作品タイトル不明
そんなわけで決戦。
ターイズで戦ったラーハイトの刺客、パーシュロ。グラドナの弟子であり、その実力は非常に高かった。何よりも厄介だったのはその気まぐれな性格を活かした変幻自在な戦闘スタイルの切り替えだ。『俺』はその対策として、パーシュロの気分が変わるタイミングにハンドクラップを行ってイリアス達に合図を出した。今回のはその応用だ。
「――またかッ!」
自ら攻めることが苦手なアークリアルでは、正面からイリアスの守りを打ち崩すことができない。だからイリアスの意表を突く奇策が必要となってくるのだが、それをさせないのがこの動作だ。
驚異的な動体視力を得る超人眼鏡を装着している副作用として、体がほとんど動かせないというものがある。辛うじてできるのが瞬き程度のもの、だがそれで十分なのだ。
アークリアルが何かしらの奇策に移ろうとするのを察知し、超人眼鏡側で開いている眼を閉じる。そして裸眼の方へと切り替えてハンドクラップを行う。
目を閉じたまま手を叩くこともできるが、少しでもアークリアルを視界に入れておかなければ何をしてくるかわかったものじゃないからな。
「うっぷ……」
左右の目で異なる動体視力、それを何度も切り替えながらの作業だ。脳が複数の情報として受け入れる為に平衡感覚などに支障が出るが、その程度で済むのなら安い対価だ。
アークリアルの方も仕掛けようとするタイミングでイリアスが警戒を増す為、思うように攻撃できないでいる。一方的に攻めていながら、表情に苦しさが滲んでいるのが見て取れる。
「せこい戦い方をしやがって……!」
「一度に全員を相手にしても構わないと言っていたのは誰だ?彼一人の合図に随分な焦りようだな」
「っ!」
今から仕掛けると宣言しているような状態では、アークリアルにイリアスを倒すことはできない。アークリアルが取るべき行動はイリアスへの攻撃を止め、『俺』の方へと剣を向けることだ。
しかし安いプライドが邪魔をしており、アークリアルにはそれができない。この男だけはこの戦いに賭けているものが何もないからだ。
リティアルやラーハイトにはこれまでの人生を通して、しなくてはならないと決心しているものがある。だがアークリアルは強敵と戦えればそれでいいと言った好奇心しか持ち合わせていない。
殺そうと思えば一瞬で殺せる男が手を叩く、その行為だけで自分が詰んでいると認めたくない。そうしなければならないと、自分に限界を見出したくない。その気持ちが仲間の為に戦うといった感情すら押しのけてしまっている。
この調子ならばこっちは問題ない。残るは突入したメンバーだが……きた、三つ目の合図!
「アークリアル!今突入したメンバー全員から連絡があった。中層の全てを突破し、その先が行き止まりであることを確認したってな」
「それがなんだって……っ!おいおい、リティアルが負けたのか!?」
「そういうことだな」
リティアルを倒した、これは大きい。突入メンバーの配置こそ考えたが、どのチームが誰の妨害を受けるのかを考えることを放棄していたからな。多分ハークドック辺りがかき回してくれたと信じたい。
リティアル相手に読み合いをした場合、必ず負ける。ならばリティアルだけに読み合いをさせ、こちら側は各自の自由にさせるといった作戦に出た。作戦と呼べるかはさておき。
リティアルはその才能からほぼ無敗の人生だったろうが、こちとら叩き上げの人間だ。自分よりも狡賢く、考えを読んでくるような相手に敗北した数は勝利の数と変わりない。だけどそんな連中に勝った時の経験が生きた。
彼らの読みは鋭く、『俺』の読みの上を容易くいってみせた。だが『俺』が駒として使っていた者が勝手な行動をした時、その読みが狂ったことが多々あったのだ。
リティアルも『俺』が皆を意のままに操っているのだと錯覚し、『俺』との読み合いに意識を向けすぎた。そりゃあ足を掬われる可能性は生まれるだろう。
勝機ゼロから勝機ありになる、その為なら勝負を放棄するくらいはやるさ。
「嘘……でもないのか。つく意味のない嘘を吐く必要はないだろうしな」
「ああ、どうせお前は最後までここで戦うつもりなんだろう?」
「まあな。リティアルが負けたことには驚いたが、それでもリティアルにはさらなる時間稼ぎの手段があったようだしな」
ネクトハールが蘇生魔法を完成させた時、出し抜かれることを防ぐ為には契約魔法なりでネクトハールにその使用を制限させる必要がある。
おそらくはその構築法を何かに記し、リティアルやラーハイトが手に入れられるように手配してからでしか使えないようにしているのだろう。
一方的に契約魔法を破棄することはできない。だからリティアルとラーハイトのルートが当たりの場合、二人はその道を埋めることはできないはずだ。なら考えられるのは三つ目のルート、セラエスの道が当たりだったと考えるべきだろう。
セラエスはラーハイトと協力関係にあるが、その目的は世界の秩序を守る為だ。ならばリティアルやラーハイトに蘇生魔法が渡ることを良しとしなかったのだろう。
その感情を利用し、リティアルはセラエスに用意していた正解のルートを埋めさせるように誘導した。
「セラエスを利用して契約魔法の穴を突いたってところだろうな。実際には穴を埋めさせたんだが……。だけどまぁ、それは想定内だ」
「なんだと……負け惜しみじゃないよな?」
「そもそもリティアルとは読み合いの勝負なんかしてないさ。勝ち負けのその後の展開くらいなら何通りも想像している。最初のチームがハズレの道を引いてからはそれなりの時間が経過しているからな。突貫で埋めた通路くらいならそろそろ突破してくれている頃だろうよ」
ハズレの道だったチームは、当たりの道が発覚するまでその道を掘れと指示をしてある。最初から埋め立てていた通路ならいざしらず、配置を行わせてからセラエスが独断で埋めた穴ならばそう深くはない。その可能性を見越し、それぞれのチームには地面を掘る能力に長けた人選を均等に配置してある。
「……普通そこまで考えないと思うんだがな」
「そこまで考えるのが臆病者の性なんでね」
「こりゃ本当にネクトハールの奴、やられちまうかもな。ま、そん時は慰めの言葉でも掛けてやるか」
アークリアルの様子が少しばかり変わる。先程までの攻めあぐねていた焦りはなくなり、実に落ち着いた様子だ。リティアルが負け、ネクトハールの元ヘも辿り着けるか不確かな状況、アークリアルにはもう急ぐ必要がなくなったのだ。
ここでいっそ退いてくれればありがたいのだが、この男はある程度の筋を通すタイプの人間だ。リティアルとの約束を守れる範囲で守り続けるだろう。
だが地下に向かうつもりがなくなったのは好都合、これでこの男は最後まで自分のプライドを守り続けることになるだろう。アークリアルと言う最大の戦力は依然として健在、イリアスにはまだまだ粘ってもらわねばならない。
「イリアス、次の策に移行する!任せるぞ!」
「ああ、任された!」
◇
「ようやく……ようやく完成した……。蘇生魔法……間違いなく、ユグラが編み出したものと同じ……だがこれは……!」
ネクトハールの独り言、いや俺が聞いてるんだから独り言じゃねぇのか?あーでも別に俺に向かって言っているわけじゃねぇしな。
「おめでとさん。まさかこの世界の住人が自力で蘇生魔法を完成させるとはな。しかもユグラの仕込んだ網をすり抜けるたーな」
「――無色の魔王ッ!?」
「警戒しねぇでもいいぜ?俺はただ賛辞を贈りに来ただけだ。俺はお前さんに手を出せねぇ、お前さんの計画した蘇生魔法の構築プランは完璧だ。いやいや、恐れ入った」
はい、拍手。俺一人じゃちょーっと寂しい感じはあるけど、分身してまでしたいとは思わねーから勘弁な?
「……私を嗤いに来たのか」
「そだよ。いやーすげー偉業なんだぜ?ネクトハール、あんたはこれで自由に新たな魔王を生み続けることができるようになる。あいつも魔王、こいつも魔王、そいつも魔王ってな?」
「知っていたのだな、貴様はっ!知っていて、私の……私のっ!」
「ああ、知っていたぜ。蘇生魔法は人を魔王として生まれ変わらせることができる。そう、人をな」
ネクトハールの目的は自身が魔王となること。碧王と同じ立場になって何がしてーのかは興味ねーけどな。だがそれは叶わない願いだ。蘇生魔法を使うことができるのは人間だけ、魔族の体じゃその恩恵は得られねぇんだからよ。自分に使って初めてその仕様に気づくたぁ、悲しいもんだな。
いやー、他人の努力が無駄になる瞬間って最高だよな!飯持ってくりゃ良かった、絶対美味い!
「皮肉なもんだな。てめぇの主を裏切って、全てを投げ出して掴んだ奇跡が他人専用だとはなぁ?」
「これでは私はなんの為に……なんの為に……」
ありゃ、煽ってやったのにぶつぶつ呟いて俺の言葉なんか無視かよ。いっそ殺しにきてくりゃ、多少は遊んでやれたのによ。
「おーい、聞いてんのかー?そろそろこの場所に懐かしいやつが来るぜー?……ダメだこりゃ、完全に壊れちまってる」
ネクトハールの奴、さっきまでの知性の溢れてた顔が見る影もねぇな。ま、これなら処分もそう難しくなさそうだな。
面倒臭そうなリティアルも無事に脱落して、ラーハイトも『地球人』側の手に落ちた。この調子ならもう俺の出る幕はなさそうだ。
ユグラの奴には『そこまでやってのけるのなら、もう放置して構わないよ』とか言われてたけど、黒姉が復讐を果たす分をこれ以上奪われるのは避けたいからな。俺としちゃあ魔王には増えてもらっちゃ困るんだわ。
◇
「主様、道が繋がりました」
「そう、思ったよりは短かったわね?」
彼から道がハズレだった場合、当たりの道が判明するまで掘り進むようにと言われていたけど、こういうことだったのね。
セラエスは自分が敗れることを前提として道を塞いだ?……いえ、どちらかと言えばリティアルと私達、両方の意図を潰そうとしていたのかしらね。
「いやー便利ですねぇ、悪魔。我が王の魔物はどれも強くはありますが、雑用を押し付けられないのでちょっと羨ましいです!」
「貴方も穴掘りを手伝っても良かったのよ、ニールリャテス?」
「そこの二人が巻き上げる土砂に巻き込まれたくないので」
デュヴレオリ達の作業はとても早かったけど、速度を重視した為に色々と雑だった。貴方達その歳で泥遊びでもしてきたの?と言いたくなるほどの汚れっぷりだ。
「お二人とも、泥を落としましょう。少しじっとしていてください」
バンが魔法を使用し、二人の泥を落としていく。もともと冒険者で斥候の役割を担っていただけあって、便利な魔法が使えるのね。
「バンさん、ありがとうございます!」
「私の衣服は魔力で編んだものだ、必要はなかったのだがな」
「デュヴレオリ?貴方はウルフェのついでに綺麗にしてもらっただけよ?その分際でその態度は何かしら?」
「……感謝する、人間」
「いえいえ、私にその発想がありませんでしたからな。出過ぎた真似をしてしまいました」
バンは彼の良き協力者、ならば相応の態度を取りなさい。そんな意思を込めた視線を投げつつ、息を吐く。もう少し人間社会に馴染ませないと、色々問題が起きそうよね。今度ノラにデュヴレオリを預けてみようかしら。
「……戦闘は無理だけど、一人で歩けるくらいには回復したようね?デュヴレオリ、抱えることを許すわ?」
「御意に」
歩けると言っても走ることは難しい。ただこれならデュヴレオリに運んでもらえれば十分な速度を出すことができる。
「結局歩かないんですね……。でもいいなー、私も殿方に抱えられて移動してみたいー」
「あら、『碧』に言っておきましょうか?」
「死にますよんっ!?バラバラにされた上で皮肉たっぷりに首だけ掴まれて運ばれますぅっ!?相手を考えてくださいよー!でも我が王以外は遠慮しますけど」
「私だって彼以外に喜びを見い出せないわよ」
「でもあの人って、貴方一人抱き上げるだけでひぃひぃ言いそうですよね」
「あら、それがいいんじゃない?私の為に無理をしてくれるなんて、素敵でしょ?」
埋め尽くされた道を拓く為に時間は取られたけど、私の回復に当てる時間を確保したと考えればそこまで大きなロスではない。バンもウルフェが抱えて走ったことで私達は短い時間で下層へと到着することができた。
そこは魔石で輝く広めの部屋に、よくわからない道具が並んでいる。『碧』の城で見たものに似ているけど、こっちは随分と新しい。
そしてその部屋の中央、ニールリャテスと同じ黒髪と黒い瞳、浅黒く焼けた肌の男が佇んでいた。
「ネクトハールッ!」
ウルフェが大きな声でその名を呼ぶも、ネクトハールに反応する素振りはない。ネクトハールは虚空を見つめ、何かを呟いているように見える。
「ねぇニールリャテス、ネクトハールってあんな人物なの?」
「姿や魔力は間違いないんですがねぇ……見ない内に随分と荒んでしまっちゃった?コホン、ネクトハール、お久しぶりですね!」
「……私は……高みに……あのお方の……」
「ちょっとぉっ!?本来なら問答無用でぶっ殺すところを挨拶してるんですよぉ!?無視しないでー!しーないでー!」
ニールリャテスの声すら無視している。こんな頭がおかしい男をリティアルやラーハイトが支援するのかしら?何かあったと考えるべき?
「どういたしますか、主様」
「私の方が聞きたいわよ?てっきり戦闘になるか、逃亡するあの男を追いかけることになるとばかり思っていたの――」
ネクトハールの首が飛んだ。呼びかけていたニールリャテスが、なんの予備動作もなく手刀でネクトハールの首を刎ねたのだ。
ニールリャテスの手はまるで武器として鍛え上げたかのように歪に変形していた。首だけになっても即座に復活する再生力、それを応用して腕を武器として作り替えたのかしら。
「元同僚相手に躊躇ないのね?」
「躊躇もなにも、このくらいじゃ死にませんよ。綺麗に頭を潰さなきゃ」
確かにネクトハールは生きている。首を刎ねられたというのに、未だにぶつぶつと何かを呟き続けている。
ニールリャテスが転がったネクトハールの首の元へと歩み寄る。今度は腕を槌のように変化させ、大きく振り上げた。
「文句の一つでも言いたかったのに、これじゃあ私が来た意味すらないじゃないですか。はぁ、損した。早く我が王の御尊顔で癒やされたーい」
「……我が王……我が王……あ、ああ……あああああああぁっ!」
突如ネクトハールが耳を抑えたくなるほどの声量で絶叫した。空気だけではなく、この部屋そのものが揺れている。夥しい量の魔力を声に乗せて放っているのだ。意味などなく、内から湧き上がるものをただ吐き出している。
「うるさい、さっさと――ッ!?」
地面から無数の槍が突き出し、ニールリャテスの全身を次々に串刺しにしていく。穴が重なり、その体が原型を留めることができなくなって崩れていく。ニールリャテスの体が地面に落ちたことで、その先の光景をはっきりと見ることができた。
ネクトハールの首の下から無数の触手のようなものが湧き出し、それがニールリャテスの体を貫いていたのだ。先程ニールリャテスが腕を武器のように変質させた時よりも、遥かに人間としての部位を逸脱している。首だけではなく、その残った胴体も人の形を失い、ただの肉塊として肥大化していく。
「ニールリャテスさん!?」
「バン、貴方は下がって」
先程まで私達のことは現れたことすら気づいていなかった素振りだったのに、今は熱した泥のような殺気を浴びせてきている。永い時を生き続けた魔族が、その牙を剥こうとしているのだ。
「我が王……何故……ああ、何が……取り除かねば……何を……あるものを……全てを……全てを!」
「主様――」
「聞かなくても分かるでしょ?ようやく貴方の出番よ、猛りなさい」
「御意に」