作品タイトル不明
そんなわけで久し振り。
セラエスの喉を抉る感触は、魚や獣を解体する時に握る包丁から伝わってくるものと似ているけども、どこか不快さが抜けない。崩れ落ちていくセラエスの眼にはもう光はなく、完全に事切れたようだ。
「主様っ!?」
デュヴレオリの心配性にも困ったものよね。貴方は私よりも遥かに格上なのだから、今起きた出来事を見たままに判断するのではなく、もう少し詳細に把握すべきなのよ。
「問題ないわ。腕と比べればかすり傷よ」
この男が自らの人生にどれほどの価値を見い出し、私に対してどれほどの想いを持っていたとしても、一緒に死んでやるつもりなんてない。
セラエスは最期に槍を突き立ててきたけれど、もう槍の一撃として放つだけの威力を持っていなかった。あったとしてもドレスの後ろ側、裾部分の悪魔の爪を地面に食い込ませていつでも後方に姿勢を移せるようにしてあったのだ。
結局セラエスの最期の一撃は私の胸元のドレスを少しだけ破り、薄皮よりほんの少し奥に進んだ程度だった。まあ傷は傷よね、胸の弾力で跳ね返れば良かったのに。
まずは魔法で止血、その後は左手への治療を優先させる。何においてもこの左腕だけは最優先で治療しなければならない。
「『紫』さん……」
「ありがとうね、ウルフェ?貴方が躊躇わなかったおかげで、一回でケリがついたわ?これがデュヴレオリだったら、手加減をしてセラエスを仕留めるのに何度同じ方法を使ったことかしら……ね?」
槍を打ち出すだけならば、デュヴレオリにも同様の真似はできた。体を自在に変化させることができるのだから、それこそ一人でも可能だったでしょうね。だけど私の左手に対してこの威力を出せたのは、この場にいる者の中ではウルフェだけだと断言できる。
デュヴレオリには狙いを正確にさせるように調整役に回ってもらったけど、それは正解だったわね。あの一撃がずれて私の胴体とかに命中していたらそれこそ死んでいたわ。
「……はい」
「心配しないで、左腕の傷は跡形もなく治療するわよ。右肩と胸元は……あの人に撫でてもらいたいし、少しくらい残そうかなと思うけどね?」
「た、逞しい……」
「ちょっと素直に喜べない褒め言葉ね?」
この左腕の惨状ではやり過ぎだが、胸元はいい感じに負傷できたのだ。彼の優しさに付け込む真似は控えようと日頃から思っているのだけれど、それでも対価くらいは求めても良いだろう。
「セ、セラエス様っ!」
事切れたセラエスに向かってセラエスの部下達が駆け寄ってくる。敵側の部下も似たような反応、デュヴレオリだけと言うわけでもないのね。
「セラエスは魔槍の力を使い、自分一人で私達の足止めをしようとしたわ?貴方達の身を案じる意図があったかは知らないけど、ここで逃げるのならば追わないわよ?」
「黙れ、この魔王め!セラエス様は……セラエス様はっ!この世界の秩序を守る為、自らの手を汚すことを厭わない、本物の聖者だ!」
「黙らないわよ、私は最後の忠告をしているのよ?その死体を持ち帰るか、一緒にこの場に残すか、その判断を感情に任せるようなことをしないことね?」
ああ、私は彼のようにはできない、できるのは憎まれ役になることくらい。セラエスの部下達は次々に武器を手に取り、私に対して憎しみの眼差しを向けてくる。
「――そう。デュヴレオリ、感情を込めずに処理しなさい」
「御意に」
魔槍の効果は既に失われている。対策の一つも用意していない者達では、デュヴレオリに一矢報いることすらできないだろう。もう意識を向けるまでもない、傷の治療に専念しよう。そうしている間に音もなく、全ての敵意は消え失せるのだから。
「いやー同じ魔王でも、弱いんですねー」
「ニールリャテス。貴方を喜ばせる言い方はしたくないのだけれど、『碧』みたいな規格外と一緒にしないでもらえるかしら?」
「えっへっへー。我が王は現存する魔王の中で最強ですからねー!ちなみに雑魚の掃除くらいなら私が手伝っても良いのですよ?」
「貴方は愉しむでしょう?」
「過去のお話とは似ても似つかぬお優しい魔王なことで」
セラエスの意思を汲み取るつもりはないが、そうしてやっても良いと脳裏に浮かんでしまったのだから仕方ない。敵である以上容赦をするつもりはないにせよ、不必要な嗜虐をすることもないだろう。
「きっと彼のおかげね?嬉しいことだわね?」
「逃がそうとしたことはどうかと思いましたがね?」
「セラエスのような男は嫌われていようとも、時代には必要な存在よ?部下達がその意志を継ごうと言うのであれば、様子を見てあげるくらいはしたかったのよ?」
しかしセラエスの部下は仇を取ることを優先した。自分達ではセラエスの代わりにはなれないと、手を汚す覚悟はあってもその方法を習得することはできないのだと。
「それだけ有能な弟子や仲間がいれば、セラエスもここまで暴走する必要はなかったでしょうね」
セラエスと同じ能力がある者がいれば、もっと穏便な道を選ぶこともできたのかもしれない。だけどこの男には相談できるような存在はいなかった。だから一人で行動し、ラーハイト達のような連中と手を組むような選択肢しか選べなかったのだ。
セラエスがあの人を傷つけ、命を奪おうとした憎しみを向けるだけの相手だったことには違いないが、最期に見せた目の輝きには感じるものがあった。それが進むべき道を違えた盲人のものだったとしても、多少は美しいと思えたのだ。
「いいのよ、それで。人はその希少性ゆえに、他者に価値を感じることができるのだから」
応急手当は無事に済み、顔を上げた時にはこの礼拝堂に残っているのは私達だけとなっていた。本音を言えばウルフェ達には先に向かって欲しかったのだけれど、デュヴレオリの性格上私の傍を離れることがない。このチームに私がいることの意味は、デュヴレオリという私の持つ最大戦力を投入する為なのだから仕方ない。
「バン、少し肩を貸してもらえるかしら?痛みは麻痺させたけど、上手く歩けるようになるにはもう少し時間が掛かりそうなのよね?」
「それはもちろん。決闘お疲れ様でした」
バンの肩を借り、礼拝堂の奥の回廊へと進んでいく。あの人が言うには中層の三つの通路のうち、一本だけが下層に繋がるようになっている。そのルートを誰が守っているかまでは読み切れないので、自分達の眼で確認してほしいとのこと。
「このルートが当たりだったとして、戦えるのはデュヴレオリ、ウルフェ、ニールリャテスの三名かしら?十分過ぎると言えば過ぎるのだけれどね?」
「本来なら私は数から引いて欲しいところではありますがね?まー相手がネクトハールなら交渉不要で頑張りますとも!」
突入したチームの中で、間違いなく最強なのはここだと断言できる。このまま下層に到着できれば、最も勝率の高い決戦となる。ただ私のくじ運って……。
「……この中でくじ運がいい人っているかしら?」
「わ、私は運に頼らず、堅実に進むタイプでして……」
「ウ、ウルフェも、そう!」
「私は……主様に再会できたことは運命だと信じていますので。運とは別の――」
「せめて苦笑いできる程度の冗談を言いなさい?」
気持ち場を和まそうと思って口にしたのだけれど、言うものじゃなかったわね。逆に空気が凍りついちゃったじゃないの。
そしてその気まずい空気のまま、私達はこのルートの正否を知ることになる。下層までの一本道、それが途中でものの見事に埋め尽くされていたのを発見して。
◇
爆発するアンデッドは想像以上に厄介だ。死霊術の影響で何度でも再生し続け、常にこちらへと迫ってくる。
ただアンデッドの起爆にはラーハイトの操作が必要なことは確実なようだ。ある程度の距離の範囲内にいて、最適なタイミングでアンデッドを爆発させてくる。
探知魔法ではアンデッドと人間の区別はつかず、目視による確認だけがラーハイトを見つけ出す手段となっている。しかし――
「あそこです!」
「確認した……っ!」
人間を見つけたからと言って、その肉体にラーハイトが乗り移っているかどうかまでは判らない。捕獲したとしても、魔法によりアンデッドのように揺れながら適当にふらつかされているだけで完全に弄ばれている。
この地下墓地は縦にも横にも広く、ゆっくりと下へと降りるような造りとなっている。確保した人間を鎖で拘束し、入口付近の天井へと括り付けて爆発の被害を受けないようにはしているものの、あと何人いるかも分からない。この作業を繰り返していけばやがては人間のストックが尽き、ラーハイトは肉体を移動できなくなることは間違いないが……時間が掛かり過ぎる。
「あーもう!まどろっこしいわね!?」
「同胞ならば一目でラーハイトかどうかを見極められるのだが……」
「あの男の曲芸なんてできるわけないし、できたくもないわよ!」
俺としては相手の感情を理解する術は知りたいところではあるのだが、今は関係のない話だ。
ラーハイトからの直接的な攻撃はまだない。あくまで俺達とアンデッドの距離を観測し、起爆させることだけに専念する形をキープしている。しかしこちらの意識が散漫になれば、魔法による直接攻撃くらいはしてくるだろう。
「ラクラの結界で爆発を防ぎ、エクドイクの鎖で人質を一人ずつ回収ですか。堅実な立ち回りですね」
また違う声が聞こえるがこの喋り方はラーハイトで間違いないだろう。声の聞こえた方向に視線を向けるが、アンデッドの群れの中に隠れているようで判断がつかない。それこそアンデッドの背後に隠れさえすれば、目視による発見すら困難なのだ。
「その、私が何もしてないような言い方止めてくれる!?アンタの死霊術を解除しようとさっきから色々やってるのよ!?」
「死霊術の技術に関してはユグラから教わっている貴方に勝てるつもりはありませんよ。だからこんな雑な戦い方をしているわけですし」
「そうね、アンタは感覚で死霊術を使っている。だから他者の魂を上手に扱えていない。ユグラに鼻で笑われた時の私を思い出すわ」
ラーハイトはアンデッドに個別の指示を出していない。全体共通で動く相手に襲い掛からせているだけだ。再生速度も『蒼』が使っていたアンデッドに比べ遥かに遅い。
「さて、このまま時間を稼いでも十分だとは思いますが……少しばかり趣向を凝らしてみるとしましょうか。エリア、セット」
「何を――ッ!?」
突如少し先にいたアンデッド達が宙に舞った。元にいた場所には何かしら透明な結晶のようなものが隆起していた。ラーハイトが使用していたと言う、魔力の結晶を生み出して相手を貫く魔法か……!一点集中型の技だと聞いていたが、どうやら一定以上の範囲にも発生させることができるようだ。
弾き飛ばされたアンデッド達は徒歩で移動してくるよりも速く、こちら側へと迫ってくる。鎖で弾き飛ばすか?いや、うち漏らせば空中で爆破されて結界の防御が間に合わなくなる。
「ラクラッ!前方に大きめの結界を!」
「はい、既に!」
飛んでくるアンデッド達が全てラクラの展開した結界に激突し、地面へと落下していく。確かに意表を突かれた攻撃ではあるが、ラクラの結界がある以上は効果がないことには変わりない。アンデッドを宙に飛ばすことに意味など……まさか!?
「ポイント、セット。これは私なりの分析ですが、ラクラは一度に複数の結界を展開できないようですね?ならばこのような揺さぶりはどうでしょうか?」
アンデッドの群れの中からまずは一体、素早い速度で宙へと飛ばされた。その一体はこちら側ではなく、天井へと括り付けられている人質達の方へと飛んでいる。ラクラもそのことに気づき、人質の方へと結界を貼り直そうとするも――
「エリア、セット。さあ、お好きな方をどうぞ?」
先ほどと同じく、範囲的なアンデッドの射出がこちら側に行われた。これが意味することは、人質側と俺達側への同時爆破攻撃だ。起爆のタイミングは恐らく完全に同じ、どちらか側に結界を張れば、もう片方が無防備になるように仕向けているのだ。爆破自体は一瞬でも、破片が飛んでくる間隔は秒単位。交互に張ることは流石に無理がある。
「舐めないでください!」
ラクラがとった行動は一枚の結界を張ることだった。その結界は人質側、俺達側の両方に迫るアンデッドを叩き落とせる絶妙な位置へと展開されている。大型の結界は魔力の消費こそ多いが、ラクラは結界の形を歪に変化させ最小限の消費で済むようにしてみせた。
「苦汁なら舐めさせられましたが、甘くみるつもりはありませんよ」
「――ッ!ラクラ、危ない!」
ラクラの足元に魔法の構築を感じた。咄嗟にラクラの体を抱いて飛び退くのと同時に、透明な結晶が地面から突き出し俺の背中を僅かに抉った。
「エクドイクっ!?」
「問題ない。奴の狙いはラクラの展開する結界の形を崩すこと。二択を迫るアンデッドの爆破そのものが囮だったようだ」
ユグラ教聖職者の結界魔法は本人を中心として周囲を囲むような形だ。しかし今のように不特定な形に変化させてしまう場合は立体ではなく平面的な結界となる。そうなれば死角からの魔法による攻撃が通ることになる。
ラーハイトが口にしていたポイント、エリア、これも俺達の注意を耳に引き付ける罠。次にくる攻撃を予測させ、その裏を狙ってきている。
「おや残念。一人仕留められたと思ったのに」
「ったく陰湿な攻撃しかできないのかしら?」
「あらゆる要素を含め、効果的に立ち回っているだけですよ」
今の奇襲を失敗したからと、ラーハイトが焦る必要はない。今の行動を繰り返されるだけでも、ラクラにとっては距離のある対象を複数護り続けなければならなくなるのだ。
人質を全てラクラの近くに置けば護り切ることができるかもしれないが、傀儡となっている状態の人間を傍に起き続けることは明らかに危険だ。
「……『蒼』、これ以上はどちらかを選択せざるを得なくなる」
「……そうね。できることなら使わずに済ませたかったけど、いい打開策は思いつかなかったわ」
事前に俺と『蒼』で切り札を使うタイミングについて話はしてあった。それは自分達の実力だけでは対応が難しいと判断した場合だ。もう少し粘って考えれば妙案が浮かぶこともあるかもしれないが、手遅れになってしまってからでは遅い。この中層での戦いで求められているのはより早く、より少ない犠牲で突破することなのだから。
「突破口を用意できず、すまない」
「謝らないで。同じ立場の私にも刺さるのよ、その言葉」
ここは敵地、事前に『蒼』の配下であるスケルトンなどを地面に潜ませておくことはできない。ダルアゲスティアもその大きさから遺跡に突入は無理だと置いていかざるを得なかった。それでも俺と一緒に戦うと言った『蒼』に対し、同胞は切り札を持つようにと助言をした。
始めはクアマ魔界に存在していたスケルトンやゴーストのユニーククラスをと考えたが、ダルアゲスティアよりも遥かに劣る戦力である以上は戦闘力以外の強みが必要だと判断した。
行き詰まった『蒼』に対し、同胞は一つの手段を提示した。だがそれは同胞にとっても、『蒼』にとっても躊躇いの残る行為。人間と手を組み、中立の立場として生きる『蒼』に再び『殲滅』の力を使わせることだった。
俺はグレスト、タヴェス、ワフロイの三体のアンデッドのことを思い出した。『蒼』の人生に大きな影響を与えたとされる騎士や王、そのアンデッドを強化したものだ。だが彼らは既に『蒼』から解放された立場。再び使役したとして、ユニーククラスの魔物と同じく戦闘力こそあれども他の強みがない。
だが同胞が提示した対象の名と、その理由を聞いて『蒼』はその力を使うことを決意した。結果として言えば、『蒼』はある意味で強力な力を得ることになった。このアンデッドは切り札と成り得る存在、特にこの状況に於いては……。
「何か切り札があるような会話ですね?差し詰めあの男の入れ知恵で用意したものなのでしょう?是非使ってください。いい加減あの男の策略の一つや二つ、潰してやりたいと思っていたところです」
「歓迎してもらえるようで何よりだわ。――さぁ、出番よ」
荷物から触媒となる頭蓋骨を取り出し、『蒼』は『殲滅』の力を使ってアンデッドを創り出していく。かつての肉体を骨と土と魔力によって、自身の記憶に最も関連付けられる装いを再構築していく。
「――なんだ、結局出番かよ。しかもなんだなんだこの光景は?死霊術士が敵か?」
俺がこの声を聞くのは二度目だが、それでも違和感を覚える。アンデッドは人間の姿をしているが、化物であることには違いない。このアンデッドもまたその例に従い、醜悪な見た目こそしているが、驚くほど流暢に喋ることができるのだ。
「ええ。かつて『緋』の配下として暗躍し、メジスの聖職者として潜伏していた男、ラーハイトよ」
「あー……そりゃあ……最高じゃねぇか。いいぜ、かなりいい。知らねぇ奴の相手なら唾でも吐いて強制的な命令を待つつもりだったが、そいつが相手なら話は別だ。特別にやる気満々に手伝ってやるよ」
全身肉は腐り、顔には『蒼』が用意した特別性の仮面を装着している。人間だった時の面影はその衣装と隻腕くらいなもの。
「その男は……まさか……」
「よぅ、顔も姿も変わって一瞬誰だよって思っちまったが……って、そりゃあ俺も一緒か。ただ……その臭い、確かに間違いねぇようだな。久し振りじゃねーの、この前は片腕が世話になったな。いやまあ、その後人生まで世話になっちまったんだがな?それも含めて精算させてやるぜ、ラーハイトよぉ?」
そのアンデッドの名は……ドコラ、ドコラ=ケッタ。かつてメジスの暗部でありながら単身で魔王復活の事実を掴み、ターイズ騎士を翻弄した山賊同盟の首領だ。