作品タイトル不明
そんなわけで雑草を手に取る。
私には姉がいた。オラリア=ゼントリー、かつて姉であった彼女のことを忘れたことは一度たりともない。
私の本当の両親は夜盗により殺され、孤児として生きていた。だが、ある物好きな老夫婦によって拾われ、リティアル=ゼントリーの名を与えられた。オラリアもまた、その老夫婦に拾われていた孤児の一人だった。
『今日から私が君のお姉ちゃんだ。そして君は私の弟。だからよろしくね、リティアル!』
オラリアはお淑やかさとは無縁ではあったが、芯がありとても強い人だった。そして何より、私にとって同類とも呼べる天性の才能を持っていた。そう、彼女もまたユグラの落とし子であり、超越した力を持っていたのだ。
彼女の耳は相手の声に含まれる感情すら、心を読んでいるかのように聞き分けることができた。だから私は一度として、オラリアに隠し事をすることができなかった。
だが彼女の存在があったからこそ、私の落とし子としての才能は悪目立ちするようなことはなく、私自身も自分の才能を受け入れることができたのだ。
私は恵まれていた。何処に生まれるかも分からないような落とし子が、奇跡的にも巡り逢い、こうして互いを認め合うことができたのだから。
『リティアルの瞳は綺麗だね。私が一番誇れる宝物だよ。あ、ごめん、私のものじゃないのに、変な言い方だったよね!?』
その言葉に返事はしなかったが、内心ではそれでも良いとさえ思った。私は君のもの、君にとってもっとも誇らしい宝であれれば、それが最上の幸せだと。この眼を通して見ても、絶対に安心できる味方だと思える相手。オラリアは私にとってもかけがえのない宝だった。
やがて老夫婦が亡くなり、私達も大人になった。私達は各々の才能を活かし、冒険者として共に活躍をするようになっていた。
『まーたグラドナと喧嘩して。そりゃあ私にいつも求婚してるけど、本気じゃないって言ってるじゃない。え、本気じゃないのも許せない?私より乙女よね、リティアルって……。でも嬉しいよ、うん』
私の眼が見出した相手は信用に足る相手、実力も人柄も申し分がない。グラドナのように常識が足りない者はいたが、笑い合う相手として、違う個性を楽しめる相手として、選んだことに後悔はなかった。
気づけば私達は世界でも高名な冒険者として名を連ねていた。嫉妬され、疎まれることも増えてはいたが、それでも認められているのだと自信を持っていた。
人としてこの力が異端だと言うことは自覚していても、正しく活かせば問題ない。無難に生きることができる、そう安堵しきっていた。
『……オラリア?これは何の冗談かな?』
いつも私に笑いかけてくれていたオラリアは、驚くほどあっけなく死んでしまった。
商人の扱う馬車の護衛。私達からすれば簡単な依頼、特に心配するようなこともないと私やグラドナのような実力者は別の危険な任務を受けていた。
だが問題は盗賊の方ではなかった。馬車の積荷には商人すら知らない引火性の強い魔石が仕込まれていたのだ。盗賊の放った火矢により、魔石は大爆発を起こし、オラリアはそれに巻き込まれた。
不自然な点は多かった。オラリアに依頼をした商人は中身を知らされていない荷物を預けられており、荷物を奪うのが目的の盗賊が火矢を馬車に射っているのだ。
夜盗を捕まえ、然るべき尋問を行うことでその背景は簡単に明らかになった。ある有力な貴族と盗賊が繋がっており、その貴族がオラリアを罠に掛けたのだと。
その貴族は盗賊と手を組み、自分に従順な商人だけが得するような狡い悪事を働いていた。そしてオラリアはその貴族の身辺を調査している途中だったのだ。
『あの女も化物のような才を持たねば、穏便に生きられたものを』
その貴族は最後にそう捨て吐いた。悪いのは自分ではなく、自分の正体に迫ることのできた才能を持った人物だと。
私は血や臓物の臭いよりも、その思想の醜さに嘔吐した。異端な才を持たぬ者は、持つ者を恐れ、排除しようとする。
最初から世界はこうだったのだ。これまでオラリアと言う光に隠れ、この醜悪な世界は私の眼に正しく映っていなかったに過ぎなかったのだ。
私が目を背け、気づいていなかったフリをしていた。そんなものを直視してしまっては、彼女が誇りに思ってくれたこの目が濁ってしまうと、忌避してしまっていたのだ。
「――様、リティアル様?」
目を開くとモラリが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。どうやら夢を見ていたようだ。あの日からこの夢しか見ない、この夢を見ないで済む為には心からの安寧を得なければならない。
「悪いね。少し寝ていたようだ」
「いえ、そのお怪我ですから……。こんな状態だと言うのに、あの男はこんな手間を……っ!」
移動を繰り返し、ようやく解毒剤を持つ騎士と遭遇できた。騎士は何も言わず解毒剤を渡してその場を去っていった。その解毒剤の効果を確認している間に少し眠ってしまっていたのだろう。
体にはもう毒素を感じない。どうやら本物だったようだ。ユグラの星の民はやはり甘い、ここで約束を反故にしておけば新たな魔王誕生の可能性を確実に潰せたものを。
「生かしてもらっただけ感謝すべきだろうね。おかげで次があるのだから」
セレンデを抜ける前にネクトハールからの合図はあった。蘇生魔法は完成しており、その方法を記録した魔石が遺跡に隠されている。発見され、奪われる可能性は大いにあるかもしれないが、大切なのは完成することができたと言うことだ。
既に私の頭の中には完成直前までの知識が取り込まれている。ネクトハールがいなくとも、優秀な者に後を引き継がせることができれば、そう遠くない内に蘇生魔法を完成させることができるだろう。
「……リティアル様はまだ蘇生魔法を求めるのですか?」
「私達が願っても、世界は私達を必要とはしない。私達落とし子達の価値を世界に認めさせるには、その価値を発揮できる存在が必要となる」
落とし子が世界に必要とされる限り、世界は落とし子の存在を守り続けるだろう。そうすれば私達は自らの才能と正しく向き合うことができ、誇らしく生き続けることができる。
理解ある者を魔王にすれば、もしくは私自身が魔王となれば、その目的は必ず達成することができるようになるだろう。
「……それは、オラリア様の為だけですか?」
「――グラドナかバンから聞いたのか」
ユグラの星の民の仲間にはグラドナとバンがいる。あの男の入れ知恵さえあれば、私の目的やその理由も推測することは可能だろう。それでもモラリの口から彼女の名が出てきたことに、動揺を隠すことができなかった。
「バンと名乗る方から、全てを……申し訳ございません」
「君達に私を遠ざけさせる為の交換条件と言ったところかな。気にする必要はない、いつかは話そうとは思っていたことだ」
本当にそうだろうか。ならば何故、私はこの想いを誰にも話さずに生きてきたのだろうか。私一人で全て抱えてしまえば良いのだと、この子達に背負わせる必要などないのだと本気で思っているのか。
「……いえ、きっとリティアル様は最後まで私達には話さなかったと思います。リティアル様は心から誰かを信頼することができなくなっているのですから」
「――それは、あの男の入れ知恵かな?」
普段のモラリがこんな言葉を口にするはずがない。考えられるのはユグラの星の民、あの男以外に考えられない。
「はい。ですが、私自身も納得したことです。私だけでなく、ヤステトも」
視線をヤステトに移す。ヤステトは静かに私とモラリの様子を見守っていた。その眼には一つの覚悟が宿っている。モラリが私に何かを伝える様子を、最後まで口を挟まずに見届けようと言う強い意思が。
「……そうか。否定をするつもりは……ないかな。今そう言われて、私自身も何処か納得してしまっている。……実に酷い男だよ」
手段と目的が逆になっている。私の目的はこの子達のような落とし子達の未来を守ることではないのか。なのに、私はこの子達を使い捨てるような真似を……。
モラリの眼には涙が浮かんでいる。その涙の理由、私に対して不敬な言葉を吐いたから?いや、少し違う。
「酷くなどありませんっ!私達がリティアル様に助けられたことは事実です!私達は自分の意思で、貴方の捨て駒になる覚悟を持ちました!」
「そうなるように誘導した。それができるのが私の眼だ」
「それでも!本心で抱けた想いには違いありません!私達を導いてくださったのは間違いなくリティアル様なのです!私達が求めているのは、私達を救って導いてくださったリティアル様に、ただ必要とされたいだけなのです!」
これは……そう、この瞳はどこかで見たことがある。そうだ、これはオラリアの瞳を通して見た、過去の私の瞳だ。オラリアを、彼女を光として見つめていた、人を信じようとしている眼差しだ。
「私の願いは変わらないだろう。なのに私は君達を最後まで利用し続けることしかできない。……それはとても辛いことだ。君達にとっても、私にとっても」
オラリアならば、きっと気づいていたのだろう。馬車に積まれている荷物の中に、危険な魔石が入っていることも、彼女の耳なら聞き分けることができたはずだ。だがそれでもオラリアは目の前にいた商人を信じたのだろう。オラリアと同じように、邪魔だと排除された優秀な商人を。
だがその信じた結果があの結末だ。その者と一緒に疎まれ、排除された。だから私は誰も心から信用しなくなった。最後には全てを一人で抱え込もうとしていた。今の今まで自分を嫌悪しておきながら、それでも構わないと突き進んでいたのだ。
私は既に人として、壊れてしまっていたのだろう。あの日、光を失った時から。
「構いません!リティアル様が理想とする世界の礎となれるのであれば、それで良いのです!それで良いと思える人間なのです、私は!」
「だからそれは私が――」
「それで構わないと言っているんです!私の心は貴方のものです、ですから、私にも貴方の背負っているものを背負わせてください!」
これはユグラ星の民が入れ知恵をしたからこそ出てきた言葉だ。だが、紛れも無くモラリ自身の本心から出てきている言葉でもある。
他者の言葉に誘われたとしても、その想いの質は変わらないのだと、そう言いたいのか、ユグラの星の民。
「ではモラリ、最後に一つだけ問わせて貰おう。君は何を対価に、何を求める」
もしもこの問に全てを捧げ、何も求めないと答えるのであれば、モラリには私と共にいる資格はない。いや、私が彼女と共にいる資格がない。
私はこうなるように導いておきながら、その他に何も与えてはこなかった。命を救った対価ならば、既に使い捨てにすることで支払ってもらっている。
私にはもう、無償の愛を受け取る資格なんてないのだ。
「私の全てを捧げます。だから……貴方の残された人生をください」
それはモラリが初めて私に要求した対価。それでいて、私が持つもっとも価値のあるもの。彼女はここにきて、私と対等でありたいと宣言したのだ。
思わず小さく笑ってしまった。ここまで恭しくも図々しい願いを要求されたことは一度もなかった。
「それは、少し困るだろうな。モラリ、君に私の全てを捧げた場合、他の者には私は何を与えれば良いのかな?」
「知りません。そのへんに生えている雑草でも与えてください。ヤステトはそれで満足します」
「するか、馬鹿」
常に一拍を置いて、語る言葉を丁寧に選んでいるヤステトが間髪入れずにツッコミを入れた。それには私もモラリも、思わずヤステトの方を凝視してしまった。
「思いのままに話すことができるようになったのか」
「言葉を選ぶ必要もなくなりましたので。リティアル様、俺も貴方の為にこの命を捧げることは厭いません。ですが対価は求めます。俺が受け取って喜ぶようなものを、真剣に考えてください。俺達のことも、真心を込めて見てください」
「……そうだな。約束しよう」
私一人で全てを変える為には、選べる道など一つしか見当たらなかった。だがもしも、彼女達が共に歩いてくれるのなら、それを私自身が意識することができるのなら……新しい道の一つや二つ、見えてくるのかもしれない。
「ヤステトッ!リティアル様がお前の為に摘んだ雑草だぞ!喜ばないとはどういうことだ!?」
「リティアル様、まずはこの馬鹿な妹分に貴方の常識を与えてあげてください。正直見ているだけで気苦労が絶えません」
「ああうん、そうだね。君いつも胃薬常備してたね」
この二人は同時期に拾って育てた。ヤステトからすれば、モラリは可愛い妹のような存在だ。常日頃から影で見守っていたことは知っている。もっとも、モラリの方からも弟のような扱いではあるのだが。
「それと……ツドァリの目が覚めたら、お願いします」
「ああ、そうだな」
横で眠っているツドァリの頭をそっと撫でる。この子にもまた、私の為ならば命を投げ捨てることを躊躇わないような生き方を強要してしまっていた。彼女もまた、死地に立ったことで私が与えた救済を帳消しにしている。これから共に歩んでくれるのなら、その対価を先に渡しておかなければならないだろう。
「リ、リティアル様!そ、その、わ、私の頭も!」
「撫でて貰う前に治してもらえ、馬鹿」
「お前急に口が悪くなってないか!?」
他者を信じることはまだ難しくとも、私が導いたこの子達くらいならば、信用することができるはずだ。過去の私と同じ目をすることができたこの子達ならば。