作品タイトル不明
そんなわけで魔王と対峙する。
「――魔力を感じ取れた。この先だ」
この霊廟のルートを通ったエクドイクは、ラーハイトとの戦いで器、人質となった人達の魔力を覚えていた。そのエクドイクがこの霊廟で知らない魔力を感知し、その方向へと進むと行き止まりへと到着した。
「隠し扉とかある感じか。ツドァリのマスターキーに反応はないから、元々遺跡にあった仕掛けだろうな」
「残滓は感じ取れるが、どう起動するかまでは――」
「そこだ、その辺を調べて見てくれ」
指摘した場所をエクドイクが調べると、遺跡の仕掛けによく見られる押し込める部分があった。押し込んだ壁の中には魔石が埋め込まれており、エクドイクが魔力を流し込むと行き止まりだった壁がゆっくりと横にスライドしていく。
「魔力の残滓も見えないはずなのに、よく分かったな」
「ここに来るまでにこの遺跡の建築者の癖的なものを理解しておいたからな。漠然ではあるが、どのへんに仕掛けを設置するかくらいは読める」
「そ、そうか……」
傷は痛むが、かえってそれが集中力や感受性を高めてくれている。元々戦えない身としては、この状態がベストコンディションと言ってもいい。
隠し扉の通路を少し進むと、一つの部屋へと辿り着いた。小広く、部屋に施されている装飾がこれまでの遺跡の内装よりも遥かに豪華だ。ここはおそらく宝物庫、隠し財産を隠しておく為の部屋だったのだろう。
周囲には金銀財宝のようなものはない。そもそも運び込まれていなかったのか、リティアル達がレイティスとして活動する際の軍資金にでも利用していたのか、そんなことは今さらどうでもいい。
今『俺』が見据えなければならないのは、宝物庫の中央に待ち構える一人の男の姿だ。初めて見る顔だと言うのに、これほどしっくりくる顔つきも珍しい。
「ラーハイトォッ!」
「初めて見せる顔だと言うのに、少しくらいは別人だと疑ったりはしないのですか?」
「ターイズでお前の声を初めて聞いた時、イメージした顔とピッタリだったもんでな」
メジスで暴れていた体と比べ、さらに整った顔立ちではあるのだが、その胡散臭さや非情さにはさらに磨きが掛かっている。間違いない、これがラーハイトの本当の体なのだろう。
「私も些か驚きましたよ。まさか魔王となって復活した途端、故郷に捨てたはずの体に戻っていたのですから。魂が自分の姿を覚えていたのでしょうかね?実に興味深いものです」
髪の色がその辺じゃ見ないウルフェのような透き通った白髪になっていることや、対峙しているイリアス達の反応から予測はできていたが、やはり既に魔王化していたか。魔王は死後、復活するにはそれなりの時間を要すると聞いていたが、魔王に成った時の話を聞く限りではその時間間隔は短いものだと予測できていた。まあエクドイクだってちょっと目を離している間に魔族になってたしな。
「確認するまでもなかったが、ラーハイトってのは本名じゃなかったんだな」
湯倉成也が生み出した蘇生魔法を正しく使ったのであれば、ラーハイトは自身の名前を対価として支払っている。だがこの場所に来るまで、誰もがラーハイトの名前を口にすることができていた。つまりはこの世界からラーハイトと言う名は隔離されていないということになる。
「本名を名乗って暗躍する馬鹿はいないでしょう」
「言われてるぞ、エクドイク」
「俺に振るのか……。いや、そんなことよりも気をつけろ、同胞。ラーハイトから感じる魔力は確かに人のものではなく、『蒼』や他の魔王達と近いものだ。だがそれ以外に何か妙だ。何がとは言えないが、他に何か異質なものを感じる」
イリアスやウルフェが警戒しているのもそれが理由なのだろう。生憎と『俺』にはさっぱり、と言うことは性格面ではなく、肉体面に理由があると言うわけなのだが……。
「思っていた通り魔王の体は素晴らしい。ここまで穏やかな気持ちになれたのはいつ以来でしょうか、世界がこんなにも正しく認識できるなんて!」
ラーハイトは対峙しているイリアス達に警戒心を見せる気配はなく、感極まっているかのように清々しい顔をしている。それほど魔王になったことへの感動が大きいのだろう。
「落とし子の才能の影響とやらは、相当お前の魂に負担を掛けていたようだな」
「――ええ、そうですね。貴方達が毛嫌うほど性格が捻くれる。その程度には酷な体質でしたよ」
「安心しろ。その苦悩から解放されたお前も好きになれそうにはない」
自身の体質の改善の為だけ、それだけの理由で魔王となるのであれば同情の余地もあっただろう。だがその苦悩から解き放たれたはずのラーハイトからは、以前と変わりないドス黒い野心が滲んでいる。
「それは何より。私も清々しい気分のまま、貴方を敵として消したいと思っていますので」
「与えられた才能で奇跡的に蘇ったことで、化物扱いでも受けたって顔だな。これまで信じてきた人間達に全てを否定され、その復讐を果たしたい。そんなとこか?」
「――やはりそこまで辿り着けるのですね。怖い人間だ」
ラーハイトが人間に対し、恨みを持っていることはすぐにわかった。こいつは人を利用することを平気でするのではなく、意図的に愉しんでやっている。
その経緯もラーハイトの落とし子としての才能を考えれば、薄々と見えてくる。肉体が死んでも近くの肉体に憑依することができるのであれば、何かしらの事故に巻き込まれて死んだとしても甦れてしまうのだ。
この世界では蘇生魔法は最大の禁忌、死んだはずの人間が別の体になって蘇ったとなればこの世界の人間達はその存在に強い恐怖心を抱くことになるだろう。そんな人間達からラーハイトがどのような扱いを受けたかは……。
「詳しい事情を聞けば同情くらいはしてやれるんだろうがな。だが聞こうが聞くまいが、お前に好き勝手されちゃ困るんでな。問答無用で阻止させてもらうぞ」
「酷い人だ。ですが構いませんよ、私は魔王となった。真なる無色の魔王として、人間の前に立ち塞がるのは自然の摂理というものです」
「真なるて……」
ははぁ、あの無色の野郎が変に拗ねてたのはこれが原因か。大方魔族でありながら魔王とか名乗るとは滑稽だ、その名前は私にこそ相応しいとか言われたんだろうな。ま、ラーハイトって名前からして透明っぽさはあったし、否定はしないとも。
「イリアス、ラーハイトと対峙してみた所感を聞かせてくれ」
「警戒すべき相手であることには違いないが、緋の魔王や碧の魔王に比べればその重圧は少ない。肉体的にも身体能力が格段に向上しているような気配はない」
それだけを聞けば、全身に悪魔を身に纏っている『紫』よりも楽な感じはする。だがイリアスとウルフェの鍛え上げられた警戒心が二人に油断するなと警告しているのだろう。
「思った以上に評価が低くて残念ですが、仕方のないことですね。この力は人ならざる者のみが持ちえる力。そして私以上に蘇生魔法と親和性のある存在はいません。それを少しだけお見せするとしましょうか」
ラーハイトがこちらに左手をかざすよりも早く、イリアスが『俺』を担いだまま距離を取る。高速移動でぶれた視界が正常になった時、既にウルフェがラーハイトの正面へと飛び込んでいた。
「おや、速いですね。驚きです」
「やあぁっ!」
突き出されたウルフェの拳を、ラーハイトはかざした左手で受け止める。だが何の防御も行なっていなかったのか、それともそれらを容易く凌駕したのか、ラーハイトの左腕が肩付近までまとめて吹き飛んだ。
「――っ!?」
続けてエクドイクの鎖がウルフェの腰に巻き付き、ウルフェをラーハイトから遠ざける。同時にウルフェのいた場所に出現した透明な水晶が空を切った。最初から相打ち狙いだったのか?だがそうだとしても、流石にこれはダメージトレードとして成り立たないものだ。
「魔力の流れを注視しろ。本来の体を取り戻したせいか、魔法の発動がこれまでになく速くなっているぞ!」
「エクドイクさん、ありがとうございます!」
「結界の一枚や二枚では布切れと変わりませんか。いやはや、人間の時に対峙していたらと思うとゾッとしますよ」
肉は抉れ、骨は砕け、夥しい血が流れていると言うのに、ラーハイトは涼しい顔をしている。このまま放置するだけですぐに失血死しかねないのに、随分と余裕だな、おい。
「腕を失った割には余裕だな」
「腕を失った?何のことですか?」
「何を――っ!?」
エクドイク達が驚くのも無理はない。ついさっきまでラーハイトの左腕はなかった、だと言うのにほんの少しの会話をしている間に何事もなかったかのように左腕があるのだ。
ニールリャテスのような超再生?いや、再生している様子なんて少しも見えなかった。イリアス達の驚き具合からして、その兆候すら見られなかったに違いない。
「驚きましたか?これが蘇生魔法の本来の力なのですよ。首を刎ねられようとも、全身を業火に焼かれようとも、何事もなかったかのように完璧に再生する。永遠に、無限に、際限なく、代償すらなくね」
「『俺』が知っている蘇生魔法と大分違うな。……いや、そうか。落とし子としての才能か」
「ええ、蘇生魔法は魂に施す魔法。自らの魂に干渉できる私なら、蘇生の力を即座に発揮することができる。それこそ、かすり傷であろうとも、今この場で蘇生し直せば元通りと言うわけです」
これまで蘇生魔法は死後に発動する先掛けの復活魔法とばかり思っていたが、ラーハイトの場合に限ってはその認識を改める必要があるな。
こいつの場合、ボタン一つで死亡状態から万全の状態になれるようなもんだぞ。そりゃこの三人相手でも余裕を見せられるよな。
「そこまでの確信がありゃ、蘇生魔法に拘っていた理由も納得だな」
「他の魔王達はしょせんただの人間が成ったもの。ですが私は違う、ユグラの残した禁忌の力を最も有効的に扱うことができる。――エリア、セット」
「――ッ!?全員身を守れっ!」
エクドイクが叫んだ瞬間、視界の全てを水晶が埋め尽くした。