軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そんなわけでふて寝しとけ。

意識が戻ると同時に嘔吐する。これまで何度も殺され、自害してきたことで、肉体が死ぬことへの恐怖は麻痺している。だがこの魂に亀裂が入る感覚だけは決して慣れることはないだろう。

「ぁ……が……あぁ……」

声にならない叫び声を出し、呼吸の方法を思い出していく。体中に爪を立て、今自分が肉体を得ている状態だと自覚していく。今自分はここにいる、ここにある、ここに存在する。それだけを何度も繰り返し、精神を落ち着かせていく。

「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」

思考が戻る。これまでに何が起きたかをゆっくりと思い出し、これから何をすべきなのかをまとめていく。

今の体は霊廟の近くに隠していた緊急時用のものだ。術による移動ではなく、漂流するだけの私の魂を吸着するように仕込みをしてあった。

欲を言えばいつもの体が好ましいのだが、既にその体は麻痺毒を受けて行動不可能な状態になっている。自分の体と自覚できるほどに未練のある体ではあるが、捨て置くしかないだろう。

ラクラの体を奪うまでは良かったが、既にラクラ自身が自分の体に麻痺毒を施していたのは計算外だった。気づいた時には体の自由、体内の魔力の操作が効かなくなっていた。

だから意識が途絶える直前、ラクラの体から自分の魂を強引に引き剥がした。魂には麻痺毒は通じない、だからこそできる荒業ではあるが……その代償は大きい。

正常な体のはずなのに、肌が何も感じない。触覚が完全に死んでいる。味覚、嗅覚に続き、今度は触覚が失われた。そして視覚にも異常が現れている。

「……はは、酷い世界だ」

世界に亀裂が入っている。ひびだらけの世界、なんて現実味のない光景なのだろうか。勿論実際には亀裂など存在せず、私の精神が世界を正しく認識できていないのだと理解している。だがそうだとしても、魂がひび割れることで世界がこうも歪に感じるなんて、滑稽で嗤いたくもなる。

もう次はない、次にこんな真似をすれば、私の魂は次の体に辿り着く前に完全に崩壊してしまうのだろう。乗り換えられたとしても、自我は間違いなく消えている。

「――行かなくては」

この体にもネクトハールからの合図を受けられるように魔石を持たせていた。既に合図は送られている。ネクトハールは蘇生魔法を完成させたのだ。そして合図が送れたと言うことは、既に蘇生魔法の構築方法を記録した魔石が送り出されていると言うことだ。

「……あった」

中層内にある隠し部屋、そこに一匹のネズミの死体が横たわっていた。ネクトハールが操作し、この場で自らの体を食い千切らせたのだろう。そしてそのネズミの背中には私が求めている魔石が括り付けられている。

魔石を手に取り、その中に記されている情報を読み解き、自分の知識として魂へと刻み込んでいく。間違いない、これは完成された蘇生魔法の構築方法だ。

「ついに、ついに手に入れた……!」

湧き上がる歓喜を抑え込み、自らの体へとその構築を施していく。ラクラが目覚めたとしても、麻痺毒を受けている以上、私が離れていることに気づくにはユグラの星の民の観察力がなければ難しいはず。だがもしもラクラを早めに避難させており、地上であの男の目の前で運良く意識が戻ったとしたら……。焦って失敗しては元も子もないが、急がなくてはならない。

「忠告だけ、させてもらおうか」

「――ッ!?」

いつからいたのか、まるで最初からそこにいたかのように黒髪、黒い瞳の男が立っていた。ユグラの星の民とは違う、高い魔力に得体の知れない禍々しさ。無色の魔王、その人物だ。

「まさかあの状況から逃げ出せるとはな。さっさと帰るだけのつもりが、まーたこんな辛気臭い地下に足を運ぶことになっちまったぜ」

「……何かご用件でも?」

「忠告だって言っただろ。ネクトハールから手に入れたその構築方法は本物、そして俺が抑止として働けねぇ完璧なもんだ。つまるとこ、それを発動して死ねばお前さんは間違いなく蘇生し、魔王として蘇ることになる」

殺意や敵意などは感じない。リティアルやネクトハールの言っていた通り、この男には自ら他者にとっての敵となることができないようだ。だがそれでも現れたと言うことは、私に魔王になってほしくないのだろう。

「それが望みですから。それともそれを阻止できるような衝撃の事実でも伝えに来たのですか?」

「いやー、そいつはちょっと無理だな。俺はあの男とは違うし、嘘をつこうにもユグラ教の司祭として潜り込んでいたお前さんに嘘は通じねぇだろうしな。ただな、その力は本来この世界の人間が持つべき力じゃねぇんだ。少なくとも蘇生魔法を生み出したユグラ本人は後悔していたくらいだからな」

「そうですね。確かに魔王と言う存在が生まれなければ……どの道大して変わってなさそうですがね」

「痛いとこ突くね。そうだな、魔王がいなけりゃいないで、より血生臭い世の中にはなっていただろうしな」

この魔王は私を説得する気があるようには思えない。ならば……そうか――

「人であることを捨てる。その覚悟くらい、とうの昔に済ませています。ではお話はこれで」

「おいおい、そう邪険に――」

「ユグラの星の民がこちらに向かっているのでしょう?善意からの忠告と、時間稼ぎ、小賢しい真似はよしてもらえますか」

「……俺が言うのもなんだが、捻くれてんなお前」

体を動かせるようになり、魔石を回収するまでの時間は予想以上に掛かっていたか。しかしそうなるとアークリアルは倒されたか撤退、ネクトハールも敗れたと考えるべきだろう。

これ以上邪魔をされるわけにはいかない、強硬策に出れないことは既に分かっている。この男はただの無能、口を挟むくらいしか出来ることがないのだ。

「ユグラによって生み出された理の仕組みの部品として、超越した力を得たと言うのに、出来ることは口を挟むくらいですか」

「まぁな。それだけのことをネクトハールはしてくれたわけだから、その点に関しちゃお前らの勝利だよ」

「貴方は魔王ではなく、白の魔王の魔族なのでしょう?魔王を名乗りながら、魔王ですらない。なんの役にも立てない、観測者。実に滑稽ですね」

「おうおう、言ってくれるね」

無色の魔王、いや白の魔王の下僕は私の挑発にさえ、まともに敵意を返すことすらできていない。こんな男を相手にネクトハールがこれまで慎重に行動していたのかと思うと、怒りさえ滲んでくる。

「ああ、折角ですからその名、私が頂きましょうか。何者にも染まらない、孤高の存在として、その名は私にこそ相応しいですし。ええ、そうしましょう」

私は人として、最後まで私として生きていた。誰かの思想に染まることなく、ただ純粋に人であることを捨てようと願い続けた。

だからこそ、私は色を持たない魔王として生まれ変わる。真の無色の魔王として。

イリアスに担がれつつ、エクドイクからラーハイトとの戦いの詳細を聞き出し、その後の行動を予測しながら中層へと移動していく。一番濃厚なのは、強引に魂を引き剥がす避難方法用の体が用意してあり、その体で中層の何処かにある隠し部屋なりに移動しているパターンだ。

「同胞、怪我は平気なのか?」

「痛い。だが痛いって愚痴れるうちはまだ平気だ。直接戦うわけでもなし、心配には及ばないさ」

「ラーハイトはウルフェが倒します!」

地下へと向かったのは四人。『俺』とイリアス、ウルフェとエクドイクだ。戦闘可能な人物としてデュヴレオリも残ってはいたが、流石に地上を怪我人だらけにしておくわけにもいかないからな。

「頼んだぞ。あと各自、体を乗っ取られる可能性は常に意識に入れておいてくれ」

「はいっ!」

ここにいる連中のスペックはかなりの高さだが、それを活かせるのはやはり本人だけだ。誰が乗っ取られたとしても、すぐに抑え込むことは可能だろう。もっとも、ラーハイトにそれが出来る余力があるかは甚だ疑問ではあるのだが。

強引に体から逃げ出せる手段があるのに、クアマで同じ方法を使っていなかった理由が使用回数に限度があるのだと教えてくれている。それこそ、殺されてから逃げ出すよりも精神に対する負荷が大きいと考えられる。

「ラーハイトもかなり限界のはずだ。手段を選んではこないだろうが――っと、どうしたイリアス?」

「――そこにどうも不審な奴がいる」

視線の先には……ああ、これ以上にない不審者の姿がある。無色の野郎だ。

「よっ、酷え怪我ではあるが、元気そうじゃねぇの」

「その様子じゃラーハイトの説得にでも失敗したか」

「……少しは世間話に花を咲かせるとか、できねぇの?」

「このタイミングでお前がこちら側に姿を見せるなんざ、蘇生魔法絡みの案件以外にないだろ」

「そりゃあな。ま、急いで欲しいところではあるわけだし、単刀直入に言おう。ラーハイトの奴をどうにかしてくれ。ユグラに禁忌の管理を任された身としちゃあ、ユグラが死んでいる間に魔王が増えるのはちょっとな、色々と困るんだわ」

だったらさっさと場所を言えよと言いたいが、余計な情報を話すことも敵対行為になりかねないのだから、ラーハイトの説得に失敗した時点でこいつに出来ることはない。

こうしてこの場にいることが『この先にいる、お前の考えはあっている』と答えを暗喩してくれているのだが、これが限界なのだろう。

「湯倉成也に失望されるのがそんなに嫌か」

「あいつはこれくらいじゃ失望はしねぇよ。ま、気にされないことに安堵したくねぇってところだな。これは半分冗談だが」

「半分は本気なんだな」

「拾うな拾うな。照れ隠せねぇだろうが。正直なところ、いけ好かない奴に魔王になられるのは嫌なんだ。なんせ一生の付き合いになっちまうんだからな」

「大抵の魔王はお前のことが嫌いだと思うぞ?」

「俺は嫌われてもいーの。緋獣は見ていて笑えた。碧王は……まぁ、期待半分かね。女連中は目の保養になる、特に黒姉は抜群のプロポーションだ。ほら、全員平気だろ?」

そんなだから女魔王三人に嫌われてるんだぞ、と突き放すのも可哀想なのでここはスルー。

「頼まれなくとも、ラーハイトに一生涯命を狙われ続けるのはごめんだし、あんな奴を後世に残してちゃ未練にしかならないからな」

「気が合うじゃねぇの。それじゃ、頑張ってくれよな?上手くやってくれりゃ、ちょっとくらいはご褒美を用意してやってもいいからよ」

「うわ、気持ち悪ぃ」

「……一応心は人間なんだけどな、俺」

僅かな哀愁を残し、無色の魔王は消えた。正直な話、あいつは友人となれば楽しい奴なんだと思う。ただし、そう実感できるのは友情関係を結んだ相手に限った話だ。それ以外の連中からはとことん嫌われるタイプ、と言うよりそう立ち回っている。

「同胞、結局あの男は何を伝えたかったのだ?」

「この先にラーハイトがいる。既に蘇生魔法を手にしていて、復活の最中だってことを教えてくれたのさ」

「何っ!?その癖に無駄な話に時間を使わせたのか!?」

「ラーハイトの説得に使った時間分、こっちの足止めをしないとラーハイトにとっての敵対行為として該当してしまうんだろうな。それでも確信を得られた分、こっちが得だと思うけどな」

ラーハイトが魔王になる。それを阻止することは既に手遅れなのかもしれないが、まだやれるべきことは残されている。最後の切り札、これで完全に決着を付ける。