軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そんなわけで償うつもりはない。

セラエス=ジャストア。魔物により両親を失ったこの男は孤児院にて養われ、そこを経営していた聖職者の養子としてジャストアの姓を名乗ったとされる。

この男の出生や人生について興味があるわけではないけれど、この話は私にとって大きな障害となる。この男は親に名付けられた本来の名を捨てており、『籠絡』の力の対象にすることができないからだ。

名前を代償として成った魔王達を始めとして、肝心の相手には使えないし……。名前を呼ぶだけで自由に傀儡化することができる力ではあるけど、案外使い勝手が悪いのよね。まあそれが可能ならアークリアルもラーハイトも私一人で屈服させてしまえるわけだし、彼の出番を奪わずに済んだと前向きに考えるとしましょう。

「慣れない戦いだと流石に疲れるのが早いわね?貴方はどうかしら?」

打ち合うセラエスからの返事はない。もう少し怒りや憎しみの感情でもぶつけてくれれば、私の心にも湧き上がるものは出てくるかもしれないのに……こう淡々と攻防を繰り返されると逆に辛いわね。

「ダメなようですな。この先の通路を少し調べましたが、結界のようなもので阻まれております」

「『紫』さんが勝つしかないのかな……」

打ち合いをしている最中でしっかりと聞き取れないけども、商人のバンがいつの間にか礼拝堂の出入り口の調査を済ませていたらしい。元は高名な冒険者チームのメンバーだったらしいけど、こんな時でもやるべきことをやっているのは偉いわね。

「(それに比べ貴方はどうなのデュヴレオリ?やるべきことは済んだかしら?)」

「(槍の特性についてはおおよそ解析が済みました。ですが現状を再確認した程度で、正規の手段以外で解除することは……)」

「(そのことならとっくに諦めているわよ?あの魔槍、相当手の込んだ造りをしているけど、戦闘に関わる能力は皆無と言っていいわ?ただひたすらに一騎打ちをしたくて用意したって槍よね?)」

戦う為の技ならば突破する手段の一つや二つすぐに思いつくこともできるけれども、あの槍はルールそのものなのだ。強制的に守らされるルールを破るのは生半可な手段では難しいだろう。

打ち合ってわかったことは、魔力強化や槍の技術では私はセラエスに後れを取っていると言うこと。ちょっとは自信があったのだけれど、こんなことならもう少し真面目に鍛錬でもしていればよかったかしら?

他にも槍の形状をある程度変えると、槍としてみなされないらしく結界に阻まれてしまうということ。悪魔で構築した槍だと言うのに、その特性を活かせないのはもどかしいわね。

「(このままやり合っても、私が負けるわね?私が死ねばウルフェの番にできるし、あの子なら問題なく勝てるとは思うし……いっそ負けてしまうのもありかしら?)」

「(それだけは……っ!何か打開策を考えますので、もう暫くお待ち下さいッ!)」

「(冗談よ?自己犠牲に理解がないわけじゃないけど、やるなら彼の腕の中で死にたいわ)」

私が蘇生魔法の呪いを受けた魔王である以上、死んだところで復活する。ただそれは何年後、何十年後となる。その時に彼がまだ生きているという保証があるのであれば、この生命を躊躇なく差し出すことはできる。だけれど彼は脆く、いつ死んでもおかしくない存在。私が死ねば彼と再会できる可能性は限りなく低く、それこそ今生の別れとなるだろう。

彼と共に人生を生きることは他に代えられるもののない貴重なもの、みすみす手放すような真似をするはずがない。例えセラエスの思惑通りに時間を稼がれたとしても、勝利する為の方法を最後まで考え抜く。冷静に状況を分析しなきゃね?

今セラエスは槍の技術で私を上回っていることを理解している。だけどこの一騎打ちに勝利した場合、その後に待っているのはウルフェを相手にしての敗北だ。そうなると私を殺したあとは撤退する可能性もあるわよね?時間さえ稼げればいいわけだし、トドメを刺さないと言う選択肢もある……むしろそうするでしょうね。

試したいことを思いついたので一度距離を取り、ウルフェ達の傍へと近寄る。セラエスに距離を詰めてくる様子はない。相談なら好きなだけやれってことなのね。

「バン、私の右腕少し怪我をしたのよね?魔法で治療してもらえる?」

「わかりました。それでは……む?」

バンが回復魔法を掛けようとすると、私とバンの間に結界が発生した。やっぱり援護や助けも受け付けないということなのね。でもまあそもそも私魔王だから、普通の魔力による治療は効かないのよね。

「ありがとう、一つ確認できたわ?ウルフェ、ちょっとこの槍を持ってもらえる?」

「は、はい!」

ウルフェに槍を投げ渡し、宝石状の悪魔からもう一本の槍を構築する。硬度はそこまで気にする必要はないけど、問題は重さよね。見たままの重さだと流石に腕が疲れそうだし。

「用意できたわ、槍を返して」

「はい、どうぞ!」

前に出ながらウルフェの放った槍をキャッチし、左右両方の腕で槍を構える。槍を二本持つのであれば長さを違えさせ役割を明確化すべきなのでしょうけれど……まあ問題ないわ。

「双槍か。だが始めから使わなかったところを見るに、得意なわけではあるまい」

「ええそうね?状況を打開する為の苦肉の策と言ったところかしら?」

試しにと踏み込み、片方の槍を突き出す。重さを減らしたとは言え、片手で操る槍の勢いは両手に劣る。セラエスは苦もなく槍を弾き一撃を放ってくるが、もう片方の槍を瞬時に盾に変化させ、セラエスの槍を防いだ。

「――味な真似を」

「策って言ったでしょ?」

槍を使った一騎打ちを強いられている以上、槍でなければダメージを与えることはできない。だけど槍を防ぐ為に槍しか使ってはいけないなんてルールを施しているはずはなく、防具や手足を使った防御は可能だと思い至った。

「(仕込みは十分ね?デュヴレオリ、今から言うことを準備なさい?)」

デュヴレオリに指示を出し、再びセラエスと打ち合う。盾を再び槍の姿に変えれば攻撃は通るようだけど、変化の最中だと結界に阻まれる。眼の前で変化させれば攻防の切り替えが丸わかりになるから、決定打はさらに遠のいた感じがするわね。

「まあ正面から打ち勝つつもりなんてないのよね?」

身が隠れる程度に盾を大きめに展開し、地面へと突き立てる。そして盾を手放し、新たな槍を即座に構成する。盾の内側と言う死角から槍を穿ち、盾に命中する瞬間に盾を槍へと戻す。

「目くらましか、無駄なことだ」

セラエスはさして苦戦する様子もなく、突如現れた槍の一撃を弾いてみせた。片手で扱う槍じゃこんなものよね。でもこれにこそ意味があるのだから。

「無駄かどうか、試し続けてみないとわからないでしょう?」

変則的な攻め方に切り替えたことで、セラエスの手数は減っている。対応できるとは言え、万が一を考慮して慎重になっているのだろう。狙いはこの攻め方に慣れたそのタイミング、それまではがむしゃらに攻め続けるしかない。槍を増やし、盾との切り替えを繰り返しながら攻め立てる。

「くだらない策だな。その程度の児戯、私に見極められないとでも思ったか?」

「っ!?」

「ただ槍を増やしながら攻め立てているように見えるが、私の周囲に意図的に残された槍が増えている。盾へと変化させ、私の回避する空間を削るつもりだな」

セラエスは大きく横に薙ぎ払い、地面に残した私の槍を弾き飛ばしていく。もう少しで左右前後の逃げ道を防げたのだけれど、残念ね。

「あら、せっかくお膳立てしたのに……私の渾身の一撃がそんなに怖いのかしら?」

「貴様の魔力強化の程度、既に見切っている。だがそれと貴様の自由にさせることは別だ」

「――そう、ならこの一撃、避けてみなさい?」

槍を一本、セラエスの手前に投擲し巨大な盾へと変化させる。そのままセラエスの方へと駆け、右手に握った槍を全力で突き出し盾を解除する。私自身にできる最大の魔力強化、それをこの突きに全て費やした一撃だ。

「見切っていると言ったはずだ」

槍が交差する。私の槍はセラエスの顔の横を通過し、セラエスの槍は私の右肩へと深々と突き刺さっていた。私の突きは完全に読まれ、綺麗に反撃を合わされてしまった。

「っ!」

「貴様と私では鍛錬に費やした時間の長さが違う。悠久の時を生きる魔王でありながら、自己満足の為だけに生き続けた堕落者の槍が私に届くはずがない」

「……そうね、微塵も否定できないわね?でも人のことを言えるのかしら?そんな槍に頼って慢心している貴方が、本気で私達を止められると思っていたの?」

「何――っ!?」

左手をセラエスの胸へとかざす。魔槍の力によって、魔法の攻撃も通用しないことは知っている。だけどこの左手はその為に向けているわけじゃない。これは目印、彼女にとっての的なのだ。

大盾の死角でセラエスが見えなかったのは私だけではない、その背後にいたウルフェとデュヴレオリの姿もだ。私の槍を避け、周囲に意識を向けられる状態で私の左手に視線を向けたのならばもう見えているだろう。

槍をセラエスに向けているデュヴレオリと、その後方で拳を振りかぶっているウルフェの姿が。

「いっけぇっ!」

ウルフェの掛け声と同時に、左手が後方から飛んできた槍に貫かれる。槍の勢いはそのまま止まることなく、セラエスの胸を貫いた。

私が確認したかったことは、仲間が投げ渡した槍を受け止められるのかと言うこと。さっきのウルフェとのやり取りでそれが可能だと分かった時点で、この方法を実行すると決断した。

セラエスではウルフェの一撃を避けることはできない。その一撃で打ち出された槍もまた同じ。ただし直接当ててしまえばウルフェの攻撃とみなされ、結界に阻まれてしまう。だから私の左手を中継させた。私がウルフェの放った槍を受け止め、セラエスに突き立てれば結界は機能しないのだから。

まあセラエスでさえ避けられない槍を私がキャッチできるわけなんてないので、左手ごと貫くように指示を出したのだけれどね。

「主様っ!ご無事ですか!?」

「……馬鹿ね、無事なわけないじゃない?」

一目散にデュヴレオリが駆け寄ってくる。デュヴレオリには槍が弾き飛ばされる方向を制御させていた。ウルフェの一撃の衝撃をまともに手で受けたのだから、随分と酷い有様のはずなのだけれど……その再生力は羨ましいわね。

右腕は槍で貫かれた程度。その箇所の筋と肉が切断され、骨が折れているくらいだけど……左腕が酷いわね。左手は感覚どころか原型らしいものがないし、槍が衝突した衝撃で肩どころか肋骨まで筋と骨がズタズタ。嫌な汗がさっきから止まる様子がないわね。

セラエスは槍に貫かれた衝撃で少し先まで吹き飛ばされている。胸を槍が通過したのだから、普通なら即死のはずなのだけれど……。

「セラエス様っ!おのれよくも――」

背後で吠えるセラエスの部下なんてどうでもいい。感覚が残っている右手で槍を握り直し、セラエスの方へと歩み寄った。

「まだ生きているわよね?そうでしょう、セラエス?」

魔物によって家族を奪われた。そのことを不幸だと嘆きはしたが、流れ着いた孤児院で周りを見渡せば同じような境遇の者はいくらでもいた。

魔王が残した爪痕、魔界の存在を学び聖職者の道を進んだこともそう珍しい話ではない。そもそも誰かと違うことを誇示したいなどと言った感情は持たなかった。起きたことはどうしようもない、せめて今を良く生きようとそれだけを考えていた。

『すまないセラエス。もうこうするしか……ないのだ』

後見人であった院長が孤児を身売りしていたことを知った時、私は何を恨めばいいのか分からなかった。私を育ててくれた院長は優しく、正しい道を生きるようにと私を導いてくれていた。その院長がこんな道を進まなければならなくなった世界だったが、私は恨むことができなかった。恨んだところで何も解決しないと、既に悟っていたからだ。

私は私にできることだけを選択した。心弱き者が道を踏み外さないように、心悪しき者が他者を巻き込まないように。できることを、淡々と。気づけば私の手は汚れ始め、自分のことを他者に話したくないと思うようになっていた。

『セラエス、何故法王への推薦を辞退したのだ?お前ならば……』

『皆の前に立つ者になるには私の手は汚れ過ぎている。希望となる者、手を差し伸べる者の手は綺麗であるべきだ』

秩序を守る為には相応の行いが必要となる。秩序を守った行為だけでは秩序を保持し続けることはできない。それを他者に任せるわけにはいかない。手を汚せる私が、世界の泥を掻き出さねばならないのだ。

「まだ生きているわよね?そうでしょう、セラエス?」

耳にかろうじて聞こえる魔王の声、先程から耳鳴りが酷い。全身が熱いはずなのに、震えるほどに寒い。

現状の把握……考えるまでもない、胸を槍で貫かれた。体を貫通するほどの槍の衝撃は胸部以外にも取り返しのつかない深手を残している。致命傷以外の診断はない。

それでも私は立たねばならない。私が守ると決めたのだ。

「――無論だ」

口が動いたことが奇跡、体が動いたことが奇跡、槍がまだこの手にあるのが奇跡。世界はまだ私に動くことを許してくれているのだ。簡易的な魔法措置で血を止め、眼の前にいる諸悪の根源を見つめる。

紫の魔王もまた左半身に多大な被害を受けている。常人ならば立っていることすらできないはずの負傷だ。だがそれでもその瞳には強い意思を感じる。

「寝たきりの老人にトドメを刺すことにならなくて良かったわ?でもフラフラね、どうする?ユグラ教には貴方を生きて捕らえて欲しいって言われているのだけれど、大人しく槍を収めるつもりはあるかしら?」

「愚問だな。ここにきてそのような世迷い言が口から出るか」

「投降を促した、その事実だけが欲しかっただけよ?答えなんて言われる前から分かっているわ?」

紫の魔王は笑う。その仕草一つ一つが噛み合わず、もどかしい気持ちになる。眼の前にいるのはこの世界の秩序を乱した元凶、確固たる悪なのだ。だが、長年排除し続けた者達とは何かが違う。

「貴様は魔界を生み出し、後の世に多くの混沌と悲劇を生み出した。そのことを自覚しておきながら、さらなる混沌へと進む道を選んでいる。狂った女だ」

「そうね、この時代に残された書物とかで私が世界に与えた影響の大きさはそれなりに把握しているわ?魔界や魔物による直接的な被害だけじゃない、その事によって心が荒み、色々と悪事に手を染めてしまった者達がいることもね?」

「そこまで理解しておきながら、罪の意識はないのか。かつて人間だった貴様に人の心は残っていないのか」

紫の魔王は少しだけ眼を閉じ、自らの心の内に問いかけている様子。そして目を開き、迷いなく言った。

「あるわね。でも償う気なんてないわ」

「……何だと」

「だいたい何を以て償うのよ?命とか言わないでね、私は既に二回も死んでいるのよ?未来永劫苦しみ続ければいいの?それって貴方達の心が満たされるだけで何の解決にもならないわよね?なんで私を恨んでいる連中の心だけを満たさなきゃいけないの?」

言うに事欠いて、この女は……!罪を自覚しておきながら、その責任を……!

「私が生み出した魔界が原因、そうね、それは正しいかもしれないわね?でも一体いつまで私の罪を貴方達の免罪の言い訳に使うつもり?堕落した貴方達の弱さの責任を一々背負いたくなんてないわよ?何百年も前に殺された女のことをどれだけ引きずっているの?」

「だが貴様は今こうしてこの場にいる……!」

「なら一生隠れていればいいのかしら?随分と温いわね?魔界にいる魔物も全部放置で、死んでいたことにしていれば良かったのかしら?あら、そうなら貴方達は次に誰に責任を問うのかしらね?」

この女はただ責任を放棄しているだけだ、その言葉に正しさなど何もない。この女が自らの意思で魔界を生み出し、人間達を殺し、今に至るまで苦しめ続けたことに違いはないのだ。

「同じ世界に生きるのだから、提案があるなら聞くわよ?魔界の侵食も自重するし、魔物達を家畜のように使わせてあげたっていいわ?でもそれだけ、私が貴方達に尽くす理由はないのよ?私が私を捧げるのは私の意思によるものだけ、貴方達の事情なんてどうでもいいの」

この女が、この魔王が、私の人生を、全てを泥で汚したのだ……!

「セラエス、貴方が今そこに立っているのは、貴方自身が選択した結果でしょう?それすら全部私のせいだって言うのかしら?」

「……っ!」

「ならこんな価値のない戦い、さっさと決着を付けましょう?貴方の命と私の命、どちらを失っても貴方には何も残らないのだから」

紫の魔王が前に歩み寄ってくる。先の戦いと比べれば遥かに弱々しく、動きも鈍重だ。この体が満足に動かなくとも、負ける要素など一つもない。

私が死ねば、これまで私が目指してきたものは全て失われる。この魔王が死ねば……私の全てが……報われるのだろうか。こんな無責任な女を殺しただけで、私のこれまでの人生が精算されてしまうと言うのか。

「そんなことは……ない!」

それはこんな女を殺しただけで万事が解決するような薄っぺらなものではない。世界に秩序を求め世界に尽くしてきた私の人生は、私が世界に抱き続けた想いは……!

技など振るえる状況ではない、ただ一途に槍を前へと突き立てた。私の握りしめた槍は紫の魔王の胸元へと刺さって――