軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そんなわけで素直だった。

『どうしたハークドック、そのしけたツラは』

ジェスタッフの兄貴はいつだって渋い。兄貴に拾われ心を開いた時から、俺も兄貴のような貫禄のある男になりてぇって思い続けていた。

『兄貴が読んでた本、全然内容が分からなかった……』

『そんなことか。お前にゃまだ早いだけだ。文字すら読めねぇだろ、お前』

あれ、なんか俺勝手に話してねぇか?つーか兄貴なんか若返ってね?こう、出会ってそうまもない頃のような……。

『違う。他の大人に読んでもらって、細かく教えてもらったんだ。だけどそうすることの意味が分からなかったんだ』

『そりゃ随分と熱心に勉強したもんだな』

あー、これは昔の時の夢か。兄貴の部屋にあった本で、政治や経済についてのセオリー的なやつを読んだ時の記憶だ。兄貴が大人達と難しい話をしていて、それに加われねぇのが嫌だった。自力で勉強してやるって意気込んだのはいいけど、文字すら読めやしなかった。気のいいおっさんに本の内容を読んでもらって、その中身を理解すればって思ったけども結局ダメだった。

『兄貴みてぇに立派になりてぇのに、なれる気がしなくなってきたんだ……』

『俺なんかに憧れてもな……ま、それでも誰かに憧れ、そいつのように伸びてぇってのは大事なことだ。俺は自分らしく生きてるだけだが、お前さんは伸びようとして生きている。その分だけ成長の差は確実に出る』

『……それでもダメだってこともある?』

『ある。俺を目指すことで成長はできても、俺そのものになることはできねぇからな。だが俺もお前になることはできやしねぇのさ。ならそこを大事にしな』

兄貴の言葉の深さは、当時の俺にはほとんど分かりやしなかった。だけど兄貴がそう言ったんならそうなんだろうって、納得したんだよな。

「――ッ、――ドックッ!」

なんだよ、懐かしい記憶を思い出してしみじみしてるってのに。耳元で誰かが大声で怒鳴ってやがる。いや、怒ってはいねぇか?

「ハークドックッ!意識を保って!」

「……んぁ……マセッタ……か?」

ぼやける視界の中からマセッタの姿が見えるようになった。どうも体が動かねぇ、少し奥にミクスっぽい人影が見えるがはっきりとは見えねぇ。

「良かった!意識が落ち着いてきたわ!今回復魔法を使用しているから、貴方の方でも私の魔力を受け入れて!」

「聞こえてっから……大声……出さねぇでくれよ……」

さっきから温けぇと思ったら、マセッタが回復魔法を使用していたのか。その魔力に意識を集中して、受け入れるイメージで……。ああ、疲れ果てた時に入る風呂みてぇに落ち着くなぁ……。

「これなら大丈夫そうね……。はぁぁ……」

「人の顔を見ながらでけぇため息吐くなよ……」

「誰のせいだと思っているのよ!?貴方今現在も死にかけてるのよ!?峠は越えたけど!」

死にかけたって、そんなことは……あ、そうだった。俺リティアルの奴と戦ってる最中だったよな?そうだそうだ。思い出した。長期戦に持ち込まれちゃ勝ち目が見えなかったんで、一か八かで結構な無茶をしたんだったな。

本能様は死の危険性を察知して、強引に俺を動かそうとしてくる。それを拒み続けた場合、その衝撃がでかくなり続ける。だけどそれは逆に言えば死ぬか死なないかのギリギリのタイミングが分かるってことだ。だから普段は本能様が働く範囲で無茶をして、多少の危険性はあっても死なねぇように立ち回ることができた。

でもリティアルが相手じゃそれは通用しねぇ。俺の思考を読めるリティアルを倒す、いや騙すには先に別の結果を与えちまうのはどうだろうかって思ったんだ。何かあるが、とりあえず死ににいきゃあリティアルは確実に俺を殺しにくる。その瞬間を狙えばってな。

そのタイミングってのは、本能様が限界を超えて蹴りを入れてきた場合だ。つまるところ、俺が本能様によって意識を奪われる時だ。

奥の手を破裂させる寸前で維持し、リティアルの懐に飛び込んで殺される一撃を待つ。本能様が逃げろって蹴りを入れてくるのを我慢して、我慢して、意識が飛ぶまで耐え続けた。そして俺の意識が飛んだ瞬間に圧縮していた魔力の制御が解除され、奥の手が発動。意識の外から放たれる一撃じゃ、リティアルも読みようがねぇだろうよ。

「……よく生きてんな、俺」

体の感覚が戻ってきたことで、背中がぐっしょりと濡れていることに気づいた。しかもむせ返るほどの血の匂いだ。これ、俺の血だよな。マセッタが手をかざしているのは首、やっぱり刎ね飛ばしにきてたんだよな。どんくらいざっくりいかれたのやら。

「もう少し血が溢れていたら間違いなく死んでたわよ。むしろ普通なら助からないくらいには溢れてるのよ!?」

「血の気は多い方だからな。普通の奴よりは出血サービスできんのさ」

「次そのふざけた冗談言ったら、残りは焼いて傷を塞ぐわよ」

「すんません、優しくお願いしまっす。……ってリティアルはどうなった?」

首を動かそうにも、マセッタが抑えてくるもんで様子を確認することもできやしねぇ。ただ周りの空気から負けたって感じはしねぇのはわかる。

「リティアル殿でしたら既に拘束を済ませてありますぞ。命に別状はなさそうでしたので、治療は見送らせていただきましたが」

「……そうか」

ミクスの言葉で俺達が勝ったのは理解した。ただ俺は治療を受けなければ死んでいて、リティアルの方は命に別状はなし。これが一対一の戦いなら、俺だけが死んでいたってことだ。

命を賭ける覚悟だけなら負けねぇって思ってんだけどな、それすらも届かなかったってことか……やっぱ悔しいな。

「なーにいっちょ前に悔しがってんだ。お前さん、これが死合かなにかと勘違いしてねぇか?お前さんは首を刎ねられる寸前まで無防備で攻めっ気を隠してみせた。わしが命がけで剣を止めたとしても、リティアルを倒せるかは半々だったぜ?」

「おぶっ!?」

「ちょっとグラドナさん!?この人重傷なんだから足でグリグリしないで!?」

「いいかハークドック。リティアルは人生を賭けてこの場まで辿り着いたが、お前さんはこの場で全てを捨てる覚悟をした。リティアルには捨てられないものを、お前さんは躊躇なく捨てる覚悟を見せたんだ。お前の勝ちだぜ、誇れ誇れ」

グラドナは人の腹を踏みつけながら笑う。いや、その言葉は嬉しいけどよ。踏む意味はあんの?全身麻痺してて痛いかどうかもわかんねぇけど、屈辱的だってのは分かるんだぜ?

「さて、と。そろそろ来る頃ですかな」

「あん、来るって誰がごぶっ!?」

「ハークドックッ!?」

ようやくグラドナがどいたと思ったら、今度はモラリが人の腹の上に現れやがった。その横にはヤステトの姿もある。そっか、そういう話だったもんな。

「うわ、一瞬獣の糞を踏んだかと思った」

「……どいてやれ、モラリ。見たところ瀕死の人間のようだ」

「お前ら……ワザとじゃねぇだろうな……」

「そんな奇跡そうほいほいと――リティアル様っ!?」

モラリ達が視界の外へと移動していく。どうやら捕らえられているリティアルの方へと近寄っていったようだ。

「動かれては困りますので、治療はしておりません。ただ命に別状はありませんので、そちらの方で自由に治療してくだされ」

「お前ら……よくもリティアル様をこんな目に……っ!」

「……落ち着けモラリ。リティアル様はここまでしなければ止まらなかったと言うことだ。……これ以上があった場合、命もなかっただろう」

ちょっと見えねぇんだけど、首持ち上げちゃダメですかね?なんて思っていたら、マセッタが俺の意思に気づいたのか首を固定したまま体の方を起こしてくれた。そこには拘束され気を失っているリティアルの姿があった。

うお、なんか顔面の片方がすっげー腫れてねぇ!?俺の奥の手じゃあんな傷にはならねぇだろうから、多分グラドナがやったんだろうな。あそこまでやるってことは、俺の奥の手を受けても起き上がれたってことだよな。……いや、悔しがっちゃダメなんだろうけどさ。

「なんで冷静なんだよ、ヤステト!悔しくないのか、お前は!?」

「……悔しくもあり、憎くもある。……だがここで俺達が感情に身を任せれば、誰がリティアル様をここから救出するのだ」

「……っ!」

気持ちは分かる。俺もジェスタッフの兄貴があんな状態だったらと思うと、罪悪感すら湧いてきやがるからな。つかツドァリにも恨まれそうだな、おい。

「……う」

「リティアル様!」

モラリの怒声が原因か、リティアルが意識を取り戻したようだ。最初は何も言わず、静かに周囲を見渡していたが自分の状態を完全に把握したのか、大きく息を吐きながら項垂れた。

「……私の負けだな」

「そうです。貴方の負けですぞ、リティアル殿。なので――」

「説明は不要だ。ユグラの星の民としては私にこの場から離れてもらいたいのだろう?殺せば良いのに、甘い判断をするものだ」

「モラリ達から情報を聞き出す上で、ご友人は約束をしました」

「君がその男の約束を守ることに言っているのだよ」

兄弟はリティアルの無力化に成功した場合、情報提供者のモラリとヤステトにその身柄を明け渡すと約束していた。でもリティアルの脅威ははっきり言ってやべぇ、できるなら排除しておきたいところではある。兄弟の立場としても、俺や兄貴の立場としてもだ。

「私がもしも貴方を始末したとして、ご友人はそれも想定内だと苦笑いをするでしょう。ですが私はそのような女だと思われたくありませんので」

「理想の相手が理想とする自分でありたい、か。若いものだね。だがとやかくは言わないさ、私は結局彼に読み負けたのだから」

「それは違うぜ、リティアル」

思わず声が出た。だけどこれは伝えておかなきゃならねぇことだって言われていたんだ。

「……何が違うのかな、ハークドック」

「兄弟は別にあんた相手に読み勝ってなんかいねぇよ。兄弟は言っていた、あんたには絶対に読み勝てねぇってな。だから読み合いを放棄したんだ」

「――なんだと?」

「兄弟が考える最善手は全て読まれ、負けちまう。だから兄弟は俺達が動きやすい手だけを用意して、全てを託してくれたんだ」

兄弟が取った策、策なんて呼べるもんじゃねぇんだがな。兄弟が考えたのは突入メンバー内で最も協力をしやすい編成だけだ。あとは全部俺達に丸投げしてきやがった。読み合いで勝てないってんなら、読み合いをしなけりゃいいってふざけたもんだ。

「……そうか、それで彼はアークリアルの足止めに残ったのか」

「おうよ。イリアスの姐さんと兄弟、最小限の人数であんたらの最強の駒を抑えつつ、あんた個人との読み合いを放棄するのが狙いだ」

リティアルは必ず兄弟に読み勝つ為の動きを取る。だけど実際には指し手はいなかったわけだ。存在しない相手を前に思慮を巡らせる相手なら、別の連中にも勝ち目は大いにあると兄弟は言った。

「編成には彼の意図を感じていたが、そこからの行動には何も感じなかった。自らの勝ち筋を捨て、仲間に勝ちを拾わせていたのか……」

「あんたは読み合いじゃ負け知らずだったんだろうよ。だけどな、余所見をしてりゃ俺でも追い詰めるくらいはできるんだ」

リティアルが俺の最後の技を見切れなかったのも、俺が兄弟から何かしらの入れ知恵を受けていたと思っていたんだろう。だから兄弟が俺に与えそうな策ばかり考え、俺の行き当たりばったりな愚策が刺さった。

皮肉なもんだ、もしも最初から俺と正面から向き合ってりゃ、こうはならなかったかもしれねぇのにな。

「……彼には勝てる。そう思っていたのだが、そもそも勝負の場にすら現れてくれなかったのか。ずるい男だ」

「凹んでいるとこ悪いけどな、帰る前にこの先にいるツドァリも拾っていってやれよ。あいつもあんたと同じくらいには重傷なんだ」

「――ヤステト、そこの穴を進んだ先だ。回収を頼む」

「……わかりました」

ヤステトがその場を離れ、俺が空けた穴の方へと進んでいった。そして暫くしてツドァリを抱えて戻ってきた。ただ顔には布のようなものを被っており、その表情は見えねぇ。つか死んでねぇよな?

「リティアル様……申シ訳アリマセン……」

あ、生きてた。良かった良かった。これで死んでたら俺気を失ったフリとかしなきゃならなかったからな!

「最も優先すべきことを守ってくれた。それだけで十分だ」

「……ハイ」

「リティアル殿、これだけは手順として踏んでもらわなければならないので伝えておきますぞ。この場所に現れる直前のモラリ殿とヤステト殿、そして貴方にも毒を飲んでもらっております。その解毒薬はある場所に待機させているターイズの騎士達に預けてあります」

「移動先も指定していると言うわけだな」

「はい。数度ほど移動を繰り返してもらいますが、毒が回るまでには解毒薬を飲めるようにはしてあります」

リティアル達にはただ地上に出てもらえればいいってわけじゃねぇ。リティアルが動けなくとも、モラリやヤステトが戦力として使えてしまえば厄介どころの話じゃねぇからな。

まずこの遺跡の近くに待機しているところに戻ってもらって、別の場所にいるターイズ騎士の場所を聞く。そしてそれを数回繰り返して解毒薬を持っている騎士のところに向かってもらう。

モラリの転移魔法があるからそこまで時間は掛からねぇが、いきなり反撃に出てこられる心配はなくなるってわけだ。

「いいだろう。命があるだけでも十分にありがたい、素直に従わせてもらう。モラリ、移動を頼む」

「……はい」

モラリが転移魔法を発動させ、リティアル達四人は地上へと転移した。なんつーか、思った以上に素直だったな。人生を賭けた戦いだってのに、もう少しくらい足掻くもんだと思ってたんだが。

「さて、先に進みますかな。ハークドック殿は……」

「戦えないのは当然だけど、もうちょっとマシな場所で休ませないと……」

「そうですな。地図によればこの先に進めば広めの部屋があったはず。そこまで運ぶとしましょう」

ミクスは被ってきたローブと土魔法を使い、簡単な担架を作り上げた。俺はそれに乗せられ、皆と一緒に先に進むことになった。

「別に置いていってくれてもいいんだけどな」

「止血が済んだだけでまともな治療は済んでおりませんからな。マセッタ殿にも残ってもらわねばなりません。通路で女性を休ませるわけにもいかないでしょう?」

「……そうだな」

「でも大丈夫なの?さっき確認したけど、他のチームのルートはハズレだったって……」

「マジか……」

リティアルが守っていたから、そんな予感はしていたんだけどよ。やっぱりこの道が下層に続くルートだったってわけかよ……。俺が脱落で、マセッタもその巻き添え。リティアル相手に疲弊させられたミクスとグラドナの二人で、魔族のネクトハール相手に戦えるのかよ!?

「我々二人だけで勝つつもりはありませんぞ。蘇生魔法の完成さえ阻止できれば良いのですから、今度は逆に時間を稼ぎに稼いで他の皆さんの合流を待てば良いのです!」

「そっか、それならお前ら二人は適任だろうな」

ほっとしたのも束の間、次の部屋に辿り着く前に俺達は言葉を失うことになった。当たりだと思っていたこの一本道、その先が綺麗に埋め尽くされていたからだ。