作品タイトル不明
そんなわけでドヤる。
ドコラの判断能力の高さはこれまで出会った者達の中でも上位に入るものだった。ドコラは煙幕を発生させてすぐ、敵の情報と俺達にできる技や能力を確認してきた。そして迷うことなく人質を地面に隠す選択を取り、ラクラに視界に映る全ての相手の足を切断するように指示した。
そもそもの発想の仕方に違いがあるのだ。俺達は人質を意識し、可能な限り助けようと考えていた。そこをラーハイトに付け込まれ、揺さぶられ、自らの立場すら危険に晒していた。だが人質を可能な限り助けることだけを了承したドコラは違った。人質だろうとそれはラーハイトの駒であることには変わりない。ならばこそ、傷つけてでも無力化し駒としての機能を奪うことに方針を変えたのだ。
「――爆破を促す魔力の波長がきました!ドコラさんの言った方向と一致しています!」
「作戦を変えてきたな。人質を利用することを諦め、とにかく爆破してこっちの足を止めるつもりなんだろうな。読み通りだ」
そして爆破するアンデッドの対策もあっさりと導き出していた。ラーハイトが魔力の波長を飛ばし、アンデッドに掛けられている死霊術に何らかの干渉を行って起爆していることに気づいたドコラは、『蒼』とラクラに空間に満ちている魔力の質を変えるように指示を出した。
魔力の波長は大気中の魔力の質が極端に変わることで、その影響を大きく受けるらしい。魔王である『蒼』の魔力と、ラクラの空気浄化の魔法の組み合わせでアンデッドの周囲の魔力を全く別のものに変化させた。それによりラーハイトが起爆用に飛ばした魔力の波長の質が変わり、起爆しなくなったのだ。
アンデッド達に掛けられている死霊術に対して干渉を行ってない為、アンデッド達は特に変化もなく俺達の方へと迫るだけだ。そうなれば後は俺の鎖で縛り上げ、動きを封じれば一網打尽にすることができる。
「ラーハイトは本来の体に戻っている。何をされたか気づく頃には大方のアンデッドは無力化済みと言うわけだな」
「あんなハッタリに騙されるなんざ、臆病者もいいとこだぜ。ま、だからこそ厄介ではあるんだがな」
「ラーハイトにはまだ手段があると?」
「俺は人の目を見れば、大体そいつがどんな奴かわかる。ああいう手合は簡単には引き下がらねぇよ。魂の移動すら感知されてるってのに、魔力の波長を飛ばして起爆してきたのがその証拠だ」
人の目を見れば、か。ドコラはかつて自分の前に現れたイリアスを見て、自分を追い詰めたのはお前ではないと断言していたと聞く。ある意味では同胞に近い技能を持ち合わせていると言うことだろうか。
「なんだか尚書様みたいなことを言うのですね」
「尚書?ああ、あいつか。あいつほどじゃねぇよ。俺のは戦場で身につけた、戦いに限った観察力だ。相手の立場になりきって、そいつを理解しちまうような奇特な真似はできねぇよ」
だが今はその戦場。戦闘能力がありながら同胞にも劣らない観察眼は相当な脅威だ。イリアスはこの男をよく倒せたものだ。
「うーん。やっぱりどこかで会ったことがあるような……」
「――メジスにいたんだ、どこかですれ違ったことくらいあるだろうよ。それよりもアンデッドの無力化は済んだな?」
「ああ。こっちはもう済んだ」
元は一般人程度のアンデッド、多少の身体能力が強化されたと言っても俺の鎖ならば会話をしながらでも問題なく縛り上げることができる。こうして腕と足を縛り上げれば転倒し、その状態のままミミズのように這うくらいでしか移動ができない。
「これだけのアンデッドを鎖であっという間ってのもすげぇもんだな。俺が生きてりゃ勧誘間違いなしだぜ?」
「それは光栄だ。だが既に魔王の配下だからな。山賊に転職と言うのは少しな」
「はっ!違いねぇ!」
人質も回収し、地面へと避難を済ませた。これで残るはこの先にいるとされるラーハイト本体を捕まえるだけだ。しかしここから先はちょっとした賭けも入っている。勝てる勝てないではなく、ラーハイトにとって逃げるかどうかの判断が鍵となる。
ネクトハールが蘇生魔法を完成させてしまえば時間稼ぎをする必要はなくなるのだ。未だ完成に至っていないからこそ、ラーハイトはここに残っている。だがそれは自身の手に蘇生魔法を掴む為、それが叶わなくなる可能性が見えたら躊躇なく逃げることになるだろう。
俺達はこれからラーハイトが逃亡を選択する前に奴を捕まえなくてはならない。人質を失った以上、その判断はより早いものとなる。必要なのはラーハイトに気づかれないように詰めることだ。
「エクドイク、俺のナイフに麻痺毒を付与してくれや。ほんっと、俺の装備がゴミ過ぎて死にてぇよ。あ、死んでたわ」
「うっさいわね!一応貴方が使っていたって聞いた道具は一通り持ってきていたのよ!?」
「足りねぇよ。暗部の懐ってのは想像の三倍は仕込んであるんだよ。ま、魔力は魔王様から結構貰ってるからな。魔法が使い放題ってのは気前がいい」
「あのねぇ……私だって無尽蔵じゃないんだから……」
道を進んで行くと、ドコラが手で俺達に止まれと指示をしてきた。そして声を出さないまま近くの棺桶へと近寄り、何かを調べ始めた。さらに姿勢を低くし、地面を注意深く観察している。
「ここに本体があったようだな。微かだが魔力の残滓が残ってやがる。向かった先はあっちだな」
「まるで狩人だな」
「暗部の仕事ってのは人を狩る仕事だからな。間違っちゃいねぇよ……止まれ」
僅かにドコラの警戒心が増しているのを感じ取る。近くにラーハイトがいるのか?探知魔法を――
「必要ありませんよ」
「っ!」
近くにあった棺桶の影から人影が現れた。こちらに向かって右手を向け魔法を放とうとしている。この距離ならラクラの結界も間に合うし、何より俺の鎖の反撃の方が速い!
鎖を人影の肩へと放つ。しかし命中したと思った瞬間、その姿がまるでひび割れたかのように亀裂が入った。これは……水晶!?自分の姿を映し出していたと言うのか!?
「――フィールド、セット」
「これは……っ!?」
周囲のいたるところから水晶が隆起し、俺達の周囲を囲んだ。先程見たものよりも速度は遅いが広範囲に展開できる類の技のようだ。だが驚いたのはそこではなく、周囲の水晶に先ほどと同じ人の姿が映し出されていることだ。
「おうおう。懐かしい顔じゃねーか。そうだよ、その顔だよ。俺の腕を奪ってくれたその顔だ!」
「よく覚えていますね。私は貴方の顔なんてほとんど覚えていないのですがね」
ドコラが知っている顔と言うことは、メジスで暗躍していた時に使っていた体と言うことか。一時はウッカ大司教に追い込まれたことで自害し、その体はユグラ教の手で保管されていたと聞いている。セラエスの暴挙が発覚した際に奪われたとは耳にしていたが……。
先程に比べ魔法の発動が随分と滑らかに感じる。先程までのラーハイトと思わない方が良さそうだ。
探知魔法を発動……ダメだ。この水晶はラーハイトの魔力で創り出されたもの、探知魔法に反応してしまっている。どこかの水晶の影に隠れ潜んでいるようだが、それを探知することができない。
「鏡に映した像みたいなものね。撹乱が目的なんでしょうけど、こっちにいるのが誰か分かってるんでしょうね?」
「全員伏せてください!」
ラクラの合図と共に全員が姿勢を低くする。ラクラは首の高さ、自分の周囲を囲むように薄い結界を生成し、周囲の水晶を一閃する。地面を抉るほどの硬度を持つ水晶だろうと、ユグラ教の聖職者達の結界すら破れるラクラの切断結界の前には木材と変わりない。
「これで少しは探しやすく――っ!?」
「ラクラっ!?」
ラクラが左肩を抑えている。伏せることに意識を向けていたせいで、ラクラに向かって放たれていたものに気づくのが遅れた。それは魔石をナイフ状に加工したもの。ラクラの攻撃のタイミングに合わせて投擲を行ってきたのか!?
視線は魔石が飛んできた方向、いた。水晶に映る幻影ではなく、本物のラーハイトがそこにいる……!俺が仕掛けるよりも早く、ドコラが既にその懐へと飛び込んでいた。
「水晶を破壊させる攻撃を誘ってたのは分かってんだよ、虚を突いたつもりだろうが温い反撃だったな」
「――温くはないつもりでしたがね」
ラーハイトはドコラの方へと手を向け魔法を放とうとするも、ドコラのナイフが先にラーハイトの腹部へと深く突き刺さる。麻痺毒を付与されたナイフの一撃を受けたことで、ラーハイトは声を出すこともなくその場に崩れ落ちた。
「あっけねぇ幕切れだな。いや、違うのか?……っ!エクドイク!ラクラから離れろ!」
「何を――っ!?」
腹部に鋭い衝撃。倒れながら視線を向けると水晶が俺の腹部を貫いていた。馬鹿な、どうしてこっちの方向から攻撃が、こっちにはラクラが――
「――驚いた。他人の体は基本使いにくいとばかり思っていたのですがね」
ラクラは俺を嘲笑うかのような表情で見下ろしていた。いや、これはラクラじゃない。さっきの魔石……まさか、ラーハイトはラクラの体に乗り移ったと言うことなのか!?
「エクドイクッ!?まさかラーハイト!?ラクラの体を奪ったの!?」
「ここまで簡単に奪えたのは驚きでしたよ。傷の治療に意識を向けていたのか驚くほど簡単に体の支配を奪えましたからね。魔力の質は噛み合わないと言うのに、元の体に引けを取らないほどに魔法が自由に扱える。魔法の鍛錬をすれば、体内の魔力の流れはより円滑になりますが……これは凄いですね」
やられた。ラーハイトの狙いは最初からラクラだったのだ。周囲に展開した広範囲の強力な魔法でしか破壊できない水晶も、自身の姿を先に見せドコラに飛び込ませたのも、全ては魔石のナイフの投擲を確実にラクラに命中させる為。魂を移す為の仕込みを完遂する為の餌だったのだ。
ドコラは足元に転がっている本来のラーハイトの肉体を足蹴にしながら、今のラーハイトを睨んでいる。
「女の体に乗り移るたぁ、羨ましいじゃねぇの。伝記にして売り出しゃ貴族が喜びそうだな」
「大切に扱って貰えませんかね。結構気に入っているんですよ、その体」
「知るかよ。腕の一本や二本切り落とさねぇと、割に合わねぇだろうがよ」
「そうなると困りますね。この体で生きていくしかないじゃないですか」
「野郎……」
どうする。今受けたダメージは即座に治療はできずとも、戦闘続行に問題はない。問題なのはラクラが人質となってしまったと言うことだ。俺とドコラなら捕獲することはできるかもしれないが、奴をラクラの体から引き剥がすことができるのか?
「――エクドイク、先に聞くが覚悟はあるのか?」
「っ!?ちょっとドコラ、どうするつもりよ!?」
「どうもこうもねぇよ。ラーハイトの魂がその嬢ちゃんに乗り移っちまったんなら、そのまま嬢ちゃんを捕獲するしかねぇだろうが」
「大丈夫だ。問題ない」
「エクドイクッ!?」
ラクラを攻撃することは気が引ける行為ではあるが、このままラーハイトの自由にさせるわけにもいかない。捕獲さえすれば、時間を掛けてでもラーハイトをラクラの体から引き剥がす試みも行えるのだ。
「おやおや、仲間相手に向ける目にしては些か物騒ですね。確かにこの体を奪ったからと言って、力量差が覆ったわけではありませんからね。では、こう言うのはどうですか?」
「っ!」
ラーハイトは右手を自らのこめかみに当てた。その手のひらには分かりやすく魔力が集結している。もしもあの状態で魔法を放てば、ラクラの頭は……!
「おいおい、その体は初めてなんだろ?ここで死んだら他の体に乗り移れるのか?」
「できますよ。術を使用せずに行う場合、アンデッド化した貴方と同じように魂が不安定な状態にはなりますがね。そして今貴方が足蹴にしている体には憑依しません。印を破棄し、寄りつかないように仕込んでおきましたので」
「外に用意した肉体に逃げおおせることができるってわけか。やられたな」
ドコラは観念したように武器を下ろす。待て、諦めるのか?このままではラクラはどうなる?
「焦らなくても結構ですよ、エクドイク。今から遠距離に移動する為の処置を行いますので、そこで何もせずに待っていてくだされば結構です。そうですね、あとはネクトハールが蘇生魔法を完成させるまでの時間も稼がせて貰いましょうか」
ラーハイトは逃げる準備を進めている。だがそれでラクラが無事に解放される可能性はあるのか?ラーハイトは逃げた後も同胞の敵であり続ける。ならばこの場で奪ったラクラの生殺与奪の権利をみすみす捨てるとは思えない。
一か八か『盲ふ眼』を使うか?視界情報で騙し、ラーハイトに接近して麻痺させれば或いは……いや、ほんの僅かでも意識すれば奴は自分の頭を吹き飛ばせるのだ。本来の体の時でさえ躊躇なく自決できたラーハイトが、ラクラの体で躊躇いを見せるはずがない。
「エクドイク、俺達にできることはもうねぇよ。最後の最後で詰めを見誤った」
「――ッ!」
「そうですね。自分の優位を信じて疑わなかった貴方達の――ッ!?」
突如ラーハイトの動きが止まる。こめかみに当てていた腕が震え、全身がグラついている。
「ああ、主語が抜けてたわ。正しくはだ、ラーハイトは最後の最後で詰めを見誤った、だ」
「こ、へ……は……」
呂律も回っていない、ラーハイトは立っていることすらできなくなったのか、その場に倒れた。全身が震えており、この症状は明らかに何かしらの麻痺毒を受けた様子だ。
「俺は悪党だぜ?人の体を乗っ取るって技があるのを知ってりゃな、敵の一人を人質にするなんて発想は最初に思いつくんだよ。だからラクラにだけは事前に別の指示を出しておいた。もしもお前がラーハイトに何かしらをされたら、それはお前の体を奪う為だ。即座に効くヤツよりもちょーっとだけ時間の掛かる麻痺毒を自分に施せってな」
「……俺や『蒼』が狙われる可能性は考えなかったのか?」
「お前は魔族で、そっちは魔王。俺に至ってはアンデッドだぜ?人質として狙うならラクラ一択だろ?」
「わ……私聞いてないわよ!?」
「ラクラにだけつったろ。少し遅れて効果が出る麻痺毒だからな、ラーハイトに気づかれないよう慢心させるにゃそれなりの演技がいる。お前ら演技下手くそそうだったからな」
……こ、この男、追い込まれたラーハイトが、ラクラの体を奪って逃走を企てる展開を完全に予測していたと言うのか?しかも俺や『蒼』には伝えず、その動揺すら麻痺が回るまでの時間稼ぎに……。
「……悪党だわ、こいつ」
「ははっ、魔王に言われちゃ喜ぶ他ねぇな!」