ以外の何かが攻撃を防いだようだ。

恐らくは真なる盲ふ眼によって出現した不可視の鎖によるものだろう。長期的な防御には向かないが、その硬度はラクラが全力で展開した結界よりも遥かに強固だ。彼が欲している時間を確保するだけならば、これ以上にない選択肢とも言える。

「――その眼……なるほど、面白い技を使いますね。人の業ではなく、魔物が持つ理へと続く力を持ちますか」

「この守りを簡単に突破できるとは思わないことだな」

「そう難しいことでもないですよ?ほら、いくら高い硬度を誇るとは言え、所詮は鎖でしょう?隙間なんていくらでもあるのですから」

ラーハイトの周囲に何か霧のようなものが漂い始める。それはラーハイトの意思によって操られているのか、瞬く間に広がり私の方まで届いてくる。

何かは分からないが、この霧に触れるのは危険だと直感して剣の風圧で霧を払うと、剣先に先ほどと同じように水晶が発生した。

「この霧は極小の水晶か!?」

剣先に発生した水晶はさらにその場で炸裂し、こちらにその欠片の雨を浴びせてきた。腕の鎧で防げたものの、鎧の表面に展開していた結界は容易く貫いている。

「その特異な守りを展開しつつ、それ以上の守りは用意できますかね?」

「エクド――」

「問題ない。鎖の隙間を抜かれるのならば、鎖以外のもので守るだけのことだ」

霧が彼とエクドイクの近くでその向かう方向を変える。目視では見えないが霧が避けることでその形が浮き彫りになり、ラクラの使うものと同じタイプの周囲を覆う結界が張られているのがわかる。

「鎖以外も展開できるようになっていたのか!?」

「デュヴレオリから悪魔の力を扱う術を学んでいたからな。これまでは自身の象徴とも言える鎖しか具現化させることができなかったが、記憶に根付いているものまでならば再現できるようになった」

「――まあ良いでしょう。それだけの強固な結界を全面に展開していては、そう長続きはしないでしょうからね」

霧は今もなおエクドイク達の周囲に漂っている。自由に動ける私達が払おうにも、霧は自在に動き、再度その周囲を囲んでくる。あまり二人の周囲を意識すると、私やウルフェが霧に触れてしまいかねない。

「俺はこのまま結界を維持する。限界が近い時は伝える、二人は気にせずに戦え!」

「はいっ!」

ウルフェはガントレットから噴出する魔力を上手に操り、霧を吹き飛ばしている。これならば私も自分の身のことだけを考えていれば大丈夫そうだ。

再び剣を握り直し、ラーハイトへと突撃を仕掛ける。まずは剣の風圧で霧を飛ばし、ラーハイトまでの道を作る。

「通用しないと分かっていながら、まだ続けますか。愚かですね」

「ワンパターンで済ますつもりなどないさ!」

前方に霧が集まり出した為、迂回しラーハイトの背後に回り込み一閃、ラーハイトの腕を切り飛ばしながらラーハイトとウルフェまでの間にある霧を吹き飛ばす。

「そこぉっ!」

その行為を予測し、飛び込んでいたウルフェの拳がラーハイトの胴体を捉える。骨を折り、肉を千切り、臓物を破裂させる音が耳へと響くのと同時に、ラーハイトの体が歪に膨れだした。

「ウルフェ、下がれ!」

ウルフェが魔力を噴射し、一気に距離を取る。同時にラーハイトの体が爆発し、その余波がこちらまで届いてきた。まさか自分の体を使い捨ての武器にしてくるとは……!

「――体を粗末に扱うことは多々ありましたが、ここまで気兼ねなくできるのは愉快なものですね」

そして何事もなかったかのように佇むラーハイト。対するウルフェの方は……深手こそ負ってはいないが、体のあちこちから血が流れている。いくらかは返り血なのだろうが、ウルフェの表情から決して軽いダメージではないことが分かる。

私が斬り込む時も同じように自爆してくる可能性は十分にある。その時はどう防いだものか……。数回程度ならば問題はないかもしれないが、確実にダメージは蓄積してしまうだろう。

「ったく、こっちは些細な怪我でも命取りだってのに。もう少し自分の体を大事にしておいたほうが良いぞ、ラーハイト」

羊皮紙に視線を向け続けていた彼が口を開いた。床には先程まで読んでいた羊皮紙の束が散乱しており、その手には一枚のみ羊皮紙が握られている。

「おや、読書の時間は終わりましたか?」

「そう大した量でもなかったしな」

「それで、私を倒す準備とやらは整ったのですか?」

「おう、少なくともこれまでの時間は無駄じゃなかった。クトウ、三百十八枚目を出してくれ」

「ヘイ、アルジサマ、ヨーイシテタヨ!」

クトウはさらに一枚の羊皮紙を取り出し、彼へと渡す。その行為に何の意味があるのか、それを理解しているのは彼だけだ。床に散乱している羊皮紙も文字が箇条書きで書き込まれているだけに過ぎず、魔法などの要素は一切感じられない。

「貴方の脅威はその人の心を見透かす理解力。ですが今の私にとって心を読まれることは何の問題でもありません。どのような言葉であろうとも、私の心を揺さぶるようなことはできませんよ?」

「そう言う物言いは、相手の手の内を全て理解した上で使わないと恥を掻くだけだぞ。ま、どっちにせよもう詰みだ。言いたいことは言っておけよ」

「そのようなハッタリは通じないと言っているのですよ。そんな羊皮紙に一体何の意味が――ッ!?」

ラーハイトの視線が床に散らばっている羊皮紙へと向けられた途端、ラーハイトの表情が固まった。書かれている文字に何か意味があるのか?羊皮紙に書かれているのは文章ではなく、何かの文字の羅列……あれは名前か?

「メジスでユグラ教内部に潜り込んでいた体、顔が割れていながらもお前は交換材料としてセラエスに要求していたよな。色々と手を入れていた体なんだろうが、それだけ手を入れていたってことは他にも思い入れがあったってことだ。だからさ、『俺』はその体の出生を調べてたんだよ。お前が初めて奪った体、恐らくは友人か誰かのものだったんだろう?」

「――まさか」

「リティアルが落とし子を見つけた手法と同じなんだがな。落とし子が問題を起こした国や村では、それなりの噂が立つ。もしくは村が滅ぶとかな。そう言った場所を調べ上げ、特定に至ったわけだ。ラールハイト=パレンツァと言う名前にな」

「ッ!」

「ラールハイトは今から三十年ほど前にトリン領内にある村で生まれている。俺はその年の十年前後でその村を含む近隣の村で生まれた者達の名前を調べ上げた。トリン国が出生者リストをきちんと保管してくれている国で助かったよ。場合によっちゃ『蒼』の力でその時代の人間を蘇生させ、デュヴレオリ辺りに記憶を読み取らせる必要とかあったからな」

彼はラーハイトに向けて、先に握っていた羊皮紙の内容を見せる。そこには無数の名前が書かれており、そしてその中に一箇所だけ、不自然な空白があった。

「隙間なく書き込んであった名前のリストで、一箇所だけ消えているだろ?名前を対価に魔王となった場合、その名はこの世界のあらゆる歴史から消失する。ここには少し前まで一人の人物の名前が書かれていた。そう、お前の本当の名前だよ」

「……では、もう一枚の握られている羊皮紙は……」

「ただの写しだ。ただし、その言語はニホンゴ。この世界にはない言語だ」

彼がもう一枚の羊皮紙を裏返して見せた。全く読めない言語で書かれた文字の羅列、そこには空白などは一切なかった。それが意味しているものの理由は、今この場にいるもの全てが理解できた。

「蘇生魔法が対価として奪う名はこの世界のものだけに限られる。ニホンゴで記された『蒼』のかつての名前が残っていたのと同じで、ニホンゴで記したお前の本当の名前だけはこうして残っているってわけだ。だからこうしてこの世界の言語で書かれた名前のリストを調べ、空白を見つけた後、そのページとニホンゴで書いたリストを比較すれば……お前が蘇生魔法の対価として捧げた名前を知ることができるってわけだ」

「そんな、そんな方法で……!?」

ラーハイトの表情に余裕がなくなっている。ターイズで無色の魔王から聞き出した魔王の殺し方。その情報を独自に知っているか、セラエスから聞いていたのであれば、今ラーハイトが置かれている状況が何を指し示しているかは明らかだ。

「蘇生魔法に支払った対価を取り戻した時、蘇生魔法はその効力を失う。それまでのツケがどうなるかは――考えたくもないがな」

「――ふ、ふざけるなっ!」

ラーハイトが彼に向かって魔法を放とうとするのを私とウルフェが間に入って妨害する。エクドイクの守りもある以上、あと数秒の展開を崩すことはラーハイトには不可能だ。

「ちなみに逃げても無駄だと思うぞ。『俺』が今から口にする行為は、お前に対してではなく、この世界に対して返却する行為だからな」

「やめ……止めろ!口を動かすな!お前のような男が、私の全てを奪うような真似、許されるはずがないんだ!そんな権利、貴様にはないはずだっ!止めろ、止めろ!止めろぉっ!」

「んな権利、あろうがなかろうが知ったことか。人間に戻れ、――――」

ラーハイトの絶叫を無視し、彼は一つの名を口にした。