軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そんなわけで萎えた。

我が王は孤高だった。

幼き時から大人よりも賢く、その視野は遙か先を見通していた。我が王を支持していた者は皆、『この御方ならば』と信じて疑わなかった。

しかしその優れた才を正しく理解できたものが少なすぎた。戦乱に塗れた我々の視野は目先のことばかりに向けられており、我が王の視野を共有することができなかったのだ。

その結果、我が王は弱者の心を理解しない傲慢な悪として、愚者達に担ぎ上げられた妹君によって暗殺されることとなった。

私達は悲しみにくれた。あの御方ならば、この国を、この世界を導けただろうにと。世界を見限り、その生命を絶とうともした。

だが我が王は人ならざる者として蘇った。私達の前に現れ、別れを告げてきたのだ。

『人として成すべきことを成せ。俺は人ならざる者として、成すべきことを成す』

この御方はさらなる先へと進もうとしている。ならばと、我々も人であることを捨て、我が王と共に歩むと誓った。永遠の時を生きる魔族としての生を自ら望んだ。

思えばこの時だけだったのだ、我が王が私達を悲しい瞳で見つめていたのは。

『何故ですか、我が王!?何故選ばれた存在である我々が、人の前から姿を隠さねばならないのですか!?』

最初に壊れたのは誰だっただろうか。魔族として生きようとすれば、人であった心が崩れていく。魔族となった時から私達の心は、名もなき病によって徐々に蝕まれていたのだ。

『申し訳ありません……我が王……。私にはもう、貴方と共に歩くことができません……』

我が王に楯突く者もいれば、死を懇願した者もいた。どのような形で壊れたとしても、我が王はただ粛々とその者達の命を終わらせていった。

『すまない、ネクトハール。私もどうやら、ここまでのようだ……』

共に我が王を支えていこうと誓いあった親友が、感情を失った顔で私に呟いた。既に人の形を留めることすらできなくなり、その魔族の力に飲み込まれていた。私は彼に何も言うことができず、気がつけば我が王の傍に残っていたのは私とニールリャテスの二人だけとなっていた。

かつて誓った覚悟とはなんだったのか、我が王の目指した理想の国を頭の中に描くことすらできないでいる自分に、嫌気を覚えるようになっていた。

『ネクトハール、貴方は抱え込み過ぎている。それでは彼らと同じ道を辿ることになりますよ』

私も彼らと同じ道を辿る。それは確かだと思い、それは嫌だと拒絶した。

我が王と同じ頂に立ち、共に歩むと誓ったのだ。未だ目指す先すら見えていないのに、全てを捨てて誓った約束を果たせないまま終わりたくない。

だが魔族であることは、私が想像した以上に私の心を蝕んでいた。このままでは手遅れになると、私は確信していた。

永い時を変わらずに生き続ける我が王と、年々心が蝕まれる私自身を見比べ続けて一つの結論に至った。魔族ではなく、さらにその先、高みにある存在、魔王となればこの病を取り除けるのではと。

しかし我が王はその言葉を聞いて一言だけ、拒絶の言葉を私に放った。

『ネクトハール。今後貴様が蘇生魔法に関わることを禁ずる』

魔王にならなければ、私の心はやがて完全に壊れる。そうなってしまってはかつての誓いを果たすことができなくなってしまう。志半ばに道を諦めた同胞達と同じ結末を迎えることになってしまうのだ。

だから私は魔王にならなくてはいけない。この先、我が王の隣に立ち続ける為にも、彼らの意思を――

「言ったでしょ、ネクトハール。貴方は抱え込み過ぎていると。過去に道を諦めた者達の分まで背負う必要なんて、王にでもなったつもりですか?貴方はただの従者の一人に過ぎないんですよ」

「――ニールリャテス、か」

夢を見ていたのか。死を迎える者達が最後に見ると言う泡沫の夢。そうだ、私は我が王と同じ高みを目指していたはずだ。それなのに何故、こんな結末を迎えようとしている。

我が王に拒絶されたことで、我が王が私に高みに至ってほしくないのではと愚考したからか。それとも、私にその力がないと、その程度なのだと思われたくなかったからなのか。

今ではもう、その答えを考えることもできない。既にこの体はコアを破壊され、肉体が崩壊を始めている。

「我が王から貴方に贈る言葉はありません。皆と同じようにね」

「――蘇生魔法は完成した。だが、魔族の体では蘇生魔法は――」

「知ってます。いえ、察していたと言うべきですね。貴方が魔王になることで、その心の崩壊が収まるのだとすれば、我が王がそれを禁ずる理由がありませんから」

私から蘇生魔法を遠ざけていたのはそれが理由だったのか。もしもあの場で魔族が魔王に成れないことを知れば、あの場で私の心が完全に壊れてしまっていただろうから。

「私は、どうするべきだったのだろうな」

「そんなこと、最初に伝えてくださったじゃないですか。『人として成すべきことを成せ』と。もしも私達が我が王と同じように生きられるのであれば、我が王は最初から私達に手を差し伸べてくださっていたはずですから」

「魔族になることを望んだこと自体が……間違いだったと言うことか……」

そうだ。だから我が王は、私達をあのような瞳で見つめていたのか。こうなることを、人ならざる者として生きる者の結末を見据えていたから。

「――ああ、お許しください我が王。貴方の命を破り、貴方を悲しませた愚かな私を」

コアを破壊したことで崩壊を始めた肉塊の中から、人型のネクトハールの姿が現れた。息絶える間際のネクトハールに対し、ニールリャテスが何かを呟いている。『碧』からの言葉か、それとも同じ従者としての別れの言葉か。どちらにしても興味はないのだけれど。

「――魔族であれ、人として生きることくらいできたでしょうに。私でさえできたんです。本当に頭が固いんですよね、皆」

やがてネクトハールの体は完全に崩れて塵となった。魔族の体は人間よりも魔物のそれに近い構造なのは理解していたけれど、こうして見ると色々と考えたくもなる。もしも彼を魔族にして、彼が死んだ時、私もこんなふうに塵を見つめることになるのかと。

「主様、ネクトハールの魔力が完全に途絶えました」

「見れば分かるわよ?貴方はさっさと腕の修復をしてなさい?」

「はっ」

千切られた腕の修復を行うデュヴレオリを見る。魔物として生まれ、自我を持ち、ここまで成長したユニーククラスの大悪魔。されどもその生き方はより人間らしくなってきている。かつてのデュヴレオリは、誰と共闘したとしても淡々と戦い続ける道具のような存在だった。しかしウルフェの功績を褒め、熱の籠もった言葉を投げかけていたデュヴレオリの顔は、紛れもなく人間そのものと言っても過言ではなかった。

「――これも彼の影響だと考えれば、悪くないものね?」

「どうかされましたか?」

「誰が私の独り言に加わって良いと言ったかしら?口を動かす労力も修復に回してなさい?」

「……申し訳ありません」

私の口から『良くなった』と言うことは簡単だけど、それはデュヴレオリにとっては重みのある言葉となる。飴のあげどころはちゃんと考えなくちゃね?

「それにしてもよくやったわね、ウルフェ?貴方の功績はとても大きいわよ?」

「でも一番体を張っていたのはデュヴレオリ……」

「これはそれが仕事なのよ?体まで貴方が一番に張っていたら今頃靴の泥落としに使っているわ?」

「デュヴレオリ……」

彼がトリンに向かっていた間修行を続けていたウルフェだけども、彼女の身体能力に劇的な変化はない。変化があったのは戦闘に対する向き合い方、いかなる状況下でも考え続け行動し続ける周到さが身に付いている。

ウルフェに足りなかったものは実戦経験の数だったけれど、今ではそれさえ完全に克服してしまっている。デュヴレオリでも勝てるか怪しいところよね。

「私は彼と他のチームへの連絡を行うわ?貴方達はこの部屋と周囲の調査をお願いするわね?」

ネクトハールが自身に蘇生魔法を使用するには、その構築方法を何らかの形でラーハイトやリティアルに残す必要があると彼は言っていた。これまでの話の流れからネクトハールは自分に蘇生魔法を使おうと試みていたようだし、既に蘇生魔法の構築方法を取得する方法が用意されていると考えた方がいい。

他のチームが中層を突破していることから、そのどちらの妨害も取り除かれているとは思うのだけれど……やっぱり扱われているものがものだけに慎重にならないといけないわね。

俺にとって戦いは呆気ないものばかりだった。敵の攻撃を目の当たりにすれば、どう斬り返せば相手を殺せるか分かってしまうからだ。それは俺に剣を教えてくれた師匠でも例外じゃなかった。

『――なんと悲しい才能だ。お前にはこれ以上得るものがないのだから』

師匠が最期に俺に向けた言葉を、最初は負け惜しみか何かだと思っていた。だけどその言葉はベッドに染み付いて取れなくなったシミのように、何度も何度も俺の心を不快にさせてきた。

どれだけ戦っても、何も満たされない。世界に名を馳せた相手と戦っても、普段より少しだけ体を動かす感覚を得られる程度だ。

だが今は違う。これまでの虚無感とは違った意味で、あの言葉が俺の心を締め付けてきやがる。

「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」

戦いでここまでの汗を流したことは初めてだ。剣を握る腕が重いと感じたことは初めてだ。目の前にいる敵に、ここまで歯痒い気持ちになったのも初めてだ。

「随分と息があがっているようだな、アークリアル」

「うるせぇ……!」

加えて不気味な眼で観察され続けている不快感も初めてだな!くそ、死んだ魚の目の方がまだ未来を夢見てるっての!

あの男がイリアスに何かの指示を出したことは明らかだ。だがこれは何をされた?どうしてここまで体が疲れている!?

「不思議に思うことでもないだろ。お前は今までその才能一つで一方的に勝ち続けてきた。てことはだ、長期戦自体ほとんど経験したことがないってことだ」

「……っ」

「それと延々と固い物を叩き続けるとな、腕だって疲れるんだぞ?イリアスにはお前の剣を受ける際、互いの腕に衝撃が伝わりやすいような受け方をさせている」

違和感の正体はそれか。イリアスは相も変わらず俺の攻撃を受け止めるだけなのに、その衝撃が腕に異常に響いてくる。ワザと響きやすいように受けてるってのか……!

「ターイズ騎士の凄さは剣術のレベルの高さだけじゃない。飲まず食わず、眠らずに戦い続けられるそのスタミナだ。この戦いはもう身体能力や技術の差を比べるものじゃなく、根比べになってるんだよ」

呼吸が浅い。もっと深く息を吸わなければいけないのは分かっているのに、体が呼吸を急がせやがる。そのせいで逆に苦しくなってるってのに、言うことを聞かない。

腕だけではなく、足まで震えてきた。座りたい、横になりたい。風呂に入って喉の奥から声を出したい……!

「こんなやり方で勝って嬉しいのかよ、騎士様はよ!?」

「……」

イリアスは返事をすることなく、俺の剣に神経を集中し続けている。動きながら喋るだけでも肺がバクバクしやがるってのに……返事くらいしろっての!

俺が疲れてるんだから、こいつも同じくらい疲れてるんだろうって甘い考えはとっくに捨てている。イリアスが流す汗、聞こえてくる呼吸は斬りあってから少しも変わっちゃいない。

「くっそ――ッ!?」

とっくに限界を越えていたのか、踏ん張ったはずの膝が崩れた。姿勢が崩れたなんて綺麗なもんじゃない。嘲笑したくなるほどみっともなく、転んでしまった。

その拍子で剣も手から溢れている。慌てて剣を掴み直し、体を起こし――

「――ッ!?」

今の転倒は完全に不意に発生した隙だった。ユグラの星の民なら、これが演技じゃないことくらい見抜けているはずだ。だと言うのに、イリアスは剣を構えたままの姿勢で俺を見続けていた。

こいつ、どれだけ俺が隙を作ろうとも攻める気がない。徹底してあの男の命令に従っていやがる……!

「せっかくのチャンスすら、みすみす捨てるってのかよ……!」

「アークリアル、お前が気を失おうともイリアスに攻撃をさせるつもりはないぞ。ハークドックは無意識下でも危険を察知できるんだ、お前でも同じことができると判断させてもらっている」

徹底し過ぎている。この二人にはあわよくば俺を倒そうだなんて、微塵も考えちゃいない。最後の最後まで時間を稼ぐことしか頭にないんだ。こんなものが戦いと呼べるのか?いや、これはもうただの作業だろ……っ!

剣を杖代わりに、立ち上がる。少し息を整えないと、剣を振ることすらままならなくなってきている。

「――先の問いだが、嬉しいと答えよう。他の騎士達から学んだ護りの技術が、伝説の勇者と互角であるお前に苦戦を強いることができているのだからな」

「はぁ……、はぁ……自分の腕で勝ちたいとは思わねぇのかよ……」

「ターイズの騎士としてならば、当然その気持はある。だが今の私は彼の剣、彼が望む結果を得る為だけに私はこの場にいる。彼は私を信じてこの場を任せてくれている。それに応えること以上の望みなどありはしない!」

「……ッ!」

駄目だ、俺がどんな言葉や行動を向けてもこの女の心を揺らすことはできない。この女に武器を振らせる為には、もう手段は一つしか……ない!

「はああっ!」

剣を握り直し、大地を蹴る。自分から仕掛ける分の体力はこれでほぼ限界。だが狙った相手を殺すだけならばこれで十分過ぎるほどだ。何せ今狙っているのはユグラの星の民なのだからっ!

俺の攻めじゃイリアスの護りを正面から崩すことができないことはもう認める。だが、敗北まで認めるつもりはない。これならイリアスは確実に剣を振るわなくてはならない。そうしなければ、この男が死ぬのだから……!

さぁ、この男を護る為に剣を俺に振るえ!無様な勝利を俺に――

「――ッ!?」

剣を止めるつもりなんてなかった。この男を殺すつもりで、全力を振り絞って斬り掛かっていた。だがそれでも、それでも剣を止めてしまった。俺がユグラの星の民に斬り掛かったと言うのに、イリアスはその場から一歩も動いていなかったからだ。

剣先から血が滴り落ちてくる。剣を止めたと言っても全力を振り絞った攻撃を寸止めすることはできず、肩に多少剣が食い込むくらいの勢いは残っていた。

再びイリアスの方を見るも、俺が転んだ時と同じで俺の方を静かに見つめ続けている。だがその口元からは唇を噛み切ったのか、血が流れていた。

「――アークリアル。どんな形であれ、お前に勝利を渡すつもりはない。例え無力な『俺』を殺そうとし、イリアスに剣を振らせるような卑怯な真似をしたとしてもだ」

「……お前か、お前がそう命じたのか!?自分を護る騎士に、護るなって命じたのかっ!?」

こんな男脅威でもなんでもないはずだ。この止めている剣に少しでも体重を掛ければ、そのまま殺せてしまえるような相手なんだ。

この男を殺したところで、護りに徹しているイリアスを倒せない事実は変わらない。だけどそれは逆に言えば殺そうとも生かそうとも、関係のない存在でしかないんだ。

殺したところで俺に大した影響は何もない。そう、せいぜい安いプライドを失う程度で――

「そうだ。お前が固執していた安いプライドを捨てるのなら、『俺』は命を捨ててやる。そして捨てたものが二度と取り戻せないのだと、その魂に刻んでやる」

「おいおい、安いプライドって言っちまってるじゃないか。そんなもんの為に――」

「それでもお前が無様に転ぶまで、護り続けたかったものだろ。少なくともお前にとっちゃ一番の貴重品だ」

「……どうかしてるだろ、お前」

いや、どうかしてるは俺の方だ。俺は何も得るものがなくてもこの剣を振り、人を殺し続けてきた。なのにたった一つの安いプライドを失うってだけで、剣を止めてしまっているんだからな。ああ、くそ……!過去最悪の気落ちだ!